第1話 【ラスボス】に転生した
――――不意に全身の感覚が接続されたような感触を覚えた。
明るい照明に目が慣れず、パシパシと瞬きをする。
ぼやける視界。
遅れて俺は仰向けに横たわっていることを自覚し、ゆっくりと起き上がった。
「あぁ……痛ってて……。やべ、ちょっと意識トんでたか?」
床に散らばっていたシャツに足を滑らせて、デスクの角《かど》に頭を強打したことまでは覚えている。
その他の情報や知識も問題なく思い出せる。
ひとまず、記憶喪失ルートは回避したらしい。
「世界に破滅をもたらす我が主よ。長きに渡る封印からお目覚めになられましたこと、心よりお喜び申し上げます」
地獄の底から木霊するようなおぞましい声。
その方向に視線を向けると、漆黒の肌と野性的なバーサーカーのような逞しい肉体、そして凶悪な二本の角とコウモリのような翼を背中で畳んでいる謎のモヒカン男が跪《ひざまず》いていた。
それだけでなく、その男の背後には無数のエイリアンのような化け物たちが同じく跪いて控えている。
「どぅわぁっ!!? な、なんだお前らは!?」
自分の部屋に謎のモヒカン男+クリーチャーが大量繁殖しているという予想外の事態に、飛び退いて驚いた。
が、すぐに理解する。
あれ、もしかして【MWO】のゲームが起動してるのか?
「これは失礼いたしました。私はギルゴーズと申します」
筋肉質のモヒカン男は、自らをギルゴーズと名乗った。
今俺の目の前に広がる世界は、明らかに現実世界ではない。
そもそもさっきまで自室のやっすいボロアパートにいたはずなのに、ここは百メートルくらい奥行きがありそうな巨大な神殿のような造りになっている。
まるで魔王の玉座のようだ。
こんなの【MWO】のゲームでしか再現しようねぇだろ。
だが、おかしいな。
【MWO】では俺は何の変哲もない一般冒険者として各エリアの癒しスポット巡りしかしてなかったはず。
こんなキモいクリーチャーまみれのエリアになんて足を運んだ記憶はない。
「魔王様も大層お喜びになられておいででした。我が主が魔界の軍勢に加われば、人類とのパワーバランスは容易に崩れ去ることでしょう。人類滅亡、果てに我ら魔族による世界征服! この素晴らしき未来の到来はもはや約束されたも同然ッ!!」
漆黒のモヒカンバーサーカー男がわけの分からんことを熱弁している。
おいおい、これは一体なんのクエストだ?
プレイヤー全員に発生する強制イベントか?
俺はブラック労働後で疲れてんだ。
悪いが肉体的にも精神的にも疲弊しきった今の状態で、ストーリーイベントを進める気はない。
「はぁ……イベントスキップ」
――――シーン。
何も起こらない。
あれ、おかしいな。
こう言えばイベントもクエストもスキップできるはずなのに。
声が小さくて聞こえなかったのか?
「イベントスキップ!!」
大声で叫んでみても何も起こらない。
……な、なぜだ!? ゲームの故障か!?
あ、まさかさっきヘッドギアを強打した時に機械がバグったとか!?
「おいおい勘弁してくれよ……。このハード高かったんだぞ、ったく。ひとまず凹んだりしてないか確認しねぇと……」
と思い、ヘッドギアを外そうと両手を頭に持っていくが、ペチンと頭皮に触れた。
ん?
さわさわと頭部の周りを触るが、ヘッドギアの硬質な手触りが確認できない。
ど、どういうことだこれは……ッ!?
「ま、誠に恐れながら申し上げます我が主よ。先ほどから口ずさまれている言葉と、その行動には一体どのような意味が……?」
ギルゴーズが怪訝な顔を向けてくる。
その姿、その声、その仕草。
衣服の質感や息遣いなど、非常にリアリティーが追求されたグラフィックだ。
そう、それはまるで、《《本当に目の前に実在しているかのような》》――――
「……おい、ち、ちょっと待て。嘘、だろ……?」
ギルゴーズに待ったをかけ、バグり始めた頭を落ち着ける。
今の状況を冷静に分析しろ。
俺はゆらりと立ち上がり、前へ歩いていく。
そして、ギルゴーズを間近で見下ろす構図となった。
俺はギルゴーズの頭に手を振り上げる。
これが【MWO】なんだとしたら、NPCに危害は加えられない。
そう、だから俺のこの手はギルゴーズを貫通して空《くう》を切るはず――
――――バシーン!!
思いっきり、ギルゴーズの頭をしばく結果に終わった。
お、おい……おいおいおいマジかガチかホントなのか!?
こ、これはまさか、よく見る例の――――
「まさか俺――――【MWO】内に転生してんのか!!?」
俺はベタベタと自分の体中を触りまくった。
鏡がないから容姿は分からないが、赤黒い皮膚と異常なほど発達した肉体美、そして頭から生えてるっぼい二本の角《つの》。
明らかに人間の造形を大きく逸脱している……!!
驚愕に震えていると、俺にしばかれたギルゴーズは自分の頭をさすりながら苦笑いを浮かべた。
「わ、我が主はご復活されたばかりです。どうやらまだ意識が完全に覚醒されてはおられないご様子。魔王様からの世界征服の使命を与えられているとはいえ、ここは一度お休みになられた方が――」
「な、なに? お前いま何つった? 魔王からの使命だと!?」
「左様でございます。先日、魔王様直々に『四凶王《しきょうおう》』を含む全幹部に世界征服の命《めい》が下されました。我らが魔族最盛の時代が、もうまもなく訪れるのです!」
「はあっ!? なんじゃそりゃ! んなもんやるわけねぇだろ!!」
アホなことを宣《のたま》うギルゴーズの頭をもう一度しばく。
ギルゴーズはモヒカンなので、サイドのハゲている部分から、バシーンッ! と小気味良い音が響いた。
が、ギルゴーズはそんなことなど気にせず、バッと立ち上がって困惑している。
「お、お待ちくださいッ!! 我が主よ、今の発言はどういう意味でしょうか……!!」
「どういう意味もクソもあるか! 転生しちまったのはもうしょうがない! 認めるさ! だが、なんで転生後まであくせく働かなきゃいけねぇんだよ! 俺は世界征服なぞ微塵も興味はないッ! 俺がしたいのは小鳥の囀りが聞こえる長閑な田舎で悠々自適なスローライフを満喫することだけなんじゃああああああああああああ!!!」
もし俺が【MWO】の世界に転生してしまったんだとしたら、もうそれは受け入れよう。
だが、なぜ転生先のこの世界でも魔王《上司》に媚びへつらって言うこと聞かなきゃらなんのじゃ!
日本ではブラック企業で散々精神すり減らしてたんだ!
だからこの世界では絶対に無理なことはしないし、まして上司の言うことで世界征服《ブラック労働》なんてするもんかよッ!!
俺は今度こそ自由に生きるんだ!!!
「な、ならば、魔王様が掲げる世界征服の使命は……!!」
世界征服の使命?
バカかコイツは。
せっかくブラックofブラックの社畜生活から突然死によって解放されたっていうのに、なんで異世界でも上司の指示で労働せにゃならんのだ!
「そんな使命《モン》知ったことか! 魔王様だか何だか知らねぇが、俺は誰にも縛られずに自由気ままに生きていくって決めたんだよ! 俺は俺の好きなように生きるんだッ!!」
「し、しかし! それでは魔王様に対する反逆行為と受け取られ――」
「うるせぇ! 文句があるならここから出ていくがいい! 俺のほのぼのスローライフを邪魔するヤツは誰であろうと許さんからな!!」
こうして、俺は怒りのままに側近らしきモヒカンと控えていた魔族たちを全員追放した。