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母は強し

 ファッションショーから五日が経過した。
 ナタリアは少し背が伸びたくらいで、今までのような異常な成長は見られない。

 今日のナタリアは白いワンピースを着ている。
 兵士に三つ編みのやり方を教わったらしく、色々と工夫を重ねた結果、右耳の上あたりからふんわりと()み始めて横に流したサイドテールになっている。
 清楚で上品なお嬢様の出来上がりだ。

 アルも先日購入したセクシーニットの組み合わせだ。
 ナタリアに三つ編みにされたらしく、ナタリアと逆方向のサイドテールになっている。
 アルの膝上に横向きで座っているナタリアと楽しそうに会話しているアルを見ると、歳の離れた姉妹に見える。

 歳といえば、二日前にナタリアの成長は普通なのかと聞いてみた。
 ランデルは、早すぎると言っていた。
 自分がナタリアと同じくらいの時は、友達の誰々とこんな遊びをしただのと昔話を始めた。
 あまりにも長かったので口を封じて無理矢理やめさせた。
 アルもナタリアと同じだったらしく、生後五日程で今のナタリアくらいまで成長したのだとか。
 そこから一か月かけて大人になり、その姿を維持し続けているらしい。
 気になったので年齢を聞いてみたのだが、教えてもらえなかった。
 俺より年上とだけ知る事が出来た。
 ランデルは、「ワシよりは年下ですかな?」と聞いた瞬間に平手打ちされていた。
 アルの動きがあまりにも速く、パシィンという乾いた音しか聞こえなかったのだが、ランデルの左頬に真っ赤な紅葉が浮かび上がったので分かったというのが正しい。
 日本では女性に聞いてはいけない事ランキング一位の質問なので、ランデルの左顔面が骨折したかのように腫れあがったのも仕方がないのかもしれない。
 翌日には元通りのイカつい顔に戻っていたが。

 馬車は森を抜けて高原地帯を走っている。
 丈の短い雑草に覆われた大地は緩やかに起伏しており、所々に岩が露出している。
 路面は段々と荒れてきて、馬車の揺れがお尻の皮膚を削り取ってくる。
 尾てい骨と腰が悲鳴を上げ始めた。

 そういえば少し肌寒さを感じる。
 行軍中に何度か鼓膜が押されて耳が詰まるような感覚があったし、ここは標高が高いのかもしれない。
 
「ランデル殿に伝令! オウッティ山脈の(ふもと)に到着しましたが、どこまで進めばよいでしょうか?」

「全隊停止せよ!」

 ついに四天王が一人、残虐の王ネフィスアルバの根城に到着してしまった。

 馬車を降りると、前方には巨大な岩山が無数に(そび)え立っていた。
 雲を突き抜けて山頂が見えない山もある。
 山々の(つら)なり方からして、山の奥にも山がありそうだ。
 後方には緑豊かな大地が広がっている。
 景色を楽しむならば素晴らしい場所だと言えるだろう。 

コメ:うわぁ、凄い絶景だ!
コメ:え、今からこの山登るの?
勇太:いくつの山が存在しているのか分かりませんが、片っ端から登って四天王を探すらしいです。
コメ:一流の登山家でもギブアップするレベルw
コメ:ナタリアちゃん可哀想だよ。
コメ:いやいや、歩くだけでへばってる勇太に山なんて登れんの?
勇太:無理ですね。作戦があります!
コメ:ワロタwww
コメ:あー、やっぱり馬鹿なんだね。

 以前ランデルは、四天王に辿り着くまでに一月(ひとつき)から三ヶ月かかると言っていた。
 眼前に広がる光景を見る限り、そんな期間では不可能だと分かる。
 そもそも、重い鎧を身につけた俺に山登りなど出来るはずがない。
 そこで、俺は考えた。
 山を登るという事は、部隊を分けて馬車や馬を見張る待機組が必要となるはずだ。
 そこに俺も加わればいい。
 当初はランデルがネフィスアルバを倒す予定だったのだから、俺が行かなくても問題ないだろう。
 我ながら素晴らしい考えだと思う。

「よし、準備が整ったな! それでは、予定通り見張りは待機地点に移動せよ! ワシらもすぐに出るぞ!」

 ランデルの指示で馬車と兵士が移動を始めた。
 残った五十人程で四天王を探すようだ。
 俺が混ざるはずだった部隊が遠ざかっていく。

「いや、ちょっちょみゃちぇ! おりぇもちゃいきぎゅみにひゃいりゅ!」
※いや、ちょっと待て! 俺も待機組に入る!

「王から褒美を貰った時に、ワシとユートルディス殿でネフィスアルバを倒しに()けと命じられておりましたので、てっきり一緒に行くものかと。もう無理ですぞ?」

 無理ですぞじゃないんだが。
 予定通りって事は、事前に作戦を考えていたんだよね?
 何で作戦会議に勇者を誘わないんだろうか。

勇太:作戦失敗です。
コメ:知ってたw
コメ:勇太の作戦が成功するわけない。
コメ:様式美で草
コメ:ストレスゲージが真っ赤になってるぞ!w

「ぎょひゃんはぢょうしゅりゅにょ?」
※ご飯はどうするの?

「三日前に立ち寄った村で携行食を買ったではありませんか。これ一枚で二日分の食料になりますので、五ヶ月は余裕を持って探索出来ますぞ?」

 ランデルが懐から取り出したのは、クレジットカードくらいのビスケットに似た食べ物だった。
 これをちびちび食べながら移動を続けるらしい。
 兵士が背負っている大きなカバンの中には、この携行食とやらが大量に詰まっている。
 水は山中の湧き水から補充する。
 地獄のような登山計画に目眩がしてきた。
 騎士が俺の剣と盾を持ってきてくれたが、受け取るつもりはない。

「ねえ、ダディ……。もしかして、あの山に登るの? せっかく買ってもらった服が汚れちゃいそう。あたし行きたくないなぁ……」

 駆け寄ってきたナタリアが今にも泣き出しそうな顔で見上げてくる。
 いつも明るく笑顔を絶やさない娘がこんな表情をするのは初めてだ。
 生まれたばかりのこの子は、こちらの都合で連れ回されているにすぎない。
 普通の子なら、友達と遊んだり、学校に行ったりと、もっと充実した生活を送っている。
 それなのに、文句一つ言わず今まで俺たちと一緒に冒険してきたのだ。
 そんな心優しいナタリアから初めて出た不満は、父親から買ってもらった大切な服を汚したくないという子供らしいものだった。

 成長が早いから、プァルラグという巨大な熊の化け物を倒したから、どこかで俺とは違うから大丈夫だと安心していたのかもしれない。
 これで父親面していたのだから笑えてくる。
 父親の前に、男として恥ずかしい。
 ナタリアはまだ純粋無垢な子供なのだ。
 そんな当然の事に今更気付くなんて。

 自分の無力さが不甲斐(ふがい)ない。
 後悔で胸が苦しい。
 ナタリアを悲しませたランデルにも腹が立ってきた。

 なんだか体が熱い。
 怒りが沸騰するとはこの事だろうか。
 自分への憤り、ナタリアを取り巻く環境への苛立ち。
 歯痒い思いが次々に沸いてくる。
 我慢出来ないほど熱い。
 まるで背中が焼けているようだ。
 いや、さすがに熱すぎる!

「あっちゅっ!」
(あっつ)っ!

 背後に異常を感じて振り返ると、アルが炎に包まれていた。
 真紅の瞳は燃え盛り、握りしめた拳がワナワナと震えている。
 立ち昇る熱気で髪が波打ち、その表情からは憤怒の二文字が感じ取れた。

「ゴミがっ……。そんなにネフィーと戦いたいのであれば勝手にしなさい。よくもナタリアちゃんを悲しませてくれましたね。後で覚えておくがいいっ!」

 アルが両手の平を天高く突き上げると、体から放出された炎が遥か上空で巨大な火の玉と化した。
 炎を注げば注ぐほどに膨らみ続け、太陽と見紛(みまが)う灼熱の球体が完成した。

「散れっ!」

 アルが両腕を振り下ろすと、大空で燃え盛る炎球から一筋の鋭い光が放たれた。
 その熱線が山々を突き抜けると、一拍(いっぱく)遅れて光の道筋が広範囲に弾け飛んだ。
 凄まじい爆発音が大気を震わせる。
 それを皮切りに、一つ、また一つと閃光が山を貫いていく。
 アルの怒りを代弁するかのように、破滅の光が次々と降り注ぎ、山という山を粉々に吹き飛ばしていく。
 空が焼け、大地が揺れた。
 神の怒りが世界を崩壊へと導いているかのような惨状(さんじょう)が目の前で繰り広げられている。

 必滅の輝きを(もたら)した死の太陽が消えると、視界は白い砂煙に覆われた。
 誰も声を発する事が出来ず、舞い上がった岩や砂礫が地面を叩く音だけが聞こえた。

 呆然と立ち尽くしていると、沈黙を切り裂くような炸裂(さくれつ)音が遥か前方で鳴り響いた。
 その音が連れてきた突風が、砂塵を突き抜け視界を晴らす。
 クリアになった景色は、あり得ない変貌(へんぼう)()げていた。
 誇り高く(そび)え立っていた巨大な山脈は消滅し、瓦礫(がれき)の山と化していた。

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