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ナタリアの友達

 魔王の調査が始まってから三週間が経過した。

 ダメ元でやってみた商品紹介は大不評だったし、城下町探索ツアーも二日で飽きられた。
 特にイベントが起きない城での配信は、企画力の無い俺にとって厳しいものであった。
 アルとナタリアのファンだけが残り続けてくれている。
 あの二人がキャスターだったら、花のある配信になるのだろうが。

 以前アルは、産まれてから一カ月で大人の姿になったと言っていたが、ナタリアは少し背が伸びたくらいでそんなに変わっていない。
 愛らしい少女のままだ。
 俺とアルの子供なので、ここからは人間のようにゆっくりと大人になっていくのかもしれないとアルが言っていた。
 親としては、成長を見守れるので嬉しい限りだ。

 成長といえば、教育ママと化したアルが、ナタリアにお金の使い方を覚えさせるべきだと言い出した。
 金貨を渡して好きに買い物をさせれば、金の価値が分かるようになると。
 人間の世界で暮らすナタリアにとって、知らない人と接する事も重要であり、俺やアルが近くにいない状態で色々と経験させるべきだというのが、アルの意見だった。
 俺は、一人で行動をさせるのは危ないのではないかと心配したが、プァルラグを瞬殺するナタリアに何か出来るような人間がいる訳がないと説得された。
 そんなこんなで、ナタリアは一人で出かけるようになり、寝る前に彼女が何を経験したのかを聞くのが日課となった。

 驚くべき事に、初めて買い物に出かけたナタリアは、その日の内に友達を作って帰ってきた。
 同じくらいの身長で、ディーと名乗る男の子だという。
 道端で腹を空かせて(うずくま)っていたディーに、屋台で買った肉串を分けてあげたのがきっかけで仲良くなったらしい。
 彼はいつも一人らしく、おそらく孤児だと思われる。
 ナタリアが一人で外出すると、必ず声を掛けてくるみたいだ。
 俺やアルと一緒にいる時は姿を見せない不思議な少年である。
 毎日のように二人きりで遊んでいるらしい。

 友達が出来たのは喜ばしいのだが、俺としては見過ごせない状況である。
 ナタリアに男の影がチラついているのだ。

 そこで俺は、ある企画を実行しようと考えた。

勇太:作戦があります。
コメ:どうせ(ろく)でもないんだろ?w
コメ:聞くだけ聞いてやるか。
勇太:明日、ナタリアを尾行します。この名探偵ユートルディスが、ディーという謎の男を丸裸にしてやりますよ。
コメ:お、おう。
コメ:俺も娘に同じ事したら嫌われたぞ?
コメ:私も親として言わせて貰うと、やめた方がいいと思いますよw
勇太:丸裸にしてやるぜ……。
コメ:それが決め台詞(ぜりふ)なん?w
コメ:設定は大事だもんなw

 ナタリア尾行作戦当日、俺は目が覚めてからずっと緊張している。
 娘が彼氏を家に連れて来ると聞いた時の父親はこんな気持ちなんだろうか。

「あたし出掛けてくるね! 夕方には帰るから!」

「気をつけて行ってくるのよっ」

「い、あ、にゃちゃ、あ、いちぇりゃしゃ」
※い、あ、ナタ、あ、行てらしゃ

 何も違和感なくナタリアを見送り、名探偵ユートルディスの仕事が始まった。
 まずは服を着替える。
 内緒で買ったベージュのパンツ、空色のシャツ、茶色のベストという組み合わせだ。
 キャスケットを目深に被り、伊達メガネをかけて変装完了だ。

「ありゅ、おりぇみょぢぇきゃきぇちぇきゅりゅ!」
※アル、俺も出掛けてくる!

「私は知りませんからねっ?」

「にゃにゃにゃにゃにゃにぎゃ? しゅ、しゅぎゅみょぢょりゅきゃりゃ!」
※なななな何が? す、すぐ戻るから!

「うふふっ。行ってらっしゃいっ」

コメ:猫かな?
コメ:バレバレで草
コメ:無能探偵に変えとけ!
コメ:こういう余計なことすると、お父さん臭い嫌いが始まるんだよな。あれ、目から汗が……。
コメ:脳みそピンポン玉で草

 扉を開け、廊下を覗き込む。
 ナタリアの姿は無い。
 壁伝いにカサカサと歩き、気配を消す。

「勇者様、お出掛けですか? ナタリアちゃんも先程外に行かれてましたよ?」

「しっ! よきゅやっちゃ」
※しっ! よくやった

 メイドに話しかけられたが、この人は俺が放ったスパイだったに違いない。
 首を傾げているが、労いの言葉をかけておいた。

 城の入り口から顔を半分だけ出して外の様子を確認すると、ナタリアが騎士と話していた。
 俺は再び壁と同化する。

勇太:こちらアルファー目標を確認。
コメ:チャーリー、ナタリアちゃんが可愛い。
コメ:デルタ、ナタリアたんカワユス。【二万円】
勇太:デルタありがとう!
コメ:草

 天候は晴れ。
 日差しが眩しく、対象に気付かれやすい。
 一段と気を引き締めて尾行する必要がある。

 ナタリアが坂道を下り、街へと向かい始めた。
 体を屈め、一定の距離を保って追いかける。
 重い鎧を着て生活していたからか、鍛えられた足腰がこの腰の曲がった老婆のような移動を可能にしている。
 この体勢ならば、坂の下から見上げても俺の姿は見えないはずだ。
 ステルスおばあちゃん歩法とでも名付けておこう。
 
 ついに街に入った。
 建物の影に隠れたり、(へい)に張り付いたりしてナタリアの後をついて行く。

「おじさんおはよう! 後で買いに来るかも!」

「おっ、ナタリアちゃん! お出掛けかい? 今日はサンドリザードのいい肉が入ったから楽しみにしてな!」

 ナタリアと屋台のおじさんが親しげに会話している。
 おそらく頻繁に買い物をする店なのだろう。
 対象の行動パターンを把握するのに重要な情報を手に入れた。

勇太:こちらアルファー、サンドリザードの串焼きが食べてみたい。
コメ:ブラボー了解。腹ペコ名探偵は任務を続けろ。
コメ:デルタ、ナタリアたんが可愛い!【一万円】
勇太:デルタありがとう!
コメ:もういいってそれ!w

 城から街の外まで続く真っ直ぐな大通りを、遮蔽(しゃへい)に隠れつつ慎重に尾行を続けていく。
 すると、何かに気づいたナタリアが建物の角を曲がって路地裏に入った。
 俺は、その建物の壁に背中をつけ、片目だけ出して様子を確認した。
 そこには、手を振ってナタリアを呼ぶ少年の姿があった。

 おそらく、アレがディーという俺の娘についた虫だろう。
 ナタリアと同じく中学生くらいの年齢に見える。
 センター分けの短い銀髪は清潔感を感じさせ、大きなライムグリーンの瞳が美しい。
 闇皇帝に匹敵する整った容姿をしている。
 少し吊り上げた口角がニヒルな笑みを作り上げ、白いシャツに白いパンツが王子様のような雰囲気を出している。

コメ:イケメンやんけ!
コメ:美男美女のカップルだね。
勇太:みんなには、あの男がまともに見えるんですか? 名探偵ユートルディスしか気付いてないのか?
コメ:どういうこと?
コメ:爽やかな好青年て感じだが。
勇太:シャツのボタンを二つも外して胸元を(さら)け出してる。アレは不良だ!
コメ:勇太くんて、すげえ馬鹿なんだねw
コメ:言い掛かりで草

 ディーの元にナタリアが駆け寄る。
 ディーは、ナタリアが上から手を乗せられるように右手を差し出した。
 見事なエスコートだ。
 今日のナタリアは白のワンピース姿なので、お姫様に見えてくる。

「ちょっとディー! それ恥ずかしいからやめてってば!」

「つい癖でな。今日はナタリアに何をして遊ぶか決めさせてやろう! また騎士ごっこでもよいぞ?」

 随分とキザで横柄な野朗だ。
 年頃の女の子は、オラついた男に魅力を感じると何かの雑誌で読んだ記憶がある。
 ナタリアが悪い遊びを覚える前に、俺がなんとかしないといけない。

コメ:王子様みたいで可愛いじゃない?
コメ:ディーきゅんキャワキャワ【五千円】
勇太:幼稚園の頃、滑り台を独占して国を作っていた偉そうな同級生が居ました。俺が滑り台で遊ぼうとすると、そいつが指示して取り巻きが追い出してくるんです。ディーもそのタイプかもしれません。早いうちに人格を矯正してやらないと大変な事になります。最悪の場合、拳を使うかもしれません。子供には勝てるでしょうから。
コメ:最低すぎるwww
コメ:急なエピソードトークからの暴論で草
コメ:マジでやめろ!w

 二人は手を繋いで歩いていく。
 その光景に、自然と顔が綻んでほっこりとした気持ちになってしまった。
 心を鬼にすると決めた矢先に気の緩みが生じてしまうとは、俺もまだまだ甘いようだ。

 尾行を続けると、公園のような広場に辿り着いた。
 鉄棒等の遊具があり、他の子供達が既に遊んでいる。
 ディーが滑り台に国を作り始めるのではないかと心配だったが、二人は遊具のある場所を通り過ぎ、誰も居ない広場で足を止めた。
 そこには、雑な作りの木剣が隠されていたようだ。
 ディーはそれを片手に持ち、ナタリアは両手で握った。
 俺は、木の影に隠れながら様子を伺っていた。

「ルールはいつも通りね? 当たったら負けだし、剣が折れても負けだよ! 今日こそ私が勝つんだから!」

「ふふっ。ナタリアは筋がいいからな。成長を見るのが面白いのだ。ほれ、いつでもよいぞ?」

 ナタリアの表情から笑みが消えた。
 その刹那、疾風と化したナタリアの鋭い袈裟斬りがディーを襲う。
 一瞬で距離を詰められたというのに、ディーはその攻撃を剣の腹で軽々といなし、ナタリアの背後に回り込む。
 振り下ろした剣の遠心力をそのままに、姿勢を低くしたナタリアは体を回転させ、背後に突きを放つ。
 既にディーは剣を振り上げており、待っていたとばかりに真っ直ぐ突き出されたナタリアの剣を払い飛ばした。
 木剣が空高く浮かび上がり、ディーの剣先がナタリアの顔先に突きつけられた。
 勝負が決し、ナタリアが悔しそうに顔を歪めている。

 二人は何度も剣を交え、その度にディーが圧勝していた。
 体の使い方、剣の技術ともに天と地ほどの差がある。
 剣の事など何も知らない俺にもそれが分かった。
 両手持ちのナタリアに対し、それを片手であしらうディーは、単純な膂力でも上回っているようだ。
 これが騎士ごっこ(・・・)とは、どんな騎士を思い浮かべているのだろうか。
 それほどにレベルが高い。

 二人の戦闘を遠くから眺めていた他の子ども達が、いつの間にか集まって盛り上がっている。
 女の子は黄色い声を飛ばし、男の子はナタリアを応援し始めた。

「ねえ、おじちゃん何してるの?」

 足元で少年の声がする。
 俺は二十歳(ハタチ)なのでおじさんではない。

「ねえねえ、ねえってば!」

 俺のシャツの裾が引っ張られている。
 少年は、真っ直ぐに俺を見据えていた。

「おりぇはおじしゃんじゃにゃい!」
※俺はおじさんじゃない!

 流石に否定しておかなければならない。
 拳を使うかどうか迷ったが、まずは教えてあげて、もし直らないようならぶん殴ればいいだろう。

「ダディ……?」

 騎士ごっこを中断したナタリアが、不思議な物を見るような目で俺を見ている。

勇太:こちらアルファー、作戦は失敗した。
コメ:あーあ。ナタリアちゃん可哀想。
コメ:チャーリー了解。お前は終わりだ。
コメ:こちらブラボー、謝る準備をしろ。
コメ:二人の子を持つデルタだが、嘘は絶対につかず、正直に話した方がいい。ここで嘘をつくと、俺みたいに二日間口を聞いてもらえなくなる。

 俺は、ゆっくりと頭を下げた。

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