闘争本能の集中編 3
子供はさぁ、やっぱり探検とか好きなんだよなぁ。
でもフライブ君がやろうとしているのは、日本の子供がするようなレベルの探検じゃない。
戦争自体日本の子供にとって疎遠なことなのに、この世界の子供が行う探検はあろうことか戦争状態の最中、敵軍のど真ん中に忍び込もうという危険極まりないものだ。
「わくわくするね!」
でもフライブ君の口から出る言葉は、まさに子供の発言だ。
もうこれ、フライブ君めっちゃ深夜テンションになってるし。
こういうときのフライブ君って俺の言うこと聞かないから、諦めるしかないんだよなぁ。
「……そうだね……」
なので俺は一応フライブ君の言葉に答えつつ、木々が生い茂る闇夜の森を歩き始めた。
月が出ているので夜間行軍自体は困難ではない。
しかし例によって魔力を放つ植物がうざい感じに絡んできたりしてくるので、それらを丁寧に剣で伐採しつつ、俺たちは足を進める。
南に向かってしばらく歩いたところで、フライブ君が鼻をクンクンさせながら言った。
「よし! そろそろ東に向かおう!」
東西に相対する両軍。つまり敵は東に陣を張っているので、俺たちは行動開始当初は南に向かって歩き出していた。
そんで途中から東に向けて方向転換することにより、南周りに大きく迂回しながら敵陣の背後に到着する予定なんだ。
もちろんそんな迂回行動も上手くいき、俺たちは敵の支配地域へと侵入する。
敵支配地域ではところどころに罠や敵感知用の魔法陣が敷かれてあったけど、フライブ君の嗅覚と俺の自然同化魔法ですり抜けることができた。
「うひひ! 上手くいったね! タカーシ君! やっぱりタカーシ君の自然同化魔法はすごいね!」
ちなみにフライブ君は出発した時からこんな感じでご機嫌マックスだ。
「うぇっひっひっひ! ありがとう! おっと! あそこに明かりが見えるよ! 敵かな? 敵の宿営テントかな!?」
まぁ、それに促されるように俺もちょっとずつテンション上がっちまってるんだけどさ。
くっそ。我ながら情けない。
でも俺の能力とフライブ君の能力で数十を超える敵の罠をいとも簡単にくぐり抜けてきちゃったんだもん。
そりゃ機嫌も良くなるわな。
んで俺たちの視界の先には敵陣の明かりがちらほらと。これから敵の前線基地に侵入というわけだ。
と俺たちは草むらに伏せながら敵陣を観察していたんだけど、ここでいくつかの魔力の発生源がものすごい速さで俺たちの元に集まってきた。
見つかったか……!? じゃあ……いっそ殺っちまうか?
と思ったのもつかの間。敵が近付くのを察知したフライブ君は突然立ち上がり、警戒用の魔力の放出を低める。
「なにやつ!? そこにいるのはわかっているぞ! 出て来い!」
相手が俺たちを取り囲み――しかしながらここでフライブ君がはきはきと言い放つ。
「マユー将軍の見回り部隊です。お疲れ様です!」
「あぁ、そうなのか。しかし我々以外にこの地域を見張る部隊がいるなど聞いてはいないが?」
「はい。今宵はフィーファ様の復活祭。それに乗じて敵が侵入する可能性があるので、一応見回りの数を増やせとのことです。まぁ、僕たちのような子供が駆り出されるぐらいですし、そもそもその指示はうちの部隊長が独断で決めたことですけど……」
「うむ。わかった。お互い気を付けて任務を遂行しよう」
「えぇ!」
んで次は敵陣営のテント区域をさも当然のようにすり抜ける。
通りすがりの魔族に怪しまれても、フライブ君はこんな感じで切り抜けた。
「見ない顔だな? しかもヴァンパイアとオオカミ族の混血児とは……?」
「えぇ。僕たちは後方支援部隊『オフサイード』の混合部隊です。本当は後ろにいなきゃいけないのですが、フィーファ様の像にお祈りをしたくて」
「あぁ、そういえば今日はフィーファ様の復活祭だったな。このような戦場ではフィーファ様のご加護も届きにくいというのに。感心なことだ」
「お祈りするぐらいはいいでしょう? もしかすると僕のお祈りがフィーファ様に届くかも。例え今日が19位でも……ですよね?」
「そうだな。今宵の復活祭は24節ある祭りの第19位だが、その順番をしっかり覚えている君の願いなら届くかもしれん。
フィーファ様の像はあちらにある大祭壇のテントだ。旗が立ててあるからすぐにわかるだろう。存分に願いをお伝えしてこい」
「はい! ありがとうございます!」
もう俺にはよくわからん。
というかさ。敵軍の内情を多少は知っているにしても、フライブ君、さらりと嘘つきすぎなんだが。
この子、こういう子だったの? こっちが怖くなってきたわ。
しかもフライブ君の嘘はこの程度では収まらない。
「明日敵が総攻撃をかけてくるって話、本当なのかなぁ!」
挙句は敵に対して誤った情報を流し始める始末。
敵兵が寝泊まりしているテントの間を歩きながら、突然こんなことを言い出したんだ。
しかも大声で。
なんでそんなに率先して情報戦を仕掛ける? もうちょっと目立たないように行動しようよ。
「え?」
「……タカーシ君? 話を合わせて……」
「え? あ、うん」
もちろんそんな総攻撃の予定はないけどな。ここは話を合わせておこう。
「うん。らしいね。かつてないほどの死闘になりそう」
「しかも、マユー将軍が部下を見殺しにしてブンデまで撤退するって噂もあるよねぇ。まさか本当にマユー将軍がそんなことするわけないと思うけど」
散々な言われようだなァ! そのマユー将軍とやらはァ!
大丈夫か? おい、本当に大丈夫かぁ!?
そこら辺からそのマユー将軍とやらが飛び出てきても知らねぇぞ!
「そ、そうだねぇ……まさかマユー将軍に限ってそれはないと……思う。うん」
なんで俺が真剣にそのマユー将軍をフォローし始めてるのかも分からん。
しかしながら、このわざとらしい世間話はすさまじい効果をもたらした。
夜も遅いために周囲のテントの中では敵兵が寝ていたと思われるが、俺たちの会話を聞いたであろう敵兵が目を覚まし、魔力をちょっとだけざわつかせ始めたんだ。
「あはは。みんな騒ぎ始めた。じゃあ次の基地へ行こうか?」
「う、うん。ここにいちゃまずいと思う」
そんでもって俺たちはすたこらさっさと移動を始める。
敵軍は数万にものぼる兵たちをいくつかの場所に分散させて寝泊まりさせていたのだが、フライブ君は次の拠点に向かおうと言ってきたわけだ。
もちろん俺もその案に賛成なので、2人揃って森の中を駆け足していると、ここで思わぬ生物に出会った。
……
いや、これは生物といっていいのかな?
体長はおよそ10センチ。外見はヘルちゃんによく似ているけど、体中から光を放ち――いや、光る鱗粉(りんぷん)のようなものを放ち、森の中を浮遊している。
そんな生物が数体、俺たちの前を横切った。
「見て見て! 精霊さんがいるよ!」
マジか! これが精霊か!
おい! 面白そうだから1匹捕まえようぜ!
ねぇ、フライブ君!? 1匹でいいからさ。捕まえて飼育してみようぜ!
と思ったけど……
「ちょ、タカーシ君!? 止まって! それ以上近づいちゃダメだって!」
「え? なんで? 捕まえようよ!」
「つかま……ウソでしょ!? タカーシ君!? 精霊さんを捕まえるなんて、なんてかわいそうなことを言うの!? その行い、恐れ多いことこの上ないわ!」
そんでもってなぜかキャラのぶれたフライブ君に怒られる俺。
ご、ごめんなさいってば。
俺、精霊に対しての知識が乏しいからそういうのよくわかんねぇんだよ。
「え、あ、ごめん。捕まえちゃダメなのね?」
「あたりまえでしょ! 精霊さんはこうやって少し離れたところから見るだけ! 驚かせちゃうから話しかけるのもダメだから!」
おい、ちょっと待って。
話しかけるのもダメって……それ、むしろ話しかけたら会話が通じるってことなのか?
なんだそれ! 面白そうじゃん!
いや、でも……フライブ君が珍しく真剣に怒っているからここは自重しておこう。
自重して……この珍しい精霊とやらの姿を目に焼き付けておこう。
「あら? そこのあなた……?」
しかしながら、そんな俺の思いは1匹の精霊によって踏みにじられた。
つーか精霊が俺の近くまでピヨピヨ飛んできて、しかも俺に向かって話しかけてきた。
「え? あれ? フライブ君?」
混乱した俺は、慌てながらフライブ君に意見を求める。
しかし対するフライブ君は口を閉じたまま、俺の目を見て深く頷いた。
これ……俺にこの精霊と話をしろってことか?
いいのか? いいんだよな?
「は、はい?」
困惑しながら返事を返した俺であったが、その精霊がやたらと高い声でこう言った。
「なぜあなたは精霊の加護を受けているの?」
……
……
精霊の加護? ……とな?
うーん。これはもしや、俺の体に備わった緑の魔力と関係があるのだろうか?
でもなぁ。その魔力についてはおれはもちろん、バーダー教官やその他大人たちの知識を総動員してもいまだ不明なままだ。
「は、はぁ……うーん。えーとぉ……」
なので俺は首をかしげながら言葉を返す。
「知らないです。むしろ僕が知りたいぐらいです」
しかし精霊はそんな俺の返事に大した反応も見せず、俺の体の周りをひゅんひゅんと飛び回る。
というかこの会話をしている間にも他の精霊たちが集まってきて、俺の周りをものすごい数の精霊が飛び回り始めた。
およそ10秒ほど。
なんかハエに群がられているようなので、それを嫌った俺が1匹ぐらいひっぱたいて落してやろうと思ったが、そのタイミングで精霊のうちの1匹が口を開いた。
「あなた、緑の宝石に心当たりはない?」
おう。それならあるぜ。我がヨール家の地下に大切に保管されている。
「はい。僕の家にあります」
「そう。それは精霊の魔力を封じ込めた石。恒久の営みをもたらす平和の石よ」
ぜんっぜんわかんねぇよ!
「その力を大切にしなさい。いずれあなたに幸福や不幸を招くことでしょう」
どっちだ、おらぁ!
「え? は?」
しかしながら、精霊との会話はこれで終わり。
俺が困惑して立ち尽くしていると、精霊たちは妖しい笑い声を幾重にも重ねながら森の中へと消えていった。