第7話 レベルアップ
ルピカの商売人としての本領と生来の可愛らしさが垣間見えた悩殺セリフを言われた後、俺たちは倒した魔物たちの中心部へ歩いていった。
「とりあえずこのバッファローたちを回収するか。遠隔魔法ならきっと使えるはず――『インベントリ』!」
『インベントリ』は任意の物体を異空間に貯蔵・排出できる魔法だ。
いわばアイテムボックスのようなものだが、この世界でアイテムボックスをスキルとして使える者は存在しない……と思う。
そもそもアイテムボックスは超高価な魔道具であり、それこそ上流階級の人間が宝物や重要機密などを格納する際に用いるもので、間違っても冒険者ごときが普段使いするようなものではない。
そしてもちろん、こんな特異な魔法を商会の跡取り娘様の前で見せようもんなら――――
「ち、ちちち、ちょっと待ちなさいよ!! ま、まさかそれ、アイテムボックス!!?」
ルピカが俺の服を掴みあげてインベントリに駆け寄る。
空間に出現した虚空の入り口。
中は真っ暗で何も見えないが、バッファローたちに近付けるとその穴が大きく広がり、巨大なバッファローを丸呑みしてしまった。
「まあ、アイテムボックスみたいなものだな。ただ、これはできれば秘密にしたいから、あんまり口外はしないでもらえると助かる」
「え、ええ、そうね。こんなことが市井に広がったら大変なことになるわ。もっとも、にわかには信じられない情報だからほとんどの場合は冗談と思われるでしょうけれど」
「ははは、そうかもな」
「でも、念には念を入れておくに越したことはないわ。ヘレン、今日見たことは全てトップシークレットであると認識しなさい。私からの命令よ」
「畏まりましたお嬢様」
ルピカの命令に、メイド服を身にまとったヘレンが恭しく頭を下げた。
なんか素晴らしい主従関係を見た気がする。
ヒューバートン家にもメイドや執事はたくさんいたけど、全員俺に対しては風当たりがキツかったからなぁ……。
信頼できる使用人みたいなのは誰ひとりいなかったよ。
「恐れながらマスター。一つ、ご報告が」
およよよ、と心の中で泣いていると、一号がスッと手を上げた。
「ん? どうした一号」
「はい。先ほどのホードバッファローの一掃により、私のレベルが上昇しました」
「なにっ!? レベルだと!?」
俺は思わず息を呑んだ。
と同時、純粋だった頃のレセル時代に学んだ知識と経験を総動員してみるが、この世界に『レベル』という概念は存在しないはずだ。
少なくともこれまでのレセル人生で聞いたことがない。
しかしその一方で、ファンタジー・オデッセイ・オンラインには、明確にレベル制度が導入されていた。
プレイヤー自身のレベルもあるし、魔法以外の『スキル』と呼ばれる別の能力にもレベルが設定されているものがあったはずだ。
俺はもっぱら『遠隔魔法』しか使ってなかったからその他の魔法やスキル方面でのレベル制度がどのようなものだったかは曖昧だが、プレイヤー自身にレベルが導入されていたのは確かである。
俺も余裕で上限のレベル百まで到達してたし、間違いない。
「どうしかしたの、レセル?」
「ええっ!? い、いや! 何でもないぞ!?」
後ろから声をかけてきたルピカに、慌てて誤魔化しを入れる。
あはははー、と笑顔を作りながら、一号の元へにじり寄った。
そしてルピカたちに背を向けて、一号だけに聞こえるように声を潜める。
「いいか、一号。レベルが上がったのは良いことだが、生憎今はルピカたちがいる前だ。後でゆっくり確認するから、これからはレベル関係の話は俺と二人だけの時にするようにしてくれ」
「かしこまりましたマスター。そのような事情も汲み取れず、申し訳ありません」
「気にしないでくれ。レベルの概念を把握してなかった俺が悪い」
一号を励ますようにポンポンと頭を撫でる。
俺は声色を変えて口を開いた。
「ああ、そうだ。せっかくだし、お前もここらのバッファローたちを俺のインベントリに入れるの手伝ってくれよ。この数の魔物を一体一体手作業でインベントリに放り込んでいくのはしんどくてよ」
「お任せください。すぐにホードバッファローの群れの死体を回収いたします」
一号は一礼すると、猛ダッシュで草原を駆け回り、大量のホードバッファローを抱えて俺のインベントリに放り込んでいった。
それも一回で終わりではなく、そのような荒業を何度も何度も、それこそ機械的に効率化された動きで魔物の回収業務を遂行していった。
ホードバッファローは一体あたり一トンくらいの重さはありそうだが……一号は軽々と持ち上げてまるで買い物袋を玄関に置くような軽やかな動作で次々と魔物を捌いていった。
そうこうすること一分ほどで――――
「マスター。ホードバッファローの回収業務、完了しました」
「お、おお。ありがとな」
なんかゲームで使用していた時よりもパワーアップしているような気がするが気のせいだろうか?
なんてことを考えている傍ら、ルピカとヘレンは半ば引いたような視線で無表情で一号の姿を眺めるのだった。