悪魔の戯れ
青の老兵と元騎士団長の誇りを賭けた戦いは、アルが強制的に終わらせてしまった。
騎士のランデルに対しての復讐としては、これ以上ない残酷なものであっただろう。
パワーポーションを飲み、命を削ってまで倒そうとした相手が居なくなってしまったのだ。
水を差されたランデルは、固まったように動けないでいる。
ランデルの周りを陽炎のように立ち昇る空気が、魂が漏れ出しているかのように見えてしまう。
兵士達もどうしたらいいのか分からない様子でポカンとしており、アルとナタリアだけが楽しそうに会話している。
異様な空間が出来上がってしまった。
コメ:おい勇太、ランデルを慰めてやれよ。
コメ:ランデルも悪いけど、アルちゃんの仕返しもエグいなw
コメ:あぁ、アルたそ。俺の頭を消し飛ばしてくれないかなぁ。【一万円】
コメ:燃え尽きちまったみたいだな……。
勇太:大量に買った携行食はどうするんでしょうね?
コメ:心配するとこ違くね?www
コメ:思考が主婦で草
「ノイマン、ネフィスアルバを立たせよ!」
「はっ!」
ランデルの指示で、ノイマンがネフィスアルバの元へと走る。
ランデルの瞳に光が戻っていた。
ノイマンが頭の無い死体を抱え上げて立ち上がらせると、ランデルは岩を掻き分け、瓦礫の中に潜っていく。
なんだか嫌な予感がするが、そうでない事を願うしかない。
「青い鎧はジャックス王国最強の騎士のみが着用を許されておる! 人間を裏切り、騎士である事から逃げた弱者になど負けはせん!」
地中から決め台詞が聞こえた。
ランデルが背中で瓦礫を持ち上げながらゆっくりと立ち上がる。
パラパラと体からこぼれ落ちる小石が雰囲気を盛り上げているが、もはやギャグでしかない。
嫌な予感が的中したようだ。
あの大根役者は、全てを無かった事にしてやり直そうとしている。
呆れて物も言えない。
乾いた笑いが浮かんでくる。
当の本人は至って真面目なようで、既に動かないネフィスアルバを見つめる表情は険しい。
ランデルが懐から小瓶を取り出した。
「おい! しょりぇは……」
※おい! それは……
「パパっ、大丈夫ですよ。あれはただのポーションですっ。ゴミの考える事など分かりませんが、好きなようにやらせてあげましょう」
またパワーポーションを飲むのかと思い心配したが、どうやら茶番だったようだ。
とても悲しい気持ちになってきた。
アルも溜息をついて呆れた顔をしている。
ランデルは、小瓶の中身を飲み干すと、空になった瓶を天高く放り投げた。
大剣を上段に構え、深く腰を落として下半身に溜めを作る。
宙を舞った瓶が瓦礫の上に落ちると、ガラスが割れた乾いた音が鳴った。
青い鎧の老兵は、フッと体を前傾させると強く大地を蹴りつけた。
地面が爆発し、ランデルの姿が消える。
音を追い越し、大気の膜を突き破る。
一瞬でネフィスアルバの目前に迫ったランデルが、身の丈を超える巨大な剣を振り下ろそうとしたその時、アルの指から熱線が放たれ、ネフィスアルバの体が爆散した。
「うふふっ。やっぱり好きにさせるのはやめましたっ!
小悪魔的な表情を浮かべるアルだが、やっていることは悪魔よりもえげつない。
さすがの俺も引くレベルの意地悪だ。
現在、配信の視聴者数は三万人を超えている。
最近はコメントが多すぎて凄い勢いで流れているのだが、今はピッタリと止まっている。
自分の理解を超える物を見た時、そうなるのは必然だ。
「もうっ! 酷いですぞ! もうっ! もーーーっ!」
牛さんになったランデルが地団駄を踏んでいる。
いい年をした大人の怒り方とは思えないが、ランデル自身もナタリアに対して悪い事をしたと理解しているからこそ、アルの仕返しに対してどう反応したらいいか分からなくなってしまっているのだろう。
溢れ出す感情のままに地面を踏みつけた後、頭を抱えて
ランデルの肩が小刻みに震えている。
俺も兵士達もどうしたらいいか分からず、ランデルが落ち着くまでその場で座って待っていた。
俺の人生で一番無駄な時間が流れていると思う。
ぼーっと空を眺めていると、兵士の一人が携行食を持ってきてくれた。
映画館でポップコーンを食べるように、老人が
少し
コメ:携行食の食レポくる?
コメ:美味しくは無さそう。
勇太:食感は恐ろしく硬いビスケットですね。日持ちさせるために極限まで水分を抜いているからでしょう。何かは分かりませんが、果物を煮詰めたジャムのような甘さと香りがあって、その後に塩気がきますね。パッサパサで口の中の水分が持っていかれますが、悪くないですよ?
コメ:勇太がこんな感じなら普通なんやろな。
コメ:シンプルな感想助かる!
コメ:本当に美味いもん食った時は何言ってるか分からんからなw
コメ:肉を食べた感想が、俺を森に連れてってくれだったよなwww
コメ:それは草
「ダディ見て見てー!」
ナタリアの声が聞こえた。
視線を移すと、魔剣ゲイルウィングを持って走っている。
あの小さな手に握られているのが花やヌイグルミだったらどれほど可憐だっただろうか。
距離を取ったナタリアは、龍の翼に似た黒い大剣を両手で持ち、大きく振りかぶった。
白いワンピースを着た少女が、自分の身長の二倍に近い巨大な剣を軽々扱っているという異常な光景だった。
ナタリアの視線の先には、ダンゴムシのように体を丸めたランデルがいる。
まさかとは思うが……。
「ハゲちゃんいくよー!」
ナタリアが右足を前に出した。
玄関を開けて、散歩にでも出掛けるような軽い一歩であった。
ナタリアが体を捻り、剣を振った。
庭で素振りをする野球部のように、その行為に罪悪感など持ち合わせていない。
右から左へ横薙ぎに
地を
「はへ?」
突然ナタリアに呼ばれたランデルは、甲羅から首を出す亀のように顔を上げると、情けない声を漏らした。
黒い何かが迫って来ているのだから当然だろう。
「ハーゲちゃーん! 受け止めてー!」
魔剣を地面に起き、口の両脇に手を添えたナタリアが可愛らしく呼びかける。
ナタリアの声に反応したランデルは、巨大な鉄剣を持って立ち上がった。
その剣の刀身は、先の戦闘で傷だらけになっており、所々が欠けている。
青い鎧の老兵が大剣を上段に構えた。
心なしか、その口元は笑っているように見えた。
「やるではないかナタリア! ぬううんっ!」
地面を叩きつけるように振り下ろされた大剣が、闇の刃を真っ二つ切り裂いた。
二つの刃が交差した甲高い金属音、その直後に大地が割れる鈍い衝撃音が響く。
爆発した地面が砂埃を巻き上げ、ランデルの姿を覆い隠した。
「ハゲちゃんすごーい!」
強い風が砂煙を
その表情は、本日の大空のように晴れ晴れとしていた。
勇太:漫画とかで、投げキッスをしたらハートが飛ぶ描写がありますよね?
コメ:見たことあるで。
コメ:それが何?
勇太:いや、あの黒い斬撃がそうなのかなって。
コメ:だとしたら嫌なんだけどw
コメ:死の投げキッスやんけwww
コメ:黒いハートに見えなくもないw
コメ:もしそうだとしたら、俺はそれで殺されたいけどな!【五千円】
コメ:俺も喜んで受け入れるぞ!
コメ:定期的に出る殺されたい
ナタリアの元に駆け寄ったランデルが、魔剣ゲイルウィングの使い方を教わりながら色々と試している。
斬撃を飛ばしながら、「むうんっ!」とか「ぬうんっ!」とか叫んでいる老人はとても楽しげだ。
やはり、さっきの黒い刃はナタリアなりの愛情表現だったのではないかと思う。
俺への愛情は別の形で表して欲しいが。
満足したのか、ランデルとナタリアの二人が戻って来た。
兵士達もホッとした様子でランデルの元に駆け寄る。
「魔法部隊、帰還の狼煙をあげよ!」
ランデルの号令で、魔法使いの杖から光の玉が上空へと打ち上がり、赤い花火のように爆発した。
腹に響くような重低音が鳴り響く。
少し間を開けて次は三発。
今度は緑の花が咲いた。
「さて、ユートルディス殿。また再び城に戻らねばなりませぬ。次の四天王は少し特殊な立場でして、我々だけでは倒しに行けんのです」
「ぢょうゆうきょちょ?」
※どういう事?
「実はですな……」
最後に待ち受ける四天王は、闇皇帝キディス・メイガス・ドラキュリオという名前らしい。
キディス・メイガス・ドラキュリオは、ドラキュリオ帝国の皇帝であり、ジャックス王国ともその他の国とも国交があるという。
闇皇帝はヴァンパイアという種族で、自身の血を分け与えた
他国に侵攻する事もなく、ドラキュリオ帝国との貿易が資金源の一部となっている国が多く存在している為、特に危険視されていない現状がある。
他の国と唯一違うのは、帝国の周辺が常闇に包まれている事である。
そういった背景があるので、
もし勝手に攻め入ってしまえば、ジャックス王国とドラキュリオ帝国の戦争と
無視して魔王を攻めようにも、ドラキュリオ帝国の軍隊に背を撃たれて挟み撃ちにされてしまう。
魔王を討つには絶対に倒さねばならない相手なのだが、政治や色々なしがらみが絡む為、慎重に動かざるを得ない厄介な四天王らしい。
コメ:次の敵は国かよ!
コメ:ダンジョン攻略ならよく見るけど、国と戦うキャスターなんて初じゃね?
コメ:このキャスターは、その敵国の国民より弱いんだけどなw
コメ:たしかに俺らと勇太は強さ変わらねえもんな!
勇太:俺、腕立て伏せ二十回出来ますけどね。
コメ:雑魚やんけw
コメ:謎に張り合おうとすんなwww
「ランデル殿ー!」
ランデルの説明を聞いていると、待機組が戻って来た。