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そんなことある?

「ハゲちゃん、お城に着いたらベッドで寝れるかな? あたし、またフワフワしたい!」

「城のベッドは、もーっと柔らかいじゃろうな。しばらくは毎日気持ちよく眠れるのうナタリア」

「本当? あたし楽しみ!」

 ジークウッドの街でベッドを経験してから、ずっとこんな感じだ。
 初めてベッドに横になったナタリアは、寝そべりながら空に浮いているみたいと感動していた。

 俺達は今、森の中を走っているのだが、ここを抜けたら城が見えてくる。
 闇皇帝ドラキュリオを倒すには色々としがらみがあり、準備期間中は城で過ごすことになるというランデルの話を聞いたナタリアが期待に胸を膨らませているのだ。
 このまま順調に進めば、昼過ぎには城に到着するだろう。
 俺としては、ベッドよりも国お抱えのシェフが作るご飯の方が気になっている。

コメ:当たり前の幸せすら与えてやれない勇太を許してあげてねナタリアちゃん……。
コメ:こっから一年近く城で暮らすんだっけ?
コメ:近くにダンジョンとか無いのか? 同じ場所で同じ日常を見続けるのはきついぞ?
コメ:いやいや、勇太が戦えるわけ無いだろw
コメ:ゴブリンてスライムより弱いんだっけ?
コメ:ワロタwww

 コメントの言う通り、俺も長期間冒険が出来ない事を危惧している。
 変わり映えの無い毎日という、俺が捨てたものを見せてしまう事になる。
 この世界に来る前とは違い、今の俺にはアルとナタリアという家族がいる。
 つまらない日常とはならないだろうが、それは俺にとってであり、視聴者からすると退屈かもしれない。
 
 俺が選んだラドリックという世界にも、タイキンさんが活躍しているようなダンジョンは存在している。
 元々、タイキンさんのような配信をしたくてこの世界を選んでいるからだ。
 城の近くにダンジョンがあるかは分からないが、俺に倒せるのはスライムくらいだろう。
 いや、スライムすら倒せないかもしれない。
 ゲームのようにレベルという概念があればいいのだが、それが無い以上は難しい。
 アルとナタリアであれば面白いダンジョン配信が出来るとは思うが、俺の為に二人を働かせるというのも気が引けてしまう。
 と、そんな事を考えていたら馬車が停止した。

「ランデル殿に伝令! ゴブリンの群れがこちらに向かっています! その規模、およそ二百!」

「戦闘準備! ゴブリンなど軽く蹴散らしてやれ! 盾兵は横陣を敷き最前線へ! 騎馬は森の中から横っ腹を食い破れ! 魔法部隊は後方から支援せよ!」

 ランデルの鋭い指示が飛ぶ。
 ついに忌々しきゴブリンが現れたようだ。

コメ:ゴブリンまじ?
コメ:勇太、間違われて斬られるなよ!
コメ:勇太の大群キター!www
勇太:みなさん、俺に似てなかったら謝って下さいね?
コメ:似てたらお前が謝れよ?
コメ:面白くなってきたなw

 奴らの姿はこの目で確認する必要がある。
 馬車から降りると、ゴブリン達の足音が聞こえてきた。
 命の危機とは違う謎の緊張感がある。

「ゲギャッ! ギャッ!」

 斥候と思われる一体のゴブリンが姿を見せた。
 俺達を発見したそれは、後ろを振り向きながらこちらを指差し何かを叫ぶと、すぐに逃げていった。
 そのゴブリンは、俺とは似ても似つかない見た目をしていた。

 身長は俺の半分くらいで、体毛が無く緑色の肌。
 お腹だけがぽっこりと膨れた痩せ細った体つき。
 目が細く、(わし)(くちばし)に似た大きな鼻をしており、耳元まで避けた口からは紫色の長い舌が飛び出していた。
 歯だって尖っていて、所々が抜け落ちていたし、醜いとしか思えない容姿をしていた。

コメ:あれ?
コメ:勇太……じゃない?
勇太:ふぅ。
コメ:ふぅの腹立たしさwww
コメ:これはランデルが悪いってことで!

「ギャーッ! ギギッ! ゲギャーッ!」

 不快な鳴き声とともに、ゴブリンの大群が迫って来た。
 やはり最初に見た斥候と姿形は変わらない。
 木の棒に石を()め込んだ斧、長い棒の先を尖らせただけの粗末な槍、拳大の岩を持った者までいる。
 そんな文明を感じさせない武器を持った小柄な軍隊が、距離をとって俺達と対峙した。

「ゲギッ……ヂャビェミョニョ……ヨギョジェ……」

 どこか親近感が湧く声が聞こえた。
 その声の主は、ゴブリン達の最後方に立っていた。
 他のゴブリンより二倍近い背丈で、一人だけ皮鎧を(まと)っていた。
 手には鉄の剣と盾を持ち、より人間に近い見た目をしていた。
 ……緑色の俺だった。

コメ:勇太いたあwww
コメ:ゴブトルディス! ゴブトルディス!
コメ:そっくりやんけ!wwwww
勇太:えぇ……。
コメ:クソワロタwww
コメ:勇太がゴブリンを率いてるぞ!w
コメ:あっちの方が勇者っぽくて草

「ゴブリンリーダーが居るぞ! ユートルディス殿と見間違えるなよ! 前方のゴブリンから順次蹴散らせ! 魔法部隊から攻撃じゃあああああ!」

 戦闘は一瞬だった。
 ランデルの号令で放たれた魔法がゴブリンの半分以上を倒し、そこに森の中から現れた騎馬隊が突撃した。
 なす術もなく一方的に蹂躙(じゅうりん)されたゴブリンは地に伏せ、最後に残ったゴブリンリーダーも呆気なく首を()ねられた。
 宙を舞う俺と瓜二つの首を見て、まるで自分が殺されたかのような不思議な恐怖を味わった。

 戦闘が終わると、兵士達が街道に散らばる緑の死体を一箇所に集め始めた。
 ゴブリンの死体は食べる訳にもいかず、放置しては腐敗による悪臭や他のモンスターを呼び寄せる原因にもなる為燃やすしかないらしい。
 魔法使いが火を放つと、肉の焼ける嫌な臭いが広がった。
 立ち昇る黒い煙がどこか怨念を含んでいるようで、背筋に寒気を覚えた俺は、その光景を見続ける事が出来なかった。

「わっ……私は、パパの顔って可愛い? ……と思いますけどねっ!」

 アルが気を遣って俺を励ましてくれたが、あんまり頭に入ってこなかった。
 
コメ:おい! 何か言うことがあるんじゃないか?
コメ:ふぅ。
コメ:勇太、見えてるんだろ?
コメ:リーダーどこー?
コメ:ふぅ。
コメ:緑色の勇太が居たなー? んー?
勇太:オレ ゴブリン オマエラ スマン
コメ:馬鹿馬鹿しくてワロタwww
コメ:しょうもなw
コメ:俺は結構好きwww

 俺の心に大きな傷を残した悲惨な事件があった気がするが、何事もなかったかのように行軍が再開された。

 馬車が森を抜けると、小高い丘の上に(そび)え立つ巨大な城と、その麓に栄える街並みが見えた。
 これからは城下町に行く機会が増えるだろうし、タイキンさんのように商品紹介なんかをやってみるのもいいかもしれない。
 城での生活は長くなりそうだが、視聴者が楽しめるような企画を考えていくつもりだ。
 『王様にドッキリをしかけてみた』なんてどうだろうか?
 不敬すぎて首を()ねられるかもしれないな。
 さっきのゴブリンリーダーのように。

 馬車は跳ね橋を渡り、巨大な城門を潜り抜ける。
 そのまま街中を通り、緩やかな坂道を登っていく。
 石畳の広場で馬車が停止した。

「これより王に面会する! 部隊は解散せよ!」

 兵士達が俺に一礼しながら去って行く。
 中には俺に握手を求める者までいた。
 いよいよ、新しい生活の始まりを感じる。
 解散という事で、装備を持って行かなくてはならない。
 ノイマンが俺たちの衣服が入った鞄を背負ってくれている。
 ナタリアは魔剣ゲイルウィングを持ち、ランデルは大剣を肩に担ぎ、俺は両手に(かせ)をはめられた。

 今回は、俺、アル、ナタリア、ランデル、ノイマンで王に面会する。
 アルと俺が正式な夫婦として国に認められたからだろう。

 長い坂道を登り、城の中に入ると、赤い絨毯の上でランデルとノイマンが(ひざまず)いた。
 俺は、体が重すぎて膝を曲げたくないので立っていた。
 ナタリアはよく分からないという顔をしており、アルも当然のような顔で立っている。

「ネフィスアルバを倒し、戻って参りました!」

「報告は聞いておる! 場所を移動するとしよう!」

 ランデルの声に、大臣が馬鹿でかい声で応えた。
 伝令兵がスパイの存在を知らせた為か、別室で話す事になった。

 案内された部屋は、黒檀(こくたん)のような黒く艶のあるテーブルを囲うように、金の意匠を施された真っ赤なソファーが配置された応接間だった。
 一番奥の席に王が座り、その横に大臣が立っている。
 俺達は、王と向かい合うように座った。
 ノイマンだけは部屋の外に立ち、誰も寄せつけない警戒態勢のもと会議が始まった。

「大臣、あれを」

 王の指示で大臣が金色に縁取られた黒い(さや)を持って来た。
 俺は立たされ、腰の左側にその鞘をつけられた。
 剣を納めろと言われたが、重すぎて肘が曲がらない俺には無理な注文だ。
 考えた結果、盾を地面に置き、剣を両手で逆さに持ち、鞘に突き刺すような形で納刀した。
 聖宝剣ゲルバンダイが鞘に納まると、刀身から放たれていた光のオーラが消えた。

コメ:非力すぎて草
コメ:切腹かよw
コメ:ハラキリッ!w
コメ:動作の一つ一つがダサいんだよなぁ。
コメ:こんな勇者嫌だわwww

「ドラキュリオ皇帝に面会の約束を取り付けた。ランデルと勇者ユートルディスを護衛とし、その場で奴を討つ。アルテグラジーナとその娘は、城で待機して貰う。よいな?」

 王の発言に耳を疑った。
 ランデルの言っていた一年とはなんだったのか。
 ドラキュリオ帝国を包む闇の中ではアルよりも強いという闇皇帝キディス・メイガス・ドラキュリオに勝てる筈が無い。
 数カ国で同盟を組み、数で押した方がいいに決まっている。
 という事で、答えはノーだ。

「いやぢぇしゅ!」
※嫌です!

「はっはっはっ、実に頼もしい! イエスアイドゥ(・・・・・・・)とは、ご機嫌な返事を貰ったものだ! ランデル、すぐに出るぞ!」

「はっ!」

 俺は気を失った。

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