バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第4話  中級の『遠隔魔法』

「ル、ルピカお嬢様! 大変です!! 前方から魔物の大群が急速に接近してきておりますッ!!」

 御者の慌ただしい叫びと同時、馬車は急停止した。
 それゆえ、慣性の法則に従った俺たちはガクンとバランスを崩す。
 瞬間、俺は車窓を開いて顔を外に出す。
 馬車の進行方向数百メートル先に、ドドドドド……と謎の土煙が上がっている。
 
「む、あれは――ホードバッファローか!!」

 土煙からチラチラと覗く闘牛のような魔物たち。
 黒い毛並みと筋肉ダルマな全身、そしてハルバードのような歴戦の風格が漂う大きな二本角。
 あの魔物はファンタジー・オデッセイ・オンライン時代にも遭遇したことがある。

 ホードバッファローは単体ならば危険度はC+程度だが、これが群れになった瞬間その危険度はAにまではね上がる。
 つまり群れで遭遇した場合は、中級以下のプレイヤーなら敵に見つかる前に逃げるのが得策という強力な魔物なのだ。

「ご安心くださいルピカお嬢様。私がすぐに討伐して参ります……!」
「待って。さすがのヘレンでもあの数は無謀でしょう。数体のホードバッファローならばまだしも、群れ全体に正面から突っ込むなんて悪手もいいところだわ」
「し、しかし! このままでは馬車もろとも蹂躙されてしまいます!」
「分かってる。だから今すぐ引き返して、森の方へ向かいなさい。そこで隠れて、群れが移動するまでやり過ごせば――――」
「いや、その必要はない」

 ルピカが御者に指示を出していたが、それを断ち切る。
 必然、馬車内の人間全員の視線を一身に受けるハメになった。
 が、俺はそれでも動じない。
 明確な勝算があるからだ。

「どういうことかしらレセル。あなたはホードバッファローの群れと遭遇した時、隠れてやり過ごす以外の最適解を知っているの?」
「ああ、簡単なことだ。隠れるよりも、全て倒しきった方が確実だろ」

 その言葉に、ルピカたちは表情を一変させる。

「……あなた、ホードバッファローがどういう魔物か知っているのかしら」
「よく知ってるよ。アイツにはゲーム初期の間は苦しめられることも多かったからな。だが、遠隔魔法をマスターしてからは楽に倒せるようになった」

 幸い、御者がいち早く異常を知らせてくれたおかげでホードバッファローとはまだ距離がある。
 こういう状況こそ、『遠隔魔法』が効果を発揮する時だ。

 俺は魔力を練り上げ、基礎よりももう少し複雑な中級の魔法を発動する。

「出てこい――『戦闘傀儡人形《バトルマリオネット》』!」

 瞬間、俺を基点として馬車の床を埋め尽くすように紅の魔法陣が出現した。
 直後その魔法陣から、ズズズ……と赤髪の少女が召喚された。
 少女は十二、三歳くらいの見た目で、衣服は軽装。
 ややボサついた頭を俺に向けるように、傅いた姿勢で姿を現した。

「は、はあっ!? だ、誰!? てか、なにこれ! まさか悪魔召喚!!?」
「お、お嬢様! 危険ですので離れてください!!」

 突然召喚された少女にルピカは身を引いて驚愕し、ヘレンは仕込み刀を抜いて臨戦態勢に入った。
 だけど、俺は努めて穏やかに少女に指示を出す。

「よう、お前の名前は……ひとまず『一号』でいいか。早速で悪いんだが、あそこら辺の魔物たち一掃してきてくれ。あ、素材は欲しいからあんまり壊しすぎないようにな」
「仰せのままに。マスター」

 コクリと小さく頷くと、少女――一号は即座に馬車の窓から飛び出していった。
 そして、裸足のまま大地を蹴ってホードバッファローの群れを迎え討つ。

 よし、あとは遠隔で――――直後、血相を変えたルピカが俺の襟首を掴んだ。

「ち、ちょっと何なのよあの子は!? せ、説明しなさいレセル!!」
「ぐあっ! お、落ち着けルピカ。後でちゃんと説明するから、今はホードバッファロー討伐の方が先決だろ!」
「…………もうっ! 後で説明するって約束、忘れるんじゃないわよ!」

 文句を言いつつも、ルピカは荒々しく俺から手を離した。
 納得はいっていないようだが、少なくとも自分達に危害を加えるつもりはないことだけは伝わったようだ。
 俺たちがひと悶着している間に、一号はホードバッファローの群れまで辿り着いていた。
 数百メートル先を走り抜ける、一号に魔力を送る。

「数が多く、群れている魔物には範囲攻撃が良いだろう。今だ! やれ、一号!」

 カッと目を見開く。
 その瞬間、一号と視覚を共有した。
 豪華な馬車の内側で清楚でシックなドレスをまとうルピカから視点が切り替わり、土煙を上げて迫り来るホードバッファローの群れが目の前に現れた。
 これは遠隔魔法『戦闘傀儡人形《バトルマリオネット》』を発動した際のおまけ機能だ。
 召喚した人形の視覚を俺も把握することができる。
 やろうと思えば五感全てを擬似的に共有することも可能だが、余計な魔力が消費されるので今回は視覚のみに留めておく。

「かしこまりました。マスターより拝受いたしました魔力を用い、範囲攻撃魔法を発動します」

 一号は無機質な声色でそう宣言し、疾駆する足を止めて立ち止まった。
 目の前に迫るホードバッファローの群れにゆっくりと両手を差し向けると、赤い魔力をくゆらせる。

「魔物の群れの一掃に最適な範囲、威力を有した炎属性魔法を行使。魔力の充填、完了。発動します――――炎撃炸裂《フレアバースト》!」

 刹那、一号の両手から炎を凝縮したような深紅の塊が飛び出した。
 次の瞬間。

 ――――ドガガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!

 赤黒い火炎と凄まじい爆風。
 その爆風は瞬く間に俺たちの元まで到達し、馬車をガタガタと揺らし怯えた馬が恐怖に鳴いた。

「き、きゃああああ! こ、今度はなんなの!?」
「大丈夫ですかお嬢様! ど、どうやら、先ほどの少女が起こした魔法のようですが……」
「一応、俺が命令権を握ってるから安心してくれ。この馬車まで被害が出るほどの魔法は撃たせてないから」

 一号と視覚を共有した状態で答える。
 俺は爆発した野原を見据え、ほどなくして煙が晴れていく。
 そして目の前に広がっていたのは、バタバタと倒れたホードバッファローの大量の死体だった。
 一号に命じて周囲を念入りに確認させるが、生き残っている魔物はいなさそうだ。

「……魔物の群れの一掃を確認。生存個体なし。与えられた任務は無事に遂行いたしました」
「お疲れさま。今からそっちに向かうから、待機していてくれ」
「かしこまりました。マスターが到着されるまでこの場で待機します」

 もう視界を共有しておく必要はないだろう。
 俺は一号から視覚を切り離した。

「ふう、この世界に来て初めて使ったが、案外イケるもんだな。これなら上級の遠隔魔法もすぐに扱えそうだ」

 遠隔魔法の仕様はゲーム時代とほとんど変わっていないようで、理論とか何も分からないが感覚的に扱えていた。

 そして、遠隔魔法にも色々と種類がある。
 万が一の時に備えて、現時点で使える遠隔魔法のレパートリーを確認するのも良さそうだ。

 そんな風に今後の方針を組み立てていると、ふとルピカたちを置いてけぼりにしてしまっていることに気づき、笑顔で問題が解決したことを伝えた。

「ああ、いきなり驚かせて悪かったな。でもホードバッファローの群れは全部倒したぞ。それで悪いんだが、このまま馬車を進めてもらっていいか? ホードバッファローの素材とか取りたいし」

 あっけらかんとした口調で言うと、正面に座るルピカが顔を俯かせてぷるぷると震わせる。

「……なさい」
「? 何か言ったか、ルピカ?」
「どういうことか、洗いざらい全部説明しなさーーーい!!!」

 クワッ!! と般若のような形相に変貌したルピカが、再び俺に掴みかかった。
 その日、俺は一つの教訓を得る。

 清楚に見えるお嬢様でも、我慢の限界を迎えるとぶちギレるのだ、と――――
 


しおり