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第1話  神託と追放

 大聖堂の真ん中で、神父が厳かに告げた。

「レセル=ヒューバートン様、どうぞ前へ」
「はい」

 その言葉に従い、俺は神父の元へ進む。
 数段ほどの段差を上り、舞台へ上がった。
 神秘的な装飾で彩られた台座を挟んで俺と神父が対面する。

「それではこれより、十五歳の節目をお迎えになられたことを祝しまして、我らが女神エリザロッサの名において『神託の儀』を執り行います」

 神父の宣言に、背後で息を呑む音が聞こえる。
 大聖堂には俺の家族――ヒューバートン侯爵家の面々も集結していた。
 父上を筆頭に兄上や姉上、お付きのメイドたちの視線が一直線に俺の背中に突き刺さる。

 この『神託の儀』は十五歳になった者全員が受ける義務がある神聖な儀式だ。
 女神エリザロッサのお導きにより、自身の魂に最適化された魔力特性が付与されることで『適正魔法』を授かることができる。
 市井の家庭ですら人生の一大イベントの一つに数えられるものであるのだから、それが侯爵家の三男ともなれば注目も大きい。
 ……だけど、その注目は期待や緊張というわけではない。

「ケッ。なんでこの俺がノロマのレセルなんかの儀式に参加しなきゃなんねぇんだよ」 
「ははは、全く同感だよジャスティン兄様。だけど、アイツもアイツで内心必死なんだろうね。僕ら兄弟の中で唯一腹違いのアイツは、ここで父上に結果を見せなきゃ勘当確定なんだから」
「ジャスティンもデニーも、あまりレセルをからかったらダメじゃないの。……ぷっ、くく、私も思わず笑ってしまうでしょう?」

 長女のマーガレットお姉様の含むような笑い声が鼓膜に届く。
 いや、マーガレットお姉様だけじゃない。
 長男のジャスティンお兄様も、次男のデニーお兄様も、その周囲のメイドたちだって、みんな俺を見て笑いを堪えているようだった。
 父上だけは無言で立っているけど、他の人間の騒がしい私語や笑い声に注意する気配はない。

「……ではレセル様。こちらの水晶に手をかざし、誓いの言葉をお送りください」

 神父も嘲笑の的になっている俺には触れず、着々と形式的に儀式を進めていく。
 台座の中央に祀られた白銀の水晶。
 この水晶に手を触れれば、手のひらから自分の魔力を解析され最も適合しやすい形に変えられる。
 同時にその魔力と親和性の高い魔法ジャンルも表示され、それが一生涯にわたる『適正魔法』として背負うことになるのだ。

 そんな、今後の人生の方向が決定されるような重大な儀式中に、見物人が私語を楽しむなんてあり得ない。 
 これは俺だから……ヒューバートン家の恥さらしと侮蔑されるレセルが主役の『神託の儀』だからこそ許される異様な状況だ。

 俺は息を吐いて頭を振り、儀式に集中する。
 神父の指示通り、おもむろに水晶へ手をかざす。

「我らが女神たるエリザロッサよ。汝のチカラを以て、我に相応しき道を教え導きたまえ――――ガ、ァ!?」

 突如、鈍器で頭を殴られたような衝撃が意識を襲う。
 それと同時、濁流のような記憶や思い出、無数の情報群が脳みそに雪崩こんでくる。
 これはレセル=ヒューバートン以外の、人間の記憶……!?

「だ、大丈夫ですか、レセル様?」
「は、はい……!」

 俺は額を手で多いながら息を荒らげる。
 一瞬駆け抜けていった記憶がズタズタに脳裏を引き裂き、レセル=ヒューバートンという人間と融合したような感覚。
 いや、人格が切り替わったと言った方が正しいか?
 今の俺は……レセル=ヒューバートンじゃない!?

「何やってんだよ愚図のレセルー! お前はただ突っ立ってることもできねぇのかぁ!?」

 ギャハハハハ、と笑いが起こる。
 もはや家族の誰も嘲笑を隠す素振りはなかった。

 だが、そんなことはどうでもいい。
 今の俺の意識は十五年間イジめられ日陰者として領内で笑われていたレセル=ヒューバートンではなく、日本で大学生として暮らしていた遠原広己《とおはらひろき》のものだからだ。

「なんだ今のは……まさか俺の前世、か……?」
「っ! なんと……!」

 思考が明滅するまま、神父が驚きに目を見開いた。
 俺が触れた『神託の儀』の水晶。
 その水晶から、空中にとある幾何学的なマークが浮かび上がっていた。

 神父は信じられないものを見るように叫ぶ。

「こ、これは……『遠隔魔法』!?」

 その言葉に周囲の家族やメイドたちがざわざわとしだす。
 だが、それとは対照的に俺の脳内は真っ白になっていた。
 ちょっと待て。
『遠隔魔法』、だと?

「神父よ。その遠隔魔法とやらは何なのだ。聞いたことがない魔法だが?」

 今まで沈黙を貫いていた父が口を開いた。
 一瞬で場は静まり返る。

 神父は少し狼狽しながらも、領主である俺の父、オーゼック=ヒューバートンへ向き直った。

「お、恐れながら私もこの適正魔法を実物で見たのは初めてでして。しかし、我らが女神教に伝わる古い書記に、この紋様の記述を拝見してございます」
「そんなことはどうでも良い。俺が知りたいのはただ一つ。この魔法は我がヒューバートン家にとって、使えるのか?」

 父上は冷徹に言い放った。
 まあ、俺が屋敷にいた頃を思い返せば、この実父は金と権力、それから領土拡大にしか興味がないような男だったからなぁ。
 自分の家族でさえコイツにとっては駒に過ぎないんだろう。

「だが、今はこの目の前にある紋様の方が大事だ。だってこの紋様は……!!」

 俺は今、一つの可能性に辿り着いていた。
 あまりメジャーとは言えない『遠隔魔法』というワード、そして目の前に浮かび上がるこの幾何学的模様、全て見覚えがある……!!
 忘れられるはずもない。
『遠隔魔法』は、俺の青春を全て捧げたVRMMORPGゲーム――『ファンタジー・オデッセイ・オンライン』における超絶レア魔法の一つ。
 そして何より、俺がプレイヤーとして使用し、ランカーにまで上り詰めた相棒とも言える最強魔法だからだ!!

 無意識に心が踊る俺とは対照的に、神父は絶望に顔を歪ませながら仰々しく両手を広げた。

「……残念ながらオーゼック様。この『遠隔魔法』は非常に出現する確率が少ない稀少な魔法ですが、その実態は『遠距離魔法』の下位互換――――俗に言う、ハズレ適正にございます!!」

 神父の回答に数秒静寂が続いた後、どっと大笑いが起こった。

「ぶっ、ぎゃははははは!! き、稀少な魔法ってんだからどんな大層なレア魔法なのかと思ったら、ハズレ適正かよ!!」
「レセルにはお似合いのザコ魔法じゃないか! てか、遠距離魔法の下位互換だっていうならアイツは僕より下ってことだよね!? 僕の適正は遠距離魔法だったし!!」
「本っっ当に最後まで使えない無能で愚図なレセルで安心したわ! でも、これで目障りな三男坊の処遇は決まったわね!!」

 俺の兄弟たちが一斉に笑い始める。
 傍に控えるメイドたちも口元を隠しながら俺を見て笑っていた。

 一歩、父が教会のレッドカーペットに踏み出した。
 最奥の台座の前に立つ俺と一直線に向かい合う。
 互いの距離は五、六メートルほどだ。

「レセル。稀に出現する適正魔法だと聞いて少しばかり期待したんだがな。蓋を開けてみればこのザマか。全く、お前は最後の最後まで使えん奴だったな。ヒューバートン家の恥さらしめ!」
「は、はあ……すんません」
「……だが、良い事もあった。これでようやく、我が家の癌を切り捨てることができる。おい」

 父が小さく告げると、お付きの執事が恐縮しながらバッグを片手に前へ出た。
 そのバッグを父が受けとると、そのまま俺に向かって投げつけてくる。
 俺の足元にバッグが転がった。

「女神から見放され、ハズレ適正しか与えられなかった貴様に用はない! 今この瞬間より、貴様は我がヒューバートン家から追放する!!」

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、兄弟連中やメイド軍団が歓喜の声を上げる。
 思い返せば、俺ことレセル君はこいつらにめっちゃ嫌われてたもんなぁ。
 たしか母親が使用人の身分だったからだっけ?
 俺だけ異母兄弟というのは家庭内で差別やイジメを受けるには十分な理由だった。
 そして残念ながら、レセル君の母親は俺の肉体を生んだと同時に亡くなっている。
 それも俺への差別を加速させる要因になっているのだろう。

「……でも、追放されたのはラッキーだぜ」

 俺はバレないように俯きながらほくそ笑む。
 こいつら揃いも揃って何も知らないらしい。  

『遠隔魔法』がハズレ適正だと?
 冗談じゃない。
 もしここが俺が前世でプレイしまくっていたゲーム、ファンタジー・オデッセイ・オンラインに似た世界なんだとすれば――――この適正魔法は大当たりだ。

 なぜなら俺はずっとこの遠隔魔法でストーリーを進めてきた。
 強敵も何体も倒し、果てには魔王さえ討ち滅ぼすほどやり込んだ。
 ややトリッキーさはあるものの、魔法の使い方さえ知っていればこれほど最強な魔法はないのだ。
 だが、話の流れから察するに遠隔魔法はハズレ適正として伝承されているらしい。


「つまり――――『遠隔魔法』の最強性は、この世界で俺だけが知っているということだ!!」


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