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思い出

「ランデル殿に伝令、ジークウッドの街に到着しました!」

「見張りは交代で、それ以外は自由行動! 今日は羽目を外して、精一杯英気を養え!」

 オウッティ山脈を出発してから六日経ち、夕暮れ時にジークウッドの街に到着した。
 兵士達も疲れや色々な物が溜まっているだろうということで、今日は街で一泊する。
 こういう時は鎧を脱がせてもらえるし、久々に野営の硬いゴザのようなマットではなく宿屋の柔らかいベッドで眠れるのは嬉しい。
 ナタリアは生まれて初めてベッドで眠ることになる。
 そう考えると不憫(ふびん)でならない。

コメ:ずっと思ってたんだけど、配信方式が視界共有だと勇太くんが寝る時に画面が真っ暗になるから、睡眠時は三人称にしてくれん?
コメ:あ、俺もそれ思った!
コメ:ワーキャスの自動設定で変えれるで?
勇太:俺と一緒に寝て、俺と一緒に冒険して、みんなで同じ時間を過ごせると思ってたんですが。
コメ:誰がお前の生活リズムに興味あんねん!w
コメ:アルちゃんとかナタリアたんの寝顔見たいんじゃこっちは!
コメ:これがゴブリンの思考かwww
コメ:ゴブトルディスはよ設定変えろ!
コメ:ゴブトルディス草

 ナタリアとランデルのディベートから、コメントが面白がってゴブリン呼ばわりしてくる。
 まだこの世界のゴブリンを見た事が無いのにも関わらずだ。
 結構傷ついてるんだからな!

「ユートルディス殿! 前回は一緒に行動しましたが、今回はどうします? ワシはいつものアレ(・・)に行きますが」

「おりぇはありゅちょにゃちゃりあちょきょうぢょうしようきゃにゃ。きゃにぇぢゃきぇきゅりぇ!」
※俺はアルとナタリアと行動しようかな。金だけくれ!

「そうですか。ユートルディス殿も丸くなったもんですな……」

 一緒に夜遊びしたのは一度きりの筈なんだけど、このジジイは俺の何を知っているのだろうか。
 日本で暮らしている時も安月給だったから、楽しみといえば配信を見るぐらいしか無かったのだが。
 まあ、こいつは俺をゴブリン扱いする悪者達の親玉だし、金貨を一枚貰えたから関わらないでおこう。
 
 俺には、ジークウッドの街でやりたい事がニつある。
 一つは出来るか分からないが、一つは美味いものを食べる事だ。
 前回ランデルと一緒に行った酒場の飯は激うまだったからな。
 アルとナタリアも何かやりたい事があるかもしれないし、とりあえず宿を取ってからどう動くかを考えればいいだろう。

「ありゅ、にゃちゃりあ、にゃにきゃしちゃいきょちょありゅ?」
※アル、ナタリア、何かしたい事ある?

「私は特に無いですねっ! パパと出会った思い出の街ですから、色々と見て歩きたいとは思いますよっ?」

「ええっ、そうだったのー? そんな場所をまた訪れるなんて、なんだかロマンチックだね! ダディとママが出会った場所に行ってみたいかも!」

 じゃあ、どエロ動物園に行ってみようかなんて言えない。
 あの店から出た後に入った酒場も、ランデルがゲロを吐いた嫌な記憶しか無いので、それも違う気がする。
 嘘をつくべきなのだろうか。
 いや、俺はナタリアに真っ直ぐ育って欲しい。

「しょりぇみょいいきぇぢょ、おりぇはきゃじょきゅにょあちゃりゃしいおみょいぢぇをちゅきゅりょうちょおみょっちぇりゅよ!」
※それもいいけど、俺は家族の新しい思い出を作ろうと思ってるよ!

「ダディとママの思い出の場所があたしの思い出の場所になるって事? それって素敵!」

 なんとかなったようだ。
 アルを見ると、珍しく胸を撫で下ろしていた。
 思うところがあったのは俺だけじゃなかったみたいだ。
 普段ならこんな起点の効いた事は言えないが、俺のやりたい事の一つ目に近かったので、咄嗟(とっさ)に口から出てきた。

コメ:勇太のことだから、何も考えず娼館に向かうと思ったわ!
コメ:脳みそあったんだなw
コメ:アルちゃんもホッとしてて草
コメ:出会ったのが娼館て言いづらいもんな!w
コメ:アルちゃんのあんな表情初めて見たなwww

 ナタリアを真ん中に、俺が右手、アルが左手を繋いで、横並びで歩く。
 俺も昔こうやって歩いたなと懐かしくなった。

 まずは宿を決めようと街の人に聞いてみたところ、シャワー付きの高級宿があるらしい。
 前回宿泊したコテージタイプと比べると値段が三倍だったが、人の金なので迷わずそこに決めた。
 お金が無くなっても、またランデルから貰えばいいので気が楽だ。

 ジークウッドの街は、入り口から続く大通りがあり、大通りに沿って店が建ち並んでいる。
 大通りの終点に、男達が群がる夢の楽園があり、その手前は宿屋や飲食店になっている。
 街の外側に住民の居住地があるという旅人を優先したような少し変わった街なのだ。

 とりあえず大通りを歩いて、気になった店があれば戻る時に立ち寄ることにした。
 アルとナタリアは、服屋が気になっているようだ。
 店の外から見た感じだと高級店では無さそうだったので、もし何着か買ったとしても前回のように一文無しにはならないだろう。

 ついに大人達のテーマパークに来たが、男達を吸い寄せる妖しい明かりはまだ点いていない。
 この辺りは夜の帳が下りてからが本番なのだろう。
 怖いくらいに人気が無く、夕まずめに来ると何かこの世ならざる者が出そうな感じがして鳥肌が立つ。

「ひゅちゃりはきににゃっちゃみしぇはあっちゃ?」
※二人は気になった店はあった?

「服屋さんがどうかなって思ったけど、あんまりだったかなー」

「私は、三人で歩いているだけで楽しいですよっ!」

「じゃあ、ちょっちょちゅいちぇきちぇ」
※じゃあ、ちょっとついて来て

 二人とも特に無いみたいなので、俺の行きたい場所へと向かう。
 俺の自己満足のようなものだが、二人が喜んでくれればと思っている。

「きょきょにゃんぢゃきぇぢょ」
※ここなんだけど

 入ったのは、宝石店だ。
 俺は、結婚指輪を買おうと考えていた。
 そして、一つだけ嘘をつこうとしている。

「おりぇにょしゅんぢぇいちゃびゃしょぢぇは、ひゅうひゅはおしょりょいにょゆびわをしゅりゅんぢゃ」
※俺の住んでいた場所では、夫婦はお揃いの指輪をするんだ

「まあ! 素敵ですねっ!」

 シンプルな銀の指輪を選んだ。
 宝石も入っていなければ、彫刻やカーブなんかのデザインも無い。
 綺麗に研磨されただけの安い指輪だ。
 この世界では、ピカーリング液という銀の酸化を防ぐ液体で定期的に指輪を磨いておけば、常に輝きを保てるらしい。
 手入れは必要だが、逆にそれがいいと思った。

「きょりぇをひぢゃりちぇにょきゅしゅりゆびにちゅきぇりゅんぢゃよ」
※これを左手の薬指につけるんだよ

 左手をとり、細く美しい薬指を輪の中に通す。
 きめ細やかなライトグレーの肌に一筋の銀の光が輝いた。

「では、私もっ」

 アルも真似るように俺の左手に指輪をはめてくれた。 
 見せ合うように左手をヒラヒラさせると、自然と笑みが(こぼ)れた。

「二人だけズルい!」

「しょりぇぢぇにぇ、ちちおやはみゅしゅみぇにきゃみきゃじゃりをちゅきぇりゅんぢゃ」
※それでね、父親は娘に髪飾りをつけるんだ

 ナタリアの頭に銀の花を咲かせた。
 小さな桜のような花だった。
 ナタリアの髪に銀色が良く映えて、夜空に光る一番星のように輝いていた。

 このアクセサリーを外して眺めながら、家族を想いつつみんなで手入れをしようと提案した。
 アルもナタリアも満面の笑みで(うなず)いてくれた。

コメ:髪飾りをつける文化なんて無いぞ嘘つき!
コメ:でも、優しい嘘だよね。
コメ:今日のユートルディスさ、輝いてね?w
コメ:ムカつくけどちょっとカッコいいかもしれん。
コメ:ナルシストゴブリン……。
コメ:いい雰囲気なのにやめたげてwww

 これで目的の一つが達成出来た。
 後は美味しい物を食べて、フカフカのベッドで寝るだけだ。
 ところで、ナルシストゴブリンは酷くない?

 宿の近くで飯屋を探していると、一際賑やかな客引きが居た。

「楽しい食事を体験してみない? 旅の思い出になること間違いなし! 今だけオープン記念でお得に食べれるよ!」

「ダディ、楽しい食事だって! あたしあそこの店がいいかも!」

「ちゃしきゃにきににゃりゅにぇ!」
※確かに気になるね!

 まだ空席があったようで、すぐに案内してくれた。
 オープンしてまだ三日しか経っていないらしい。
 コース料理の店なので、酒場でワイワイやりたい客層が多いジークウッドの街ではイマイチ客の入りが良くないのだとか。
 店内は、テーブル席が六つの暖かい雰囲気で、厨房に居るやけに体つきがいい角刈りの男がミスマッチだった。

「メヂールのカルパッチョだ。緑の皿から食え」

 角刈りが料理を運んでくれた。
 マグロに似た薄切りの魚が花の形に盛り付けられ、サラダが添えられている。
 ドレッシングで半円状に模様が描かれていて、見た目でも楽しませてくれるようだ。
 とても目の前で腕を組んでいるゴリラのような男が作ったとは思えない。
 何故この男は料理を運んだ後も俺たちのテーブルの近くで仁王立ちしているのだろうか。
 そして何故全く同じ見た目のカルパッチョが二皿ずつあるのだろうか。
 (ふち)が赤と緑の二種類の白い皿がある。

「早く食え」

 角刈りが()かしてくる。
 この店が流行らないのはこいつの所為(せい)なんじゃないか?

「何これ! 全然違う!」

「本当ですねっ! 見た目も味付けも全く同じなのに、何故でしょうかっ?」

 二つの皿を食べ比べたナタリアが驚きの声を上げている。
 アルは、片方の皿から一口食べて目を瞑り、別の皿から食べて首を傾げている。

「ほう、分かるかい?」

 ゴリラの表情は変わっていないのだが、声のトーンが一つ上がった気がする。
 よく見るとソワソワしていて、少し嬉しそうだ。

コメ:勇太早く食えよ!
コメ:ウホウホ言ってる奴をお前の舌で黙らせろ!
コメ:ゴブリンVSゴリラ ファイッ!

 俺も言われた通りに緑の皿から食べてみた。

勇太:普通に美味い!
コメ:は?
コメ:それだけ?

 次に、赤の皿から一切れつまみ、口へ運んだ。

「うんみゃあああああ! ちゅり! きょりぇちゅり!」
※うんまあああああ! 釣り! これ釣り!

「むっ?」

 神妙な顔になった角刈りが厨房に戻っていった。
 腕まくりして気合いを入れていた気がする。

コメ:釣り?w
コメ:ゴリラの眉が上がったぞ!
コメ:効いたか?
勇太:これなんですよ。昔、俺が寿司を食べて感動したのは。その寿司屋の大将が言ってたんですが、漁で大量に獲った魚って、網の中で暴れてストレスがかかるんですって。そのまま船の上で放置されるんで、熱を持って味が落ちるらしいんです。釣ってすぐ血抜きとかの処理をして冷やして持ち帰った魚は、その魚が本来持ってる香りと旨みが段違いなんですよ。俺その時、マグロってこんな香りがある魚なんだって衝撃を受けまして、今正にそれを味わってます。
コメ:それはなんか分かる気がする。
コメ:ほぇー。そんな違うんや?

「ワイバーンのステーキだ。緑から食え」

 まさかここでワイバーンの肉が食べれるとは思わなかった。
 一口大のステーキに茶色のソースがかかっている。
 肉と全然関係ないところまでソースの曲線が伸びて、これまたお洒落な一品だ。
 それが二皿。
 この店はどうやら食べ比べで楽しませてくれるみたいだ。

「早く食え」

 また急かされた。
 今度は俺の方を見ていた気がした。

「どっちも美味しいけど、あたしは赤い皿の方が好き!」

「何故こんなに味が違うのでしょうねっ? 個体の大きさの違いでしょうか?」

「ふふっ」

コメ:ゴリラわろとるでwww
コメ:勇太くんはよ!
コメ:食レポゴブリンいったれ!

 目玉も美味しかったが、肉はどんな味がするんだろうか。
 切望していたワイバーン肉がついに食べれる。
 肉を刺すフォークを持つ手が震えてしまう。
 緑の皿から食べてみた。

「にゃにきょりぇうんみゃ! しゅんぎぇえうみゃい!」
※何これうんま! すんげえ美味い!

 あまりの美味しさにフォークが止まらず、続け様に赤の皿に手をつけた。

「あ……」
※あ……

コメ:え?
コメ:死んだ?
コメ:勇太?

「うんみぇしゅぎりゅううううう! じゅきゅしぇいぢゃ!」
※うんめすぎるううううう! 熟成だ!

「なにっ!」

コメ:なるほど熟成か!
コメ:ゴリラ驚きすぎ!w
コメ:異世界のモンスター肉を熟成って初めて見たかも?
勇太:熟成されてないワイバーンも美味しんですが、熟成したら別物になりますね。噛めば噛むほど味が出る熟成前と違って、口に入れた瞬間からもう美味い! 前にテールスープを食べた時に感じたワイバーン特有の香りってのがあるんですけど、熟成するとそれに木の実のような香りがプラスされるんです。鼻を抜ける時に心地よくて、油が全体に馴染んだ肉の旨みと甘さが合わさってもう最高ですよこれ。
コメ:ヤバいくらい美味そうなんだがw
コメ:ブラックジャイアントオークと比べるとどう?
勇太:熟成ワイバーンだと五分(ごぶ)ですかね。熟成同士なら黒豚が勝ちそうですけど。ただ、出汁は豚の方に軍配が上がりますね!
コメ:飯食いに異世界行きたくなるなw
コメ:分かるwww

 この後も二皿ずつ料理が運ばれ、どれも非常に美味しかった。

 会計の時に何故か名前を聞かれたので勇太と答えておいた。
 そして、何故か握手を求められた。

 この世界で俺の本名を知るのは角刈りのゴリラだけしかいない。

しおり