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第21話 四季森の冒険①

「ここが四季森かぁ……」
「さ、寒いですね……」

 森の前、俺とフラムは凍える風に吹かれ、ぶるぶると体を震わせていた。
 森の木々に生えた葉はどれも白い。

「おかしいね。今は春だろうに」

 アランが疑問を投げる。ヴィヴィがその疑問をキャッチする。

「四季森は一時間ごとに季節が変わるんだ。ランダムにね」
「……またおかしなモンが出てきたな」

 ヴィヴィ曰く、春夏秋冬のどれかの季節に一時間ごとに変わるそうだ。
 なるほど。それで()()森か。

「じゃあ今は冬ってことですか」
「ん?」

 俺は木の葉の色に違和感を覚えた。

「なぁヴィヴィ。木の葉の色が微かにだが、ピンク色に変わっていってる気がする」
「本当かい?」
「僕には変わらず白にしか見えないけどね」

 ヴィヴィは俺の目を見て、納得したように頷いた。

「……君が言ってることが事実なら、次に来る季節は春かもしれない」
「どうしてわかる?」
「四季森の木の葉の色は季節ごとに変わる。春ならピンク、夏なら緑、秋なら赤、冬なら白……といった風にね」
「駄目だ。目を凝らしてもただの白にしか見えないや」
「ジブンもです」
「よくわかるね、イロハ君」

 そういや2人には俺が色彩能力者とは言ってなかったな。

「俺は生まれつき、色には敏感なんだ。――なぁヴィヴィ、冬に四季森に入るより、春に変わってから入った方が楽じゃないか?」
「言えてるね。今は7時50分。季節は00分に変わるから、あと10分で季節が変わる。温かい春になってから行こう」

 10分間の休憩タイム。
 話題はアランに向いた。

「アランさんは魔物との戦闘経験はあるのですか?」
「あるよ。戦闘経験は豊富な方だ」
「ほう。それは頼もしいね。アラン君、君は前衛でいいのかな? もしもその腕が飛んだり、指先からビームでも出るようなら後衛ってことになるけれど」

 冗談だよな。それとも錬金術なら可能なのか? 指からビーム出せるのか?

「あっはは! 残念ながらそんな機能はないね。人よりちょっと硬いぐらいしか取り柄の無い腕だ」

 アランの反応的に、腕が飛ぶとか、ビームとかは一般的じゃなさそうだ。嬉しいような悲しいような……嬉しいが勝つか。さすがにそんな野蛮な物が当たり前にはあっては困る。
 それぞれの戦闘能力について情報交換を終えた後、俺はとあることを思い出した。

「そういやお前、あの空飛ぶカーペットは持ってきてないのか? アレがあれば上空から安全にコノハ研究所へ行けるだろ」
「風神丸はいま洗濯して乾かしているところだ。それに魔物が住んでいる森の空を飛ぶのは危険が多い」
「へぇ、なんで?」
「火を吐いたり、武器を投げたりする魔物も居る。空を飛べば格好の的になるってわけだよ」

 ヴィヴィが説明した。

「なるほどな」
「あ、そろそろ時間ですね」

 8時になる。
 木の葉の色が白からピンク色に変わり、春の暖風が肌を撫でた。

「本当にピンク色になりましたね……」
「うん、この葉の色、桜に似た色だな」
「あったかいね。これなら義肢に影響も無さそうだ」
「そんじゃ行くか。ヴィヴィ」

 ヴィヴィはブドウ糖のスティックを一本かみ砕く。

「ああ。糖分補給も終わったところだ」

 ヴィヴィの表情にいつもの余裕がなかったことを、俺は見逃さなかった。


 ---


 一番戦闘経験が豊富なアランが先頭を歩く。
 そして俺が一番後ろを歩き、女子2人は真ん中で並んで歩いている。
 男子2人で女子2人を挟み、守る陣形だ。

「……」
「……」
「……」

 アランを除く3人の顔には緊張が走っていた。
 魔物、つまりは怪物だ。怪物と戦うのなんか怖くて当然。魔物と出会わず、コノハ研究所まで行けることを願うばかりだ。
 しかし、そんな甘い願いは神様は通してくれない。

「早速おでましだ」

 アランが右手を挙げ、行進を止める。
 狼のうめき声が木の影から聞こえた。

「イロハ君! 前に来て!」

 アランの命令が飛ぶ。

「お、おう!」

 俺は剣を抜き、アランと並ぶ。
 全員が武器を抜いたところで、木の影から4足歩行の獣が二匹現れた。
 一本角の狼だ。

「ユニウルフだね」

 アランがその名を口にした。

「すばしっこいが大したことはない。角にだけ気をつけて。あの角は岩も貫く」
「大したことあるじゃねぇか!」

 岩を貫けるなら人体なんてちょちょいのちょいだろ!

「イロハ君、君は左のやつを頼む」
「角だけ注意すればいいんだな?」
「うん。爪も牙も骨を斬れるほどの鋭利さはない。肉は抉れるけどね」
「よーし、爪も牙も要注意だ」

 アランが右のユニウルフを担当し、俺は左のユニウルフを担当する。
 飛びかかってくるユニウルフ。角に剣を合わせ、受け流す。角に自信があるのか、何度も角を振って攻撃してくるユニウルフ。俺はひたすら角に合わせて剣を振る。後手後手だが、なんとか捌けている。剣の軽さ、丈夫さに助けられている。

 それに剣術の手ごたえも悪くない。爺さんが亡くなってから剣の修行はサボっていたけど、まだそこまで錆びついてもいないらしい。

 しかし時間は稼げるが攻撃に移行するのは難しい。早く援護が欲しいところだ。

「イロハさん! 距離を取ってくださいっ!」

 フラムの声。
 俺は強めに剣を薙ぎ、ユニウルフの角を弾いて怯ませ、その間に後ろへ飛ぶ。すると2つのチャクラムが背後から飛んできて、ユニウルフの両脚を削った。攻撃を終えたチャクラムはフラムの手元に戻っていく。

雷錬成(らいれんせい)! ヴォルトッ!!」

 怯んだユニウルフに、天から雷が落ちる。ヴィヴィが放ったものだ。
 ヴィヴィの雷撃によりユニウルフは全身丸焦げにして息絶えた。
 同時に、アランが金属の右拳でもう1匹のユニウルフの頭を潰した。
 戦闘終了だ。

「ぷはぁ! 疲れた!」

 ついその場にへたり込む。

「やるじゃないイロハ君。良い剣さばきだった。誰かに指導でもしてもらっていたのかい?」

 アランが手を貸しながら聞いてくる。

「あの戦闘の中、俺の剣捌きを見る余裕があったのかよ……爺さんにちょっとだけ習っていただけだ。それよりお前だろ。バケモンか」

 俺は頭を潰されたユニウルフの死体を見る。頭蓋骨粉々だ。

「さすがだねアラン君。1人でユニウルフを倒すとは驚きだ」
「動きに慣れているからね。要は経験さ」

 アランは戦闘において、誰よりも頼りになる。1人だけ動きが違った。戦闘におけるリーダーはアランに任せておいて間違いなさそうだ。
 ヴィヴィとフラムの2人がユニウルフの死体に近づく。

「ユニウルフの角は食器に使えるね。皮は毛布に使えそう」
「お肉は美味しいですかね?」

 普通の女子は、あんな化物の死体に嬉々として近づかない。でもあの2人は楽しそうに見物し、解体を始めた。

「イロハ君。君はどこの部位が欲しいのかな?」
「え!? あ、えっと……毛皮は……欲しいかな」

 目の前の光景に戸惑う俺を無視して、ヴィヴィはポーチからナイフを出して毛皮を剥ぎ取り出した。

「錬金術師ってのはみんなあんな感じなのか?」

 アランに聞いてみる。

「そりゃあね。錬金術やってれば動物の死体なんて飽きるほど見ることになるよ」

 アランはこの光景にまったく驚いていない。
 これが錬金術師の世界か……。

「僕はお肉頂戴、今日の晩御飯にしたい」

 それぞれがポーチに剥ぎ取った素材を入れていく。

「なぁ、お前らの持ってるそのポーチなんなんだ? なんでそんないっぱい物を入れられる?」

 フラムは自慢げにポーチを掲げる。

「これは“ストレージポーチ”って言うんですよ。ストレージポーチは中に入れた物を縮小してくれるポーチなんです」
「採取には欠かせない、錬金術師必携のアイテムだね」

 ヴィヴィはそう言ってポーチに素材を入れていく。

「良かったらコレ、僕の予備あげるよ」

 アランが少しボロいストレージポーチをくれた。

「サンキュ」

 俺は受け取った毛皮を丸めてポーチに突っ込む。普通なら入りきらないはずだが、毛皮はあっさりと入った。
 ポーチの中を覗き見ると、コイン並みに小さくなった毛皮があった。その毛皮を引っ張り出すと、ポーチの口を経過した時点で元の大きさになった。逆に押し込むと、ポーチの口を境目に毛皮が縮んでいく。

「……こいつは便利だな」
「剥ぎ取りも終わったし、ドンドン進もう。血の匂いで魔物が集まってくる前にね」

 アランの指示で俺たちは動き出す。
 魔物を倒しつつ進む俺たちだったが……。

「ぜぇ、はぁ……!」

 1人の少女が息を切らし始めた。
 ヴィヴィだ。
 ヴィヴィが顔中に汗をかいている。

「おいヴィヴィ、まだスタートして30分ぐらいだぞ?」
「はぁ……はぁ……! 人は……慣れないことをすると使用するエネルギーが大幅に上昇する……はぁ……私にとって、戦いとはまさにそれだ……それに、この四季森は……気温の変化が他の場所より早く……異常な環境地帯と言える……」

 つらつらと、言い訳するようにヴィヴィは言葉を並べていく。

「つまりだね……私に体力がないというわけではなく……この状況と環境が、げほげほっ! 私の体から余計にエネルギーを奪い、酸素需要を増やして息切れを引き起こしている……断じて、私の体力がないというわけではなく――」
「みんな止まってくれ。どうやらヴィヴィ様は錬金術は得意だが体力はないらしい」
「君は……私の話を聞いて……なかったのかい……!?」
「そんな涎と汗でぐちゃぐちゃの顔でなに言っても説得力ねぇよ。素直に休みたいと言え」

 足を止め、スカートまで汗びしょのヴィヴィのために俺たちは休憩を取った。

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