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第5話  予想外の申し出

 般若の形相で詰め寄るルピカを宥めながら、俺たちはひとまず爆心地まで馬車で向かうことにした。
 口頭で説明することもできるが、一号本人も交えて説明した方が色々と楽だろう、と判断してのことだ。
 目的地に到着すると、ルピカは真っ先に馬車の扉を開けて外に飛び出した。
 そして、わなわなと体を震わせながら目の前の光景に絶叫する。

「な、ななな、何なのよこれはぁあああああああああああああああああ!!?」

 ルピカの眼前には、無数のホードバッファローの死体が無秩序に倒れていた。
 いずれも、一号が放った炎撃炸裂《フレアバースト》の範囲魔法に巻き込まれて絶命したものだ。

 一拍遅れて、俺とヘレンも馬車から降りた。
 ルピカの元に行くと、それはそれは大量絶滅を絵に描いたような光景が広がっていた。

「おお~、これは中々に壮観だなぁ。ホードバッファローの群れともなると百体近くいるか? しかも肉体の損傷も少ないし、素材として売る時もあまり値が落ちずに済みそうだ。よくやったぞ一号」
「身に余るお言葉、感謝します」

 俺の元にやって来た一号は、一礼して答えた。
 事務的でクールな返答だ。

「こ、これを本当にこの子ひとりで成し遂げたのですか!? ホードバッファローの群れの単独討伐なんて、A級冒険者でやっとこなせるかという難易度なのに……!」

 ヘレンがメイド服のプリーツを揺らしながら驚愕したように独りごちる。
 まあ、たしかに驚くのも無理はないか?
 ホードバッファローは単体ならともかく、群れとなると危険度が跳ね上がるからな。 

 俺がヘレンに説明するために声をかけようとした瞬間、ガシッと肩を掴まれる。

「そ・れ・で!? 今度こそ私が納得のいく説明をしてくれるんでしょうね!? レセルッ!!」

 横から現れたのは、怖い顔をしたルピカ。
 凄まじい気迫で、もはや清楚なお嬢様の面影はどこにも見当たらない。

「わ、分かった分かった。ちゃんと説明するからそう怒らないでくれ」
「怒ってないわよ!! ただこの急転直下の展開の数々に私の堪忍袋の緒が切れただけよ!!!」

 それを世間では怒ってると言うんですよ?
 ……なんて無粋な反論はしないぜ。

 俺は、ごほんと咳払いをする。

「とは言っても、見てもらったこれが答えだけどな。俺は一号を召喚して、その一号がホードバッファローの群れを撃退した。以上!」
「そんな説明で納得できるわけないでしょう! まず、この子は何なのよ!!」

 ルピカは一号にビシッと鋭く指をさした。
 一号は無表情で突きつけられたお嬢様の指先を眺める。
 俺はそんな一号の肩にポンッと手を置き、紹介するように努めて穏やかな雰囲気を醸し出す。

「この子は俺が召喚した戦闘人形だ。見ての通り、命じた獲物を命じたままに倒してきてくれる。便宜上、俺は『一号』と呼んでいる」
「せ、戦闘人形って……しかも召喚したってことはレセルは『召喚魔法』の使い手なの!? もしそうなら女神教の司教クラスの祝福の持ち主よ!!?」

 ルピカは身を引きながら仰天している。
 たしかに『召喚魔法』は超高位の魔法系統の一種で、選ばれた人間しか有していない。
 それこそ教会の司教や超有名冒険者なんかが『神託の儀』で女神様から与えられるような代物だ。
 が、生憎俺が与えられたのはこの世界では『無能』と謗られる劣等魔法である。

「いや、俺に宿ってるのは召喚魔法なんて飛び抜けた一級品じゃないよ。俺が女神様から与えられたのは……『遠隔魔法』だ」

 俺の返事に、ヘレンは怪訝に眉を寄せて小首を傾げる。

「『遠隔魔法』……? あまり聞いたことがない種類の魔法ですね。系統としては遠距離魔法の親戚みたいなものでしょうか?」
「……いいえ。そんな良い物じゃなかったはずよ。『遠隔魔法』は遠距離魔法に遠く及ばない下位互換の劣等魔法……いわゆる"外れ魔法"ってやつよ」

 思わぬルピカの解説に、俺は目を丸くする。

「よく知ってるなルピカ。ウチが抱えてる女神教の神父ですら辛うじて記憶の片隅にあったレベルの知識なのに」
「職業柄、そういう魔法なんかにはそれなりに精通しているわ。それでも他の人間の口から聞いたのは初めてだけどね。昔なにかの文献でチラッと見たくらいよ。もちろん、実際にその魔法を与えられている人間なんて見たことも会ったこともないわ」
「ははは、そうだよな。俺もまさか自分がこんな珍しい魔法を引くなんて思わなかったよ」
「でも、どうやら認識を改める必要があるようね」

 ルピカは眼光を鋭くさせて俺を見据えた。
 僅かに威圧的なその視線に、俺はかすかに気圧される。

「な、なんだよ。急に」
「遠隔魔法は遠距離魔法の下位互換……なんて情報は丸っきり嘘だったってことじゃない。むしろ召喚魔法の真似事までできるなんて、高位の魔法系統に類する水準じゃない。文献では外れ魔法と記載されていたけど、実際にこの目で見た私は末恐ろしさどころか、現時点でも明確な脅威と可能性を感じたわ」

 ルピカは早口で捲し立てるようにペラペラと主張を述べた。
 その淀みない口調と的を射た指摘、推論に俺は思わず圧倒される。

「よし、決めたわ!」

 そしてルピカは、パンッ! と両手を叩いた。
 何やら不穏な気配がする。
 続きを聞いても良いものか一瞬二の足を踏むが、続きを聞かずにはいられない。

「き、決めたって何をだ?」
「貴方、私の専属冒険者になりなさい!!」
「は? ……はぁぁあああああああああああ!!?」

 一拍間を置いてその意味をよく理解した後、その内容に驚きに声をあげた。


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