火事場泥棒
「よし、逃げるぞ!」
王様の口から、王とは思えないセリフが聞こえた。
闇皇帝を倒した後の事は、何も考えていなかったようだ。
ランデルが部屋を飛び出し、王様が後に続く。
俺は体が重くて走れないので、異変に気付いた黒い騎士に見つかったら捕まってしまうだろう。
ゆっくりと歩いているが、人の気配は無いようだ。
この心配が
「どういうことだ!」
「こ、これは!」
玉座の間の方から叫び声が聞こえた。
王とランデルが眷属に囲まれているのかもしれない。
ようやく追いついた俺は、二人を囮にして逃げる事を考え、壁に隠れながら様子を伺う。
部屋の中央で周りを見渡す王様と、
先程まで壁沿いに立っていた眷属達の姿が見えない。
その場所には、黒い鎧が散らばっている。
闇皇帝キディス・メイガス・ドラキュリオが死んだ事で、その眷属も一緒に消滅したのかもしれない。
城の外に出てみると、空は青く澄み渡っていた。
光を遮っていた闇のカーテンは消滅しており、陽光が街を照らしている。
ドラキュリオ帝国が滅びた事を表していた。
「王よ、どうせなら闇皇帝のコレクションを持ち帰りませんか?」
「それもそうだな! ランデルよ、天馬車に詰め込むのだ!」
不穏な会話が聞こえた。
立場のある二人が空き巣のような真似をする筈がないと耳を疑ったが、ジャックス王国最強騎士とその王様は、剣を抱えてエッサホイサと往復を始めた。
「おいランデル! 金貨もあるぞ!」
「やりましたな!」
暗殺のような形だったが、戦争に勝ったと考えれば勝者の権利を享受しているにすぎないのだろう。
だが、ホクホク顔で走り回る二人を見ると、犯罪の片棒を担がされたような気持ちになる。
空き巣というより、これは強盗殺人かもしれない。
天馬車に限界まで剣を詰め込んだ重鎮二人が、やり遂げた顔で額の汗を拭いている。
いざ天馬車に乗ろうとすると、剣が邪魔で座れなかった。
「王よ、この剣微妙じゃないですか? これも見た目だけでなんとも」
「ふむ、何でもかんでも詰めすぎたか! 要らんな!」
二人は、闇皇帝のコレクションだった物をポイポイと投げ捨て始めた。
貴重な剣がガランガシャンと音を立てて散らかっていく。
見るも無惨な状態だ。
必死に集めた宝物が雑に扱われたら、化けてでも仕返しするかもしれない。
なんだか死んだドラキュリオが可哀想になった。
「帰るぞ!」
ようやくスペースが空いた天馬車に乗ると、ランデルが合図を出した。
後ろ足で立ち上がった天馬が
ハーネスから伸びる鎖がシャンと音を立てて張ると、天馬車が空へと浮かび上がった。
世界が小さくなっていく。
上昇が止まると、世界が流れ始めた。
風を感じながら絶景を眺めると、言葉に出来ない心地良さを感じた。
この天馬車は、気球と飛行機を足して二で割ったような乗り物だと思う。
地球にあったら大流行りするだろう。
ちなみに俺は、気球も飛行機も乗った事が無い。
コメ:ラドリックだっけ? この世界は綺麗だね!
勇太:
コメ:いつ死んでもおかしくないけどなw
コメ:金貰ってもやりたくないわ。
コメ:なんだかんだで後は魔王だけか?
コメ:結局、最後の四天王も勇太くんが一人で倒しちまったしなwww
コメ:倒したって言えるのかは疑問だけどw
勇太:剣抜いたら消えましたよね。
コメ:だよなwww
コメ:ナメクジに塩かけたみたいだったね!w
コメ:それは草
ランデルと王様が戦利品の話で盛り上がっていたので、俺はコメントと盛り上がっていた。
空がだんだんと茜色に染まっていき、世界が幻想的な赤に彩られていく。
時間の経過が景色に変化をもたらす様は感動的で、
コメントも俺も目を奪われてしまった。
四時間くらい空の旅を楽しんでいたら、空が暗くなる頃にジャックス王国に到着した。
明日の朝、今後についての会議をするらしい。
俺達家族にはベッドが四台ある城の客室が割り振られていたようで、部屋に入るとアルとナタリアが笑顔で抱きついてきた。
「パパっ! お帰りなさいっ!」
「ダディお帰り!」
愛しい家族の頭を撫でまわし、俺は鎧を脱いだ。
その動作が、物語に出てくる
自分とはかけ離れた別の人間になった気がして、少し歯痒かった。
少し疲れたのでベッドに横になった。
すぐさま布団を掻き分け、ナタリアが潜り込んでくる。
あっという間に俺の右腕が枕にされてしまう。
二の腕にほっぺたの柔らかさを感じた。
嫌な予感がする。
アルを見ると、悪戯を考えている子供のような表情を浮かべていた。
「私もっ!」
アルがベッドに飛び込んできた。
俺の体は押しつぶされ、車に
俺の左腕も枕にされてしまった。
頭を擦り付けてくるので、角が当たって痛い。
二の腕の皮が
「ねえダディ、闇皇帝はどうだった? どうやって倒したの?」
「しりゃにゅいぢぇいっしゅんぢゃっちゃよ」
※
「えぇー! やっぱりダディは強いんだね! 闇の中のドラキュリオはママでも勝てないって聞いてたから、少し不安だったんだよね」
「ナタリアちゃん、パパは誰にも負けまちぇんよっ!」
コメ:不知火なんて使えねえだろ!w
コメ:子供の前でカッコつけようとすんなwww
コメ:判決を言い渡す。美女独占罪で死刑!
コメ:ナタリアたん可愛いんじゃあ【二万円】
コメ:僕はアルちゃんに一票!【一万円】
コメ:羨ましくてムカつくから勇太に不知火食らわせたるわ。で、不知火ってどうやんの?
コメ:剣を抜きます。光ります。相手が死にます。
コメ:ワロタwww
まったりとした時間を過ごしていると、扉をノックする音が聞こえた。
風呂の準備が出来たらしく、家族三人での入浴になる為、一旦配信を切った。
大ブーイングだったのは言うまでもない。
浴室は銭湯のように広く、光沢がある高級そうな石で出来ていた。
体を洗って泡だらけになった俺は、ナタリアに壁を蹴って床を滑る遊びを教えた。
キャッキャと騒ぎながら滑走していると、鬼のような形相のアルに叱られた。
俺とナタリアは震え上がり、この遊びを封印する事に決めた。
俺の体は細かな擦り傷だらけになっていたが、ナタリアは無傷だった。
強い子だ。
風呂から出ると、部屋に食事が用意されていた。
食レポをしようと配信をつけたが、王の健康を気遣ってなのか、病院食のような感じで美味しくなかった。
ご飯は城の外で食べた方がよさそうだ。
腹が膨れると、急に眠気が襲ってきた。
道中は半分くらい気絶していたが、長旅の疲れが溜まっているのかもしれない。
ベッドに横になると、いつもはアルに抱きついて寝ているナタリアが珍しく俺のベッドに侵入してきた。
俺の右腕が再び枕と化す。
部屋の明かりを消したアルも俺のベッドに潜り込んできた。
そうなると当然アルも俺の左腕を枕にする。
四台もベッドがあるのに、何故かぎゅうぎゅう詰めになってしまった。
幸せを感じながら、眠りについた。
翌朝、扉を叩く音で目が覚めた。
会議が始まるので、騎士が迎えに来てくれたらしい。
腕枕をしていたせいで両腕が痺れている。
ナタリアは寝かせておき、俺とアルで参加することにした。
騎士について行くと、ドラキュリオ帝国に出発する前に訪れた応接間だった。
既に王様、大臣、ランデルが待機していた。
「お、ユートルディス殿! いやはや、昨日の不知火は見事でしたな! ささ、座って下さい」
会社の飲み会みたいな案内で席につくと、今後についての話し合いが始まった。
アル以外の四天王を倒し、残すは魔王のみとなった。
しかし、各国と情報を共有したり、独自の方法で探索をしているが、魔王がどこに潜んでいるのか分からないらしい。
魔王が見つかるまでは、俺達には城で暮らして欲しいと言われた。
その間の生活費を保証してくれるとのこと。
また、四天王討伐の功績により、魔王討伐後には立派な住居と一生遊んで暮らせるだけのお金をくれるのだとか。
「魔王が居そうな場所なら分かりますけどっ?」
「何だと? 大臣、地図を!」
王の指示で、大臣が黒いテーブルに世界地図が広げる。
アルが三ヶ所を指差し、その場所の特徴を告げた。
特殊な方法で
その解除方法もアルが教えてあげていた。
他国にも魔王軍のスパイが潜んでいる可能性がある為、ジャックス王国のみで調査を行う。
アルの言う三カ所は散らばっており、かなりの距離があるので、魔王の情報が得られるまでには時間がかかりそうだ。
「ランデルよ。信頼出来る者を集め、偵察部隊を作れ。魔王の情報を持ち帰るのだ」
「はっ!」
王命によりランデルはすぐに部屋を出た。
俺まで連れて行かれるのではないかと冷や冷やしたが、今回ばかりは大丈夫みたいだ。
これから長い王城生活が始まる。
お金の心配は無いが、どのように配信するかだけが気がかりだ。
視聴者は、俺の商品紹介を見て楽しんでくれるだろうか。
俺が彼らの立場なら絶対見ないだろう。
明日から気が重い。