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第24話 色は白銀

 俺が爺さんに拾われたのは3歳の時のことらしい。
 なぜ『らしい』と曖昧な言葉を使うかと言うと、俺には拾われた時の記憶がない。3歳以前の記憶がまったくないのだ。別におかしいことではない、3歳以前の記憶がある方が稀だ。

 俺が捨てられていた場所は教会の前だったそうだ。俺は一時的に神父に拾われたが、後に爺さんに引き取られた。

 俺の最古の思い出は、5歳の時のこと。爺さんに連れられ、美術館を訪れた時の記憶。
 爺さんは白いドレスを着た女性の絵を見て、こう言った。

「白の数は一つじゃないんだ。『白』と分類される色だけで100種類あるとも200種類あるとも言われているんだ」

 爺さんからその言葉を聞いた時、俺はこう返した。

「もっとあるよ」

 爺さんは俺の返しを聞いて笑った。
 その爺さんの笑顔は鮮明に覚えている。

 それから暫くは――あまり良い記憶がない。

「イロハ。なぜローレン君が溺れているのを見過ごした?」

 ローレンとは、同じ絵画教室に(かよ)っていた『友達』だ。
 8歳の時、一緒に川遊びに行って、ローレンが川で溺れたのだ。俺はそれを静観していた。
 結局、偶然通りがかった大人がローレンを助けたのだが、爺さんは俺が何もしなかったのを責めてきた。
 俺は、思ったことをそのまま言った。

「どうでも良かったから」

 自分が飛び込んだところで、自分まで溺れてしまう恐れがある。だから入らなかった……わけでもない。そんな打算的理由もなにもなく、俺はローレンが溺れているのをただただ眺めていた。
 ローレンが助けを求めても、まったく応えなかった。

 どうでも良かったから。

 9歳の時、飼っていた猫が死んだ。
 だから俺は、庭に火を焚いて、猫の死体を突っ込んだ。そのことも強く咎められた。

「イロハ。どうして、ラルを燃やした?」
「だって、人が死んだ時、火で燃やすって聞いてたから……猫も同じだと思ってた」

 爺さんの、俺を哀れむような顔を覚えている。
 10歳の時、俺の世話係をしていたおばちゃんが倒れた。
 でも俺は、おばちゃんの見舞いにはいかなかった。

「イロハ。カナさんの見舞いには行かないのか? 私が面倒を見れない時、いつもお前の面倒を見てくれていたのに……」
「僕が行って病気が治るわけじゃないでしょ。それに、もう僕は1人でも留守番できる。もう、カナさんは必要ないよ……たとえ死んだってかまわないさ」

 そして13歳の時。
 爺さんが息を引き取る直前のことだ。
 俺は爺さんが横たわるベッドの前で、今際の言葉を待っていた。

「ふふっ。私が死ぬその時になっても、お前は、涙1つ流さないのだな……」

 息も絶え絶えに爺さんは言う。

「お前の心は――無機質で、何色も寄せ付けない」

 爺さんは嘲るような声で、


(いろ)は、白銀(しろがね)なのだろう」


 そう言い残して、爺さんは死んだ。
 愛情も友情も、俺の心にはない。
 自分も他人もどうでもいい。
 だけど、この爺さんの言葉を聞いた時に思ったんだ。

――このままは嫌だと。

 初めての感情だった。
 こんなにも一緒に居てくれた人が死んで、涙一つ流せないような人間のまま生きたくない。
 白銀色の心を、溶かしたい。
 だけどどうすればいいのかわからない。


 人らしく在りたい。


 人間らしく生きたい。


 普通の心が欲しい。


 この灰色の世界はもう嫌なんだ……。
 常人への強烈な飢え、心への強烈な飢えが頭を支配した。
 この時から、俺の心がもう1つ生まれた。

 人造で人らしく在ろうとする、『色葉(イロハ)』の心が。

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