レティシア
「お初にお目にかかります。召喚士レティシアにございます」
マティアスは思わず息をのんだ。それほど美しい娘だったからだ。乗馬服に身を包んだ凛々しい姿。黒く艶やかな髪、抜けるような白い肌。ともするとルビーのように輝く瞳。
見た目の美しさだけではない、レティシアの目は決意に満ちていた。
マティアスは当初レティシアに結婚を申し込んだはずだ。義父のギオレン男爵は二つ返事で了解した。
レティシアもマティアスが何の目的でおとずれたか理解しているはずだ。それなのにレティシアはマティアスの妻ではなく、一介の兵士になりたいといっているのだ。
マティアスの頭は混乱した。もとより頭で考えるのは苦手分野で、すべてルイスたちに丸投げしている。
マティアスは仕方なく読心の風魔法を使った。マティアスは目に見えない風のかたまりを作り出し、レティシアの胸に当てた。
風のかたまりはマティアスに跳ね返ってきた。
愛する契約霊獣。霊獣を守るため。愛する母の眠る国。命をとして守る。そのために剣を取った。
レティシアの覚悟の心の声は、マティアスに豪雨のように襲いかかった。これほどまでに高潔な心を感じたのは、マティアスは生まれて初めてだった。
マティアスはレティシアの要求を許可した。
城に帰ってからルイスとリカオンに、何故レティシア嬢との結婚を取り付けてこなかったのだとどやされた。
マティアスにもよくわからない。レティシアの気持ちは、マティアスではどうしようもないほど強固に固まっていたのだ。
「つまりだ、レティシア嬢はマティアスをお気にめさなかったって事だろ?」
リカオンがマティアスを鼻で笑って言った。
「えっ?!俺、レティシア嬢にフラれたの?!」
マティアスは衝撃の事実に直面した。弟のルイスが憐れむような視線を向ける。
「兄上はハンサムだから、女性に受けがいいと思っていたんですが、レティシア嬢は本質を見抜いていたのかもしれませんね。兄上がポンコツという事を」
「ええ?!俺、初見でポンコツだと見抜かれたの?!そんなぁ」
思い返せばマティアスは、レティシアの美しさに見とれて、口をポカンと開けて凝視してしまった。
レティシアは、初対面でジロジロ見てくるいやらしい奴だと思ったかもしれない。
もう時間は巻き戻せない。レティシアにはこれからマティアスの良いところを見てもらえばいいと自分を鼓舞した。
マティアスは、自分がレティシアに恋してしまっている事を、自分ではちっとも気づかなかった。