作戦決行
一夜明け、王都に向けて部隊が出発した。
馬車の中にはアル、ランデル、俺の三人で乗っている。
いつものように俺の隣にはアルが座り、ランデルは俺と向かい合うように座っている。
前回アルがランデルを蹴り飛ばした時に、アルの前方の座席が吹き飛んでしまったからだ。
ランデルからは、アルに対して怒っているとか、憎んでいるとか、仕返ししたいとか、そういったマイナスの感情が見えない。
生死の境を
身振り手振りを交えながら話す様子は楽しそうにすら見える。
ランデルが俺達の視界から消えた後、その勢いのまましばらく街道を逆走し、森の中へと入った。
何本もの木々を突き抜けて、大木の
しばらくして目を覚ましたランデルの視界は真っ暗で、身動きが取れない状況だった。
木の中に居るのだから当然なのだが、その時のランデルは記憶が混乱していて何が起こっているのか分からなかったらしい。
かろうじて少し腕が動かせたので、周囲を手探りで把握しようとしたところ、壁のような何かに囲まれている事に気づいた。
少しでも隙間を作ろうと、背中で踏ん張り目の前の壁を押してみると、メリメリという裂けるような音とともに少し空間が広がった。
これはいけると思ったランデルは、全身の力を瞬間的に爆発させた両手の掌底を打ち込んだ。
炸裂音とともに大木がへし折れ、目の前に夜空が現れた。
そこでようやく自分が森の中に飛ばされたことを思い出したという。
ランデルは急いで街道に出ようとしたが、随分と深い森の中だったようで、迷っているうちに次から次へとモンスターが襲いかかって来た。
愛剣を荷馬車に置いていたので、片っ端から飛びついて
街道に戻って走り出すと、途中にライトニングビーストの首が落ちているのを発見した。
馬車から落ちてしまったのかと思ったランデルは、その生首をおぶるように担いで再び走り出した。
道中でボロボロの隊商を発見したので、水と食料を分けてもらおうと近寄ったが、魔物と勘違いされて弓で攻撃された。
人間だと言いたかったが、水分不足で喉が張り付いてしまったかのように上手く声が出せず、逃げるしかなかった。
腹が減り、喉が渇いて倒れそうだったが、一刻も早く部隊に追いつかねばという使命感から、気力を振り絞って走り続けた。
林の奥から大勢の人の声が聞こえたので、やっと追いついたと思ったのだが、気が抜けてしまったのか足が動かなくなってしまった。
そのまま地べたに倒れ込んでしまい、最後の力を振り絞って這うように進んでいると、俺のことを見つけたらしい。
「いやはや、八日間走り続けましたからな。ユートルディス殿が迎えに来てくれなければ、あのまま野垂れ死んでおったでしょう。だーっはっはっはっは!」
笑い事じゃないんだが?
コメ:ポカーン
コメ:こいつ人間じゃねえなw
コメ:壮絶すぎて草
コメ:あぁ、アルちゃんのゴミを見るような目……素晴らしい【一万円】
コメ:アルたんマジ死神!【二万円】
コメ:タレ目なのに何であんな冷たい表情が出来るんだろうなw【一万円】
酒を飲むと、飲んだ量以上の水分を体外に排出してしまうと聞いたことがある。
度数が強い酒ほど多くの水分を失うらしい。
二日酔いは脱水症状の時になるので、ランデルが遥か遠くに飛ばされた時には既にその状態だったはずだ。
水分を補給しなければ、四日前後で死んでしまうはずなのだが。
ランデルは常に体を動かしていたと言うのだから、普通ならもっと早く天に召されていてもおかしくない。
水分不足の状態で何日も走り続けるなんて、このジジイはどういう体のつくりをしているのだろうか。
「ランデル殿に伝令、まもなく王都の入り口に到着します! このまま城まで進みますか?」
「うむ、それでよい!」
ランデルの話を聞いていたら、いつのまにか王都まで来ていたようだ。
王都は高い石壁に囲われている。
入り口にある跳ね橋の下には深い堀が刻まれているようだ。
巨大な門を通過すると、馬車が人々の喧騒に包まれた。
昼時というのもあってか、凄い人の数だ。
「城の中に行くのは、ワシとユートルディス殿のニ人にしましょう。四天王を連れて行く訳にはいきませんので」
「あら、勇者の妻が
コメ:た、たまんねぇ……【二万円】
コメ:俺も殺してくれええええ!【一万円】
コメ:うはぁ、ゾクゾクするーw【一万円】
アルの体からドス黒い闇のオーラが溢れ出す。
ランデルの両目が抜き身の刀のように鋭くなり、突き刺すようにアルを睨みつける。
賑やかで活気に溢れた街中に、殺伐とした雰囲気の空間が出来上がった。
馬車の内部気温が下がるにつれ、人々の騒がしい声が遠ざかっていく。
外は暖かいはずなのに真冬のような寒気を感じていると、馬車が停止した。
「ランデル殿に伝令、王城に到着しました!」
一刻も早くこの場から離れたかったので、一番乗りで外に出た。
石畳の広場に部隊が規則正しく整列している。
そこから続く登り坂の先には、街を見下ろすように巨大な城が
コメ:城でかいな。
コメ:景色がエモい!【二千円】
コメ:おい、アルちゃん連れてけ!
コメ:アルさん見れないならタイキン見ますねw
コメ:勇太臭いwww
「じゃあ、いっちぇきゅりゅにぇ。ありゅにはあちょぢぇちゅちゃえちゃいきょちょぎゃありゅきゃりゃ、ちょっちょみゃっちぇちぇにぇ」
※じゃあ、行ってくるね。アルには後で伝えたい事があるから、ちょっと待っててね
「はいっ! 私は常に勇者様と一緒におりますのでっ!」
アルは、胸元に光る茶色の宝石を両手で握り、柔らかく微笑んだ。
いよいよ勝負の時。
ランデル達だけでネフィスアルバ討伐に向かってもらうように王様と交渉する。
その間、俺は城の中でのんびりしている予定なので、アルにどうしたいか相談しなくてはならない。
長い坂道を登り城の前まで来ると、入り口の扉がゆっくりと開かれた。
伝令役の兵士が先に要件を伝えてくれていたようだ。
俺は今日という日まで脳内で何度もシミュレーションを繰り返している。
その中で、いくつもの勇太お休み作戦のプランが完成している。
お披露目の機会だ。
玉座には既に王様が腰を下ろしている。
王様の隣には、大臣らしき男が手を後ろに組んで立っている。
真っ赤な絨毯の上を進むと、ランデルが膝をついて屈んだ。
ここで、勇太お休み作戦その一『無法の歩み』を見せる。
王様に向かって歩き続けるだけなのだが、嫌でも注目を浴びることになる。
それによって俺の発言に力を持たせるのだ。
「おうしゃ……」
※王さ……
「ランデルより報告があります! モロンダルの坑道にて四天王の一人、狂乱の一角獣ライトニングビーストをユートルディス殿が討ち取りました!」
……おい。
このジジイ、邪魔しやがって!
まあ、まだ作戦は山程ある。
勇太お休み作戦そのニ『波状攻撃』を繰り出すことにしよう。
誰かの言葉に続けて話すことで、相手の聞く意識を持続させるという作戦だ。
「あにょ……」
※あの……
「どの面を下げて戻って来た! 余の言葉を忘れたとは言わせんぞ、ランデル! 貴様の忠誠心、そして王国一と言われた剣の腕を信じた余の顔に泥を塗りおって!」
……いやいや。
俺にも喋らせて欲しいんだが。
王様がブチギレているから、落ち着くまで少し待った方がいいかもしれない。
今まで見た人の中で一番怖いかもしれない。
物凄い剣幕だ。
あまりの迫力に、びっくりして俺も片膝をついてしまった。
「も、もちろん覚えております。しかし、ネフィスアルバ討伐の為にジークウッドの街に立ち寄りましたところ、ユートルディス殿が四天王の一人、炎眼の死神アルテグラジーナと結婚すると言い出しまして……」
……は?
このハゲ、我が身可愛さに俺を売りやがったんだが。
全責任を俺に押し付ける気だ。
結婚はアルから言い出した事であって、俺はただ勘違いされただけなのに。
「いや、ちぎゃ……」
※いや、違……
「余を愚弄するか! よくも残虐の王ネフィスアルバを倒さずおめおめと逃げ帰って来たなと言っておるのだ! 四天王と勇者が結婚したからと……誰と誰が結婚したって?」
王様が困惑している。
しかし、もちろんこの状況も織り込み済みだ。
勇太お休み作戦その八『静寂を切り裂く
「おうしゃま、きいちぇきゅぢゃしゃい! ちゅぎにょしちぇん……」
※王様、聞いて下さい! 次の四天……
「静粛に! 勇者ユートルディスよ、私は大臣のヒリングである。王が思考しているので、発言を待つように!」
くそっ!
大臣に邪魔をされてしまった。
このヒリングとかいう小太りの男、恐ろしく声がでかい。
目眩がする程の声量だ。
真横であんな大声を出されても動じていないのは王の威厳なのだろうか。
だが、今が勇太お休み作戦その五『あなたでもいいよ?』のチャンスだ。
「ぢゃいじん、はにゃしぎゃありゅ! おりぇはしちぇんにょうをちゃおし……」
※大臣、話がある! 俺は四天王を倒し……
「もうよい! 勇者ユートルディスよ、そなたの言いたい事は分かった。余も王である前に男である。狂乱の一角獣ライトニングビーストを倒した褒美が欲しいのであろう?」
……お?
これは嬉しい誤算だ。
王ともなると、表情や態度だけで相手の思考を読み取れてしまうのだろうか。
まさか王様の方からお膳立てしてくれるとは思わなかった。
「おりぇにょにぇきゃいをきいちぇきゅりぇりゅにょぢぇしゅか?」
※俺の願いを聞いてくれるのですか?
「うむ、前例の無い事であるが仕方あるまい。他でもない世界を救う勇者の頼みなのだからな。余としてはあまり認めたくはないのだが」
凄い、流石は王様だ!
全てを見透す眼力の持ち主らしい。
一を聞いて十を知るくらいの頭脳が無ければ、国を統治するなんて難しいのかもしれない。
「勇者ユートルディスよ! ジャックス王国国王エディウバ・ジャックス三世の名において、炎眼の死神アルテグラジーナとの結婚を正式に認める! 四天王討伐の褒美として受け取るがいい!」
いやいや、何も理解されてなかったんだけど。
ドヤ顔で凄い事してやったぞ感を出されても、俺には何のメリットとも無い。
コメ:おい、辞退しろ!
コメ:さっさと断れ!
コメ:王が認めたって俺達が認めてないんだよな。
コメ:アルちゃん、この王様早く殺して!
コメ:おい勇太、その褒美は要りませんて言え!
「「「うおおおおおおおおおお!」」」
広場に居る全員が、今まさに奇跡が起きたかのように叫んだ。
大した事をされてもないのに拍手喝采である。
「いや、おりぇにょにぇきゃいちょちぎゃ……」
※いや、俺の願いと違……
「皆の者、静粛に! ランデルよ、王の命を忘れるでないぞ。残虐の王ネフィスアルバの首を取ってくるのだ! ランデル、そして勇者ユートルディスよ、ゆけい!」
待て待て待て、ゆけいじゃないんだってば!
何でこの大臣は大事な話をしようとすると静粛にさせるんだ?
「はっ! 必ずや倒してみせましょう。行きますぞ、ユートルディス殿!」
……ああ、駄目だ。
何を言っても通じない。
あんなに作戦を考えたのに、何の意味も無かった。
無力感に
今の俺には抵抗しようという気すら起きなかった。
討伐部隊の元に戻ると、既に補給は完了しているようで、すぐに出発することになった。
俺は馬車の中に引き込まれ、再び死への旅が始まってしまった。
「勇者様、おかえりなさいっ! そういえば、後で伝えたいことって何だったのでしょう?」
アルの笑顔が眩しい。
やっぱり俺の心を癒してくれるのはアルだけだ。
今後の予定を確認したかっただけなんだけどね。
「あぁ、しょりぇにぇ。おうしゃみゃぎゃきぇっきょんしちぇみょいいっちぇしゃ」
※ああ、それね。王様が結婚してもいいってさ
「本当ですかっ! 嬉しいですっ!」
もうどうにでもなれ!