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青の老兵

 呆然と立ち尽くす俺達の目の前には、かつて山だった物が散らばっている。
 山脈が消え去ったことで隠されていた風景が姿を見せ、平になった大地は岩の欠片で埋め尽くされている。

コメ:俺たちは何を見せられたんだ?
コメ:あれ、山どこいった?
コメ:僕もアルちゃんに粉々にされたい!【2万円】
コメ:その気になれば世界滅ぼせるだろw
コメ:こんな化け物に挑もうとしてたんか勇者ユートルディスは……。
コメ:四天王でこれなら魔王どんだけ強いの?w

「ママすごーい! お山が無くなっちゃった!」

 ナタリアが手を叩いて喜んでいる。
 凄いとかそういう次元の話じゃない気がするんだが。

「ナタリアちゃん、パパ、少し下がりましょうかっ。ゴミの望みが叶ったようですので、兵隊の皆さんも離れた方がいいと思いますよっ?」

 口角を上げて微笑むアルの表情は、氷のように冷ややかな怒りを含んでいた。
 瞳の奥に暗い感情が見える。
 背中に熱を感じていた俺の体温が氷点下にまで落ちたような寒気を感じた。

 アルが斜面を下り始めたので、俺とナタリアもそれに(なら)う。
 アルの迫力に気圧され、兵士達も俺達の後に続く。
 ランデルだけが瓦礫の山を見つめていた。

「ん?」
※ん?

 足元が揺れた気がした。
 いや、やっぱり地面が震えている。
 一歩一歩大地を踏みしめる足が振動を感じ取っている。
 気になって立ち止まると、その違和感が音となって現れた。
 遥か後方からいくつもの爆発音が聞こえる。
 それは、とてつもない速さでこちらに近づいてきているようだ。

「にゃんぢゃ……ありぇは……?」
※何だ……アレは……?

 振り返ると、爆発音とともに砂煙が立ち昇っていた。
 瓦礫が次々と火柱のように舞い上がり、こちらに近づくにつれてだんだん大きく弾けていく。

「見つかると面倒なので、私はパパの背中に隠れちゃおっ!」

 何から隠れるのか分からないが、てへっと笑ったアルが俺の背中に抱きついてきた。
 ナタリアも「あたしも混ぜてー!」と飛びついてきた。
 二人とも全然隠れられていないように思えるが、楽しそうなので好きにさせておこう。
 とりあえずナタリアの頭を撫でておいた。

「ありぇ、きにょしぇいきゃ?」
※あれ、気のせいか?

 目の前で繰り広げられる特撮映画の爆発シーンのような光景の中に人影が見えた気がした。
 目を凝らすと、やはり何者かが砂煙の中を走っているようだ。

「はーっはっはっはっはーっ! やーってくれるじゃねえのよー!」

 豪快な男の声が聞こえる。
 この男の大地を蹴る力が強すぎて、走る度に地面が弾けていたようだ。

 声の主が空高く飛び上がると、その衝撃で地面が大きく爆《は》ぜた。
 豆粒のように小さくなったその男が、重力に任せて落下してくる。
 軌道を見るに、一人残されたランデルに向かって降下しているようだ。

 だんだんと上空から迫り来る男の姿が見えてきた。
 下半身には毛皮の腰巻きを身につけている。
 上半身は裸で、はち切れんばかりの筋肉質な身体つきは彫刻のようだ。
 金色の髪を短く坊主に丸め、飢えた獣のように凶暴な顔をしている。
 海のように青い獰猛(どうもう)な瞳がランデルを見据えて爛々(らんらん)と光っていた。

 その野獣じみた男は左手を前に突き出し、右手に持った歪な形の大剣を振りかぶっている。
 その大剣は闇を押し固めたように黒く、ドラゴンの翼のように見えた。

 ランデルが巨大な剣を下段に構えた。
 その目つきは鋭く、瞬きすら忘れて上空の敵を見据えている。
 青い鎧に身を包む老兵は、左足前に大きく股を開き、深く腰を落とした。
 足裏で大地を(つか)むように、じりじりと両足をめり込ませる。
 大剣の握りを引き絞るように、両腕に力が込められていく。

「よーく来たな虫ケラどもがよー! 俺っちが残虐の王ネフィスアルバだあああああ!」

「我が名はランデル。ジャックス王国最強の騎士じゃあああああ!」

 ネフィスアルバがランデルの目前に迫る。

「まーずはご挨拶代わりのー……いっぱあああああつ!」

 突き出した左腕を引くと同時に、右腕の黒剣が横薙ぎに振り下ろされた。

「ぬうんっ!」
 
 ランデルは半身に構えた腰を捻り、竜巻のような勢いで鈍く光る鉄の大剣を振り回した。

 黒と銀が交差する。
 高重量の剣と剣がぶつかり合い、激しい火花を散らした。
 大気を切り裂くようなけたたましい剣戟(けんげき)が鳴り響き、街をも吹き飛ばす強力な衝撃波が発生した。

 不可視の衝撃波が砂礫(されき)を巻き上げ、俺にも視認出来るようになった。
 球状に広がる破壊の波が、ゆっくりと地面を削り取りながら近づいてくる。
 面で襲いかかってくる逃げ場の無い死神の鎌をどうやって(かわ)せばいいのだろうか。
 そういえば、中学生の時に友達と肝試しに行ったっけ。
 自殺の名所で有名な夜の吊り橋は怖くて渡れなかったなあ。
 十七歳の誕生日に回らない寿司屋に連れて行ってもらったっけ。
 あれは忘れられない旨さだったなあ。
 何でだろう、スローモーションのような世界の中で、楽しかった思い出が次から次に蘇ってくる。
 乱雑に浮かび上がる瓦礫同士がぶつかる乾いた音と共に、命の終わりが近づいてきた。
 俺は無意識に目を閉じていた。
 
「なーんだ、どっかで見た顔だと思ったらてめーかよー! みーっともなくハゲちまってよー。何年振りだー?」

「三十年振りですかな? ダリング王国騎士団の元団長殿。そちらの若々しい姿はあの頃と変わりないようで。……人間を捨てた卑怯者が!」

 ネフィスアルバとランデルの会話が聞こえる。
 目を開けると、二人は鍔迫(つばぜ)()いのような形で剣を押し合い、先手を取り合っていた。

 どうやら二人は旧知の間柄らしい。
 国同士の会談か何かの時に、(もよお)しとして模擬戦で戦った事があるとか、大方そういうあらすじだろう。
 ネフィスアルバの方は、魔王に忠誠を誓う代わりに力と人間を超越した肉体を貰ったとか、まあそんなところではないだろうか。
 驚いた方がいいのだろうが、俺にはそれよりも気になる事がある。

「国同士の会談で催しとして行われた模擬戦では決着がつきませんでしたが、今日はその首を貰って帰りますぞ!」

「おーもしれえじゃねーかよー! 俺っちは魔王様から人間を超越した体とおーっそろしい力を貰っちまったからなー、たーだじゃやられねーっつーんだよー!」

 ご丁寧に説明してくれたようだ。

 四天王というから狂乱の一角獣ライトニングビーストのような化け物を想像していたが、ネフィスアルバの見た目は人間そのものだ。
 二人仲良く盛り上がっているようなので、向こうは気にせず勝手にやらせておけばいいだろう。

「あにょしゃ、しょうぎぇきひゃぎゃきょにゃきゃっちゃ?」
※あのさ、衝撃波が来なかった?

「ダディ、ごめんなさい。服が汚れそうだったからバリアを張っちゃったの。……ダメだったかな?」

「いや、えりゃいえりゃい」
※いや、偉い偉い

 なるほど、バリアか。
 ウチの子はこの歳でもうバリアが張れるらしい。
 懐かしいな、俺も昔はよくバリアを張ったもんだ。

 鬼ごっこでね……。

コメ:娘に守られる勇者……おる?
コメ:今度こそ死んだかと思ったわ!
コメ:勇太の心拍メーターさ、一瞬ゼロになってたんだけど?
勇太:あー、回らないお寿司を食べた思い出を振り返ってた時ですかね?
コメ:知らんわ!www
コメ:脳が死を受け入れてて草

 膠着状態(こうちゃくじょうたい)から一転して大剣同士の激しい打ち合いが始まった。

 動きが速すぎて俺には二人が何をしているのか分からないが、右で左で剣戟が鳴り、その度に衝撃波が飛んでくる。
 俺はサッとナタリアの後ろに隠れたので、もう安心だろう。
 念の為にバリアのポーズをしておいた。

「やーっぱり年とったらダメダメじゃんねー? 俺っちのパワーとさー、魔剣ゲイルウィングが合わさっちゃったらさー、だーれも勝てないワケなのよー!」

 ランデルが押され始めた。
 ランデルは、地に足をつけて腰を起点にした遠心力を生かす攻撃を得意としている。
 ネフィスアルバは、それと同等の威力を右腕だけで繰り出せる。
 体格差があるため、単純な力の勝負で分が悪いランデルは技術でカバーしていた。
 しかし、剣に加えて突きや蹴りの格闘術を織り交ぜ始めたネフィスアルバの猛攻は凄まじく、なかなか反撃の隙を見出せないランデルは後手に回らざるを得なくなってしまった。

「ぬぐあっ!」

 なんとか紙一重で攻撃を受け流していたランデルであったが、ネフィスアルバの左拳(さけん)を肩に受け、体勢を崩してしまう。
 その隙を見逃さず、ネフィスアルバが強力な袈裟《けさ》斬りを放つ。
 ドラゴンの翼膜(よくまく)のような禍々(まがまが)しい刃がランデルに迫る。
 咄嗟に剣の腹を盾にしたランデルであったが、真正面から受け止めた凄まじい衝撃により、後方に吹き飛ばされてしまった。
 振り下ろされた魔剣ゲイルウィングの刀身から漆黒の斬撃が放たれたのだ。
 剣を振るった軌跡(きせき)を追うように弧を描いた闇の剣線に押し出されたランデルは、その勢いのまま瓦礫の山に突っ込み、ガランガシャンと音を立てながら埋もれてしまった。
 ネフィスアルバが初めて見せた飛ぶ斬撃だった。

 あの魔剣には、一太刀で二連撃を可能にする特殊能力が秘められていたようだ。
 ただでさえ必殺の威力を誇るネフィスアルバの一撃が、受け止めると二倍の破壊力となって襲いかかるのだ。
 ランデルにとって絶望的な戦況であった。

「あっ、ハゲちゃんが死んじゃう! ねえパパ、ママ、ハゲちゃん助けてあげないの?」

 ナタリアが悲痛な叫び声を上げた。
 目には涙が浮かんでいる。

コメ:ごめんねナタリアちゃん。君のパパには無理なのよ。
コメ:滑舌の悪さが相手の弱点だったらよかったのに……。
コメ:そんな四天王嫌だわw
コメ:ランデルマジで負けそうじゃね?
コメ:ユートルディスには期待しても無駄だし、アルちゃんもランデルに怒ってたしなぁ。どうすんだろこれ。

「ナタリア、よく見ておれ!」

 瓦礫の山が持ち上がり、ランデルが立ち上がった。
 額から流れ落ちた血液が左目を真っ赤に染めている。
 絶体絶命のはずだが、ランデルの表情には自信が(みなぎ)っていた。
 決意を秘めた灰色の瞳が真っ直ぐにネフィスアルバを見据えている。

「青い鎧はジャックス王国最強の騎士のみが着用を許されておる! 人間を裏切り、騎士である事から逃げた弱者になど負けはせん!」

 ランデルは(ふところ)から小瓶を取り出すと、中の液体を一息で飲み干した。

「ひゃいぴょーしょんきゃ?」
※ハイポーションか?

「あれはパワーポーションですねっ。一時的に爆発的な力を得る代わりに寿命を縮める劇薬で、三本飲めば死ぬらしいですよっ?」

 ランデルの姿がぼんやりと屈折して見える。
 青い鎧を包む空気が蝋燭(ろうそく)の炎のように揺れている。
 陽炎(かげろう)(まと)った老兵は、大剣を上段に構えると大きく膝《ひざ》を曲げた。

「おーもしれえじゃねーかよー! ひーっさびさに興奮してきたぜえええええ!」

 ネフィスアルバの体からドス黒いオーラが発生し、筋肉が一回り大きく膨らんだ。
 魔剣を正中に構えてランデルを迎え撃つようだ。

「パパっ? 騎士が一番大切にしている物って何か分かりますかっ?」

 アルがネフィスアルバを指差し、問いかけてきた。
 騎士道精神という言葉は聞いた事があるが、難しい質問である。

「ちゅうしぇいしんちょか?」
※忠誠心とか?

「誇りですよっ」

 いたずらっぽくウインクしたアルは、指先から一閃の光を放ちネフィスアルバの頭を消滅させた。
 筋骨隆々の男の首から鮮血の花が咲く。
 膝から崩れ落ちたネフィスアルバは、力無く地面に倒れ伏した。
 
 ランデルは、その光景を遠目から眺め、剣を振り上げたまま呆然と立ち尽くしていた。

「これでおあいこですねっ! はぁ、やっとスッキリしましたっ。えへへっ」

 アルは満足そうに笑い、俺の腕に抱きついてきた。

 この世で一番怖いものを見た気がした。

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