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これが走馬灯か

「ユートルディス殿、起きてくだされ!」
 どれほど気を失っていたのだろうか。
 色んな事がありすぎてまだ頭が痛い。
 ランデルに揺さぶり起こされたのも原因の一つに違いないが。

コメ:お、きたか?【五千円】
コメ:丸一日寝てたぞ!
コメ:目覚ましユートルディス時計再びwww
コメ:首取れそうw
勇太:みなさん、おはようございます。
コメ:動じてなくて草
コメ:勇太くんワースレでちょっとずつ話題になってきてるよ!
コメ:俺はとぅいパラから来た。
コメ:切り抜きバズったからお礼だよ!【二万円】

 視聴者数が千五百人、登録者数が五千人を超えていた。
 キャスター界では、常時視聴者数が千人以上なら仕事として成り立つと言われている。
 寝て起きただけで二万五千円も頂いてしまった。
 少しずつ知名度が上がってきているようで、()むに()まれぬ状態だ。
 
 さて、今度は何があったというのか。

「ミノタウロスが出ました! モロンダルの坑道に着く前にユートルディス殿の力を示し、(みな)の士気を上げるチャンスですぞ!」

 ダメだ、このジジイの思考に脳が追いつかない。
 何を言っているのか少しも理解できない。

「しゅみゃにゃい、みょういちぢょいっちぇきゅりぇにゃいきゃ?」
※すまない、もう一度言ってもらえないか?

「ミノタウロスが出ました! モロンダルの坑道に着く前にユートルディス殿の力を示し、皆の士気を上げるチャンスですぞ!」

勇太:うん、聞き間違いじゃなかったみたいです。
コメ:大事なことなので二回言いました。
コメ:大事なことなのでry
コメ:ついに勇者ユートルディスが戦うのか?w
コメ:ミノタウロスはやばすぎやろ。
勇太:今回もランデル先生に倒してもらいますよ。
コメ:あのハゲなら余裕で勝ちそうだなw
コメ:他人任せで草

 全く同じセリフを二度聞かされれば納得せざるを得ない。
 ミノタウロスを俺に倒せと言っているみたいだが、そんなことをしたら今日が俺の命日になってしまう。
 俺のような一般人には、ワイバーン戦の時のように後ろで観戦しているくらいがお似合いだ。

「いや、みゅり。りゃんぢぇりゅが……」
※いや、無理。ランデルが……

 話をしている最中だと思っていたのだが、そう考えていたのはどうやら俺だけだったようだ。
 ランデルに腕を掴まれ、強引に馬車から引き()り下ろされた。
 前回と同様に、俺は地面の上を転がり回った。

勇太:どうして俺は無理矢理連れ出されるのでしょうか?
コメ:安定のズッコケwww
コメ:伝統芸能地滑り!【二千円】
コメ:あの転び方して冷静にチャット出来るの意味分からんw

「さあ、ユートルディス殿。舞台は整いましたぞ! その聖なる力を我々にお示し下され!」

 地面に這いつくばりながらランデルの指差す先を見ると、体長五メートルはある二足歩行の巨大な牛の怪物が騎士を相手に暴れ回っていた。
 頭にはS字に湾曲した二本の角が生えている。
 茶褐色の体毛の下には、はち切れんばかりの筋肉が隠れているのが分かる。
 大地を踏みしめれば太腿が肥大化し、太く(たくま)しい筋繊維がその筋肉の形状を(あら)わにするほどだ。
 興奮しているのか、小刻みに肩で息をする様は、その荒々しさを表しているようだ。
 呼吸する度に、大きく開かれた鼻腔からまるで蒸気機関車のように白い水蒸気が噴出している。
 二本の腕は、巨木の幹のように太い。
 硬く握りしめられた拳は、まるで建物の解体に使用される鉄球のようだ。
 ミノタウロスが腕を振るうと騎士達が右へ左へと吹き飛ばされていく。
 遠目から見ると子供が無邪気に砂遊びをしているみたいだ。

コメ:この距離であの迫力パネエwww
コメ:ワイバーンより強そうじゃね?
勇太:いやいや、気でも狂ったのかこのジジイは。あんな恐ろしい化け物に俺が勝てる訳が無いんですが!
コメ:っ【リセット】
コメ:ミノタウロスに勝ったらマネチャ三百万。
コメ:さっさと鎧脱いで帰還しろアホ!

「おりぇ、しんじゃうよ……」
※俺、死んじゃう……

俺を信じろ(・・・・・)と? 当然ですぞ! 皆の者、道を開けよ! ユートルディス殿がミノタウロスを討伐される! 勇者の戦いをしかとその目に焼き付けよ!」

「「「うおおおおおおおおおおおお!」」」

「「「ユートルディス! ユートルディス!」」」

コメ:信じてるぞユートルディス!w
コメ:ユートルディスコール好き。
コメ:いや、お前らふざけてる場合じゃないぞ?
コメ:グロ耐性ない奴は配信閉じた方がいい。
 
 ランデルが大剣を天にかざすと、モーセが海を割ったかのように騎士達が左右に別れ、ミノタウロスまでの一本道が完成した。
 ミノタウロスに接敵していた奴らまで従うもんだから、無防備に殴られている。

 おい、やめろ!
 俺は剣も盾も必要としていない。
 無理矢理持たせようとするんじゃない。

「御武運を!」

 剣と盾を持ってきた騎士が深々と頭を下げた。
 俺の両腕はだらりと下がった。
 ボクサーがノーガードで相手を挑発しているような体勢だ。

 ミノタウロスがまだ暴れ回っているというのに、みんな俺の方を向いて右手を天に突き挙げている。
 殴り飛ばされて宙を飛んでいる奴まで俺を応援している。

「ささ、ユートルディス殿。出陣ですぞ!」

 押すな押すなクソジジイ!
 マジで死ぬってあんな化け物。
 俺は生まれてから一度も喧嘩をした事が無いし、口論すら避けてきた人畜無害な人間なんだぞ?
 
「「「ユートルディス! ユートルディス!」」」

コメ:お、おい。流石にマズくないか?
コメ:死ぬやつだろこれ……。
コメ:調子に乗った俺達が悪かった! マネチャするからリセットしろ!
コメ:ワクワク!
コメ:ごめん、俺配信閉じる。

 場の雰囲気に流されて、勝手に足が前に進んでしまう。
 戦争に(おもむ)いた兵士は、こんな感じで死んでしまうのだろう。
 あぁ、ミノタウロスまであと半分くらいの距離まで来てしまった。
 近づけば近づくほど化け物の巨大さが分かる。
 死刑台に向かう囚人てのはこんな気持ちなんだろうか。

 視聴者数が五千人を突破していた。
 死肉にたかろうとハゲワシが集まってきたようだ。
 ハゲといえば、ランデルは何をしているのだろうか。

 後ろを振り向き、(うる)んだ目でランデルに助けを求めてみたが、ランデルは大剣を地面に突き刺し、全力でユートルディスコールに混ざっていた。

 危なくなったら助けに来てくれるよな?
 信じてるからな?
 その(うなず)きは何を意味してるんだ?
 ちゃんと助けてくれよランデル!

コメ:いや、マジで何してんの?
コメ:もう見てられない。
コメ:また馬鹿な新人キャスターが死ぬな。
コメ:誰か何とか出来ないの?
コメ:他人の配信の邪魔したらワーキャスの規約違反で永久追放だし、座標指定して助けに行ってもハズレスキル引いたら一緒に死ぬだけ。

 俺は、ついにミノタウロスと対峙した。
 両手に(かせ)をぶら下げて、目の前に迫り来る濃密な死をただ突っ立って受け入れるだけ。
 金色の鎧に身を包み、伝説の盾と剣を精一杯握りしめている一般人、それが俺だ。
 短い人生だった。

「ブモォオオオオオオオ!」

 ミノタウロスの咆哮で肌がビリビリと痺れる。
 残念な事に、俺の事を敵と認識したようだ。
 これだけ目立つ格好をしていればそうなるだろう。

コメ:危ない!
コメ:避けろ!
コメ:リセットリセット!

 ミノタウロスが巨大な右拳を大きく振りかぶる。
 驚いたことに、その絶望的な状況が目前に迫ったのにも関わらず、脳内に「あ、死んだわ」と短い言葉が浮かんだだけだった。
 全く動く様子の無い俺に血走った眼を向けた牛の怪物は、右拳をハンマーで叩きつけるかのように振り下ろした。
 ミノタウロスの拳が眼前に迫った時、世界が、時間が、まるで停止したかのように感じた。
 楽しかった思い出が、走馬灯のように浮かんでは消えていく。

 一生分の記憶を振り返っていると、何かが爆発するような轟音で目が覚めた。
 無遠慮に繰り出されたミノタウロスの拳は、俺の目の前を通過して地面を殴り付け、体が一瞬浮くほどの地響きと共に、大地が砕けて弾け飛んだのだ。
 その爆散した大地の欠片が鎧に当たって弾かれているが、衝撃は肌まで伝わっており、針で刺されたような無数の鋭い痛みを全身に感じている。

コメ:え?
コメ:は?
コメ:外した?
コメ:何が起こってる?
コメ:避けたのか?

 続いて、ミノタウロスは左のフックで横薙ぎに殴りかかってきたが、これまた俺の目の前を通過した。
 あまりの風圧に、俺は一瞬息が出来なくなった。
 竜巻に包まれたかのような突風で、顔面の皮膚が耐え切れず眼球がこぼれ落ちそうなくらい剥き出しになり、無理やり空気を吹き込まれた左頬はこれでもかと膨らみ、ブルブルと揺れている。
 誓って言うが、俺は一歩も動いていない。

「「「ユートルディス! ユートルディス!」」」

 今日一番の大歓声が巻き起こった。

 そういえば、城の宝物庫でのやりとりをぼんやりと思い出してきた。
 俺が身に付けている黄金の甲冑ミラージュメイルは、相手に幻影を見せる事で直撃を避けてくれる効果があるんだとか。
 しかし、ミノタウロスもそろそろ異変に気付く頃だろう。
 そして俺は、距離感を調整されて殴り殺されるだろう。
 自慢じゃないが、俺は怖くて一歩も動けない。

「皆の者、ミノタウロスにも怯まぬユートルディス殿の勇敢なる姿を見たか! 勇者の勇気を心に刻んだ者から順次突撃じゃあああああああああ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおお!」」」

 ランデルの号令と共に突撃した騎馬隊が、すれ違い様にミノタウロスの両膝に長槍を突き刺した。
 踏ん張りがきかなくなり、巨体を支えられなくなった二足歩行の巨牛は、膝から崩れ落ち、砂煙を巻き上げて前のめりに倒れた。
 かろうじて二本の腕で体を支えたようだが、閃光の如き速さで駆け寄ってきたランデルの鋭い一閃がミノタウロスの首を()ねた。

コメ:勇太くん居なくてもよかったよねこれ?
コメ:ランデルかっこよすぎ【一万円】
コメ:何で生きてるの?【三百万円】
勇太:二十年分の記憶を(さかのぼ)りました。
コメ:走馬灯やんけwww
コメ:話には聞いたことあるけど、実際に起こるんだね!

「勝ち(どき)じゃああああああああああ!」

「「「ユートルディス! ユートルディス!」」」

 何回やんのこれ。

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