愛と誓
「にゃちゃりあしゅみゃにゃい! おりぇは……」
※ナタリアすまない! 俺は……
「ダディ、何してるの? あ、ディーを紹介するね! この子、あたしがダディやママと一緒に居ると、恥ずかしくて会いに来れないみたいだから!」
コメントから散々脅されていたので全力の謝罪をしようと思ったのだが、ナタリアは気にしていない様子だ。
それどころか、ディーと話す機会をくれるらしい。
ナタリアに話しかけられたディーは、表情に不満を浮かべて嫌がっている。
ナタリアに腕を掴まれたディーは、観念した様子で俺の前にやって来た。
「ひゃじみぇみゃしちぇ。にゃちゃりあにょぴゃぴゃぢぇしゅ」
※初めまして。ナタリアのパパです
「うむ、話には聞いている」
……それだけ?
この少年は、挨拶をしたら挨拶を返すという礼儀を知らないのだろうか。
自己紹介をされたら自分も返すという当然の事が出来ないのだろうか。
ナタリアがディーを紹介するという事は、俺やアルと一緒の時にも会いに来て欲しいという表れでもある。
それほどに、ナタリアは初めて出来た友人を大切に思っているのだろう。
握りしめた俺の右手がプルプルと震えている。
勇太:さて、一発くれてやりますかね。
コメ:ナタリアちゃんより強いディーに?
コメ:一発貰うのはお前だけどなwww
コメ:尾行がバレた上に、ガキにボコボコにされる情けない父親の姿を見せたいのか?w
コメ:とりあえず会話を広げようぜ?
「じーきゅんは、きょにょちきゃきゅにしゅんぢぇりゅにょ?」
※ディー君は、この近くに住んでるの?
「さあな」
……さあな?
俺は、「はい」か「いいえ」で答えられる簡単な質問をしたはずなんだけど。
まさか斜め上の回答を貰うとは思わなかった。
二人で楽しく遊んでいた所を邪魔してしまったのは、俺が悪いと思う。
ディーが機嫌を損ねても仕方ないだろう。
でも、今後ナタリアと友達として付き合っていくのならば、その親である俺とも顔を合わせる機会が増えるはずだ。
少しくらい愛嬌をふりまいてもいいと思う。
魔王の居場所が分かれば、俺達はこの街を離れる事になる。
それは、今日かもしれないし明日かもしれない。
その時、ナタリアは初めての友達に別れを告げたいと考えるはずだ。
だが、俺やアルが一緒では会いに来ないとなれば、ナタリアは初めての友達に何も言えずに去る事になる。
それは、ディーにとっても嬉しくない筈だ。
ディーは俺たちが居なくなる事を知らないとは思うが、もしナタリアに何かあった時に、それを知らせる事が出来るのは俺とアルのみ。
友達との繋がりを求めるのであれば、その友達の周囲の人間とも繋がりを持つべきだと思う。
知らない事が悪いのではない。
知る機会が無かっただけなのだから。
この少年は自分の子供ではないが、少し厳しく言ってやった方がいいのかもしれない。
「にゃにをきゃんぎゃえちぇしょんにゃちゃいぢょをちょっちぇりゅんぢゃ? きみはにゃちゃりあにょちょみょぢゃちじゃにゃいにょきゃ?」
※何を考えてそんな態度を取ってるんだ? 君はナタリアの友達じゃないのか?
「な、何故そうなる! 余は、ナタリアとずっと仲良くしたいと思っておる! それに……その……」
コメ:まあ、勇太が言いたい事は分かる。
コメ:自分に甘いくせに人には厳しいのなw
コメ:人付き合いって大事だしね。
コメ:娘の友達を怒れるって、俺ちょっと勇太のこと見直したけどな。
「にゃちゃりあぎゃにゃじぇきみをおりぇにしょうきゃいしちゃにょきゃ、よきゅきゃんぎゃえにゃしゃい! にゃちゃりあにきりゃわりぇちゃいにょか?」
※ナタリアが何故君を俺に紹介したのか、よく考えなさい! ナタリアに嫌われたいのか?
「いや、違うのだ! 余は、ナタリアを……その、好いておる! け、けけ結婚したい……と、思って……おるのだ……」
……ん?
勇太:えーっと?
コメ:子供の時って、こういうのありますよね。
コメ:可愛いじゃないの!
コメ:こんなイケメンで恥ずかしがり屋だなんて、逆にポイントアップなんだけど。食べちゃいたい。
コメ:俺も食べちゃいたい!
コメ:↑お前はやめろw
コメ:正論言うと、ナタリアちゃんに嫌われたいのかってのは良くなかったね。もしディーが、もう友達じゃなくていいってなってたらどうするの? 今の発言で、二人の友情が壊れててもおかしくないよ?
コメ:それはそうかもね。
勇太:確かに。父親として未熟でした。教えて頂きありがとうございます。
コメ:てかさ、沈黙長くね?w
コメ:誰かチョットマッターって入って来てくれんかなw
コメ:それは草
コメ:ランデルが来るかもな?
コメ:クソワロタwww
ディーもナタリアも顔を真っ赤にして
俺をキッカケに出来てしまったこの空気をどうしたらいいのだろうか。
思わぬ展開になってしまって混乱している。
沈黙を破ったのはナタリアだった。
「あたし! あ、あたしは……ディーは初めて出来た友達だし、その……あたしも好きだけど……でも、まだ結婚とかは違うと思う。それに、あたしはダディより強い人がいいなって」
「ふむ、そんな簡単な事でよいのか。
ディーが右の口角を歪め、邪悪な笑みを浮かべる。
小さな体から漆黒のオーラが解き放たれた。
それは渦を巻き、龍がうねるかのように立ち昇っていく。
膨大な闇が衝撃波を発生させ、大地が砕け散る。
ナタリアは咄嗟に後ろに飛んで回避したようだが、俺はそうはいかない。
竜巻に巻き込まれたかのように吹き飛ばされ、
空に投げ出された俺は、痛みと共に目の前が暗くなっていくのを感じた。
終わった……。
そう思った時、後頭部に感じたポヨンと柔らかな感触が意識を繋ぎ止めた。
誰かに抱き留められたようだが、どうやら俺は死ぬ寸前らしい。
目を開けることすら出来ない。
抱き上げられたまま地上に着地すると、口に何かが入ってくる。
カレーのようなスパイシーな香りだ。
その臭いで脳が覚醒した。
何かを思い出したかのように喉が動き、その液体を飲み込もうとする。
あまりの不味さに体が拒否反応を起こし、吐き出したくなるが、そんな力すら残されていなかった。
ただゆっくりと、俺の体に染み込んでいくのが分かった。
なんだか体の調子が良くなった気がして目を開けると、涙を浮かべて俺の顔を覗き込むアルがいた。
俺はアルに助けられたらしい。
「私もナタリアちゃんのお友達が気になっちゃいましたっ。ナタリアちゃんを探してたら、パパが飛んで来てびっくりしたんですよっ! えへへっ」
「ありゅ……」
※アル……
胸が締め付けられるような気持ちになり、俺はアルを抱きしめた。
アルの柔らかさが、体温が、生きている事を実感させてくれた。
すぐにナタリアが心配になり、公園へと走り出す。
ハイポーションとは凄いもので、先程まで死にかけていた体が完全に回復しているようだ。
俺が手を引いているせいで、アルも後ろから追いかけてくる。
公園に戻ると、ディーが正座させられていた。
ナタリアに怒られているらしい。
アルが足を止めたようで、繋いでいた右手が引っ張られた。
振り返ると、アルが
「なっ……! ま、魔王……ディアブラ・サイクスっ!」
「おうアルテグラジーナ、久しいではないか! 貴様が結婚したと聞いたものでな。様子を見に来てやったのだ」
……え?
魔王と呼ばれた銀髪の少年が、アルに向けて右手を振っている。
「ちょっとディー! まだあたしが話してる途中でしょ! だいたいね、ダディが子供相手に本気になるはず無いじゃないの! それなのに攻撃するなんて、あなたは卑怯者だわ! そもそも、結婚なんて子供がするような話じゃないのよ!」
「では、余とナタリアが大人になればよいのだな? その時、正式に勇者と戦おうではないか。余が勝てば、ナタリアは……け、結婚するのだぞ!」
……ちょっと?
ダメだ、頭がパンクしそうだ。
このディーという少年が魔王だったという事だけは理解出来た。
ナタリアがプリプリと怒っているのもなんとなく分かる。
だが、話の内容が全く入ってこない。
「いいわよ! じゃあ、それまでディーは誰も傷つけたらダメなのよ! あたし、弱い者イジメする人って好きじゃないわ!」
「よかろう。では、魔王ディアブラ・サイクスの名を持って契約する。余は、勇者と戦うその日まで、弱い者イジメをしないと誓う。この契約が破られた時、余は死ぬとしようか! 命をもって、ナタリアへの愛を証明しよう!」
魔王が
その隙間から這い出た骨のような両手が空を
空間が左右に引き裂かれると、
死神はゆっくりと歩み寄り、魔王ディアブラ・サイクスの胸に杭の先をあてる。
魔王が両手を広げて目を伏せると、不快な笑い声を上げた死神が杭を打ち込んだ。
金属音とは違う、胸が張り裂けるような甲高い音が鳴り響く。
魔王は、顔を
その
その様子を堪能した死神は、ゆっくりと闇の中に消えていった。
「あ、ありえないっ! 魔王が契約に自らの命を差し出すなんてっ!」
アルが信じられない物を見たような顔をしている。
ここに居るみんなには申し訳無いが、色々ありすぎて俺の脳の許容量を超えてしまっている。
全然理解が追いついていない。
早く部屋に戻って一度寝たい。
起きてからゆっくり整理したい。
「ちょっちょ、いっきゃいりぇいしぇいににゃりょう? ちゃんちょきゃんぎゃえにゃいちょ。おりぇはきゃえりゅ」
※ちょっと、一回冷静になろう? ちゃんと考えないと。俺は帰る
「そうですねっ! 私も色々と驚いちゃって、頭が回ってない気がしますっ。ナタリアちゃんは遅くならないように帰って来てねっ?」
一緒に帰ろうとアルの手を握ると、小さく震えていた。
理解が及ばない物を見たからなのか、魔王という存在が恐ろしかったのかは分からない。
しかし、不安を感じているのは事実だ。
俺は、握る手に少し力を入れ、アルに微笑みかけた。
意図に気付いてくれたのか、アルがへにゃりと笑った。
「ふむ、余の決意は示した。今日は帰るとしようか! ナタリア、明日は何して遊ぶかを考えておくがいい!」
「ちょっとディー! 今日の串焼きは特別らしいわよ?」
「何? では、それを食べてから帰るとしよう!」
小さな二人は仲が良さそうだ。
命を賭けて愛を誓った魔王がナタリアに何かするとは思えない。
俺は、アルの手を引いて城へと戻った。
途中で串焼きを買って。