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第3話  商家のお嬢様

 長男ジャスティンの差し金である盗賊たちをサクッと追い払ったと思ったら、不意に馬車から呼び掛けられた。

「あなた! 随分と面白い魔法を使うのね!!」

 そちらを見てみると、馬車の車窓から黒髪の少女が身を乗り出して俺に向けて手を振っている。
 上半身の大部分が外に出ている状態で、馬車から落っこちてしまわないか心配になるレベルだ。

 そんなことを思っていると、馬車が俺の目の前で停車した。
 少女はシュバッ! と体を引っ込めると、バタン! と扉を開いて中からジャンプしてくる。
 次の瞬間、少女はドレスと黒髪をなびかせながら駆け寄り、俺の手を取って喜色満面の顔を接近させた。

「さっきの魔法はなに!? 黒い霧のような魔力がチラッと見えたけど闇魔法か影魔法かしら! でも、それにしてはゴロツキ達の反応が不自然よね? まるで激痛に悶え苦しむような叫び声をあげていたし……もしかして精神干渉系の特殊魔法の持ち主だったりするの!?」
「えっと……君は?」

 呆気に取られつつ、俺は最低限の反応を返した。
 俺の言葉に少女はハッと正気を取り戻すと、少し離れてごほんと咳払いをした。

「こ、これはつい取り乱してしまってごめんなさい。私はルピカ。ちょっとした商家の娘よ」
「商家、か……」

 ルピカと名乗る少女の背後に佇む馬車を見やる。
 その馬車は冒険者や一般市民が乗るような簡素な造りではなく、シンプルながら豪華な意匠が凝らされた高級感溢れるデザインになっている。
 白を基調としているためとても清潔感があり、牽いている馬も毛並みが手入れされていて上等な部類であると一目で分かった。
 ルピカが身につけているドレスも一級品だし、商家の娘と言うのは嘘ではなさそうだ。

「それで、あなたは?」
「俺はレセルだ。肩書きは……そうだな。今は冒険者、かな」
「そう。冒険者なのね。なら今はクエストの最中かしら?」
「いや、クエストは受けていない。ただ訳あってこの街を離れなきゃいけなくなってね。とりあえずヒューバートン侯爵領から出ようと思って移動してたところだ」
「そうなの! それは奇遇ね。ちょうど私もこの街を出て隣のアルメルダ公爵領に向かおうと思っていたのよ! だけど、ここからヒューバートン侯爵領を抜けるならかなりの距離があるわよ? 早馬でも丸一日程度はかかるでしょうし、馬車はどうしたのよ」
「あはは……ちょっとこの街では馬車には乗れない事情があってね。ひとまず隣街に着いたらそこで乗り合い馬車がないか確かめてみるよ」

 ヒューバートン侯爵家の兄弟たちの嫌がらせで馬車の御者に門前払いされましたとは言えないので、少しぼかした表現で言い訳をしておく。
 が、ルピカは値踏みするような視線で俺を見回すと、パンッと手を叩いた。

「それじゃあレセル! あなた私の馬車に乗っていきなさいよ!」
「……え? ええぇぇぇっ!?」

 予想外すぎる申し出に、思わずすっとんきょうな声が出てしまう。
 それと同時、馬車の奥からドタドタと慌ただしくメイド服を着た女性が飛び出してきた。

「ル、ルピカお嬢様! そのようなどこの馬の骨とも知れない者を馬車に乗せるおつもりですか!?」

 うむ、もっともな懸念だよな。
 いきなり現れて初対面の人にそんなことを言うのは失礼だろう、なんて反発心が芽生える余地がないほど、ルピカの申し出がおかし過ぎる。

「問題ないわよ、ヘレン。万が一、襲いかかられても自衛はできるし。それに何より――――私、人を見る目には自信があるの」

 ルピカは人差し指で自身のルビーのような瞳を指差し、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
 だが、それだけでメイド――ヘレンの憂いは晴れないらしい。

「で、ですが……」
「そんなに不安なんだったら、ヘレンがレセルを見張っておけばいいじゃない。レセルが可憐な私に欲情して魔の手で襲いかかってきたら、躾がなっていない粗末な股ぐらを切り取ってしまいなさい」
「……かしこまりました。ルピカ様がそこまで仰られるのであれば、異論ありません」
「ははっ……そんな恐ろしい目に合わないよう最大限自重することにするよ」

 ヘレンは諦めて項垂れると、キッと俺に鋭い視線を向けてきた。
 この人、普通の給仕係じゃないな。
 ルピカのお付き兼《けん》護衛役などを担っている戦闘型メイドなのかもしれない。

「そんな訳だから、遠慮せず乗ってちょうだい。私、レセルに興味があるの。移動中の良い暇潰しにもなるし、色々とお話聞かせなさい」
「分かった。せっかくこんな高級な馬車に乗せて貰えるんだから、俺に答えられることならできる限り付き合うよ」

 肩をすくめて答え、ルピカは満足そうに微笑む。
 そうして、期せずして領地脱走における『足』を確保することができたのだった。



 ◇  ◇  ◇



 ルピカからは、馬車に搭乗させる条件として色々と俺の話を聞かせて貰うと言われていた。
 だからどこまで答えられるか考えていたのだが……今のところホットな話題は、ルピカの止まらない愚痴だった。

「――――ていう事があって、とにかくヒューバートン家の人間にはうんざりなのよ! いっつも偉そうに上から目線で無茶な要求をしてくるし、我が商会のブランドを貶めるような暴言も平気な顔でほざくし、極めつけは次男のデニーとかいう小デブ貴族が私と会う度に毎回舐めるような気持ち悪い視線で全身を凝視してくるし!!」
「は、ははは……それは大変だったな」

 怒涛の不満のオンパレードに、苦笑しながら相槌を打つ。
 話を聞く限り、だいぶヒューバートン家に対して積年の鬱憤が溜まりまくっているらしい。
 一応俺もそのヒューバートン家の人間だったんだが、その事実を知られたらこの場で二、三発殴られそうな勢いだ。

「にしても、随分と大変だったみたいだな。商家のお嬢様も大変だ」
「全くよ。私は自分が気に入った商品を仕入れて、自分が気に入った冒険者に投資したいだけだっていうのに。貴族やら豪商やらが横やり入れてきてうざったいったらないわ!」

 しばらく話をしていて薄々感じていたことだが、このルピカ嬢、そこそこ口が悪い。
 パッと見は清楚なお嬢様感があるんだがな。 
 怒ったら怖そうだし、あんまり舐めた口は聞かない方が良さそうだ……。

「てか、今さら何だが俺みたいな冒険者がタメ口……は不味いですよね? 敬語にした方が良かったり?」
「え? 別にタメ口でいいけど? 冒険者ってそういうもんでしょう」
「い、いやぁ、そうかもだけど、ヒューバートン家と取引してるなんてそこそこ大きな商家だろうし……」
「気にする必要はないわ。ウチは取り扱っている商品的に、他所よりもそういう礼儀には寛容なのよ」
「取り扱っている商品的に……? それってどういう――――」

 意味だ? と、続けようとした瞬間、バァン! と音が鳴った。
 どうやら御者が連絡用の小窓を荒々しく開けたようだ。
 何事かと注意を向けると、御者が血相を変えて鬼気迫る表情で叫んだ。

「ル、ルピカお嬢様! 大変です!! 前方から魔物の大群が急速に接近してきておりますッ!!」

 ヒヒーン! と馬の嘶きが響き、馬車は急停止してしまった。


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