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9.最後の仕上げ

 僕に残されたのはあと五日。やるべき行動を絞らないといけない気がしてきた。
 目標に向かって進んでいると、一日が早すぎる。
 あれもこれもじゃ、時間が足りない。
 正直なところ、ザンブに勝つためには学校に行ってる場合じゃないんだけど、条件は向こうも同じだからね。サボろうもんなら、オーガ(ママ)に雷を落とされちゃうし。

 レベル上げは必須だろう。肉体の強さは勝ちに直結するからだ。
 僕のステータスがオークを超えていれば、スライムたちを守りながらだって戦える。
 自分自身を戦略に組み込めるのが、テイマーのメリットなんだから。

 そして、情報収集も大事なこと。
 オークは体が大きく力が強い。厚い脂肪が厄介で、ちょっとやそっと斬りつけたって、大したダメージにはならない。
 ゴーレムとまではいかないけれど、巨大な武器と盾を持たせてやれば、肉壁として非常に優秀なんだよね。オークって、なかなか評価が高いんだ。
 でも、勝てないわけじゃない。サモナーにだって穴はある。
 ザンブはサモナーになったばかり。わずか一週間では魔力が少ないから、そう何体も召喚できないだろう。必死にレベルを上げたとして、3体……多くても5体くらいか。
 子供のお小遣いじゃお金だってかけてられないし、装備も用意できないはず。準備は僕の方が万全だと思う。

 あとは、作戦か。
 スラマルもコロゾーも頑張ってくれているけど、モンスターとしての格が違いすぎる。
 こっちの方がレベルが高かろうとも、簡単に踏み潰されてしまうだろう。
 超特化で、二倍のステータスを貰っている僕が前に出るしかない。二人はサポートに回らせるつもりだ。足止めや撹乱、視界を封じたりとかね。
 このへんはおいおい詰めていこうか。

「カイトくん、何度私を無視したら気が済むのですか? 教科書の問題を解いてみろとさっきからずーっと言ってますよ? これは体罰ではありません。私の愛ですからね? じっくり味わいなさい」

 ……なんて授業中に考えてたら、また怒られてしまった。
 先生の右手が僕の視界を封じ、親指と中指がこめかみにめり込む。

「痛たたたっ! ごめんなさい、授業に集中しますからああああぁ!」

 じわじわと締め付けられる痛みに悲鳴を上げると、クラス中から笑い声が漏れる。

 そういえば、決闘の立ち会いは先生がやってくれるらしい。
 行き過ぎた試合にならないよう、勝敗が決したと判断したところで止めてくれると言っていた。
 すぐ怒るし、ゲンコツは痛い。顔は怖いし、体はムキムキ。……でも、生徒のことを考えてくれるいい先生なんだよね。
 僕は結構好きかも。今は授業を聞く余裕がなくて申し訳ないけれど。

 学校にいる間、スライムたちは家でお留守番させている。
 ママが置いていけって……ね?
 可愛い可愛いって、離してくれなかったんだ。
 二人にどうしたいか聞いてみたんだけど、僕に任せるって言うんだもん。
 ご主人のいない間、ママ上はこのコロゾーが守ります……だとか、コロゾーも調子いいこと言うからなおさらだよ。
 まあ、それを伝えたのは僕だし、従魔の感情は主人にしか分からないんだから僕が悪いのか。
 ママが気に入ってくれてるなら、べつに不満はないんだけどさ。
 ……はぁ、僕の従魔なのになぁ。

 学校の終わりを告げるチャイムとともに、猛ダッシュで家に帰る。
 スラマルとコロゾーを連れて、いざ森へ。

 今日は、スライム以外のモンスターとも戦ってみたい。少し奥まで行くことにした。
 森の切れ間で空気が変わる。普段なら、ここまで来れば大冒険だ。
 怖いくらいに濃密で、煙でも吸い込んでいるかのような。

「あれは……見つけたっ!」

 幻想的な光景から一転、悪魔が姿を見せてもおかしくない邪悪な世界。
 黒い鳥の羽根を思わせるカラス草の絨毯の上で、無防備に寝転がる一体のゴブリンが、スヤスヤと寝息を立てている。

 いくらレベルが上がったとはいえ、スラマルとコロゾーだけでは負けてしまうかもしれない。
 でも、僕ならやれるはず。

「スラマル、コロゾー、草むらに体を隠しながら、左右から挟み込める場所で待機だ。僕がゴブリンを起こすから、体当たりで急襲して」

"この一瞬で作戦を思いつくとは。カイト様は軍師になれるかもしれません"

"ご主人、やったりましょうぜ!"

 二人から、了解の意思が伝わる。姿勢を低く、体を蛇のように細長くして、カラス草を掻き分けながら進んで行く。
 音を立てずに移動できるスライムは、地形にはよるけれど、敵に気付かれずに近づくことができる。

 準備ができたところで、戦闘開始だ。
 僕は、わざと草を強く踏みつけながら走りだす。

「ギャッ!」

 ゴブリンが目を覚まし、飛び起きて棍棒を構えた。
 ゴブ美ちゃんと違うのは格好だけ。向こうはツナギ姿で、こっちは腰にぼろ布を巻き付けている。
 ぽっこりと腹が出ているのにやせ細った貧弱な体だけれど、力はレベル1の成人男性よりも強いらしい。
 鋭い眼光が、射抜くように僕に向けられている。
 狙い通り、敵だと認識してくれた。

「今だ! 驚かせてやれ!」

 一面に敷き詰められたカラス草からガサガサと音が鳴る。
 スラマルとコロゾーが、転がりながら勢いをつけているのだろう。
 そして、二人が草むらの中から飛び出した。
 体を固めて背後からゴブリンに激突する。

「よし、よくやった! 隠れるんだ!」

 ポヨンと跳ね返り、着地すると同時。スラマルとコロゾーは草原に溶け込むように消えてしまう。

「ゲギ……?」

 体当たりの衝撃で背中側に大きく全身をのけ反らせたゴブリンだったが、ダメージはそれほど受けていないようだ。キョロキョロとあたりを見回しながら、怪訝(けげん)そうな表情を浮かべている。
 僕のことなんて忘れてしまったみたい。
 こんなに近くまで来てるってのに。

「どこを見ているのかな? お前の相手は僕だ!」

 狙うは敵の急所――心臓だ。
 大きく一歩踏み込んで、低い姿勢から突きを放つ。
 肋骨を避けるように斜め下から真っ直ぐに伸びた僕の槍が、敵の胸を貫く。

「ゲギャアアアアアッ!」

 断末魔の悲鳴とともに、槍を引き抜こうと暴れるゴブリン。

「逃がすもんか!」

 僕は体ごと前に出て槍を押し込む。

「……ギッ、ギャッ」

 やがてゴブリンは力なく崩れ落ちた。
 必死に握りしめた槍から命の重さを感じる。
 傷口から溢れ出す紫色の血液が柄を伝い、黒い草の上に滴り落ちていく。

「やった……のか?」

 槍を引き抜くと、ゴブリンがどさりと地面に倒れ伏す。その体から薄紫色の魂が宙に浮かび、三分割されて飛んでいく。
 初めてスライム以外のモンスターを倒した。自分の命を奪いかねない、危険なモンスターだ。

「すごい! すごいよみんな!」

 思わず槍を落とし、両手を広げていた。
 そこに、スラマルとコロゾーが飛び込んでくる。

"あんなに強いゴブリンを倒せるなんてすごいです! やりましたね!"

 スラマルは、体をブルンブルンと震わせて大喜びだ。

"素晴らしい作戦でしたぜご主人!"

 コロゾーも、満更でもない様子。
 みんなに自身がついた有意義な戦いだった。

「あははっ! ねえ、一心同体って感じがしない? 三人でぴったり息が合っててさ、完璧だったよね!」

 二人をしっかりと受け止めて、嬉しさから顔をうずめて頬擦りしてしまう。

 その後も、ゴブリンにツノウサギ、ホウダンガエルにコボルトと、危なげなくモンスターを倒していく。
 次の日も、その次の日も、またその次の日も。
 僕のレベルは11まで上がり、スラマルとコロゾーはレベル10になった。

 ――そして、最後の日。
 視線の先に、森の一部が動いているのかと目を疑いたくなるほどに巨大なモンスターがいる。
 土を擦り付けたかのような茶色の毛皮。何を食べたらそうなるんだというくらいにでっぷり肥えた超重量の体。顔の先には平たい鼻をつけて、下顎からは極太の牙が突き出している。
 ……オークだ。

"カイト様、アレはまだ早いかもしれません"

"ご、ご主人、びびってるわけじゃねえんです。これは……そう、武者震いですぜ"

 スラマルもコロゾーもオークの迫力に圧倒されてしまったらしく、プルプルと震えている。
 こいつを倒せなければ、明日の決闘に僕らの勝利はない。
 
「怖いよね……あんな山みたいな化け物。分かる、僕もだよ。でも大丈夫、一緒に勉強したことを思い出して! 作戦通りにいこう! いつもみたいに信じてくれない?」

 僕が語りかけると、コロゾーの心に熱い炎が宿る。
 スラマルもやる気だ。

「二人とも自信を持って。よし、やるぞ!」

 僕が奴の注意を引きつけないと。責任重大だ。
 恐怖心を胸の奥深くに押し込んで、勇気の一歩を踏みだす。

 頼りになる二人は、レベルアップしたことで転がる速度が格段に上がっている。
 スラマルが右、コロゾーが左からオークの背後に回り込む。

「勝負だオーク!」

 僕は走り出し、オークとの距離を詰める。
 対峙すると、凄まじい迫力だ。目の前に巨大な壁が立ちはだかってるみたい。

「フギィイイイイイ!」

 オークの馬鹿でかい威嚇で大気が震え、僕の頬もピリピリと痺れる。
 一人なら逃げてしまいたくなるほどのプレッシャー。でも……。

「うおおおおおおおお!」

 気合いで思考を塗り替える。
 思い描いていた通りの動きで、スラマルとコロゾーがオークの動きを止めた。
 今だ!

「いいぞ、二人とも! てやあああっ!」

 ザンブに勝つ。前に進むために、大きく一歩踏み込む。
 体重を乗せて、全力を込めて……オークの体内に槍の穂先をぶち込む!

 最後に立っていたのは、僕ら三人だった。
 

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