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ドッキリ大成功

 恐ろしい体験をしてから三日が経過した。
 あれからというもの、アルが面白がって怖い話をしようとしてくるので困っている。
 俺は耳を(ふさ)いでアーアーと(わめ)くことで回避しているが、この鉄壁と思われる防御方法もいつまで有効か分からない。
 コメントもアルの怪談話が怖かったらしく、ホラー好きの視聴者が話を聞かせろとうるさい。
 美女のする怖い話がたまらないという謎の層も居るみたいだが、全部無視だ。

 順調に進めば明日にでも王城に到着するらしいのだが、未だランデルは戻っていない。
 そろそろ本気で心配してもいいのではと思うけれど、俺を含めて部隊の誰も気にしてしている素振りを見せないのが不思議だ。
 もしかしてランデルは嫌われていたのだろうか。

「しょういえびゃしゃ、きょにょみゃえにょきょわいひゃにゃしにゃんぢゃきぇぢょ、おみゃみょりぢゃちょおみょっちぇちゃにょにきょわいみぇにあうっちぇしゅきゅいようぎゃにゃいよにぇ?」
※そういえばさ、この前の怖い話なんだけど、お守りだと思ってたのに怖い目に遭うって救いようが無いよね?

「そういうものではないですか? オバケなんて理不尽な物だと思いますけどねっ。勇者様は何か怖い話ってあります?」

「いや、きゃいぢゃんびゃにゃしはみょうきょりぎょりぢゃよ」
※いや、怪談話はもうこりごりだよ

 いたずらな笑みを浮かべたアルがクスッと笑った。

「怖がる勇者様も子供っぽくて可愛いですよっ?」

「にゃんきゃやぢゃにゃぁ」
※なんかやだなぁ

 俺が頬を膨らませると、アルがプニプニとつついて遊んでいた。

コメ:おい勇太、目開けて寝れるようになったか?
コメ:接着剤で(まぶた)固定してアルちゃんの怖い話聞けよ!
コメ:この角度のアルたんキャワワ【一万円】
コメ:片目だけでも(まぶた)切り取ったら五百万マネチャしたるわ。
コメ:それいいなw 俺も三百万出すわw
勇太:いや、無理ですよw
コメ:なにわろとんねん!
コメ:口動かす前に目動かす努力しろ。○すぞ!
コメ:口を動かすのは構わんが、またアルちゃんに質問させろよ!

 コメントは変わらず殺伐としているが、デレることもある。
 昨日の移動中にアルへの質問コーナーを開催したところ、マネーチャットの合計が二千万円を超え、視聴者達も大満足という素晴らしい結果となった。
 移動中はアルに膝枕をお願いしているのでお尻の痛みが無くなったし、馬車にも大きな変化があった。
 ランデルが突き破った後部座席はもちろんだが、ライトニングビーストの生首が無くなったのだ。
 腐り始めて悪臭が酷すぎたので、食事中に具合が悪くなる兵士が出てしまい、それをキッカケに捨てることにしたのだ。
 (ほろ)も新しくしてもらったので、口で息をする必要がなくなった。
 あとはライトニングビーストの怨念が幽霊となって現れないことを祈るだけだ。

 ……あれ?
 そういえば、アルの怖い話の中でネックレスについて説明されていたような。
 あの時は話に集中していて気付かなかったけど、ふと思い出したら凄いことを言っていた気がする。

「しょういえびゃきょりぇっちぇ……」
※そういえばこれって……

「はいっ! 夫婦の証ですねっ!」

 ネックレスについた宝石を見せると、輝くような笑顔のアルから答えを貰うことができた。
 瞳と同色の宝石がついた首飾りは、結婚指輪と同じような物らしい。
 知らないうちに婚姻を結んでいたようだ。

コメ:捨てろ!
コメ:俺、悔しいよ……。
コメ:捨てて無くしたって言え!
コメ:早く離婚しろ!
コメ:そのネックレス呪われてるらしいよ。友達の鑑定士が言ってた。

 もう一つ気になることがあったのを忘れていた。
 最近、懐かしい気持ちになったあの事を。

「ありゅしゃ、にゃんきゃいいにおいぎゃしゅりゅにぇ。おりぇぎゃしゅきにゃきゃおりににちぇりゅ」
※アルさ、なんかいい匂いがするね。俺が好きな香りに似てる

「気付いてくれてたんですねっ! 水浴びとかお風呂とか、体を洗い流す機会が少ないじゃないですか? なので、あの強欲な豚から香水を奪い取ってやりましたっ! 勇者様の好きな香りなんですねぇ」

 いや、だから言い方!

 寝転がる俺の顔を覗き込みながら、ほらほらどうですかとアルが首を振る。
 ピンク色の長い髪が波立つように揺れると、俺の好きなボタニカルシャンプーに似た甘い花の香りがした。
 あと、おっぱいが当たって気持ちよかった。

 そろそろ辺りが暗くなってきた。
 いつもであれば視界が悪くなってきた時点で野営の準備をするのだが、明日の早い時間に城に到着出来るように、少し無理をしてでも進むようだ。
 ノイマンが指示を出し、偵察部隊を下がらせている。
 魔法使いが交代で夜空に光の魔法を放ち、広範囲を明るく照らしながら、速度を緩めて慎重に行軍を続けていく。
 時折、炸裂音が鳴るのは威嚇(いかく)が目的だろう。
 ソナーのように広がる光が風景に色を与えると、一瞬だけ訪れる漆黒の世界がやけに恐ろしかった。

「魔法部隊と偵察部隊は周囲の警戒を続けろ! 野営の準備だ!」

 ノイマンの号令で馬車が停まった。
 外に出ると、街道沿いの林の中にある少し開けた場所だった。

 兵士達はテキパキと働き、野営地の周りに篝火(かがりび)を設置して灯りを確保していく。
 別の場所では炊事係りが大きな鍋で大量の麦粥を作っている。
 味が薄くてぱっとしない麦粥だが、ここ数日は抜群に美味しくなっている。
 先日倒したブラックジャイアントオークの骨を小さく砕き、アルが炎でこんがり焼いてくれたおかげで保存がきくようになった。
 その骨でとったスープで押し麦を炊くので、出汁が違うのだ。
 今日の麦粥も期待できそうだと俺の鼻が言っている。

 俺とアルのために設営してくれたテントの近くで休んでいると、給仕係の騎士が麦粥を届けてくれた。
 相変わらず見事な立ち振る舞いだ。
 アルのことを奥様と呼ぶようになったので、アルもご満悦の表情である。
 そして、やはり今回の麦粥も美味しかった。
 商人のエドから香辛料を大量に貰ったらしく、毎食違うスパイスが効いている。
 飽きないように工夫してくれているのだろう。
 その心遣いが嬉しい。
 
 食事が終わると、魔法使いの出番だ。
 今日の野営地は近くに水場が無いので、水の魔法で空になった食器を洗う。
 あちこちで大きな水の玉を空中に浮かせたローブ姿の男達が、その中に食器を突っ込んでゴシゴシと磨く様子がミスマッチすぎて面白かった。

 空が明るくなったらすぐに出発するらしいので、早めに寝ておく必要がある。
 だがその前に、お花を摘みに行かなければならない。
 音や臭いが届かないように、暗い林の中まで行って用を足すのが最低限のエチケットだ。

 篝火から遠ざかると、月明かりや星明かりを頼りに進むしかない。
 木の葉が光を遮っている場所は、ほとんど何も見えない真っ暗闇だった。
 木の根につまづいて転びそうになりながら、小水をひっかけるのに丁度いい木を見つけた。
 月明かりも差し込んでいるので怖くない。

勇太:これからトイレなのでミュートお願いします。
コメ:切り落とせ!
コメ:水飲むな!
コメ:キャスターのくせにトイレも我慢出来ないのかよ!
コメ:トイレに行かなくていいスキルが出るまでリセマラしろ!

 木と向かい合って、小さな勇太を(さら)け出した。
 少し離れたところから、目標に向けてレーザービームを放つ。
 少しずつ距離を取って、どこまで届くか挑戦する。

 ガサッ……

 背後の茂みが揺れた気がして、尿意が引っ込んでしまった。
 ゆっくりと振り返ってみたが、特に何も居ないようだ。
 出し切ってしまわないと、またトイレに行きたくなってしまう可能性がある。
 腹圧を高めて早く終わらせなければ。

 ギッ……ガリッ……

 背後から、何かが擦れるような音がした。
 振り返ってみたが、やはり何も居ない。
 早く立ち去りたいが、まだ出すべきものを出せていない。

 ガリッ……ガッ……ガリッ……ギッ……

 何かを引き()るような音が近づいてくる。
 アルの怖い話を思い出し、膝がガクガクと震え始めた。
 あまりの恐ろしさに、尿意が完全に引っ込んでしまった。
 もう怖くて振り返る事が出来ない。
 俺は、ゆっくりと息子をしまった。

 ガリッ……ガッ……ガギリッ……ズズッ……ガリッ……

「ひぃっ!」
※ひぃっ!

 何か(・・)が俺の背後にいる。
 じわり、じわりと近づいてきている。
 今すぐ逃げ出したいが、恐怖で体が固まってしまったかのように動けない。

「ゆ…………み…………だ…………い…………」

 苦しそうな男性の声が聞こえた。
 地獄の底から()い出てきたゾンビのように乾いた声だった。

 ガリガリッ……ガリガリガリガリッ……ガリッ……

「ゆ……と……ど……み…………くだ…………い…………」

 すぐ真後ろから、かすれたうめき声が聞こえる。
 何か言っているようだが、頭が真っ白で少しも理解できない。
 体中の血液が凍りついたような寒気を感じる。
 視界が点滅し始め、いつ気を失ってもおかしくない。

 ガガガガッ……ギリッ……ガガッ……ガリガリガリッ……ガシッ!

 何者かに足首を掴まれ、反射的に振り返ってしまった。
 薄暗い闇の中で、()るはずのない物が見えた。
 腐敗して顔の肉が剥がれ落ちた、ライトニングビーストの生首だった。

「ぎゃああああああああああああ!」
※ぎゃああああああああああああ!

 悲鳴を上げて逃げ出そうとしたが、足首を掴まれていたのを忘れていた。
 その場で転んでしまい、身動きが取れない。

「ユートル……ディス殿……み、水を……下さい……」

 ライトニングビーストの生首の下には、青い鎧を(まと)い、干からびる寸前のミイラのような見た目になったハゲたジジイが寝転んでいた。

「りゃ、りゃんじぇりゅ? おい、ぢゃりぇきゃきちぇきゅりぇえええええ!」
※ラ、ランデル? おい、誰か来てくれえええええ!

 近くを巡回していた見張り役が駆けつけてくれた。
 植物の根っこのように痩せ細ったランデルを見た騎士は、目を見開いて驚いていた。

 ランデルは、形容しがたい悪臭を放っていたため、足を持って引き()られながら野営地まで連れていかれた。
 自分の力では立つことが出来ないほど弱っているようで、寝転がったまま水を飲ませてもらっていた。
 砂地に水が染み込むように、ありえない量の水を飲んだランデルは、みるみる生気を取り戻していった。

 臭くてかなわないので、ランデルの丸洗いが始まった。
 魔法使いの杖から放たれた高圧のジェット水流のような魔法が四方八方からランデルに襲い掛かり、されるがままに地面を転がり回る姿は見ているこっちが辛かった。
 たまに魔法使いの近くまで吹き飛ばされると、「うわ、汚ねっ」と小声で悪口を言われて避けられていた。

 やっとのことでピカピカの新品になったランデルは、用意されていた大皿一杯の麦粥を食べ終えると、つい先程まで骨と皮だったとは思えないくらいに回復した。

「ふう……」

 ランデルは目を瞑り、深く息を吐いた。
 それだけで緊張が走り、誰が指示するでもなく兵士達はその場に(ひざまず)いた。

 ランデルを探しに行かなかった罪悪感からか、はたまた上官を死なせるところだったという失態を反省しているからか、叱責(しっせき)を免《まぬが》れない状況である事を理解しているため、(みな)一様に強張(こわば)った表情をしている。
 重苦しい空気の中、次にランデルの口から出る言葉に注目が集まっている。

 しばしの間、沈黙が続いた。
 
「おい、きょいちゅにぇちぇにぇえきゃ?」
※おい、こいつ寝てねえか?

 ランデルは、お腹がいっぱいになって寝ていただけだった。

しおり