天地の擾乱編 5
バーダー教官に衝撃の事実を知らされてから数時間後、俺たちは小高い丘の上から東の森を見つめていた。
隣にはフライブ君たち。そのちょっと前にはフォルカーさんをはじめとするフォルカー軍の重役たちがそろって列をなしている。
当然、マユーさんもその列に加わっていた。
んでだ。なんでこんなに揃いも揃って東の森を見つめているかというと、その理由は東の国の兵たちにある。
今現在、東の国の兵たちがマユーさんについていこうと我が軍に投降している最中なんだ。
その数およそ5万。
それに対応するため、フォルカー軍の兵たちが数千体草原に展開し、彼らを武装解除させていろいろと今後の指示を与えているところだ。
そんな光景をフォルカー軍の幹部が揃って見守っているんだが、もう1つ重要な理由もある。
俺たちの居場所から数キロ程度しか離れていない場所で、ソシエダ軍とアレナス軍が戦いをしているんだ。
しかもそこにマユー軍以外の東の軍も混ざって三つ巴のよくわからん戦況になっているらしい。
その戦乱の流れ弾がこっちに飛び火したとき、投降してきた旧マユー軍の兵やそれを管理する味方の兵に被害が及ばないようにと幹部クラスの上級魔族が揃って見守っているんだ。
ソシエダ軍とアレナス軍の同士討ちにフォルカー軍が混ざる乱戦なんて御免なんだけどな。
そのため、有事の際には幹部クラスと上級魔族で投降兵を守る防衛線を築く計画だ。
まぁ最悪の場合、勝ち残った方と一戦交えてもいいような気もする。
そのころには敵はすでに消費状態だろうし、漁夫の利を得られそうだ。
と俺が気味の悪い笑顔を浮かべていたら、少し離れたところでマユーさんがフォルカーさんに話しかけた。
「まだ迷っている兵もいるだろう。もし後日彼らが亡命してきたらなんとかして引き入れてほしい」
「あぁ、わかっているよ。その算段は後ほどバレン将軍と協議する。もちろん前向きに考えるさ」
「その……バレン将軍というのは我々がともに戦っていた時の敵将の名だね? 大丈夫なのかい?」
おっと。俺の前でバレン将軍を疑うとはなんたることだ!?
「ふん」
マユーさんの暴言にイラついた俺が少し殺気を混ぜた視線を魔力とともにマユーさんへと送る。
しかしながらその魔力はごくわずかなものだったため、マユーさんには気づかれずにいた。
いや、俺がビビッてこの時の魔力を抑えてしまったんだけどさ、これには理由があるんだ。
ほんの十数分前のことだ。
「それにしてもさ。5万って。それだけで立派な軍隊作れるんだけど。
こんなに多くの敵兵が投降してくるなんて、東の国の信仰心も大したことないね」
隣に立っていたヘルちゃんに俺がそうぼそりと話しかけたのがマユーさんの耳に届いたらしく――それでいて俺の発言がマユーさんの怒りに触れたらしく、俺はマユーさんの雷系魔法でお尻を焼かれた。
「タカーシ君? 言葉には気を付けた方がいい。このマユーという男、僕のように優しくはないからね」
そんでもってフォルカーさんから釘を刺される始末。
こえぇ。口調はフォルカーさんと似ているのに、マユーさんはドSだ。
あと俺、何度かフォルカーさんからも暴力受けたことあるんだけど!
フォルカーさんも意外と優しくないからぁ!
「は、はい……」
しかしこの2人を前にして、これ以上反論することなどできん。
俺は短く答えるだけで済ませ、ヘルちゃんと「これ以上東の国の宗教を馬鹿にするのはやめよう」という意味のアイコンタクトをとる。
その後静かに場を観察していた俺たちであったが、しばらくして投降兵の処理が終わり、俺たちはバレン将軍の領地へ撤退し始めることにした。
さて、そこらへんはどうでもいい。
問題はバーダー教官だ。
今日の朝、俺に兄がいることを暴露しやがったバーダー教官。
東の国の兵の投降を見守っていた時も、そして今現在撤退開始の行動をみんながてきぱきと取り始めた時も、これといった変化は見せずに――いや、ちょっと俺から距離を取っているというか、俺を避けてる節があるな。
そんなバーダー教官。
彼自身にも兄がいるらしいが、あの時の雰囲気から察するに俺の兄についてこれ以上情報を聞き出すのは簡単ではなさそうだ。
しかしなぜ親父やお袋は俺に兄の存在を隠していたのだろう。
しかもアルメさんや使用人の魔族たちまで揃って、ときたもんだ。
俺の兄はどんな魔族なのだろうか? そして、その兄がいったい何をしたのだろうか?
疑問は時を追うごとに膨れるばかり。しかしながらバーダー教官の顔も立てなきゃいけないので、おおっぴらにアルメさんを問い詰めるわけにもいかない。
まぁ、アルメさんなら俺の誘導尋問に簡単に引っかかりそうだけどな。
フォルカー軍の撤退が始まって、みんないろいろとてきぱき動き始めているからゆっくり誘導尋問かけている場合でもないんだ。
ヨール家の長男。俺の兄。
そして、そんな兄が向かったという“北の国”。
いろいろと複雑そうでいて、しかしながら俺の興味をばっちりと押さえているキーワードがてんこ盛りだ。
うん。いずれこの状況が落ち着いたらこの件に着手してみよう。
さて、それはそうと撤退戦の開始だ。
「じゃあ僕はフライブ君たちと戦っているね。鉄砲部隊をよろしく」
軍の移動で草原に砂埃が舞い始めるその端っこで、俺はドルトム君に話しかけた。
実はさ、俺の鉄砲部隊はこの撤退戦でも殿(しんがり)を任されているんだ。
相手と距離を保ちつつ、上級魔族の遠距離攻撃魔法並みの一撃を放つことができる鉄砲という代物。
撤退戦にはやっぱりこういう武器が便利で、そんでもってこの点は少し納得がいかないけど、その鉄砲を扱うのは撤退に乗り遅れたとしても構わない中・下級魔族ときたもんだ。
昨日結構頑張ったみんなには申し訳ないけど、それらの事情からやっぱり撤退戦の殿は俺たちが受け持つのが妥当なのだろう。
とはいえ、ただ死ぬ覚悟で敵を食い止めろというわけではない。
ドルトム君が鉄砲部隊を指揮してくれるからな。
先日、鉄砲部隊に見事な連携をさせたドルトム君。彼に任せておけば鉄砲部隊の被害は限りなく小さくなるはずだ。
「う、うん。タカーシ君た、ちも……気を付け、付けてね」
俺の言葉にドルトム君が可愛らしく答え、俺たちは頷く。
ちなみに想定される敵はソシエダ軍とアレナス軍のうち、勝利した方。またはその両方。
まぁこの両軍からの攻撃は大したことないだろうな。すでに三つ巴の戦いおっぱじめた後だし。
注意すべきは東の国の残存兵かな。これは投降した兵とは別の派閥で、マユーさんを取り返そうとしたり、あるいは裏切り者のマユーさんの首を取ろうという輩だ。
マユーさんについていこうという魔族たちが投降している最中に攻めてこなかったのは、敵も部隊の編成をし直していたという理由らしい。
その点ではなかなか冷静で、かつ、投降兵をしっかりとこちらに預けるという意味で、戦場の美学を持っている指揮官が敵にもいるっぽい。
他に想定される敵としては――うん、忘れてはいけないのが王子への刺客。
とはいえここら辺は撤退の行列の真ん中あたりにいる王子を直接狙うだろうし、それは闇羽などの護衛に任せておけば大丈夫だろう。
というわけで俺たちは誰が追ってくるのか非常に分かりにくい状況で殿戦を行うこととなっているのだが、まぁ、ここは頑張るしかない。
「ん? 敵が来たね。これは……ケンタウロスの部隊……」
フォルカー軍が移動を始めたのを脇目に、フライブ君が鼻をひくひくさせながら独り言のようにつぶやく。
場所は草原と南の森の境目。俺たちもちょっとずつ撤退していたわけであるが、さっきまでフォルカー軍の本陣を敷いていたあたりからケンタウロスの魔力が数十確認できた。
「そだね。ということは、アレナス軍の兵かな。ドルトム君、どうする? 早速鉄砲部隊のみんなに狙撃してもらう?」
「いや、タカーシ君。あの数なら追撃部隊ではないと思う。むしろフォルカー軍に救援を求めに来ているのかも」
ほうほう。ということは、あっちの戦いはアレナス軍が不利な状況に陥っているということか。
さすが最強のドラゴン軍団、ソシエダ軍。といったところか。
でも、助けを求めに行った先にはすでにフォルカー軍の姿はなく、遠くを見てみれば撤退を始めているフォルカー軍の行列の尻尾が見える。
そんな状況だ。あの部隊、間違いなくこっちに来るだろうな。
「ん? こっちに来るね」
俺の予想をフライブ君が口に出し、遠くに聞こえていた蹄の音が徐々に近くなる。
俺たちとの距離が50メートルほどになったところで、敵の部隊長と思われるケンタウロスの声が響いてきた。
「フォルカー軍の諸君に尋ねる! なにゆえ戦場を放棄し、移動を始めておられるのかぁ!?」
その言葉にドルトム君が答えた。
「国王陛下消息不明の事態にあたり、我々はそれぞれの地元へと帰るつもりです!」
うんうん。ここで“バレン軍と連携を取る”なんてこと、わざわざ教える必要ないもんな。
ちっちゃい嘘だけど、そういうのもなかなかいいぞ、ドルトム君!
「んな! そんなこと許されるものか! フォルカー軍は我が軍に下られよ! ともにソシエダの軍を滅ぼそうではないか! さもないと……」
よくいうわ。あのケンタウロス野郎。
何を根拠に俺たちフォルカー軍がお前たちに吸収合併されなきゃいけねぇんだよ。
ドルトム君? とりあえずは適当に断っとこうぜ。
――と思ったのもつかの間。
「こ、ことわ……るの、め、めんどく、さいな……第1中隊! 番号1ぃー! 一斉射撃用意!」
「うぃーすぅ!」
「発射ーっ!」
問答無用かよ! ドルトム君!? 問答無用かよ!
と俺が衝撃を受けている間にも銃声が響き渡り、ケンタウロスの部隊は混乱と血の渦へと陥る。
「さぁ、タカーシ君? タカーシ君たちの出番だよ?」
「え、あ? え? う、うん」
そして生き残ったケンタウロスを俺たちで始末する。ドルトム君の冷徹さに俺が若干混乱していたが、フライブ君たちが奮闘し、何とか敵をせん滅することができた。
んで時間をおかずに次は東の軍の追撃だ。
こっちは敵意満々で接近してきたので、即座に鉄砲の餌食とすることにする。
この際、まずは俺の幻惑魔法を広げる。
今回は敵の動きを止めるだけ。幻惑の威力は小さくてもいいから、それをできる限り広範囲に広げるんだ。
そして敵の動きがあらかた止まったところで、そこに鉄砲部隊の精密射撃。
んでもって、鉄砲の射撃に生き残った敵兵はフライブ君たちがとどめを刺すと。
そしてちょっと退却して、また布陣。こういうところが撤退戦の面倒なところなんだけど仕方ない。
このころにはフォルカー軍の行列の最後尾が草原から南の森に入っていたので、俺たちはその森の木々に潜んで敵を迎え撃つことにした。
しばらく息をひそめて待っていたら、今度はドラゴンの群れがやってきた。
「フォルカー軍よ! 我がソシエダ軍の軍門に下られよ! さもな……」
「第3中隊、番号2! 発射ー!」
「ぎゃー!」
問答無用、バージョン2だ。
こえぇ。ドルトム君がこえぇ。
ソシエダ軍の兵たちって昨日まで味方だったんだぞ。いや、アレナス軍もそうだけどさ。
普通ここまであっさり殺るか?
「……」
俺は少しの恐怖心と不信感を抱きながらドルトム君を見つめる。
ドルトム君がその視線に気づき、もじもじしながら口を開いた。
「こ、ここで息の根を止めて……おか、おかないと……あとでめんど、面倒なことになるからね……それより……ドラゴンはや、やっぱり強いね。まだ……結構、い、生きのこ、残っている……それじゃ第3中隊、番号3! 発射ー!」
だから冷徹過ぎんだろ!
ってドラゴンさんの軍団が壊滅寸前だぁーッ!
「ほ、ほら、タ、タカーシ君? 出番だよ」
そんでもって俺たちが展開し、ドラゴンにとどめを刺していく。
といっても俺は攻撃力が弱いので、主にフライブ君やヘルちゃん、そしてガルト君がドラゴンたちの急所を上手くつくことで絶命させていった。
俺はというと幻惑魔法を最大稼働させながらも、ドルトム君の二面性について改めて恐怖を抱いていた。
しかしながら、いくら考えてもドルトム君の心がわからない。
結局、理解をあきらめた俺は幻惑魔法に集中する。
ほどなくしてドラゴンの部隊は全滅し、んでお次はまたしても東の国の軍だ。
これもドルトム君の細かい指示のもと奮戦し、俺たちは無事敵軍を退けることに成功した。
そんな感じで俺たちは3つの勢力からの追撃を退け続け、撤退戦を一昼夜済ませたあたりで敵からの追撃はなくなった。
タイミングを見計らい、軍列の真ん中あたりにいる王子のもとへ行ってみると、王子は刺客に襲われることなく平穏な行軍を続けていたらしい。
うんうん。それはそれで一安心だ。
しかし、これから俺たちは――いや、俺だけは大きな1つの存在と対峙しなくてはいけない。
3日後、フォルカー軍は山や森林地帯を通り抜け目的地に到着する。
すると、そこでバレン将軍が待っていた。
「タカーシ! “闇羽”への入隊おめでとう。歓迎するぞ!」
「嫌です!」
次の敵はバレン将軍だ。