第23話 四季森の冒険③
状況を整理しよう。
いま、俺の後ろには同級生が3人転がっている。が、コイツ等は無視だ。俺からすればどうでもいい。守る義理はない。それに1人、狸もいるしな。いざとなれば奴が女2人を守るだろう。
イロハの体を守るため、安全に退却したいところだが、イロハが残した
倒すしかない。
目の前のトレントはまだ攻撃してこない。カウンターを恐れているのか? 立派に俺のことを観察してやがる。どうやらさっきのトレントに比べ、注意深い個体らしい。もしくは自分の同胞がやられたことで怯えているのか。ま、どっちでも結果は大して変わらない。
左足の負傷は痛いが、動かせない程じゃない。痛みは十分に我慢できる。そもそも、俺に痛みを感じるほどの
「さてと、始めるか」
俺は剣を右手に、虹の筆を左手に、どちらも逆手に持つ。
俺が一歩踏み込むと、地面の色が変わった。地面の下、根が浮上しているのだろう。地面から飛び出してきた根の先を、俺は横に飛んで躱す。さらに追撃として迫る枝の攻撃を剣で弾きつつ、左手の筆で枝の先にオレンジ色のインクを塗っていく。わかりやすい目印だ。木の色は見えにくいからな、こうしてオレンジの印をつけることで見切りやすくしたわけだ。
しかしこのトレント、防御が硬い。常に守りのために枝を温存している。アレをなんとか引き出さないとならない。
枝の攻撃を剣で捌き、筆で塗る。これを繰り返す。そして機を見て防御の手を緩める。
枝先が肩を掠める。足を掠める。
人格が入れ替わったからと言って身体能力が上がるわけじゃない。イロハ=シロガネの体では、この攻撃を全て躱すのは難しい(イロハのやつが足を傷つけたせいもある)。
枝が掠った部分から、赤い液体が、俺の体に広がっていく。俺はついぞ膝をついてしまった。
好機、と思ったトレントが防御用の枝も使って、一気に決めにくる。
――それを待っていた。
俺は枝の一斉攻撃を大きく前に突っ込んで躱す。俺が満身創痍だと思っていたトレントは呆気にとられた様子だ。
さっきから俺は枝の攻撃をクリーンヒットさせていない。服が破けるぐらい、精々肌の薄皮一枚ぐらいしか掠らせていない。なのになぜ、血のような赤が俺の体に溢れているか。
それは奴の枝先、オレンジの塗料によるモノだ。この塗料は赤と黄色のインクを組み合わせて作ったモノ。俺の体に枝先のオレンジがついた瞬間、俺は2つの塗料の内黄色の塗料を解除。黄色が消え、赤だけが残り、赤色の血のような塗料が掠った部分につくわけだ。
虹の筆は一度筆から離れた塗料に新たな色を足したりはできないが、消すことは可能だ。赤と青の塗料を付けて、後から片方の色だけ消す、ということはできる。これはその応用だな。
虹の筆は一度捨て、逆手に持った剣でトレントの体を斬り裂く。
イロハと
一太刀、二太刀じゃ足りない。足の踏ん張りがきけば話も違うが……本当に余計なことをしてくれたものだ。足が万全なら、こんな相手に策を使うこともなく、真正面から叩き斬れたモノを。ただまぁ、一応言っておくと、イロハ視点で言えば判断は正しい。足が万全なら間違いなく逃走を選択していたからな。
トレントの苦し紛れの反撃も躱し、攻勢を保ったまま、幹に剣を何度も叩きつけ、最後には切断した。それでトレントは生命活動を終えたようだ。切り倒され、気配が消えた。念のため倒れた木を剣で刺し、反応を確かめる。大丈夫そうだ。確実に息絶えた。
「つまらん」
とボヤいた次の瞬間、
「ッ!」
なんだ……?
「うっ……」
目の前が、ぼやける……!
体に力が入らない。
体が倒れる。俺は薄れゆく意識の中、痛みから体の状況を把握する。
「あのバカ……無茶し過ぎだ」
ヴィヴィが言っていたように、慣れない環境で動くとスタミナを余計に削る。それはイロハも例外ではなかったということだ。この体も慣れない環境でスタミナを削られていた。万全ではないスタミナでトレントと戦闘し……爆風をアランを庇う形で受け、さらに左足に剣を突き刺し出血。俺の唯一のミスは体の状態もお構いなしに無茶な動きをしたことかな。あとは全部イロハのせいだ。
まったく、心なんてモノがあるから、環境の変化程度でいちいちストレスを感じ、余計に体力をすり減らすんだ。
こうなってはもう独力ではどうすることもできん。
「フン。爆発音がしたから来てみたら……何事だ、ガキ共」
知らない男の声が聞こえる。
「……ちっ。トレントにやられたか。面倒だが……ここで見殺しにすると、給料を減らされる恐れがある」
目の前が暗くなっていく。
「――!? 貴様は……!!?」
最後に、男の驚いたような声を聞いて、俺は気を失った。
---
イロハ=シロガネが気を失うと同時に、男は彼の顔を確認した。
「……ラビィ」
ラビィと呼ばれたメイド服の女性はイロハの体を持ち上げる。
「研究所に運びます」
「任せた」
「後のお三方はどうしますか?」
男は緑髪の男子、アランに目を向ける。
「狸寝入りとは良い度胸だな」
アランは体をギクッと動かし、頭を上げた。
「……バレてましたか」
「女2人はお前が運べ」
「良いんですか? 研究所に行っても」
「構わん」
男はアランの義腕を観察し、視線を切ると歩き出した。
「前言撤回だ。狸じゃなくて鼠か」
アランは苦笑し、男の発言を聞き流す。
「よっと」
アランはヴィヴィとフラムを肩に抱えた後、ラビィが抱えるイロハに視線を移した。アランの瞳には好奇の色が浮かんでいた。