着せ替え
プァルラグを倒した俺達は、食事休憩をする事になったのだが、ランデルから待ったがかかった。
プァルラグの肉は野生味が強いので、個性を活かすには鍋にするのが一番らしい。
ベースのスープにマロミスという調味料を使うと格別な美味しさになるという。
この近くにはヨランザの街があり、調理役の兵士がプァルラグを解体している間に少人数で買い出しに行くというのがランデルの提案だ。
俺としては、持てるだけの肉塊を街に運んで、店に調理をお願いしたかった。
みんなで街に行けば宿に泊まれるからだ。
しかし、ナタリアに美味しいプァルラグ鍋を食べさせたいと張り切っていたランデルを見たら何も言えなかった。
ランデルと名乗りを上げた騎馬兵五人がヨランザの街に行くことになったが、やりたい事があったので俺、アル、ナタリアも加えてもらった。
御者も合わせた馬車組と騎馬兵の計十人で買い出しに向かう。
「拠点の指揮はノイマンに任せる! では出発じゃ!」
馬車が行軍時より少し速い速度で走り始めた。
少し先にある脇道に入って数キロ進めばヨランザの街があるらしい。
「ねえ、パパっ? どうして急に街に行きたくなったんですかっ?」
「にゃちゃりあにょふきゅをきゃっちぇおきょうちょおみょっちぇにぇ。おりぇやありゅにょびゅんみょひちゅようぢゃりょ?」
※ナタリアの服を買おうと思ってね。俺やアルの分も必要だろ?
騎士がナタリアの服を作ってくれているとはいえ、お洒落をしたい年頃の子には物足りなさを感じるだろう。
俺もこの世界に来てからずっと同じ服装だしな。
夜営の時に魔法使いが水魔法と風魔法で洗濯してくれるのだが、毎日同じ服というのは生活のリズム的に精神衛生上良くないと思う。
「わあっ、新しい服を買ってくれるの! ダディありがとう!」
「パパっ! ありがとうございますっ!」
まるで馬車の中に花が咲いたかのようだ。
可愛い娘と美人な妻の喜ぶ姿がこれほど良いものとは。
嬉しさと誇らしさの中にむず痒い気持ちがある。
世界を救った勇者の気分だ。
コメ:おい勇太! ありがとう!【三千円】
コメ:はぁ、お前天才だよ。【二千円】
コメ:も、もしかしてさ? アルちゃんとナタリアちゃんのファッションショーが見れるって事では?
コメ:俺、今日の勇太くん好きかも。【五千円】
コメ:俺は知ってたよ。お前はやる時はやる奴だってさ。
コメ:お前ら、勇太"さん"だろ?【三千円】
コメ:勇太さんが眩しすぎて前が見えねえよ!
コメントが異様な盛り上がりを見せている。
狙って言った訳ではないのだが、喜んでいるならそっとしておこう。
「しょういえばしゃ、みゃりょみしゅっちぇにゃに?」
※そういえばさ、マロミスって何?
「前にユートルディス殿と食べた丸豆を覚えてますかな? あれを加工した調味料でして……」
ランデルによると、マロミスとは丸豆を使ったペースト状の食材らしい。
豆を使っていることから、おそらく味噌のような調味料なのではないだろうか。
丸豆を茹でて、粒感が無くなるまで擦り潰し、メギリーブという家畜の乳と混ぜる。
そこに塩を加え、温かい部屋で時々かき混ぜながら二日間以上保管する。
固まってきたところでスパイスを加えて再度擦り潰したら完成だ。
癖の強い食材の味付けに使われるという。
マロミスの話しをしたり、女性陣が服の話で盛り上がっている内に、馬車が停止した。
ヨランザの街に到着したみたいだ。
この街もジークウッドの街と同様に建物は全て木で出来ているが、街の規模は少し大きいように見える。
まずは服選びだ。
街の人に話を聞いてみると、服屋は三店舗あるらしい。
一つは安価でオーソドックスな服を扱う品揃えの良い店、一つは少し値が張るが流行を取り入れた品質の良い服を扱う店、一つは新進気鋭のデザイナーが最近開いたばかりの変わった服を扱う店だ。
とりあえず一通り回ってみることにした。
一店舗目は、安価な服屋だ。
看板がなく、外観からも入りやすい雰囲気を感じる。
布を服にしてみましたと言わんばかりの特徴が無い商品ばかりで、ナタリアが今着ている服と大差無かった。
ここでは俺の下着だけ購入した。
二店舗目は、高級店だ。
店の入り口に『最高品質』というセンスの無い店名が書かれた大きな看板があった。
名前に反してお洒落な服が多く、女性陣が目を輝かせている。
「ダディこれ着ていい?」
早速ナタリアのお眼鏡にかなう服があったようだ。
店員さんに試着室に案内してもらった。
「どう……かな?」
試着室のカーテンが開くと、恥ずかしそうに顔を赤らめる天使がいた。
上品な白のワンピースがいい意味で子供らしい。
首周りが花模様のレースになっており、女性らしさと上品さがある。
黒い髪が映えて、非常に似合っている。
少し大きめのサイズだが、ナタリアもすぐに成長するから問題無いだろう。
「みゃわっちぇぎょらん?」
※回ってごらん?
「こ、こう?」
ナタリアの動きに合わせてスカートが
腰のリボンでウエストを絞れる作りで、後ろで蝶々結びになっている。
コメ:眼福です!【一万円】
コメ:可愛すぎて辛い。【一万円】
コメ:これは買いです!【二万円】
「きゃおう!」
※買おう!
さすがに即決だった。
買わない選択肢が無い。
今後のために、背が伸びてから着れる服も選んだ方がいいだろう。
そう伝えると、ナタリアは嬉しそうに店内を歩き回り、服を手に取っては
小さくても女の子なんだなと思い、ほっこりとしてしまう。
「パパっ! ちょっと来て下さいっ!」
試着室の方からアルの声がする。
振り向くと、アルがカーテンの隙間から顔を半分だけ覗かせていた。
「どうでしょう?」
カーテンが開くと、美しい天女が現れた。
絵画の中から飛び出して来たのだろうか。
胸元までが灰色で、そこから下が黒色の袖がないニットだ。
首元はタートルネックになっており、丸出しの腕が
破壊力抜群な暗色の服がピンク色のウェーブがかった髪を際立たせている。
下はタイトなベージュのパンツで、スラリとした脚線美が強調されている。
コメ:勇太さん、これ買いです!【二万円】
コメ:可愛すぎて一瞬気を失ったわw【一万円】
コメ:アルたそ似合いすぎ!【二万円】
「きゃいみゃしゅ!」
※買います!
何を迷う必要があろうか。
こんなもん買いでしかない。
「ダディ、どっちがいいかな? 大きくなったら着る服なんだけど……」
天使が二択を迫ってきた。
一つは
一つは
成長したナタリアの姿を想像しながら選ばなければならない。
どっちが似合うかと問われた時の回答に正解は無いが、世の男達にとって永遠の課題である。
無難なのは、ナタリアがどっちが好きかを聞いて、俺もそっちが好きと答える安定パターンなのだが。
勇太:みんな、力を貸してくれ!
コメ:ワンピースは白いの買ったから赤い方かなぁ?
コメ:どっちも買うのが男だぞ!
コメ:お前ら大丈夫か? 可愛い系とセクシー系のどっちに成長するかの重要な分岐だぞここ。ちなピンク一択!
コメ:ギャルゲー脳は帰ってどうぞw
コメ:俺もどっちも派。
コメ:俺達の勇太はどこに行っちまったんだ? 脳なしのお前は何も考えずにここまで来たんだろ! 迷う前に買え!
勇太:そうでした……。俺が馬鹿でした!
「にゃちゃりあ! りょうひょうきゃうじょ!」
※ナタリア! 両方買うぞ!
コメ:ひゃっほう!【五千円】
コメ:ユートルディス! ユートルディス!【三千円】
「ありがとうダディ!」
俺はもう迷わない。
考えたら負けだ!
流されて生きていくんだ!
残るは下着だ。
ここは不可侵の領域なので、女性に任せるしかない。
俺は黒派だがな。
会計を終えて店の外に出たが、自分の服を買い忘れたことに気付いた。
いい値段だったので、以前ランデルから貰ったお金が残り
次の店も見たいということで、三店舗目に到着した。
遠くから見ただけで異端さが分かる店だった。
真っ黄色に塗りたくられた建物に、水色とピンクで
斜めに取り付けられた看板には『ケモカダ式』と書いてある。
店内には目がチカチカしそうな色使いの服や、ところどころが千切れた服など、独創性があるデザインの商品が並んでいた。
その中で、まだ俺にも着れそうな服を選んでみた。
着丈が長い七分袖の白いシャツと、細いチェーンが左側についているダボついた紺色のパンツだ。
試着をして全身鏡に映る自分を見てみると、そんなに悪くない気がする。
しかし、他の人の判断も必要だろう。
カーテンを開けると、アルが目の前にいた。
「ありゅ、きょりぇひぇんきゃにゃ?」
※アル、これ変かな?
コメ:変に決まってるだろたわけwww
コメ:だっさw
コメ:壊滅的なセンス……。
コメ:イキリ中坊って感じw
コメ:例えが的確すぎて草
コメ:さすがにその服はないwwwww
「あら素敵っ! パパはお洒落なんですねっ!」
アルの声を聞いてナタリアもやって来た。
「ダディ似合ってる! いつもの服より全然いいと思う!」
コメ:へぇ、勇太センスあんじゃん。
コメ:ありよりのあり!
コメ:俺はカッコイイと思ってたよ?
コメ:なんか気怠さが出て雰囲気ダークだよねー。
コメ:俺、ファッションてよく分からないけどさ、なんか良いわ!
コメ:急な手のひら返し草
ナタリアもピンクをベースにしたカラフルな長袖のカットソーと白いショートパンツを抱えていた。
上目遣いで俺を見ている。
胸を締め付けられるような可愛さだ。
分かるよ、絶対に似合うよね。
「ダディ……」
「きゃう!」
※買う!
即断即決で会計に向かうと、さっきの店より全然高かった。
お金が足りない。
「あぁ、ぢゃりぇきゃにゃちゃりあにぴゅりぇじぇんちょしちぇきゅりぇりゅしゅちぇきにゃひちょはいにゃいきゃにゃあ。よりょきょびゅきゃおぎゃみちゃいにゃあ」
※あぁ、誰かナタリアにプレゼントしてくれる素敵な人はいないかなあ。喜ぶ顔が見たいなあ
「ここにおりますぞ!」
勢いよく右手を挙げたランデルに会計を任せて外に出た。
「ハゲちゃんありがとう!」
ナタリアに抱きつかれたランデルの満足そうな
服を選び終えたので、マロミスを含む鍋の具材を購入して馬車に戻った。
ヨランザの街からの帰り道、ランデルは気にしていないようだが、俺には金を払わせてしまった罪悪感があった。
そこで、一つの提案をした。
ナタリアにランデルが買ってくれた服を着せて兵士達を驚かせようというものだ。
ナタリアは新しい服を着て嬉しそうにしているし、それを見ているランデルもニコニコしていた。
これで借りが無くなったと思いたい。
野営地に戻ると、プァルラグが立派な食材に変わっていた。
王国最強騎士が料理長となり、巨大な鍋で具材が煮込まれていく。
ナタリアが興味津々な顔で調理の様子を見学しているので、ランデル料理長も張り切っているようだ。
大声で指示を出しているランデルの唾が鍋に入りそうで嫌だった。
「プァルラグ鍋の完成じゃああああああ!」
ジジイが雄叫びを上げている。
大仕事をやり
ジジイの汗が鍋に入っていないか心配だ。
「勇者殿、お食事をお持ちしました!」
今日の給仕はいつもより気合が入っていた。
優雅な所作の中に、熱い気持ちが乗っているのが分かる。
ランデルの気迫に当てられたのだろう。
木製の器には色鮮やかなエメラルドグリーンのスープが入っている。
スプーンですくってみると、薄切りのプァルラグ肉と街で仕入れた野菜が現れた。
コメ:綺麗なスープだね。
コメ:食レポはよ!
まずはスープからだ。
ランデル料理長のお手並み拝見!
「う、うみゃあぁ……」
※う、うまあぁ……
勇太:まず口に広がるのは優しい甘さと強烈な旨みです。この甘みは煮込まれた野菜の旨みとマロミスに使われている丸豆の物でしょう。これがなんとも心地いい。旨みはプァルラグ出汁ですかね。その後に鼻を突き抜けるのが、スープに溶け込んだプァルラグ肉の荒々しい臭いです。ほんの一瞬「ん?」と獣を感じるのですが、後を追うように来るマロミスの白味噌に似た優しい風味とチーズのような独特の香りが合わさった時に奇跡が起こります。極上の香りに変わるんですよ。香水って不快な臭いをあえて混ぜることでいい匂いにするらしいんですけど、それと似た現象なのかもしれません。
コメ:スープだけでこんだけ語るとはw
コメ:熊肉と白味噌とチーズで再現出来るんかな?
コメ:食ってみてええええ!
次に、スープと一緒に具材を口へと運んだ。
「うんみゃああぁ! あっ……しゅぎょいなゃきょりぇ」
※ うんまああぁ……あっ……凄いなこれ
コメ:え?
コメ:どういう反応?w
勇太:まず、プァルラグ肉の凝縮されたような強い旨みが口の中を暴れ回るんですよ。でも、やっぱりちょっと野生味を感じちゃうんです。「あぁ、残念だな」って言葉が脳裏をよぎりそうな時に、鮮烈な香りが待ったをかけてきます。ゴボウに似た土臭さとセロリのような爽やかな香りなんですが、スープとこれらが一体になった瞬間に、まるで胸一杯に森の空気を吸い込んだかのような気持ち良さが押し寄せてきます。大地を、森を、空を、口の中に大自然を感じるんですよ。それが素晴らしい。
コメ:凄すぎてよく分からんわwww
コメ:鍋食った感想じゃねえよw
コメ:で、結局美味いの?
勇太:意識が飛びかけるほど美味しいです!
コメ:最初からその一行ですませろよw
アルもナタリアも満足そうにプァルラグ鍋を
食事が終わる頃には、夜の帳が下りていた。
今日はこのまま夜営に移るようだ。
新しい服を褒められているようで、ナタリアの嬉しそうな声が聞こえる。
優しい時間が流れていた。