第4話(3)森の声を聞いたり、樹液集めたり
「北の森へとやってきたはいいものの……」
「ええ……」
「どこにあるんだ、その大樹とやらは……」
「大体にして、みんなおっきな樹でありんすな~」
先を歩くアヤカとエリーが周囲を見回す。
「キョウ殿、これは一旦……ええっ⁉」
「? キョウ様、どうされたの……いやあっ⁉」
振り返ったアヤカとエリーが俺の方を見て揃って悲鳴を上げたので、俺は驚いた。
「な、なんだ⁉ どうした⁉」
「い、いや、それはこっちの台詞でありんす!」
「な、なにをしているのですか⁉」
エリーが戸惑い、アヤカがおっかなびっくり尋ねてくる。俺は両足を180度に広げ、上半身もぴったりと地面に着け、首だけ上に上げている状態だったからである。
「ああ、気になるか?」
「ええ!」
「どれくらい気になる?」
「それはもう……思いっきり!」
「おお、そんなにか……」
俺は体勢をゆっくりと戻し、立ち上がる。あらためて、アヤカが尋ねてくる。
「……なにをしていたのですか?」
「いや、単なる柔軟体操だ」
「今ここですることではないでしょう」
「バレたか」
「バレますよ」
「……いや、噂の大樹なんだがな……どうやらこっちのようだ」
俺は先を指し示しながら先頭を歩き出す。アヤカとエリーがそれに続く。
「これは……」
「なるほど、ひときわ大きな樹でありんすな……」
俺たちは大樹の前へとたどり着く。それを見上げて俺は頷く。
「……うん、どうやらここで間違いないようだな」
「ちょっと待ってください」
「ん? どうかしたのか、アヤカ?」
「何故にしてこの場所がお分かりになったのですか?」
「……さっき、自然と一体になっていただろう?」
「はあ、伏せておられましたね……」
「その時、聞いたんだ……『森の声』ってやつをさ」
俺は左耳に手を当てる素振りをする。アヤカが感心したように頷く。
「ああ、なるほど……!」
「な、納得するんだな」
「それはもう、キョウ殿ならば可能なことなのでしょう。聴覚を研ぎ澄ますことは……」
「あ~実はちょっとばかり違うんだが……」
「え?」
「いや、なんでもない……」
俺は首を左右に振る。エリーが目の前の大樹を見て、呟く。
「これが目印の大樹でありんすね……」
「そのようだな」
「……」
「どうかしたのか? 腕を組んで考え込んで」
「レアモンスターを引き寄せるほどの樹液ならば、薬、もしくは毒などにも用いることは出来ねえかと思いまして……」
「ああ……そうか、それもそうだな……」
「ただ、あいにく、あちきには薬学などの知識がありんせん……」
「……とりあえずはいくらか小瓶にでも入れて、携帯しておいたらどうだ?」
「それは良い考えでありんす♪ 詳しい分析などは専門家にでも任せんしょう」
エリーが樹の皮をナイフで削り、樹液を小瓶に入れる。
「むっ……」
俺は周囲に目をやる。大きなアリが二匹現れたからである。アヤカが呟く。
「樹液目当てのモンスターですね。『ビッグアント』……しかし……」
「しかし?」
「いや、今は良いでしょう……気をつけてください! 襲って来ますよ!」
「!」
ビッグアントが迫ってくる。人間大の大きさだが、なかなかの素早さだ。奴らの餌場なのだろう。そこを荒らされたと思って、怒ったのだろう。
「はああっ!」
「‼」
アヤカがビッグアントの内、一匹をあっさりと切り捨てる。もう一匹がエリーの下へと向かう。エリーは背中を向けてまだ樹液を集めている。俺は声を上げる。
「エリー! そっちに行ったぞ!」
「ええ、分かってやす……『ポイズンスネーク』、やっておしまい……!」
「シャアア!」
「⁉」
ポイズンスネークがビッグアントを丸のみしてしまう。樹液を集め終えたエリーが俺の下に歩み寄りながら、微笑みを浮かべる。
「ざっと、こんなものでありんす♪」
「なにをやっているんだ。丸のみしてしまっては、一匹分の報酬を損するではないか」
アヤカが文句を言う。エリーが耳のあたりを抑えながら呟く。
「一匹くらい良いでありんしょう……どうせ大した報酬の額じゃあありんせん……」
「うん?」
俺は首を傾げる。アヤカが説明する。
「もっと大きいサイズならばともかく、このくらいはそれほど珍しくはありません」
「ということは……?」
「残念ながらレアモンスターと言うには程遠いですね」
「さっき、しかし……と言っていたのはそういうことか」
「ええ、そういうことです」
「ふむ……つまりは……あれだな……」
俺は顎に手を当てる。エリーが苦笑する。
「お察しの通り、ガセネタを掴まされんしたね……」
「おい、これのどこが特ダネだ?」
アヤカがエリーを呆れた目で見つめる。エリーが両手を広げる。
「まあまあ、そういうこともありんす……」
「そ、そういうこともって……」
「街に戻るとしんしょう……」
エリーがゆっくりと歩き出す。
「……!」
「なっ⁉」
音がしたかと思うと、エリーが右肩と左腕を抑えて倒れ込む。
「! こ、これは……」
「……‼」
「うっ⁉」
もう一度音がしたかと思うと、アヤカが両腕から刀を落として、しゃがみ込む。
「そ、狙撃か⁉」
俺は周囲を見回す。