これが俺の怒りだ
「やりましたなユートルディス殿! このライトニングビーストの首は、馬車の上に張り付けにしましょう。一気に士気が上がりますぞ!」
「よ、よきゃっちゃにぇ……」
※よ、よかったね……
悪趣味がすぎる。
その馬車に乗る俺の気持ちを考えて欲しい。
ランデルは、誇らしげな表情で巨大な人面獅子の頭を馬車の屋根に縛りつけていく。
鼻歌混じりに作業をしているランデルからは、狂気しか感じられない。
幾重にも縄で頑強に締め付けられたライトニングビーストの生首は、面白可笑しくデコボコに変形していた。
まるで、お笑い芸人が輪ゴムや透明なテープで顔面をぐるぐる巻きにして、変顔を作っているかのようだ。
あんなに誇り高そうな態度をしていた四天王を思うと、少し可哀想になった。
もし俺がこの世界で死ぬのなら、こいつにイタズラされないように跡形も無く消え去りたい。
コメ:うわぁ……。
コメ:俺達は何を見せられているんだ。
コメ:馬車が血で染まっていく。
コメ:サイコパスかな?w
コメ:気持ち悪くなってきた。
馬車は、簡単な作りの木製の車体にアーチ状に加工した金属が取り付けられ、そこに
お世辞にも頑丈とは言えない手作り感満載の馬車なので、巨大なライトニングビーストの生首の重さで幌がヘコんでしまった。
二頭身にデブォルメされて、随分と可愛らしくなったものだ。
「しかし、凄まじかったですな。四天王が放ったカオスライトニング・ゼラとユートルディス殿の
このジジイの言っている事が何一つ理解できないんだが。
オーディンマストダイって何?
「いや、おうてぃにきゃえりちゃいっちぇいっちゃんだけぢょにぇ」
※いや、お家に帰りたいって言ったんだけどね
「これは失礼!
いやいや、オーディニアングリーだとしても何なのって話したんだが。
後世に伝わるのが盾の裏に隠れて縮こまっている勇者の姿ってのはどうなのだろう。
まったくこのハゲは会話にならな……ん?
勇太:今、俺が撃ち返してたって言いませんでした?
コメ:言ってたな!
コメ:イカヅチを撃ち返してたらしいぞw
勇太:そういえば、城の宝物庫でルミエールシールドは闇を跳ね返す力を秘めているみたいな事を言われてました。
コメ:え、まじ?w
コメ:ということは、あの四天王は自滅したって事?w
コメ:四天王なのに馬鹿すぎんか?www
勇太:そうなりますね。俺の力じゃなくて盾の性能のおかげだって訂正してあげた方が良さそうです。
「あにょしゃりゃんぢぇりゅ、きょにょちゃちぇにゃん……」
※あのさランデル、この盾なん……
「皆の者、飯にするぞ! 小休止の後、オウッティ山脈へと向かう!」
コメ:安定の無視www【千円】
勇太:無理やり話を切って、俺の語尾を「にゃん」にするのやめて欲しいんですけど。
コメ:勇太くんメイド喫茶で働いてる?www【二千円】
コメ:ネコミミつけろ!w
コメ:ユートルディスだにゃんwwww
コメ:お前らやめろw
今、かなり大事な話をしようとしてたんだけどね。
オーディニアングリーとかいう謎の赤っ恥奥義を否定したかったのに。
この盾の闇の力を跳ね返す性能って、作戦の起点になってもおかしくない要素だと思うんだけどな。
ランデルの号令で、兵士たちが
今回の戦闘では怪我人が出なかったようだ。
食事の準備をしていない兵士達は、狂乱の一角獣ライトニングビーストと勇者ユートルディスの真似をして遊んでいた。
魔法使いが場面に合わせて魔法を使い、戦闘にリアリティを持たせている。
何がカオスライトニング・ゼラだよ。
何がオーディニアングリーだよ。
ランデル、お前もそろそろオーディニアングリーごっこをやめろ!
コメ:いい大人が何やってんの?
コメ:微笑ましいねw
コメ:ランデルノリノリで草
コメ:魔法の無駄遣いw
コメ:下手なヒーローショーよりよっぽどリアルで見てて楽しいぞ!【二千円】
移動中の食事は、基本的に干し肉、干し野菜、押し麦を煮込み、薄く塩味をつけた麦がゆだ。
美味しくないし不味くもない。
道中で食べれるモンスターと出会えば食事は豪華になるのだが、荷台は全て保存食や備品用なので、その場限りの贅沢となってしまう。
そういえば、先日のミノタウロスは最高に美味しかった。
肉は筋繊維が太くて硬すぎる為、噛み切れないので食べないらしいが、内臓系はどの部位も絶品らしい。
俺は、ミノタウロスのミノという
塩を振るだけのシンプルな味付けであったが、歯応え、旨み、脂身、全てにおいて究極のミノと言えた。
怪我をした騎士には、優先的にレバーが与えられていた。
彼らがレバーを噛み締めるたびに、
ちなみに、一番美味いのは大腸らしいのだが、切り開いて川で洗ったりと下処理が大変なので、食べるまでに時間がかかってしまう。
早く食べられる部位は、身分が上の物に優先的に提供されるという仕組みらしい。
その理論でいくと、一般男性の俺が大腸を食べられるはずなのだが、勇者として祭り上げられているピエロなので、俺の願いが叶うことは無いだろう。
小さく切り分けられたミノタウロスの大腸が網の上に乗ると、焚き火でその上質な油が溶け出し、なんとも香ばしい良い香りのする煙が立ち昇っていた。
こんがり焼けた大腸を口に含み、飛び上がって体でその美味しさを表現する奴らを見て、次があれば俺もあれを食べさせてもらおうと決意した。
ワイバーンも美味かったしな。
次は目玉以外を食べさせてもらいたいが。
「ユートルディス殿、今回圧倒的な力を見せて頂き、騎士達の士気は最高潮に達しております。是非、次のオウッティ山脈では残虐の王ネフィスアルバの討伐を我々にお任せ下され!」
これは願ってもない申し出だ。
アホランデルから初めてまともな提案が出てきた気がする。
しかしだ、ここは最新の注意を払って返答しなければならない。
俺の滑舌とエスパー翻訳ジジイの相互作用で、どんな曲解をされるか分かったもんじゃないからな。
ここでお願いしますと言うと俺が行かされるので、ここは短く分かりやすい返事をするとしよう。
お願いしますと言うと俺が行かされるっておかしいけどな。
「うん!」
※うん!
流石に伝わっただろう。
俺が導き出した最適解は、二文字だ。
大きく
「おや、どうされましたかな? もしご不満でしたら、やはり次もまたユートルディス殿に……」
「いや! りゃんぢぇりゅ! おみゃえ! いきぇ!」
※いや! ランデル! お前! 行け!
「はっ、お任せ下され! このランデル、ユートルディス殿の見事な戦いを目にし、血が
コメ:どうにかして勇者に戦わせたいランデルw
コメ:原始人ワロタw【五千円】
コメ:次は何もしなくてよさそうじゃん!
勇太:うんって返事が通用しないとは思いませんでしたw
コメ:ほんと草
コメ:ネフィスアルバVSランデルか。胸熱なんだが。
コメ:街を消滅させる魔剣VS髪が消滅してる大剣の戦いか。
コメ:勝負にならんだろそれw
危なすぎるだろ、このジジイの思考回路。
びっくりして原始人ぽく話してしまったけど、このハゲには一番理解しやすかったらしい。
俺から指導出来るのは、二百通りの戦略を考える前にさっさと戦えってことくらいだけどな。
「そこで、作戦を提案します。最高潮に士気の高い騎士とワシで四天王を攻撃し、もしまずい時に限り加勢に来て頂きたい!」
「にゃりゅほぢょにぇ」
※なるほどね
「奴の強力な一撃受け止めし時、脇ガラ空きそれ即ち隙。仮に騎士が槍でそこに突きを放ち致命傷に至らし、弱り膝を折り苦しみもがく敵にワシが迫り、振り下ろした剣撃首
「ひゃいひゃい……」
※はいはい……
ジジイのセリフが韻を踏みまくって、ラップみたいになってたせいで、全然内容が頭に入ってこなかった。
手を動かしながら話していたので、余計にラッパーのように見えてきた。
「ランデル殿、勇者殿、お食事の用意が整いました。ライトニングビーストとの戦闘について、勇者殿のお話をお聞きしたいと兵士達が盛り上がっております。本日はお手数ですが
盾に隠れてしゃがんでましたって言えばいいのだろうか。
何を楽しみにしているのか理解不能だ。
「では、こちらへ!」
騎士について行くと、俺と向かい合うような形で扇形に三百人の兵士達が座っていた。
全員が、物語の英雄がやって来たと言わんばかりにその両目をキラキラと輝かせている。
手を十字に組んで、オーディニアングリーとかやってる奴がいるんだが。
きつすぎてこの場に居たくない。
「「「ユートルディス! ユートルディス!」」」
大地を揺るがすようなユートルディスコールに迎えられ、俺は席についた。
ランデルは俺の横に座り、一緒になってやかましくユートルディスコールに参加していた。
いい歳して右手を空に突き上げないで欲しい。
「勇者殿、こちらが本日の昼食になります!」
いつもの麦がゆと……何だこれは?
握りこぶし大で、そら豆に似た形状の茶黒い物体が串に刺さっている。
気のせいじゃなければいいのだが、こんがり焼けたその物体からは、嫌な臭いのする湯気と微弱な黒くて禍々しいオーラが立ち昇っている。
コメ:キモwww
コメ:またゲテモノじゃねえか!
コメ:さすがに不味そう。
コメ:なんか黒いオーラ出てない?w
「きぇみょにょしゅうをぎょうしゅきゅしちゃようにゃきょうりぇちゅにゃあきゅしゅうをはにゃちゅきょりぇはにゃにきゃにゃ?」
※獣臭を凝縮したような強烈な悪臭を放つこれは何かな?
「はっ、こちらはライトニングビーストの睾丸を串焼きにしたものです! 先の四天王との激戦で、勇者殿が
ちょっとこいつが何を言っているのか理解できない。
俺は今、本当に正しい解答を聞けたのだろうか。
「えっちょ、ききみゃちぎゃいじゃにゃいちょいいんぢゃきぇりょ。きょりぇはにゃにきゃにゃ?」
※えっと、聞き間違いじゃないといいんだけど。これは何かな?
「はっ、こちらはライトニングビーストのキンタマを串焼きにしたものです! 戦の疲れに一番効くのは獣のキンタマですので、多少臭いますが、食べやすい調理法を選んだつもりです!」
勇太:イカれてんのかこいつらは! 睾丸が何か分からなかったから聞き直したんじゃないんだよ! 可愛く言い直されても困るんだが!
コメ:別に可愛くないけどなw
コメ:四天王なんて食えるのか?
勇太:多少ってレベルじゃないくらい臭いですよこれ。
コメ:見てるだけで吐き気するw
コメ:腹壊しそう。
「えっちょ……りゃんぢぇりゅ? きょりぇっちぇしゃっきにょしちぇんにょうぢゃよにぇ? いみゃみゃぢぇぢゃりぇきゃちゃびぇちゃきょちょありゅにょ?」
※えっと……ランデル? これってさっきの四天王だよね? 今まで誰か食べたことあるの?
「はっはっは、ご冗談を! 今回初めて討伐されたライトニングビーストを食べたことがある者などいるはずがありません!」
勇太:だから言ってるんだろうがよこのクソジジイ! ご冗談をじゃねえんだよ! 毒があるかもしれないし、食べるにしてもキンタマはありえねえだろ。
コメ:いつになくブチギレてるなw
コメ:勇太くん落ち着いて。ストレスゲージ真っ赤だよ!
コメ:ランデルおもろwww
ミノタウロスのように、内臓とか少なくとも睾丸よりは食べれそうな部位があると思う。
そもそも俺に戦いの疲れなんて皆無だし。
「いや、みょしぢょきゅぎゃあっちゃりゃおりぇしんじゃうよ?」
※いや、もし毒があったら俺死んじゃうよ?
「がははははは、面白い事をおっしゃいますな! 勇者であるユートルディス殿が毒ごときで死ぬはずがありません!」
ダメだ、会話にならない。
流石に勇者だって毒を食べたら死ぬだろ。
……死なないの?
いやいや、どのみち俺は勇者じゃないんだから食べたら駄目だろ。
ストレスでまた気を失いかけたんだが。
「おりぇはみゅぎぎゃゆぢゃきぇぢぇいい。きょりぇはりゃんぢぇりゅぎゃちゃびちきゅりぇ。ちゅぎにょしちぇんにょうしぇんにしょにゃえちぇしぇいをちゅきぇちぇおきゅひちゅようぎゃありゅぢゃりょうしにゃ!」
※俺は麦がゆだけでいい。これはランデルが食べてくれ。次の四天王戦に備えて精をつけておく必要があるだろうしな!
「何をおっしゃいますか。もし毒があったら死んでしまうではないですか。お
どの口が言ってるんだよ。
オウム返しなんだが。
凄く嫌な臭いがするし、変なオーラも出ているし、流石に食べたくない。
「「「ユートルディス! ユートルディス!」」」
飲み会の一気コールみたいな使い方をするんじゃない!
「おりぇはちゃびぇにゃい……」
※俺は食べにゃい……
「ささ、お一つどうぞ」
フォークに刺した睾丸が口に放り込まれた。
『い』の発音の時に放り込まれたから、一回
鳥の砂肝のような食感と共に、
口の中で雨に濡れた大量の野良犬が暴れ回っているようだ。
「ぴぇっぴぇっ、おえええぇっ……」
※ぺっぺっ、おえええぇっ……
あまりの不快さに、俺はたまらず吐き出してしまった。
胃の中が空っぽなのに吐き気が止まらない。
勇太:き、気持ち悪い……。
コメ:これは無理だったか。
コメ:食レポよろ!
勇太:コリッとした食感の後に、鼻腔内を大量の野生動物が走り回っているかのような不快な香りが続きます。いつから俺の鼻の穴は動物園になってしまったのでしょうか。ただただ気持ち悪い。
コメ:聞かなきゃよかった……。
コメ:うわ、最悪。
なんだろう、初めて感じるワナワナとした邪悪な感情が胸の奥底で湧き立っている。
そうか、これが殺意か。
俺は今、殺意を抱いてしまっているのか。
「それでは、ユートルディス殿から今回の四天王戦についてお話を頂く! よろしくお願いします!」
ランデルが立ち上がり、吐き気に苦しむ俺を気にも留めずスピーチを始めた。
俺は、ライトニングビーストの睾丸をランデルの口の中に放り込んだ。
これが俺の怒りだ。
オーディニアングリーだ!
「しちぇんにょうをきゅりゃえ!」
※四天王を食らえ!
「ぐわああああああああああああああ! ぐふぇっ……。おえええぇ……」
ランデルは、
屈強な体つきをした百戦錬磨の老兵が、涙を流しながら
この世界に来てから、初めて晴れやかな気分になった気がする。
俺は、右手を天に向けて突き上げた。
「「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」」
「「「ユートルディス! ユートルディス!」」
なんと気持ちのいいユートルディスコールだろうか。
俺は、胸の底から込み上げる感情に任せて叫んだ。
「ゆーちょりゅぢしゅ! ゆーちょりゅりしゅ!」
※ユートルディス! ユートルディス!
突き上げた拳の先から、穏やかな春の日差しを感じた気がした。