第6話 悩殺ウインク
「あ、あのー、ルピカさん? よく聞こえなかったんで、もう一度言ってもらってもいいですか? 何を決めたって?」
「だーかーらー、貴方を私の専属冒険者にするって言ってるのよ!」
一応聞き返してみたが、答えは変わらなかった。
ルピカの衝撃発言に、俺は苦笑しながら待ったをかける。
「あのー、なんでいきなりそんな話になってるんだ?」
「あら、私の専属になるのはそう悪い話ではないはずよ。何たって今やお父様から商会長の座を引き継いでいるんだから。貴方はかの有名なロッヘル商会の長の護衛を務める優良な冒険者という肩書きを手にすることができるわ!」
その発言に、俺は目玉を飛び出す勢いで声をあげる。
「ち、ちょっと待て! ロ、ロッヘル商会だと!? ルピカはロッヘル商会の商会長なのか!!?」
「そうよ? 言ってなかったかしら」
「言ってねぇよ!」
ロッヘル商会と言えば、十年ほど前から王国内で頭角を表してきた新進気鋭の大商会だ。
主に冒険者向けの武器や防具、道具などを専門的に販売し、それだけでなくこれまで冒険者ギルドでしかできなかった素材の売買を請け負うサービスなんかも売りにしている。
近年では冒険者稼業に留まらず他国からの調度品や貿易の輸出入などにも手を伸ばしているようで、王国中の主要都市は勿論、一部は田舎の辺鄙な場所にまで店舗をオープンするほど広くマーケットを展開している。
つまり、一言で言うならこのルピカ、貴族に匹敵するほどの影響力を有した権力者である。
「ル、ルピカ……様は、あのロッヘル商会の跡取り娘様だったんでございますか……!」
「いきなり気持ちの悪い敬語はやめなさい。怒るわよ」
「い、いやしかしですね。ロッヘル商会の商会長様に対しての無礼は軽く首が飛んでしまうのでは……!」
「今さらでしょう。冒険者に礼儀が備わっていないのは知ってるから、そう怯える必要はないわよ。楽にいつも通りにしていなさい」
そう言われ、俺は若干の居心地の悪さを覚えつつも、分かったよ、と返した。
それに、とルピカは続ける。
「貴方も、ヒューバートン侯爵家の人間でしょう?」
ドクン、と心臓が跳ねた。
数秒待って、その言葉の真意を問いただす。
「……なぜそう思った?」
「そのバックよ。それは一見どこにでも売っていそうな革製のハンドバックに見えるけど、高級品よね。とてもこれから冒険者を志す人間が持つようなものではないわ。冒険者といったら、普通は身寄りのない孤児や遠方からの出稼ぎ、あとは定職を持たない人間がその日を食い繋ぐためにやる職業だもの。要は、金持ちでわざわざ冒険者を志すような奇異な人間は少ないのよ」
ルピカの解説には黙るしかない。
まさかバックから情報が漏れるとは……。
恐らくこのバックも当家では使い古されたゴミのようなものなのだろうが、如何せん俺も幼少期から高級品を見過ぎていたせいで感覚が麻痺していたのかもしれない。
その点、さすがルピカは商会長をしているだけはある。
物事の洞察力が常人とは一線を画している。
俺はお手上げだと表明するようにわざとらしく両手を上げ、真実を話した。
「……そうだよ。俺は元ヒューバートン侯爵家の三男坊、レセル=ヒューバートンだよ」
「ええっー!? ヒ、ヒューバートン侯爵家の方だったんですか!?」
俺の正体に真っ先にメイドのヘレンが驚嘆の声を上げる。
が、相対するルピカは表情を変えず、ああ、と呟いた。
「そう言えば今日ヒューバートン家の身内を一人追放しただとかっていう情報が出回っていたわね。……そう、それは貴方のことだったのね。何でも『神託の儀』で無能のレセルがやらかしたのが原因だそうだけど、何をしでかしたのよ」
「……恥ずかしい話だけど、この魔法だよ。俺に与えられた『遠隔魔法』は文献上は遠距離魔法の下位互換。発現することが少ない外れ魔法だ。それがキッカケでとうとう侯爵家との縁を切られちゃってね。まあ、前々から家族からは忌み嫌われてたから別に驚きはないんだが――」
「はあ!? なっによそれ!!」
今朝あった経緯を説明していると、ルピカが被せて声を荒らげた。
「こんな才能を持った人間を手放すですって!? 考えられないんだけど!」
「ま、まあ仕方ないんじゃないか。ルピカも自分の目で見なきゃ俺の力は信用はできないだろ?」
「そうね。だからこそ、たとえ無能と蔑まれて遠距離魔法の下位互換でしかない魔法を授かったとしても、試しに一度くらいは実力を見るべきなのよ。少なくとも、私ならそうするわ」
「へぇ、意外と優しいんだな」
「優しい、っていうのとは少し違うかもしれないわね。より正確に言うなら、そうね……」
少し考え、そしてふっと愉快そうにわざとらしい笑顔を湛える。
「お宝ってのは、どこに眠ってるのか分からないじゃない?」
ルピカはウインクをしながら商魂逞しい発言をしてくれる。
不覚にもそんな彼女の姿にドキリと心臓が跳ねるのだった。