第22話 四季森の冒険②
ヴィヴィは水をぐぐっと飲み、息を整える。
「天才少女の意外な弱点発見だな」
「なにもかも完璧な人なんていないさ」
「大丈夫ですかヴィヴィさん!? ジブンの水もよかったら飲んでくださいっ!」
「……不甲斐ない。この私が足を引っ張るとは……!」
ヴィヴィはプライドが高いからな。自分のせいで時間を潰してしまっている現状を恥じているのだろう。ちょっと涙目だ。
「もう大丈夫だ。行こう」
ヴィヴィは立ち上がるが、俺はヴィヴィの肩を掴んで止める。
「そんな嘘が俺に通じるか。まだ顔色が平常時とは程遠い。座れ」
「ぐっ……! 色彩能力者め。厄介だな」
顔色の良し悪しは平常時の顔色を見てればわかる。その手の強がりは俺には通じない。
「色彩能力者、常人より細かく色を見分けられる人をそう呼ぶらしいね」
アランが俺の眼を見る。
「顔色から体調を測る、か。色彩能力はそうやって使うこともできるんだね」
「まぁ、そこまで正確には測れないけどな。体調が悪くても顔色に変化が出ないやつもいる。お前はそういうタイプじゃないか?」
「どうだろうね~」
わかりやすい人間なら顔色の変化で嘘をついているかどうかを見切ることもできる。たとえばフラムはわかりやすい部類に当たるな。一方で、アランの顔色は変化が少なく読みづらい。コイツの嘘は見破れない。
「今度は本当に大丈夫だ。行こう」
顔色が回復している。嘘じゃないみたいだな。
暫く森の中を歩いてく。魔物の気配はあまりしない。
「あともう少しで研究所かな……」
ヴィヴィはまた汗をかき始めた。そろそろ着いてくれないと二度目の休憩タイムが必要になるな。
「それにしても……異様に魔物の姿が見えないね」
ヴィヴィはそう言って鼻をクンクンと動かす。
「お前の鼻で魔物の位置とかわかるのか?」
「さっきまでは森の独特な匂いで霧がかかり、わからなかった。けどもう慣れたから魔物の匂い、獣臭は追える。しかし……魔物の匂いがここら一帯にはまったくない。少々不気味だね」
アランが顎に手を添え考える。
「……嫌な感じだな。もしかしたら大型モンスターのテリトリーなのかもしれない」
「ど、どういうことですか……?」
「サメの周りに小魚は集まらない、ライオンの周りに小動物は集まらない。簡単な話さ。野生において、強者の周りに弱者が集うことはない。捕食されるだけだからね」
アランが脅威を仄めかす発言をすると、フラムは顔を青ざめさせた。
「つまりここは、四季森の王者のテリトリーである可能性が高い……と」
ヴィヴィとアランが警戒を強める。超人的な嗅覚を持つヴィヴィと、戦闘の勘に冴えたアラン、この2人の全力の警戒をかいくぐれる野生生物がいるとは思えない。警戒は2人に任せ、俺は正面を向いて歩きだしたのだが――
俺はふと、正面に見える大木に目を留めた。
「……?」
形は、他の木と同じ。だけど、
「……止まれ!!」
俺は大声で全員の足を止めさせる。
「どうしました? イロハさん」
「そこの木の葉、他の木の葉と色が違う! なにか変だ!」
この四季森の木の葉は時間が経つにつれ、色味が変わっていく。今はピンクだが、徐々に緑――夏の木の色に変わっていくのだ。
だが、正面の木は、それがない。葉の色がピンクのままで、緑の色素を感じない。
幹の色の流れも他と微妙にだが違う。
「まさか!」
アランがなにかに勘づいた時だった。
――大木の枝が、鞭のようにしなった。
「まずいっ! 下がれ!」
アランが叫ぶ。
木の枝が叩きつけられる。その攻撃範囲は二列目・三列目にいるヴィヴィやフラムの所まで届く。
ヴィヴィ、フラムはアランに抱えられ、木の枝を回避した。アランは大木から距離を取った後、2人を降ろし、すぐに前に出る。
「なんだ、コイツ……!」
大木に真っ黒な目と口ができて、自由自在に枝が動き出す。根が地面から飛び出て、足のように動き、大木は移動しだした。
「トレントだ!」
アランが名を口にする。
トレント――それがこの化物の名前のようだ。
「匂いは完璧にそこらの木と変わらない。なんて擬態能力だ……」
ヴィヴィはトレントの擬態を見破れなかったのが悔しいのか、不服そうに頭を掻いた。しかし悔しがる暇はない。すぐさま攻撃がやってくる。
右からくる枝をアランが弾き、左からの攻撃を俺が弾く。
後ろからフラムがチャクラムを投げるが、チャクラムはトレントの幹に届く前に枝に弾かれてしまう。
「ダメです……! こんな手前で防がれると、爆撃が使えない! 皆さんを巻き込んでしまいます!」
トレントの攻撃の8割ほどをアランが捌いている。アランが攻撃に転じれば、その瞬間、攻守のバランスは崩れこのチームは崩壊してしまう。
防御をアランに委ねて俺が攻撃に転ずることはできるが、俺の能力じゃトレントの攻撃を躱し、懐に飛び込むことはできない。アランがもう1人いれば……などとという、意味のない願望が頭に浮かぶ。
攻撃面で頼りになるのはヴィヴィの雷ぐらいか。でもアレはタメが要る。
「ヴィヴィ! あとどれぐらいでチャージが終わる!?」
余裕なく俺は叫んで聞く。
「トレントを焼き払える火力だと、あと20秒はかかる!」
あと20秒……! 正直キツい。枝の動きはドンドン速さを増している。
――刹那、俺は気づく。アランの足もとの地面の色が変わっていることに。
「アラン! 下だ!!」
「なに!?」
下から、トレントの根が飛びかかってくる。
アランは根に足を絡められた。
「しまった!?」
トレントは枝を一束にして、足を止めたアランの横っ腹を打つ。
「ぐっ!?」
「アラン!!!」
絶望が頭を支配する。
最大戦力のアランが地面を転がり、ピクリとも動かなくなった。顔色を見るに命に関わるダメージではないと思うが、戦線復帰は無理だな。
「くっそが!!!」
俺は、捌き切れないとわかった上でヴィヴィの前に立つ。
「イロハ君!?」
迫りくる枝の鞭。
数秒、全霊の力で捌くも……駄目だ、俺1人じゃ後10秒ももたない!
「ヴィヴィ! いま溜まっている分でいい! 放出してトレントの動きを止めてくれ!」
「……わかった!」
俺の意図は聞かず、ヴィヴィは雷を杖から放出。相手の攻撃の手、枝と根を焼き払い、さらに雷光で相手の目をくらませた。
トレントが怯んだ隙に俺はフラムの傍まで退却する。
「……フラム! チャクラムを片方寄越せ!」
「あ、はい!」
俺は背から虹の筆を抜き、チャクラムを地面の色とまったく同じ色に塗色した。
「俺がトレントの意識を上に向ける。その瞬間に、下手投げでコイツを投げて、トレントを爆撃してくれ」
「了解です!」
俺はチャクラムをフラムに返し、剣を持って前に飛び出す。
十分な距離まで近づいたところで、トレントめがけて剣を投げた。
「今だ!」
当然、剣は枝に弾かれた。しかし、意識は上に向けられた。
フラムから投擲されたチャクラムが低い軌道で、地面に同化しながらトレントに迫る。
俺は倒れ込んでいるアランを抱え、なんとか引きずって距離を取る。
「重いなコイツ……!」
着やせするタイプか、それとも義肢のせいか。どっちにせよ引きずってじゃないと運べない。
俺はアランと共に地面に倒れ込む。転んだわけじゃない。爆風を避けるためにわざと倒れた。アランを爆風から守るため、アランの上に覆いかぶさる。同時にチャクラムがトレントに接触し――大爆発が起きた。
俺は背中に木の破片と爆風を受ける。爆風が止み、トレントの方を見る。トレントの上半身は弾け飛んだ。どうやら上手くいったようだ。
「今のはどういう理屈だい?」
その場に尻もちついたヴィヴィが聞いてくる。
「フラムのチャクラムを地面と同じ色に塗ったんだ。保護色ってやつだな。トレントの視線の高さじゃ、チャクラムと地面は同化して見えていただろう」
「チャクラムが飛んでいたのか……私も見えなかったよ」
「それより、アランの怪我を――」
『馬鹿が』
それは、その言葉はヴィヴィやフラムから出たモノじゃない。
俺の中のもう1人の住人、シロガネから発せられたモノだ。
『なぜ、一体だけだと決めつけた?』
その言葉で気づく。いま倒したトレントの反対側、そこにある大木の色がおかしいことに――
気づいた時にはもう遅い、枝はもうヴィヴィとフラムの背後に近づいていた。
「避けろ!!」
俺の言葉より一歩早く、枝がヴィヴィとフラムを弾いた。
ヴィヴィは木に背中を打ちつけ、フラムは体重のせいか大きく吹き飛び、地面に上空から叩きつけられた。
2人共息はある。顔色もそこまで酷くはない。気絶しているだけだ。しかし、
「オイオイ、マジかよ……!」
単独。
俺1人でトレントを倒さなくてはいけないらしい。もしも俺が敗北すれば全滅というプレッシャー付きだ。
俺は慌てて剣を拾う。
『代われ』
シロガネの声が響く。
『お前じゃ手に余る相手だ。代われ』
それは仰る通り。
俺じゃ手に余る。しかしシロガネなら九割九分勝てる相手だ。
だが、ここで代わるのは悪手でしかない。
『俺なら確実に生き延びられる』
今の発言で確信した。いま代わるのは絶対にダメだ。
シロガネは俺だけの味方だ。逆に言えば、俺以外には一切無関心である。ヴィヴィ、フラム、アラン、この3人をシロガネは間違いなく切り捨てる。今の『確実に生き延びられる』という発言で確定した。コイツは俺の体の主導権を握ったら逃走する気だ。
目算で、シロガネが立ち向かった場合の勝率は99.0%。
逃走に専念した場合の成功率は100%。
確実に生き延びられると発言したことから、シロガネが99%の方を取ることはない。
「わかった。代わる。だがな」
俺は手に持った剣を左足の甲に突き刺した。
『お前……』
「逃げの選択肢は潰させてもらう……!」
こうすればトレントの追撃から逃れることはできない。立ち向かうしか無くなる。
足の痛みが立ち上ってくる。その痛みを味わった後で、俺は体を奴に譲り渡した。
「まったく……困った御主人様だ」