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第2話  街を出よう

「さて、これからどうしたものか」

『神託の儀』を行った教会で父から追放された俺は、そのまま屋敷に帰らせてはもらえず、数多くの罵倒と嘲笑を受けて街に放り出された。
 持ち物は父に投げ捨てるように渡されたバッグが一つ。
 中には最低限の旅の道具と僅かな路銀が入っているだけの、頼りない持ち物だ。

「おい、見ろよアレ」
「うわ、あの子ってたしかヒューバートン家の三男の……」
「落ちこぼれのレセルだっけ?」
「バカ! アレでも一応は貴族だぞ。様を付けとけ」
「ハッ、必要ねぇさ。長男のジャスティン様の話じゃ、さっき家を勘当されたらしいぜ? だったら、もうアイツは貴族様でも何でもねぇよ!」

 通り過ぎる住民たちも、俺から距離を取りながら思い思いの陰口を叩く。
 腫れ物を触るような態度で、その視線は冷ややかだ。

「……なるほど。屋敷内だけじゃなく、領内でも軽蔑されてるわけね」

 つーか、もう俺が侯爵家から追放された情報が出回ってんのかい。
 まあ、どうやら兄弟たちがせっせと俺の悪評を声高に広めまくっているようだ。

 昔から俺はあんまり魔法が上手く扱えなかった。
 加えて俺だけ腹違いの者ということで兄弟の間では明らかに浮いており、落ちこぼれや足手まといなどの罵詈雑言は日常茶飯事だ。
 そんな目障りで無能なレセルが『神託の儀』で女神様から見放された外れ適正を授かり、父がブチギレて家から追放されたともなれば、これを喧伝しないはずはない。

「少なくとも、もうこの街にはいられないな。まずは隣街……いや、どうせならヒューバートン家とは別の貴族が領主をしている街に根を下ろした方が良さそうだな」

 この街から離れたとしても、ヒューバートン侯爵家の領内にいたら安心できない。
 最悪、暗殺計画なんて立てられたら大変だ。
 侯爵家から追放された俺を殺すメリットもないとは思うが……あの兄弟たちなら遊び感覚でそんな馬鹿げたゲームをやりかねない。

「うむ、考えれば考えるほど一刻も早くここから逃げるべきだな! もうヒューバートン侯爵家の領外だったらどこでもいい! とりあえず馬車に乗って、手近の街へ移ろう!!」

 そう決意し、急いで街の外門まで走っていった。



 ◇  ◇  ◇



 結論から言うと、馬車には乗れなかった。

 ここでも侯爵家からの圧力(嫌がらせ)が働いており、御者が俺の顔を見た途端、ウチの馬車に寄るんじゃねぇ!! ってすごい剣幕で怒鳴られたよ。
 他の御者も同じ反応だった。

 というわけで、俺は仕方なく隣街まで徒歩で向かうことになった。
 ひとり寂しく森と草原が広がる道を歩いていたんだが。

「……ったく、どんだけ俺を不幸にしたら気が済むんだよ」

 俺の行く手を阻むようにぞろぞろと森から現れた、数人の男たち。
 身なりや雰囲気からして盗賊だろう。
 各々武器を手に、下卑た笑みを浮かべながら俺を見ていた。

「へっへっへ、おうおうこりゃあ偶然だなぁ。アンタはヒューバートン様の落ちこぼれ三男坊、レセル様じゃねぇですかい」
「……あの~、そこ通りたいんだけど、通してもらえる?」
「悪ぃんだがなぁ、最近ちょ~っとばかし金欠でよぉ。アンタが俺たちにちょっとばかし『お気持ち』をくれるって言うならすんなりと体が言うことを聞きそうなんだがぁ?」
「はぁ。結局そうなるのか」

 盗賊たちはわざとらしく笑った。
 俺が一人でいるという図ったようなタイミング。
 馬車を使えない俺が徒歩で街を出ると予想して待ち伏せしてたんだとしたら、恐らく俺の兄弟が用意した盗賊だろう。

「で、狙いはこれですか?」

 俺は手荷物のバッグから手のひらサイズの麻袋を取り出す。
 そこには申し訳程度の路銀が入っていた。

 盗賊たちは笑みを深めながら目の色を変える。

「おお~、さすがはレセル様。話が早くて助かるぜ!」
「ジャスティン様から頼まれたとはいえ、こんなウマイ話は中々ねぇぜ!」
「ジャスティン……兄貴の仕業か」

 やれやれと肩を竦める。
 嫌な予想ほど的中するものだ。

 盗賊のリーダー格の男が、一歩前へ出てきた。

「だけどよぉ、まだイイ物は持ってんだろ? 面倒だから、そのバッグごと全部置いていけや」

 また無茶な要求をしてくる。
 そもそもこのお金や旅路の道具だって十分な量とは言えないんだ。
 本当に二、三日やり過ごせるかどうかといった具合。
 ただでさえ不十分なアイテムを、こんな初っ端で奪われたらたまったもんじゃない。

「でも、これはちょうどいいかもな」

 俺はぼそっと独りごちる。
 この世界が俺のやり込んだファンタジー・オデッセイ・オンラインと同じかどうか、確認しようと思っていた。
 コイツらには、『遠隔魔法』の練習相手になってもらうとしよう。

「おい無能貴族、なに一人でぶつくさ言ってやがる。さっさと持ち物全部置いて失せろって言ってんだろが! ぶち殺されてぇのか!!」
「ひ、ひえぇぇ! す、すみません! お金は差し上げますんでどうかお助けをー!」

 俺はバッグや金をその場に放り出し、慌てて後ろに下がって距離を取った。
 無様な俺の態度に気をよくしたのか、盗賊の首領は筋肉質な腕を振るって前進してくる。

「へっ! 最初からそうしてりゃあいいんだよ無能なゴミ貴族が。そのまま大人しく街へ帰るってんなら、今回は見逃してやってもいいぜ!」
「は、はいぃぃ。そ、それはもうその通りにぃぃ~」

 雑魚のフリをしながら、俺は盗賊の動きを覗き見る。
 盗賊がバッグの前までやって来て、その汚ならしい手が触れた瞬間――俺はカッと目を見開く。
 いまだ!

「遠隔魔法――――『呪詛の罠(トラップオブカース)』!」

 魔法の発動と同時、盗賊が触れたバッグに黒い霧が出現する。
 瞬間、盗賊は不自然に顔を歪ませた。

「ぐっ!? う、ぐぎゃあああああああああああああああああああああ!!?」

 悲痛な絶叫が轟いた。
 盗賊の首領さんは全身を不規則に痙攣させながら、倒れ込む。

 これが『呪詛の罠(トラップオブカース)』。
 条件を満たした対象に任意の『呪い』をかける魔法で、今回は"バッグに触れた者に激痛を与える"という内容の呪いを付与しておいた。
 遠隔魔法における基礎習得魔法の一つだ。

「か、頭っ!?」
「と、突然どうしたんだ!?」

 後ろで控えていた仲間が駆け寄り、急いでバッグから首領を引き剥がそうとしていた。

 ちなみに呪いは伝染する。
 発動した瞬間は遠隔起動タイプの魔法になるが、発動後は俺が魔力を途切れさせない限り同じ条件の呪いを撒き散らし続ける。
 だから当然、バッグに触れた者は同様の罰が当たることになるのだ。

「うぎゃあああああああああああああ!!」
「ぐぁあああああああああああ! な、なんだこれはぁあああああああ!!?」
「痛ぇえええええええええ! 全身が焼けるように痛ぇよおおおおおおおおおお!!」

 数人の盗賊たちが無様に地べたに転がって悶絶している。
 大の大人が子供のように泣き叫びながら痛みに震えている姿はちょっと面白い。
 ぷぷぷ。

「て、テメェ! 一体何をしやがった!!」

 様子を伺っていた盗賊が、俺にサーベルのような剣を向けてきた。
 チラリとそちらを見てから、一拍遅れて両手を上げる。

「し、知りませんよ~! 俺は言われた通り命を助けてもらう代わりにバッグを差し出しただけです~!」

 このまま知らぬ存ぜぬで通してもいいが、どうせならあのバカ兄貴にささやかな復讐をしておこう。

「あ、でもこのバッグを渡される前にジャスティンお兄様が魔除けの細工を施してくれていたので、もしかしたらそれが原因かも……」
「そんなはずねぇだろ! 俺たちはそのジャスティン様からテメェを襲うように依頼されてんだぞ!」
「ですが、ジャスティンお兄様はレセルが消えた今、次は街にはびこる悪党共を根絶やしにしてやると息巻いておられました! 皆様もすでにジャスティンお兄様の標的になっているのかも……!」

 俺の弁明(ねつ造)に、盗賊たちは顔色を変える。

「チックショウ……あの野郎め! 俺たちをハメやがったのか!!」
「どうかお気をつけて! ジャスティンお兄様は本気であなた方の抹殺に動いています!」
「ハッ、このまま大人しくあいつらの思い通り殺されてなんかやるもんかよ! ジャスティンの野郎……絶対に痛い目を見せてやるぜ!!」

 生き残った盗賊たちは呪いで悶えている仲間の盗賊を抱えて街へと戻っていった。
 まああの呪いはしばらくしたら自然に抜けるから放っておいても問題ないだろう。

 ガタガタと怯えたフリをしながらしばらく様子を見ていると、やがて盗賊たちは綺麗にいなくなってしまった。
 道には俺のバッグだけがぽつんと横たわっている。 

「ふぅ、やれやれ何とかやり過ごせたか。とりあえず遠隔魔法の基礎は使えることが分かった。やっぱりこの世界はファンタジー・オデッセイ・オンラインに酷似している仕様みたいだな」

 バッグを拾いながら独りごちる。
呪詛の罠(トラップオブカース)』の魔法が問題なく発動できたことから、『遠隔魔法』の習得技に違いはないらしい。
 つまり基礎魔法だけではなく、中級や上級クラスの遠隔魔法も発動できるかもしれないということか。
 
「くっくっく、これは素晴らしいことだ! 魔法の威力や仕様もゲーム時と大差ないみたいだし、次はもう少しレベルの高い遠隔魔法を試してみようかな」

 想像しただけでワクワク感が溢れてくる。
 しかし、ここは街の外だ。
 いつ魔物が襲ってくるとも分からない。
 俺は意識を切り替えつつ、当初の目的通り隣街へ向かうべく歩みを進めた、その瞬間。

「あなた! 随分と面白い魔法を使うのね!!」

 不意に声をかけられた。
 そちらへ顔を向けると、一台の豪華な馬車がやってくる。
 その車窓から黒髪の少女が身を乗り出し、爛々と輝く瞳で俺の姿を凝視していた。


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