闘争本能の集中編 9
「よし! タカーシ君? 準備はいい?」
「うん、大丈夫。行こう!」
準備を整え、俺とフライブ君は敵が消えた森の中へと侵入する。
ここから先は高低差の激しい山岳地帯。
木々が生い茂る山岳地帯での戦いは鉄砲の特性を生かしにくい。
なので鉄砲隊はもちろん同行しない。
それどころか頼りになるバーダー教官やアルメさんも……。
本当の本当に2人だけで、敵が待ち構える森の中へと入ることになってしまった。
まぁ、そうは言ってもさほど怖くはないんだけどな。
以前と違い、敵が俺たちの侵入を数々の罠とともに待ちかまえているのは明白。
しかしながら実際に一度侵入を成功させているし、肝心のマユー将軍が動けないっぽいというドルトム君の分析を聞いたら、俺が安心するのも無理はない。
人間の血の補充も十分。なので自然同化魔法用の魔力も十分。
何を恐れることがあろうか!
「ちょ、タカーシ君? 歩きにくいから、まとわりつかないで」
いや、怖えーよ!
怖いからそりゃフライブ君にもまとわりつくわ!
――ってめっちゃ嫌がられたけども!
「ん?」
まとわりつく俺をフライブ君は軽快に解きほぐし、しかしここでフライブ君が足をとめた。
「くんくん……」
「どうしたの?」
「罠のにおいがするね。しかもこれはタカーシ君の自然同化魔法じゃ誤魔化せないやつだ。あっちへ行こう」
森の中で足を止め、鼻をひくひくさせながら周囲をうかがうフライブ君。
そしてトラップの気配に気づき、俺にそう伝えてきた。
以前俺たちが敵陣に忍び込んだ時もそうだったけど、こうやってフライブ君は俺の自然同化魔法が適応できないトラップ――つまり、物理的な落とし穴や丸太崩しなどの罠を嗅ぎ分けるんだ。
なので俺も余計な反論などせずに、フライブ君の意志に従う。
獣道と思われる木々の間から藪の中へと入り、フライブ君が見つけたトラップを迂回するように移動した。
――すると、ここで精霊たちが俺の目の前を通り過ぎた。
「あら、あなた?」
おう。俺だよ。
精霊はみんな似たような外見だから見分けつかないけど、この感じだと以前会った精霊と同じ個体なのだろう。
なので俺も知人に会った時のような反応を示してみる。
「あ、こんにちは」
「また会ったわね、精霊の申し子さん」
やっぱりな。以前会った精霊だ。
でも勝手に変なあだ名付けないでもらえるかなぁ。
まぁいいや。今日はあんたの意味不明なお告げを聞いている暇はないんだ。
って、また数十の精霊が俺の周りをぶんぶん飛び回り始めたぁ!
叩き落とすぞ! おい、叩き落とすぞ!
てめぇらハエみたいなんだよ、うぜぇなこら!
「……!」
しかし、俺が無意識に手を上げたら、それは例によってフライブ君に止められる。
んでもってフライブ君が真剣な表情で俺の眼を見つめながらこくこくと。
これ、俺にこの精霊たちと会話しろってことだよな?
今そんなことをやっている場合じゃないんだが。
なんでフライブ君はそんなにもこの精霊たちを大切に扱おうとするのかなぁ。
でもフライブ君が俺の手をぎゅって握ってるから、ここもやはりフライブ君の指示に従おう。
「はい。偶然ですね」
「そうね。これは偶然。しかし必然……」
どっちだおらぁ!
――いや、落ち着け、俺!
これは精霊の罠だ。
気を静かに保ち、冷静に乗り切るんだ!
「ふーん。そういうものですかぁ……?」
「えぇ、そういうものよ……。ところであなた、名前は?」
「タカーシ、タカーシ・ヨールと言います」
「ヨール……ヨール……東の国のヴァンパイアでは聞かない家名ね」
「えぇ、僕たちは南の国の魔族なんで」
次の瞬間、俺の体に纏わりついていた精霊たちが魔力とは違った不思議な力を使い、俺の動きを――いや、俺たちの動きを封じ込めた。
「ぐっ……ぐぎぎ……! ちょ、一体何を……!」
「タ、タカーシ君……それ言っちゃダメだよ……この森の精霊さんたちは……ぐう! 東の国の精霊さんなん……だから! 精霊さんたちは……敵の……仲間……」
失敗したーーー!
え! そうなの!?
いや、この精霊たちは東の国に住んでるだけで――んでもって東の国の国民から信仰されているだけで。
と思っていたけど普通に敵側の存在なの!?
ごめん、フライブ君! さすがに油断してた!
って、ちょ……体の締め付けが強い! しかもフライブ君は敵の魔力感知に引っかからないように魔力の放出を控えているから、なおのこと微動だに出来ずにいる!
じゃあ、ここは俺が何とかしないと!
「ぐおぉぉぉおおぉ!」
なので俺は低い唸り声とともに魔力を放出する。
質を高くした俺の魔力は自然同化魔法へと移行され、敵の魔力感知には引っかからないからな。
少しの後、体にも物理的な力が充満するのを確認し、俺は不思議な力による束縛からの脱却を試みた。
「ぐぎぎぎぎぎ……なめんなよ……!」
しかしその時――
「大変です。この子、我々の束縛から逃れようとしています!」
俺の体が若干動くようになり、それに幾十の精霊たちが慌て始めたあたりで、俺と会話をしていた個体の精霊が口を開く。
「あなたたち、やめなさい。この子は精霊の申し子の力を持つ者。たとえ敵であっても無礼は許しません。
しかもそちらの獣人の混血児は私たちに対する接し方を心得ているもよう。2人を放してあげなさい」
おぉ、俺と会話をしていた個体の……めんどくっせぇな。こいつを精霊1号と名付けよう。
その精霊1号がよくわからん理由とともに俺を助けてくれた。
「は、はい!」
精霊1号の指示により、周囲の精霊が不思議な力の発動をやめる。同時に俺たちの体も解放され、俺とフライブ君は少しバランスを崩して地面に膝をついた。
「はぁはぁはぁはぁ……フライブ君? 大丈夫?」
「うん……はぁはぁはぁ……そっちの精霊さん、ありがとうございます」
「えぇ、こちらこそごめんなさいね。しかし、あなたもやはり不思議な子。なぜ私たちとの接し方を知っているの?」
「僕は……今は南の国の魔族だけど、東の国で生まれたからです」
大したことじゃないけど、フライブ君が敬語使ってるのもなかなか珍しいな。
やっぱそれほどこの精霊という存在は偉いのだろうか?
だとすると……心の中でハエとか言っちゃってごめんなさい。あと、割とマジでイラッとして引っ叩きそうになってごめんなさい。
「そう、複雑な事情を持っているようね」
そうなんだよ。その子、色々と複雑な事情を持っているっぽいんだよ。
いい機会だから、それ聞き出してくれねぇかな? 今なら俺も心の準備出来てるし。
いや、今はそんなことしてる場合じゃないか。
そんなことを心の中で思いつつ、見つめ合うフライブ君と妖精1号の様子を観察していると、不意にその妖精1号が俺の方を向いた。
「こちらは我らが妖精の力を持つ者ですし……色々と興味深い2人組ですこと。うふふ」
そして精霊は妖しく笑う。
何が面白いのかは全然分からないけど、俺もついでに愛想笑いをしておいた。
「それにしても、南の国の兵であるあなたたちがこんなところで何をしているのかしら?」
「て……敵情視察です……」
「そう。あなたたちならこの森を難なく移動できそうですものね。適任といえば適任だわ」
ん? ちょっと違和感があるな。
これ、もしかしてさ。精霊たちって東の国の兵とどっぷり連携してるってわけじゃないんじゃね?
ちょっと探ってみよう。
「はい。なんとか無事に潜入しています……でも、いいのですか? 僕たちを捕まえなくて」
「えぇ。精霊の申し子たるヴァンパイアと東の国で生まれたオオカミの獣人族。
そんな2人を東の国の兵に明け渡すほど、あの連中に借りはありません」
おぉ! やっぱりな!
精霊たちっていうほど東の軍に肩入れしてるわけではないらしい。
じゃあここは少し攻めてみよう。
「なんでこの森の精霊さんたちは、東の国の軍に力を貸しているのですか?」
「東の国の兵は私たちをそっとしておいてくれる。
南の国の兵は私たちの生活を脅かす。捕まえようとしたり、私たちの森を荒らしたり。その違いだけよ」
ほう。南の国の兵は精霊を敵に回すような態度だから精霊たちを敵に回し、そのせいで森の中における南の軍の行動が敵に筒抜けだった。
だからこそ、この森に入ると敵から手痛い反撃を受ける。
そういうからくりか。
じゃあさ。
答えは1つじゃん。
精霊をこっちにつけちゃえばいいんじゃね?
「ふーん。あれ? ちょっと待ってください。僕たち南の国が東の国の軍をこの森から追い出して……そして戦場がさらに東になったら?
その時はどうするんですか? やっぱり東の国の味方なんですか?」
「いえ。本当にそうしてくれるなら、私たちはどちらの味方にもならない。
ここが戦場にならなくて私たちもうれしいわ。この森を抜けたさらに東には広い草原があるから、そこが戦場になれば……」
ほうほう。やっぱりな。
そういうことならこっちにだって考えがある。
「わかりました。それなら1つ提案があります。
これから戦いの間は敵に情報を渡さずに隠れていてださい。僕たちが敵を東に後退させて戦場を移動させます。
そして敵を後退させることが出来たらこの森に道を1本通らせてください。
この戦場と東の草原を繋げる道です。僕たち南の国の兵はその道を通って草原との行き来をします。
その代わり、今の戦場には木を植えるなんてどうでしょう? 何十年後かには豊かな森が出来る。この条件で取引してくれませんか?」
エコだエコ。日本人なら誰でも耳にしたことのある――中には熱心に取り組んでいる人もいるであろうエコロジーの精神だよ。
産業革命が未到で、かつ緑豊かなこの世界では逆にそういう感覚を持つ人間や魔族がいないんだろうけど、俺はその認識を十分に持っている。
だからこその、この提案だ。
森に住むという精霊よ。お前ら、どうせ森が豊かになったら喜ぶんだろ?
「そんなことが子供のあなたにできるの?」
ふっふっふ。その言葉を引き出せたならもう俺の勝利は目前だ。
「できます」
なぜなら俺は国の上役と太いパイプを持っている。
つーか王子が一応その上役だしな。
王子に頼み込めば絶対に承諾してくれるし、王子の命令ならソシエダ将軍たちも嫌とはいえない。もちろんフォルカーさんは俺たちの意見に問題なく賛成してくれるだろう。
俺は真剣な表情で精霊1号を見つめる。対する精霊1号も俺を真剣に見つめ、少しの沈黙の後、その精霊1号がゆっくりと口を開いた。
「そう……わかったわ。あなたを信じる。精霊の申し子よ」
これにて交渉成立。
敵に力を貸していた精霊はこの度第3者となり、この森の中で南の国と東の国の総力戦が開始されることとなった。