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ドラキュリオ帝国

 強い風を感じて目が覚めた。
 いつの間にか椅子の上で横になっていたようで、目の前にはランデルと王様が座っていた。
 前後左右に揺れている感覚があるが、箱馬車の中にでも居るのだろうか。
 白い車内に赤い椅子とメルヘンチックだ。
 どうやら、気絶している間に連れ出されてしまったらしい。

 ふと視聴者数を見ると、四千人に減っていた。
 最近は、何もなくても二万人前後が見てくれていたのだが、アルとナタリアが周りに居ないとここまで少なくなってしまうみたいだ。
 一時期、一桁台にまで落ちてコメントが無くなってしまった事を考えれば、俺だけの配信でもこれだけ集まってくれるのは素直に嬉しいのではあるが。

コメ:お、起きたか?
コメ:大変な事になってるぞ!
コメ:外見ろ外!
コメ:勇太くん、リセットせなきついで?
コメ:今回はさすがに死んじゃうかも。
コメ:早く外見ろ!

 なんだかコメントが騒がしい。
 目の前のランデルも王様も和やかに会話をしているというのに、何故リセットする必要があるのだろうか。
 寝転がりながら窓を見ると、今日の天気は快晴のようだ。
 こういう日は、俺の心も晴々とした気持ちになる。
 少し肌寒いが、青々とした空がとても綺麗だ。
 さぞ景色も輝いて見えることだろう。

 起き上がって窓の外を見てみると、俺は空に居た。

「にゃんぢゃきょりゃあああああああ!」
※何だこりゃあああああああ!

 木も、街も、山すらも小さく見える。
 切り立った岩山、青々とした平原、森の中に(たたず)奇岩(きがん)、上空から見る世界は壮大で、言葉に出来ないほど美しい。
 時折雲を突き抜け、景色が流れるように変わっていく。
 なかなかスピードが出ているようだ。
 ……どうしてこんな事になっているのだろうか。

「ユートルディス殿、お目覚めですかな?」

「勇者よ、まもなくだぞ。気を引き締めよ!」

コメ:だから言ったじゃん!w
コメ:睡眠時三人称視点に変更してて良かったなw
勇太:なんか俺、空に居ませんか?
コメ:ペガサスみたいのが引く馬車に詰め込まれて空飛んでるぞ?
コメ:お前が死んだらアルちゃんとナタリアたそは俺が幸せにしてやる。安心して逝け!
コメ:まあ、リセットかもね。
勇太:リセットかぁ。でも、ヴァンパイアの国を見てみたい気はしますね。
コメ:いや、そりゃ見たいけどwww
コメ:やっぱりアホやこいつw

「ぢょうゆうじょうきょう?」
※どういう状況?

「おや、ユートルディス殿とはいえ空を飛ぶのは初めてですかな? これは天馬(てんま)が引く天馬車(てんばしゃ)という国に一台だけしか無い空を飛べる馬車なのですぞ! いやはや、絶景ですな!」

「空が暗くなれば、ドラキュリオ帝国の領土に入ったことになるぞ!」

 説明ご苦労。
 俺が聞きたかったのはそういう事では無かったんだけどな。
 ドラキュリオ帝国に向かっているらしいが、ランデルは何故こんなにものほほんとしていられるのだろうか。
 ネフィスアルバにボコボコにされたくせに、更に強い四天王と戦いに行くと理解しているのだろうか。

 窓から頭を出して見ると、頭上には四頭の白い馬が飛んでいた。
 あれが天馬なのだろう。
 普通の馬より少し大きな体で、肩口から純白の大きな翼が生えている。
 羽ばたく翼に合わせて四本の足が駆けるように動き、風を切る頭は気持ち良さそうに揺れている。
 黒いハーネスから鎖が伸びて、天馬車に繋がっているようだ。

 前方を見ると、巨大な円柱状の暗闇が(そび)え立っていた。
 闇の中にはポツポツと明かりが見え、人々が生活しているのだろうと想像出来る。
 太陽が照らす世界の中に、まるで一ヶ所だけ夜空が存在しているように幻想的な光景であった。
 そして、そんな力を持つ闇皇帝を恐ろしいと思った。

「ところで勇者よ、ドラキュリオ皇帝をどのように倒すつもりなのだ?」

「しりゃにゃい!」
※知らない

「なっ……なんですと! ユートルディス殿、まさかあの"不知火(シラヌイ)"までも体得しておるのですか! ふむ、勝負は一瞬かもしれませんな!」

 あの不知火と言われても、身に覚えがないんだけどね。
 四天王を倒す作戦も知らないし、不知火も知らないよ俺は!
 王様も何で頷いてるのか理解出来ない。

コメ:へぇ、凄えじゃん……。
コメ:不知火かぁ……。
コメ:あの奥義をね……。
コメ:闇皇帝を一瞬とは……。
コメ:リセット……。

 呆然としていると、辺りが暗くなった。
 ドラキュリオ帝国の領土に入ったようだ。
 暗闇の中に点在(てんざい)する街はどれも深い森の中にある。
 中央に(たたず)む円柱状の白い塔に似た巨大な城に、四天王である闇皇帝キディス・メイガス・ドラキュリオが住んでいるのだろう。
 城の周りは街になっていて、その周囲を石の壁が守っている。

「中央の城の手前に降下せよ!」

 ランデルの指示で、天馬車が緩やかに降下を始めると、一瞬だけ内臓が持ち上げられたかのような感覚があった。
 地面が少しずつ近づいてくる。
 着地の衝撃に備えて身構えたが、車輪が地面に接触すると、車体が小さく跳ねただけだった。
 地上に降りた天馬は、その大きな翼を体の両脇に密着させるように折りたたむと、軽快な蹄の音を鳴らして駆け出した。

 天馬は、人の言葉を理解する賢い生き物のようだ。
 どこかの青い鎧のハゲとは大違いだ。

 天馬車は、巨大な門の前で停止した。
 血液に浸したかのような赤黒い門が、ヴァンパイアの城である事を感じさせる。
 黒い鎧に身を包み、黒い槍を持った四人の騎士が、その門を守っていた。

「ジャックス王国よりドラキュリオ皇帝との会議に参った!」

 天馬車を降りたランデルがこちらの目的を伝えると、黒い騎士が門を強く二度叩いた。
 鎖を巻きあげる音とともに、ゆっくりと門が開いていく。
 その向こうには、暖色の街灯がぼんやりと照らす赤い街並みが見えた。
 赤く塗っているのか、そういう素材なのかは分からないが、その統一感が美しくもあり、どこか身震いさせるような恐怖を感じる迫力があった。

 ランデルが戻ると、天馬車が進み出した。
 街の住民はヴァンパイアの眷属と聞いていたので警戒していたのだが、人通りが多く活気のある様子はジャックス王国の街と変わらない。
 唯一気になるのは、人々の容姿だ。
 月明かりを(つむ)いで糸にしたような金髪に、透き通るような白い肌。
 怖いくらいに輝く金色(こんじき)の瞳に、口を開くと見える鋭く長い犬歯。
 全員が同じ特徴を持っているようなので、それこそが眷属であることの証明なのだろう。
 一様に美しい見た目をしていた。
 ここの住人であれば、ゴブリンに見間違えられることは無さそうだ。

 街には飲食店もあるようで、どんな物を食べているのか気になった。
 ウェルカムドリンクが人の生き血でない事を願いたい。
 雰囲気の良い服屋さんにはゴシック調の服が並んでいた。
 俺には着こなせそうにない。

コメ:なんか普通の街だな。
コメ:どことなくノスタルジックな感じ?
コメ:俺も眷属になろっかなぁ。
コメ:なんでやねんwww
コメ:こんなに綺麗な街なら、住んでみたいって気持ちは分からんでもない!
コメ:なんか喉が渇いてきた……。
コメ:コメントにヴァンパイアおるぞw

「いよいよですな!」

 街を抜け、城の手前に到着した。
 ランデルが意気込んでいるようだが、こちらは不意打ちを狙う作戦だというのを思い出して欲しい。
 天馬車から降りて間近で見上げてみると、首が痛くなるほどに巨大な城だった。

 城の入り口には黒い鎧の騎士が立っており、俺達の姿を見ると扉を開けてくれた。
 古い洋館の扉を開ける時の(きし)むような音が鳴り、ホラーが苦手な俺には堪えるものがあった。

 中に入ると広場になっており、赤い絨毯が敷き詰めてられていた。
 もしかすると、この世界の城は全てこのスタイルなのかもしれない。
 壁沿いに黒い騎士が立っており、壁には光を取り入れる為の窓が無い。
 入り口と反対側に一段高くなった場所があり、骸骨が集められたかのような意匠を施された禍々しい石の玉座が配置されていた。

「ジャックス王ヨ、久しいナ! また少し老けたのではないカ? 死が恐ろしければいつでも眷属にしてやるのだゾ?」

 広場全体に響き渡る声。
 石の玉座に無数の蝙蝠(こうもり)が集まると、(うごめ)く黒い塊は人に成った。

「だーっはっはっはっは! 冗談を言うな! ドラキュリオ皇帝、急な頼みで申し訳なかった! 寛大な配慮に感謝する!」

 ジャックス王は、その光景がさも当然かのように会話を始めた。
 親交が深いのか、仲が良さそうに見える。
 とても今から殺し合いを始める雰囲気とは思えない。

 闇皇帝キディス・メイガス・ドラキュリオは、誰もが見惚れる完璧な容姿をしていた。
 緩やかに波打つプラチナブロンドの長髪、吸い込まれるようなシャンパンゴールドの瞳、白磁のような肌、そして非の打ち所がない造形美。
 紫色の燕尾服が、スラリとした長身を際立たせている。
 欠点があるとしたら、ねっとりとした話し方がナルシストっぽくて気持ち悪いところだろうか。

コメ:はぁ……闇皇帝様……しゅきぃ
コメ:なんというイケメン!
コメ:勇太がゴミに見えるなwww
コメ:ゴブリンとヴァンパイアを比べてやるなってw
勇太:見た目はそうですけど、あの喋り方キモくないですか?
コメ:おまいう
コメ:だから張り合うなってwww
コメ:蟻が象に挑むようなもんだぞw

「早速本題に入りたいのだが、内容が内容なのでな。落ち着いて話せる場所に案内して貰いたいのだが?」

「いいだろウ! 私のコレクションでも見ながら話さないカ? たまには自慢させておくレ!」

 王が言う本題とは何なのだろうか。
 俺は途中まで気絶していたので、どういう理由で闇皇帝に会いに来たのかを聞いていない。
 喋りかけられたらボロを出してしまいそうだ。
 王といいランデルといい、どうして大事な事を教えてくれないのだろう。

 石の玉座から立ち上がったドラキュリオ皇帝が、指をクイッと曲げて俺達を呼んでいる。
 皇帝自らが先導してくれるようだ。
 護衛をつける様子も無い。
 よほどジャックス王を信頼しているのだろうか。

 闇皇帝の歩みに合わせて燕尾が揺れている。
 モデルのように腰をくねらせながら歩く様は非常に優雅だ。
 また気持ち悪いポイントを見つけてしまった。

 密室で話し合うと見せかけて四天王を倒すというのが王の作戦なのだろう。
 しかし、一つ気になっている事がある。
 何故かランデルが武器を持ってないのだ。
 もし、他国の王に謁見する時は帯剣禁止という決まりがあるのなら、俺の腰の聖宝剣ゲルバンダインは入り口で取り上げられていたはずだ。
 このジジイは一体何を考えているのだろうか。

コメ:これ勝てなくね?w
コメ:どうするつもりなん?
勇太:どうするつもりなんでしょうね?
コメ:お前に聞いとるんじゃたわけ!www
コメ:他人事で草
勇太:いやいや。このハゲ武器持ってないんですよ?
コメ:だから聞いてるんですよ?w
コメ:いやいやじゃねえんだわ!w

「ここが私の部屋ダ。さア、世界各地で集めた美しい刀剣達を見てくれたまエ!」

 ドラキュリオ皇帝が自室のドアを開け放ち、友達でも招待するかのように手招いている。
 中に入ると、広い部屋は赤一色で統一されていた。
 抜き身の剣が壁一面に飾られており、これが闇皇帝自慢のコレクションなのだとすぐに分かった。
 皇帝は、一つ一つ剣を手に取りながら、自分の子供を紹介するかのように、その詳細を丁寧に説明している。

「そうダ、ジャックス王ヨ。血吸いの魔剣ヘルバティアスを持ってみてくれないカ? 君の荘厳な姿にこの魔剣が映えそうダ!」

 血塗られたように真っ赤な刀身を持つショートソードがジャックス王に手渡された。
 王は、正中に構えたり、半身になって下段に構えたりと、満更でもない様子だ。
 確かに、体つきが良く背が高いジャックス王が持つとカッコいい気がする。
 今日の王様の服装は、純白のシャツに純白のパンツ、そこに赤いベストを着て赤いマントを羽織っている。
 色の組み合わせが良いのかもしれない。

「ランデルくんにハ、これなんか似合うんじゃないかナ? バスシージャ連国に居る世界一の刀鍛冶と名高いシモン・ソードウェルの作品ダ!」

 ランデルが手渡されたのは、一見何の変哲もない片刃のロングソードだった。
 しかし、近くで見てみると世界一と呼ばれる所以(ゆえん)が分かった。
 水に濡れたように艶やかな銀色に瞳が吸い寄せられる。
 真の名剣とはこういう物なのかと納得してしまった。
 ランデルが正中に構えると、鎧の青を反射した刀身が空色の美しいグラデーションに変わった。
 ドラキュリオ皇帝は、剣を人に合わせるセンスが並外れているようだ。

 ……これ、何の時間? 

 ジャックス王だけならまだしも、皇帝が自分の部屋に俺みたいなどこの馬の骨とも分からない奴を招き入れているのがまずおかしい。
 ジャックス王の急な会談を(いぶか)しむ様子を見せず、剣を持たせて間近で振らせているのも正気とは思えない。
 ただ自分のコレクションを他人に持たせて楽しんでいるように見える。
 闇皇帝は何を考えているのだろうか。

「金色の君は初めて見る顔だネ。ふふっ、難しい顔をしテ、何か考え事かナ? 大方私が自分の命に無頓着(むとんちゃく)だとでも思っているのだろウ?」

 考えを見透かされてしまった。
 顔に出てしまっていたのだろうか。
 闇皇帝と呼ばれるだけあり、只者ではないようだ。
 あの美しく輝く瞳には、どれだけの洞察力が秘められているのか。

「心配には及ばなイ。私ハ、闇の中では不死身だからネ。そんな派手な君にハ、この飾り剣なんてどうだろうカ?」

 斬る事を全く考えていないような、刀身にまで宝石がついた(きら)びやかな剣を手に取ったドラキュリオ皇帝が歩み寄ってきた。
 間近で見ると、男でも()れてしまいそうな程に美形である。
 皇帝は、手元でクルリと飾り剣を回すと、俺の前に差し出した。

「ほラ、持ってみたまエ。……おヤ? 君は随分と素敵な剣を持っているネ。抜いて見せては貰えないかイ?」

 闇皇帝が俺の腰を指差している。
 
「きょりぇぢぇしゅきゃ?」
※これですか?

 俺は、腹に刺さったナイフを抜くような動作で、聖宝剣ゲルバンダインの握りを両手で持ち、全力で引き抜いた。
 ゲルバンダインの刀身から眩い光のオーラが放出される。
 熱した鉄板で肉を焼いたようなジュワッという音とともに、目の前のドラキュリオ皇帝が消滅した。

「不知火《シラヌイ》……」

 静まり返った部屋で、ランデルが小さくつぶやいた。

しおり