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廊下で反省する勇者

「ユートルディス殿、ついにモロンダルの坑道に到着しましたぞ!」
 街道から脇道に入り、緩やかな坂道を登り続けること四日間。
 背の低い樹木と、黄緑や濃緑色の苔が所々に生えた、巨大な白い岩山に到着した。
 銀鉱山として栄えていたらしく、微量ながら銀が含まれているのか、岩肌は陽光を反射してラメが入っているかのようにキラキラと輝いていた。
 坑道の入り口は、鳥居型に組まれた木材で補強されており、おそらく中まで同様の作りになっているのだろう。
 岩山の見惚れるような白に、鮮やかな緑黄色の植物がその形をくっきりと表現し、思わず息を呑むような美しい景色だった。
 そして、坑道の入り口からは、何の力も無い俺でも目視出来るほどの禍々(まがまが)しくドス黒いオーラが(あふ)れ出しており、思わず息を引き取りそうになる光景だった。

 そして、俺はお尻が痛い。
 おそらく真っ赤に腫れあがっているだろう。
 昔鉱山だったというだけあり、ここに来るまでの道は平らに整えられていたのだが、砂状の硬い路面には小石が目立つようになり、馬車が揺れに揺れた。
 精神的にも肉体的にも俺は限界を迎えている。

 この数日間、俺は何度もランデルを説得した。
 四天王はランデルが倒してくれと。
 しかし、俺のスキル『絶望的な滑舌』が邪魔をして会話にならなかったのだ。

「りゃんぢぇりゅ、おりぇにちゃちゃきゃうちきゃりゃはにゃい!」
※ランデル、俺に戦う力は無い!

 と、言ってみた。

「ははは、流石ですなユートルディス殿。ちゃちゃっとやっちゃって下さい!」

 と、返されて気を失なった。

「りゃんぢぇりゅ、おにぇぎゃいぢゃきゃりゃいっきゃいみゃじみぇにひゃにゃしをきいちぇきゅりぇ!」
※ランデル、お願いだから一回真面目に話を聞いてくれ!

 と、声を荒げてみたが、少し沈黙が続いた後ランデルは瞳を(うる)ませた。

「……ユートルディス殿、ワシはこの命を国に捧げております。そう言って頂けるのは騎士冥利に尽きますが、最後までお供させて頂きます!」

 と、返された。
 ランデルの目尻から一粒の涙が零れ落ちるのを見て、気絶してしまった。

 目が覚めては説得し、説得しては気を失いを繰り返しているうちに、いつの間にやら四天王の一人、狂乱の一角獣ライトニングビーストの根城に到着してしまったという訳だ。
 そして、毎度のように揺さぶり起こされ、無理やり外に連れ出され、誰が見ても死の予感しかしない闇のオーラを見て絶望しているというのが、今の俺の状況だ。

コメ:見るからにヤバそうな黒いオーラですね。
コメ:画面越しなのに鳥肌が。【三千円】
コメ:突撃しちゃいます?w
勇太:逆に聞きますが、俺にそんな度胸があると思います?
コメ:ミノタウロスに突っ込んで行った滑舌の悪い勇者が居たなあ。
コメ:度胸というか無謀(むぼう)www

 常に気絶しているような状態だったので、視聴者数が二百人程度まで落ち込んでしまった。
 登録者数が変わっていないのが救いか。

「りゃんぢぇりゅ、やみぇちょきゃにゃい?」
※ランデル、止めとかない?

「ええ、そうですな。今回ばかりはワシにも分かります。闇の気配(・・・・)がしますな! あれを見ても動じないユートルディス殿は流石としか言いようがありません!」

勇太:このハゲ、何も分かってないんですよね。みなさん、これ見えます?

 配信を一人称視点から変更し、鏡のように俺の全身が見える角度で映した。
 顔出しする事になるが、いずれどこかで視点を変更してみようと考えていたし、遅かれ早かれというやつだ。
 
コメ:(ひざ)ガックガクで草
コメ:子鹿やんけwwww
コメ:初めて勇太くんの姿を見た驚きより、歯がガタガタ震えてるのに目が向いちゃったよw【五千円】
コメ:ユートルディス殿、武者震いですかな?w
コメ:おい、ランデルがチャットにいるぞ!
コメ:失礼かもしれないけど、どこにでも居そうな普通の人だったんだね。やってることがぶっ飛んでるから、ギャップに驚いたよ。
コメ:確かに。見た目で数字取れるタイプではないかも。
コメ:顔面偏差値四十九って感じw

 コメントの言う通りイケメンでは無いが、そんなに悪くないと自分では思っているのだけど。

「狂乱の一角獣ライトニングビーストですが、四天王の中では上から二番目に強いとされています。ユートルディス殿程ではありませんが、禍々(まがまが)しいオーラが()れ出しておりますな!」

「にゃりゅひょぢょにぇ……」
※なるほどね……

勇太:俺から何か漏れ出してます? 今までの人生で、「おい勇太、お前またオーラ出してるのかよ!」とか言われたことないんですが。
コメ:クソワロタwwwwww
コメ:ランデル視点の勇者ユートルディスを見てみたいねw
勇太:恐怖で漏らしそうではありますけどね。
コメ:ダメだコイツwww【二千円】
コメ:誰が上手いこと言えとwww【千円】

「あの漆黒のオーラをイカズチのように変化させ、非常に強力な広範囲の攻撃をしてくるそうです。名のあるドラゴンの中でも最強と言われていた魔炎龍(まえんりゅう)ゲイルダスハーゼインが、三十秒で消し炭にされたという話を聞いたことがあります。まあ、ユートルディス殿なら楽勝でしょうが」

「ぢゃちゃいいきぇぢょにぇ……」
※だといいけどね……

 コメントを見るのに夢中になっていたので話半分に聞いていたのだが、ランデルの口から不穏な言葉が発せられた気がする。

 ドラゴンには、スキル『炎の勇者』を持つタイキンさんでさえ苦戦していた。
 弓や魔法をものともしない強靱(きょうじん)な鱗に守られ、尻尾の一薙(ひとな)ぎで巨大な建造物を吹き飛ばし、上空から灼熱の炎を吐いて街を壊滅させてしまう最強最悪のモンスターだ。
 名前のついたモンスターはネームドと呼ばれ、同種の中でも()きん出た強さを(ほこ)ることで知られている。
 ネームドドラゴンというだけでも恐ろしいのに、その中で一番強い個体を一分もかからず瞬殺したのが狂乱の一角獣ライトニングビーストという四天王らしい。

勇太:良かった、俺なら今回の四天王を簡単に倒せるらしいです。……んなわけあるかいっ!
コメ:突然のノリツッコミwww
コメ:この状況でよくふざけていられるなw
勇太:ちょっと企画やっていいですか?
コメ:唐突すぎて草
コメ:面白かったらマネチャするわw
勇太:俺よりランデルの方が強いって分かってもらえれば、代わりに戦ってくれると思うんですよね。なので、今からジジイと模擬戦します!
コメ:自殺する気か?
コメ:ちゃんとイカれてて草
コメ:身投げ企画お疲れ様です!

 危険なのは重々承知の上だが、説得しても伝わらないのだから体で分からせるしかない。
 直接戦えば、いくらこのジジイが脳無しだとしても、俺がどれだけ弱いか気付いてくれるはず。

「りゃんぢぇりゅ、いっきゃいりぇんしゅうしにゃい? みょぎしぇんちぇいうにょきゃにゃ。おりぇぎゃちゃちゃきゃえにゃいっちぇきょちょを、しょろしょろきぢゅいちぇひょしいんぢゃよにぇ」
※ランデル、一回練習しない? 模擬戦っていうのかな。俺が戦えないってことを、そろそろ気付いて欲しいんだよね

「よろしいのですか? ワシが本気で戦っても傷一つつけられるかどうか……。しかし、一武人(いちぶじん)として勇者と戦えるのはこの上ない名誉(ほまれ)。全力で行きますぞ!」

 近くにいた騎士に聖宝剣ゲルバンダインとルミエールシールドを持って来てもらった。
 勇者の戦いが見れると興奮していたのか、剣と盾を雑に渡された。
 あまりの重さに耐えきれず肘関節が伸びきり、その衝撃で肘と肩が脱臼しそうになった。

 配信を一人称視点に戻し、準備完了だ。

「いざ、参る!」

 ランデルは、自分の身の丈程もある巨大な大剣を両手で握り、下段に構えると深く腰を落とした。
 (しわ)の刻まれた表情は険しく、その眼光は抜き身の刀のように鋭い。
 自らの命を(かえり)みず、差し違えてでも一太刀(ひとたち)当ててやろうという気概(きがい)を感じさせた。
 蛇に(にら)まれた蛙というけれど、俺は恐怖から一歩も動けない。
 周囲の温度が下がったかのような寒気を感じ、俺の全身はゾワゾワと鳥肌立ち、顔面は脂汗まみれになった。

コメ:怖すぎwwwww
コメ:心臓を鷲掴みにされてる気分……。
コメ:これが本物ってやつか。
コメ:迫力がやべえ! 俺の膝も震えてきたんだが。

「みゃちぇみゃちぇ、けぎゃしちゃりゃみゃじゅいよ。しゅんぢょめだきゃらにぇ? じぇっちゃいあちぇにゃいぢぇよにぇ!」
※待て待て、怪我したらまずいよ。寸止めだからね? 絶対当てないでよね!

「お心遣いありがとうございます。しかし、ワシも武人の(はし)くれです。どうぞ全力をお出し下され!」

勇太:いや、俺が命を落としたくないから言ってるんですけど。ちなみに、こちらは現在全力で剣と盾を握り()めています。
コメ:無駄実況助かる!
コメ:ランデルとの温度差よw

 ランデルがすり足でジリジリと距離を詰めてくる。
 俺は当然その場でただ立ち尽くしているだけだ。
 仮に動いたところで何が出来るわけでもない。
 戦いを見守る騎士からは、異様な期待と緊張感が伝わってくる。
 俺の右手には十五キロ近くある豪華な剣、左手には二十キロを超える巨大な盾、どちらもブラリと垂れ下がり、剣先は地面についてしまっている。
 全力で握りしめているので、指が痛い。

 何故かは分からないが、膠着(こうちゃく)状態が続いている。
 ランデルは、少し近づいては下がり、右へ左へと体を振るような動きを見せるだけで、何もしてこない。
 俺は、頑張って剣と盾を握り締め、ただ呆然(ぼうぜん)と立っているだけだ。
 そろそろ握力が限界を迎え、手の平から剣と盾が滑り落ちるだろう。

「ちょっちょ? ひゃやきゅきちぇみょりゃえりゅ?」
※ちょっと? 早く来てもらえる?

「ま、参りましたああああああ!」

 ……は?
 何を言ってるんだこのハゲは。

「いや、ちゃんちょやりょうよ……」
※いや、ちゃんとやろうよ……

「二百通りほど攻め手を考えてみましたが、返り討ちにあう未来しか見えませぬ。こちらの動きに合わせて、ユートルディス殿の筋肉が細かく反応しているのが分かりました。これ以上踏み込むことが出来ませぬ! 見てくだされ、恐ろしくて震えが止まりませんぞ!」

 出たよ茶番が。
 頑張って考えた二百通りが全部間違えてるだけなんだよ。
 重い物を持ったせいで両腕が痙攣(けいれん)しているだけなのに。
 
「いやいやりゃんぢぇりゅ、いっぱちゅうちきょんぢぇきゅりぇりぇばいいだきぇなんだきぇぢょ?」
※いやいやランデル、一発撃ち込んでくれればいいだけなんだけど?

「いやはや、高みにおられる方の言う事は違いますな。それが出来るユートルディス殿とワシの間には越えられぬ壁があるという事です。ワシがユートルディス殿の間合いに入った瞬間、斬るおつもりだったのでしょう?」

勇太:あー、なんか変なモードに入って気持ちよくなってるなこいつ。武の極みに達してます感が出てるわ。俺が斬れると思ってるのがまず間違いなんだよね。斬れないけどキレてるよ俺は。
コメ:さすが勇者!【二千円】
コメ:勇太くん激おこやんwww
コメ:変なモードというパワーワード草【五千円】
コメ:殺されなくて良かったねw【一万円】
勇太:いつもマネチャありがとうございます!

 いつの間にか視聴者数が五千を超えていた。
 ランデルが構えた瞬間の迫力は見応えがあったと思うが、結末がこれではみんな拍子抜けしてしまったのではないだろうか。

「お疲れ様でした。素晴らしい戦いを見れて感激しました! 私もいつか勇者殿みたいになれるよう精進します!」

 駆け寄って来た騎士が、鼻息荒く尊敬の眼差しを向けながら、俺から剣と盾を預かって去って行った。
 この騎士は、重いものを持たされてただ立っているだけの、『廊下で反省していなさい!』スタイルを目指すようだ。
 是非、俺より長い時間立っていられるように頑張って欲しい。

しおり