バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

24.それぞれの決意

 遅刻ぎりぎりで教室に入ろうとしたとき、入り口の前でザンブと軍団のメンバーが立ち塞がるように待ち構えていた。

 ザンブ軍団の一人、ハイネンが真ん中。ボサボサの紫色の髪に不健康そうな顔。痩せ細った体は猫背で丸まっている。
 その右がジド。くすんだ灰色髪で背が低く、大きな丸いメガネが特徴だ。
 左には、ニキビでぶつぶつの下膨れした顔。明るい水色髪のアレンツが。
 三人横並びの軍団を従えるように、ザンブがその前で仁王立ちしていた。

 何が起きてもすぐ対応できるよう、僕は少し距離を取って立ち止まる。

「ぶっひょっひょっひょ! カイトちゃ~ん、いつもいつもちょ~っと遅いんじゃないのぉ?」

「色々と忙しくてね。それより、もうすぐ先生が来るよ? 早く教室に入ったほうがいいんじゃない?」

 ザンブが両手を広げ、演説でも始めたみたいに馬鹿でかい声を出す。
 それに続き、家来ども(ザンブ軍団)がひゃははと(あざけ)るように笑う。

 毎日同じように逃げ回っていたから、いつかは対策されると思っていた。しかし、それが今日とはね。
 ザンブなら決闘の約束を盾にして、法だろうがなんだろうが使ってなりふり構わず僕を追い込んできそうなもんだけど。
 ただの待ち伏せを選んでくるとは拍子抜けだ。
 
「おーっとっと、勘違いすんな。奴隷ごっこをしたいんじゃねぇんだぜぇ? ほんのすこぉ〜し(少し)話がしたいだけだ。俺っちとお前だけ、ザンブ軍団のやつらは挟ませねぇからよぉ。昼でも放課後でも合わせてやっからさぁ……なぁ? てめえが男なら、そんくらいできんだろ?」

「……分かった、昼休みにしよう。ただし、これで最後にしてくれ」

「おい、こっちが譲歩してやってんだ。奴隷だってこと忘れんなよクソ雑魚テイマー! 俺っちがその気になりゃ、やりようは他にいくらでもあんの、足りない頭でも理解できるよなぁ? ……まあいい、そろそろ教室に戻んぞ。昼が楽しみだぜ、ぶひゃひゃひゃひゃ!」

 高笑いしながら緑色の天然パーマを指でいじくり、魚の糞みたいに軍団を引き連れてザンブが教室に戻っていく。
 僕は少し待って、廊下を歩いてくる先生を遠目に見ながら中に入った。

 話があると言われたところで、べつに断ればいい。
 付き合ってやる筋合いなんてないし、最初は僕もそのつもりだった。
 でも、男なら(・・・)というザンブの言葉が引っかかってしまう。
 あいつが何を考えてるのかは分からないけど、(にく)たらしいことを言いながらも、目がいつもと違っていた。
 奥の方に何か決意を押し込めているような……そんな強い瞳だったんだ。
 それがどうした、ザンブが僕にしてきたことを忘れたのかと問われたらそれまでなんだけどね。
 僕は僕を曲げたくない。ここであいつのあの目から逃げたら本当の負け犬になってしまう……そう思ってしまった。
 立ち向かわなきゃって、僕の心がそう叫んでる。

 色々と考えることがありすぎて、授業なんてまったく頭に入ってこない。
 ザンブが僕にちょっかいを出してくるときは、基本的に一人。軍団を使って嫌がらせしてくるようなことはない。
 あいつが仲間とつるんで僕の前に出てきたのは今朝が初めてだ。

 どんな話をしてくるつもりだろう。どうすればスライムジャイアントになったコロマルの強さを引き出せるんだろう。浮かび続ける疑問に思考が進む。
 午前中の時間は滑るように流れて、あっという間に昼休みになってしまった。

ツラ貸せ(ついてこい)やゴミ虫」

 アゴをしゃくって方向を示すザンブ。
 僕は黙って(うなず)き、後をついていく。

 みんな昼飯を食べようと食堂に向かう中、僕ら二人は学校を出て校庭へ。
 人なんてほとんどいないのに、さらに進んで林の緑が作る影の中で止まる。

「てめえの勝ちでいい」

「……ん? 何が?」

 僕に背を向けたザンブが呟く。
 プライドの高いこいつの口から出た言葉とは思えず、なんのことなのか分からない。

「だからよぉ、逃亡奴隷なんてやり方でギャーギャー騒いで逃げられちゃ、俺っちにマイナスしかねえ。負けを認めてやるって言ってんだ」

「あっそう、だから何?」

 ダグラスさんとパッセの親方に教えてもらった方法が相当効いているらしい。
 僕が考えたわけじゃないし、負けだと言われても勝った気はしないな。

「このままあと二年、卒業するまで毎日お前が同じように追いかけっこを続けたいってんなら、それでもいいぜ? だがなぁ、俺っちは気持ち悪い。決闘で圧勝してんのに、これじゃあ納得いかねえの。……分かるよなぁ?」

「そりゃそうでしょ、僕なりの小さな仕返しなんだから。お前が憎い。許せない! 殺されたスラマルとコロゾーのこと、何度も何度も夢に見た。今だって、お前の顔を見てると心がもやもやしてくるよ。さっさと話を終わらせてくれない?」

 なんの悪気もなく喋りかけてくるザンブを睨みつける。
 僕の心の騒めきを表すように木々の隙間を風が吹き抜け、木漏れ日が視線の代わりにザンブの顔を照らす。

「……で、だ。決闘は俺っちの勝ち、ここ最近はてめえの勝ち。一勝一敗ってわけ。お互いに思うところがあんだからさぁ、ちゃんと決めようや? いつでも受けるとは言っちまったが、もう待てねえ! 罰ゲームだろうが条件だろうが全部お前に任せる。今度こそ本気の決闘だ! 正々堂々、俺っちと戦え!」

 なるほど、そういうことか。
 こいつは最低の奴だし、回りくどいしめんどくさい。理由は分からないけど、自分よりも僕を下にしないと気が済まないんだ。
 どうすればその目標を達成できるか、こいつの頭にはそれだけしかない。
 目を見れば分かる。邪悪に突き動かされてるわけじゃないんだな。いい意味でも悪い意味でも真っ直ぐなだけ。
 条件を僕に決めさせるだなんて、何がなんでも戦いたいという証明だろう。
 
「ちょっと時間をくれ」

 ……しかし、条件か。難しいな。
 放課後までに答えを出すでもいいけど、なるべくなら会話もしたくないからね。この場で決めておきたい。
 アゴに手を当て、しばし考え込む。
 
 ザンブの気持ちに応えられるのは僕だけ。だからこそ、決闘しないなんて選択肢はない。
 やり返してやるとか、救ってやるとか、納得させてやるとか……そんなのは抜きだ。どうせ僕は一生こいつを許せない。
 でも僕らには、何かしらの結末が必要なんだ。

「よし、決めた。まず、めんどくさいから奴隷の罰は白紙に戻そう。……決闘は一ヶ月後、完璧な状態で戦う。時間が足りなかったなんて言い訳ができないようにね。そういうのがいいんだろ?」

「ぶひゃひゃひゃひゃ! わ〜かってん(分かってる)じゃねえか。俺っちはそれでいいぜぇ?」

「それと、僕らは口を聞かない。決闘で負けた方は心から謝罪して、一つだけ願いを受け入れる。僕からの提示はこんなところだけど……」

「いいぜいいぜぇ! 俺っちはその条件を飲む。……じゃ、楽しみにしてっから。今度は逃げんじゃねえぞ? ぶひゃーっひゃっひゃ!」

 太い手をひらひらさせながら、ザンブが校舎に戻っていく。

 僕は負けない。
 絶対に……もう……。

 だからこその一ヶ月。コロマルと一緒に鍛えて鍛えて……強くなって、スライム超特化テイマーの力を見せつけてやるんだ。

しおり