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天地の擾乱編 8


 エールディへの侵入を無事に済ませ、俺たちは下級魔族が多くたむろする繁華街へと向かった。
 ここにガラの悪い爬虫類系のお兄さんたちがいるはずなんだ。

 もちろんこのお兄さんたちは日ごろ7番訓練場で訓練をしていた魔族たちのことで、西の国との戦争時にはバレン将軍の本陣を警護する役目を負っていたあのお兄さんたちだ。
 彼らはすでにエールディに潜入済みで、今回の俺たちの潜入任務をバックアップしてくれるらしい。

 というわけで俺たちはそのお兄さんたちと会うため、魔族がごった返す繁華街を歩き目的の店へと向かう。
 その屋台で飲んでいたお兄さんたちと合流し、ちゃらちゃらした挨拶を交わした。

「うぃーす、皆さん」
「おう、タカーシ様。うぃーす」

 ちなみに俺はすでにこのお兄さんたちとはすでに顔見知りの関係になっている。
 身分の違いがあるので相手は俺に対し敬語を使うけど、それでもだいぶフランクな言葉使い。俺もそういうのは嫌いじゃないので、堅苦しい事情については何も言わないことにしている。

 だけどこのお兄さんたちも闇羽に負けず劣らずのやり手で、クーデター開始当初からエールディでの情報収集にあたっているとのことだ。

 まぁ、元が下級魔族ということでエールディの繁華街にも違和感なく紛れ込めるし、貴族の屋敷に出入りする下級魔族を通して様々な情報を得られる。
 今回の件に限れば、まさにうってつけの魔族だろう。


 さて、そんなお兄さんたちと合流し、まずは1杯。
 俺も酒の類を口にしたかったが、そもそも俺は子供だし今は重要な任務の最中だ。
 なのでグレープフルーツとイチゴを混ぜたような酸っぱいジュースを店員さんに頼み、それを一気に飲み干す。
 この飲み物は下級魔族が好むような安っぽいジュースなのだが、それを王子もさも当然のように飲んでいることと、マユーさんがちゃっかりアルコールの類を頼んだことはスルーしておこう。

 俺はごきゅごきゅと威勢のいい飲みっぷりを披露し、器が空になったところでお兄さんたちのうちの1人が言った。

「今この街は都市の中心部に行くまでにいくつもの関門が敷かれているっす。それは裏道を通ることで簡単に抜けられんすけど、その道をここに書いておきました。この地図どうぞ使ってください」

 そして俺は城までのルートを記された地図を受け取る。

「ありがとうございます。ん……? 結構複雑な経路になっていますね。そうなると……めんどいな……。
 屋根の上を飛び越えるのはダメなんでしょうか? 一直線に城まで行けますけど?」
「いや、それはやめたほうがいいっすね。すぐに見つかるし、なにより怪しまれるっす。
 そんで……1番堅い関門は貴族の住宅街へと入るところっすかね。そこだけ幻惑魔法でなんとか通り抜けるがいいと思うっすよ。
 でも貴族の住宅街はもっと警備が厳しいですし、隠れるところも少ないですから、そこから先は一気に突っ走った方がいいかもっす。
 あと逃げる時には俺たちも援護するから、退却時に一度ここに来てください。タカーシ様達がこの店の前を通過するだけで、俺たちも護衛態勢に入りますから」

 ふむふむ。なるほど。
 それはそれは頼もしい。

「はい。それじゃあその時はよろしくお願いします」
「うぃーす。じゃあ頑張ってください」

 そして俺たちは店を後にし、上級魔族の住んでいる地域へと足を進める。
 んで俺たちの予想通りに、“ここから上級魔族の屋敷が立ち並ぶ”って場所で再び警備に捕まった。

「なぬ! なんと怪しいやつ!」

 ベタなセリフはこの国の文化なのかな。
 まぁいいや。そんな感じで警備のヴァンパイアが俺たちに向かって叫び、数体のヴァンパイアが俺たちを囲みながら臨戦態勢の魔力を放出した。
 なので俺も早速魔力を放出し、幻惑魔法へと移行する。

「んな? この魔力! そしてその顔! 貴様、ヨール家の変態ヴァンパイアの息子だな!? ウェファを救いに来たのかぁ!」

 一瞬さ……ほんの一瞬だけど凹んだわ。
 そりゃ確かにうちの親父は人間マニアのへんた……違うし!!

 でも俺の身元がバレちまった以上――いや、さすがにここら辺まで来ると警備のヴァンパイアたちは俺の顔を知っているのが多いので、バレるのは仕方ないんだけどさ。でも今は相手の暴言に凹んでる場合でも、ましてやツッコミを入れている場合でもないんだ。

「あったま来た。ふん!」

 お互いの魔力がぶつかり合う空間で、しかもお互いヴァンパイアということで幻惑魔法の魔法空間もぶつかり合い、しかしながら俺の魔法が相手を上回る。

 相手は上級魔族であるヴァンパイア。それが4、5、6……計7体かな。
 それだけの大人数が一斉に幻惑魔法を仕掛けてきやがったんだけど、でもこの程度の幻惑魔法では俺の幻惑魔法に太刀打ちすることなんて不可能なんだ。

「ぬぬぬぬ……」

 低いうなり声を上げながら俺は相手の幻を俺の幻で上書きし、精神的に相手を追い詰める。
 といっても今回相手に仕組んだ幻は、『眠たくなるほど平和的な日常を過ごしている』という内容だ。
 つまるところ警備の任務にあたっているこのヴァンパイアたちに“警備状況異常なし”という幻を刷り込ませ、なんだったらそのまま眠りについてもらおうというものだ。

 ぱたん、ぱたん……と、俺の幻惑魔法によって相手が倒れこみ、深い眠りにつく。
 それを見ながらマユーさんがぼそりと口を開いた。

「なんという威力……東の国にもヴァンパイアはいるけど、これほど強力な幻惑魔法は見たことがないよ……」
「そうじゃろうそうじゃろう。タカーシは余の親友だからな。これぐらいのことはやってのけて当然なのじゃ」

 そんでもってなぜかここで王子が自信満々のにんまり顔。
 そんな王子がちょっとうざかったけど、しかしながら俺は先程1つの重要な事実に気付いていたため、表情を緩めずにマユーさんに問いかけた。

「今……この警備のヴァンパイア……『国王様を助けに来たのか?』と言いましたよね?」
「うん。そう言ったね」
「それはつまり……ここに……このエールディに国王様がいるということになるんじゃ?」
「そうだね。点と点が意外と簡単に結ばれた。そうは思わないかい? タカーシ君?」

 あぁ。そうだ。
 つまり国王はこの街にいて、しかも城には不可解な結界が敷かれている。しかも防御用の結界が内向きに。まるで中にいる何かを外に出させないようにするために。
 こんなもん、そこに国王がいるって言っているようなもんじゃねーか。

 じゃあどうするか?
 もちろん俺たちの目的はその結界魔法陣の調査。
 しかし、そこに国王がいるとなれば話は別だ。

 国王の救出。
 これは国王派の悲願でもあり、もし国王を救出できたらこれで今回の件は一気に収束へと向かうだろう。

 だが懸念もある。
 いわずもがな国王はこの国のトップに君臨する実力の持ち主である。
 そんな国王が脱出できないほどに強力な結界が張られているとして、それは俺たちに解除できるものなのか?
 またはそれを解除できたとして……国王は果たして五体満足な状態なのだろうか?

「うーん」

 今現在の国王の状態。
 その点について一抹の不安を覚えた俺はちらりと王子の顔をうかがう。
 果たして国王の姿は王子に見せてもいいのだろうか……?

 いや、そんなことを考えている場合じゃないな。

「そうですね。兎にも角にもその結界の場所へ行ってみましょう」

 俺は目つきを鋭くし、遠くにそびえたつ城を見つめた。



 その後、俺たちはエールディの高級住宅街ともいえる上級魔族の居住区域を通り抜け、城へと向かうことにした。
 夜中ということもあり、街は静まり返っていた。
 これが果たして国王に対する喪の意味を示しているのか。またはビルバオの台頭に同意を示しているという意味での静けさなのか。はたまた、国王派による不穏な動きを抑えるための夜間外出禁止令が出されているのか?
 それらいくつかの理由のどれが正解かはわからないが、それほどに静まり返った街を、俺たちは駆け足で走っていた。

「そこの者! とまれ!」

 ちなみにこの高級住宅街は爬虫類系のお兄さんたちが言っていた通り、中・下級魔族が住む地域と違って細い路地や身を隠せる路地裏がない。
 なので俺たちはそれを利用することができないばかりか、むしろ見通しのいい道路がきちんと整備されているので、歩く俺たちは警備から丸見えだ。
 ならいっそのこと突撃しちゃえば? というお兄さんの意見もごもっともで、俺たちはここから隠密行動を辞め、城の城門まで一気に走り抜けることにした。

「マユーさん、お願いします!」
「了解」

 俺は敵に向かって走りながら、マユーさんに指示を出す。
 そして周囲に広がる落雷の嵐。
 俺の幻惑魔法は相手の脳神経を侵すまで1秒程度のタイムラグがあるので、こういう急いでる時はマユーさんの出番だ。

 結果マユーさんの雷系魔法を受けて、数体のヴァンパイアが地面に倒れんだ。
 まぁ、マユーさんの雷系魔法はその名の通り落雷を発生させるので、静かな住宅街に『ドーン』という轟音が響き渡ることとなるから、その音がさらなる敵を呼び、わらわらとヴァンパイアが集まってくることになるんだけど。

 しかし俺たちは止まらない。
 やっぱマユーさんはすげぇな。って思わせるぐらい、出る敵出る敵を瞬殺していきやがる。
 そんな強力な援護を受けつつ、俺と王子は一直線に城へと向かう。

 ほどなくして見慣れた城門が俺の視界に入ってきた。

「止まれー! 止まれー!」
「押して参る!!」

 このセリフ一度は言ってみたかったんだよな。
 ――なんてことを言ってふざけてる場合じゃないな。

「はぁはぁ……」

 俺と王子のちょい後ろを走っていたマユー将軍が少し息を切らし始めていたんだ。
 どうやら怪我の影響が出始めたらしい。
 まぁ、あの大怪我を数日で治すなんてやっぱ無理だったんだろう。
 なにはともあれそんな感じでマユー将軍が息を切らしているので、俺はマユーさんに向かって叫んだ。

「マユーさん! あの城門を破いたら城の中で適度に暴れててください! 無理しない程度に。あと、王子も一緒に!」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
「うむ、わかった! しかし、それじゃタカーシはどうするつもりじゃ?」
「僕は国王様を探しに行く。くれぐれも死なないでね!」
「おう、それはタカーシもじゃ!」
「うん! それじゃ王子!? あの城門を!」

「任せよ! ふんっ!」

 短く打ち合わせを済ませ、王子が将軍級の突撃を繰り出す。
 その攻撃が数体の敵ヴァンパイアごと城門をぶち破り、俺とマユーさんは王子に続いて城へと侵入した。



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