第14話 二つの課題
ランティス錬金学校の廊下には奇妙な存在が多くいる。
たとえば中身空っぽの歩く鎧。
たとえば翼の生えたライオンに跨り移動する生徒。
たとえば
一つ一つに驚いていたらキリがない。
「クラスは全部で4つあるんだ。キングクラス、クイーンクラス、ジャッククラス、エースクラス」
移動がてら、アランが解説する。
「モデルはトランプか?」
「その通り。毎年、それぞれのクラスには傾向があるらしい」
「傾向、ですか。生徒の能力や性格に偏りがあるということでしょうか?」
「うん。エースは万能、運動も錬金術も勉学も満遍なくできる人間が集まるそうだ。バランス重視だね。キングは狡猾で野心家、合理的な人が集まる。クイーンは誠実で協調性が高く、グループ行動が上手い人が集まるそうだ。そしてジャックは一点特化、一芸に長けた存在が集まるんだってさ」
「万能なエースの真逆ってわけか」
こう聞くとエースとジャック、キングとクイーンで対比になっている感じがするな。
そんなこんなを話している内にジャッククラスの教室にたどり着く。
並ぶ机と椅子。机それぞれに1個ずつ小さな錬金窯が乗っている。
「席は自由みたいだね」
黒板には何も書いていないし、クラスの雰囲気を見るに好きな相手の近くに座っている感じだ。
席の前半分はすでに埋まっていた。
「前の方の席が人気みたいだな」
「ここの教師陣は特別だからね。みんな最前列で授業を聞きたいさ」
「後ろの方が空いているようですね」
アランが「じゃあ」と一番後列を指さす。
「あの辺りにしようか」
「賛成です」
「どこでもいいよ」
窓際は寒そうなので、窓際から一つ通路側の席に座る。アランは俺の前の席に座り、フラムは俺からさらに通路側に一ついった席に座った。
「やあ」
後ろから声を掛けられた。
声の方を見ると、ゴーグルを首から掛けた少女がそのエメラルドの瞳で俺を見下ろしていた。
「奇遇だね。どうやら私たちは運命の赤い糸で結ばれているらしい」
「その厄介な糸、いち早く断ち切りたいな」
ヴィヴィは窓際の席、俺の隣に座る。
「そう言う割には嬉しそうに見えるけど?」
「ま、知り合いが多いに越したことはないからな」
「……ヴィヴィさん……!」
フラムが緊張した様子で俺越しにヴィヴィを見ている。
「? 私のこと知ってるのかな?」
「コイツ、お前のファンなんだってさ。実際にお前を前にして緊張しているみたいだ」
「へぇ。嬉しいけど、これから学友になるんだし気軽に接してほしいな」
フラムは俺の影からひょこっと顔を出し、
「ど、努力します……」
ヴィヴィとフラムの会話がひと段落したところで、アランがヴィヴィの方を向いた。
「フラムさん程じゃないけど、僕もヴィヴィさんと話すのはちょっと緊張するね」
「君は……」
ヴィヴィはアランの鋼鉄の腕を興味深そうに見て、「ふむ」と呟いた。
「珍しい型だね。軍用
「さすがだねヴィヴィさん。僕は叔父が軍人錬金術師でね、これは叔父に作ってもらったんだ。錬金術には不向きだけど、子供の頃からずっとこれだからもう慣れちゃってさ」
「へぇ、興味深いね。一般じゃまず手に入らない代物だ。ぜひ今度ジックリ観察させてほしい」
「別に構わないよ」
「2人共、名前を聞いてもいいかな?」
「僕はアラン=フォーマック」
「ジブンはフラム=セイラーですっ!」
「私はヴィヴィ=ロス=グランデ。よろしく」
ヴィヴィは2人とそれぞれ握手を交わす。その後、フラムは握手を交わした右手をジッと見ていた。
席が全部埋まったところで、教師と思われる男が教室に入ってきた。
銀髪ロング、左眼を眼帯で隠した男。
歳は20半ばほどか。背も高く、ガタイも良い。眼帯もあいまって少し怖さを感じるが、
「すまんすまん、遅れちった。俺がこのクラスを担当するジョシュア=ベン=クロスフォースだ。よろしく」
その砕けた喋り方で、恐怖感は薄れた。
「さてと、早速本題に入ろうかね。授業の開始は一週間後になる。
「花蝶の月?」」
俺は説明を求めてヴィヴィを見る。
「……花蝶の月の38日は君の国で言うところの4月8日だ」
「おっと、そうだ。外部生にはまず月日の数え方を説明しないとだな」
ヴィヴィの声が届いたか定かではないが、ジョシュア先生はこの国の月について説明を始めた。
なんでもアルケーは一年が六カ月で、一か月の長さが約60日だそうだ。
1月2月をまとめて
3月4月が花蝶の月、
5月6月が
7月8月が
9月10月が
11月12月が
これがアルケーの月である。
「一週間授業がないと言っても暇ってわけじゃない。むしろこの一週間はとても忙しくなるだろう。お前らにやってもらう大きなことが2つもあるんだ」
そう言ってジョシュア先生は紙をクラス中に配る。
紙に書いてあったのは俺の名前と、住所? のようなものだった。
『イロハ=シロガネ ランティス城下町11番通り21号』
ふむ、これを配られた意味がまったくわからない。
「この学園に寮はない。だからと言ってお前たちに家、部屋を貸すこともない」
え? じゃあどこに住めと?
「住む家は自分で作るんだ。我々が諸君に与えるのは敷地と資材のみ。資材を元に錬金術や合成術で家を作らなければならない」
「「「えぇ!!?」」」
クラス中から驚きの声が上がる。
なるほど。じゃあこの住所にあるのは、俺に与えられた土地か。
「横暴だ!」
「聞いてねぇぞ!」
クラス中に広がる動揺。
「静かに……」
ジョシュア先生が鎮めようとするが、
「家作るとか、超めんどいんだけど……」
「た、大変そうだよね……今日中に作らないと野宿だし……」
「静か――」
「寮に入るって私聞いてたんだけど!」
「そうだよ! 事前に説明しておくべきでしょ!」
――ズガンッ!! と、弾痕が教室の後ろの壁にできた。
ジョシュア先生は銀のリボルバーを右手に持っている。
ジョシュア先生は煙を吹いている銃口を唇に押し当てる。
「静かにしようか」
ジョシュア先生の威圧。
クラスは静まり返った。
「ジョシュアてーんて♡」
温和そうな大人の女性が教室に入ってきた。
「あ、ルーシー先生。どうなさいました?」
どうやらあの美人は教師らしい。ジョシュア先生は鼻の下を伸ばしている。
「デートの誘いなら授業に後にしてもらえると……」
「ジョシュア先生……見てくださいこの後頭部のコブ。うふふ、ビックリしました。授業をしていたら急に銃弾が壁を貫いてきたんですもの♡」
ジョシュア先生の顔が青ざめる。
「あっ、いや、それは……教育の一環というかですね……」
「ジョシュア先生……」
次第に、ルーシー先生の顔から笑顔が消える。
「歯を食いしばってください♡」
ルーシー先生のアッパーがジョシュア先生の顎を捉え、ジョシュア先生は天井でバウンドして落ちたのだった。
つか、壁を挟んだとはいえ後頭部に銃弾受けてコブで済むって、あの頭は鋼鉄で出来てるのか?
「え~、話を戻すぞ」
ジョシュア先生は何事もなかったかのように話を進める。
「家の建築がやること1つ目、そんでもう1つ」
家の建築に加えてやることがもう1つ……気が重いな。
「やること2つ目はファクトリーに入ること。この学校にはファクトリーと呼ばれる団体が多数存在している。授業とは別に、錬金術の追究をする場所だ」
ファクトリーって聞くと、工場や製造所などの物づくりをする拠点のイメージがある。だがこう聞くと部活のようなモノだろうか。
部活……学校という組織に通ったことのない俺は、それを情報でしか知らない。
若い同世代の人間が手を組み、何かを成すというのはどういう感覚なのだろう。正直に楽しみだな。
「たとえばポーションを研究するファクトリー、たとえば錬金術で菓子作りに励むファクトリーなど、その種類は多岐に渡る。ファクトリーに入ることで先輩や顧問の先生とパイプを持てたり、授業じゃできない尖った研究をできたりする。ファクトリーはこの学校の肝の1つだと言っていい。よく考えて決めることだ。『家の建築』、そして『ファクトリーへの入団』。これがこの一週間でお前らがやることだ」
家の建築なんて普通に考えれば一週間で、それも1人で出来るわけがない。錬金術なら何とかなるか? 今のところ、俺の頭に一切プランはない。
それにファクトリー……これも見学とか色々しないとだし、一週間は想像より短いかもしれない。
「ちなみに家の建築資材はすでに敷地に置いてある。一階建ての家ができるぐらいの木材とガラス、あとトイレ、洗面台、風呂の錬成・合成に必要な資材は置いてある」
最低限の設備を搭載した家は建てられるというわけか。
「もし他に資材が欲しければ学校の裏にある樹海やユグドラシルで採取していい。ただし、ユグドラシルで採取を行う場合は必ず俺に許可を取ること。俺は大体自分のファクトリーであるモデルファクトリーの研究所に居る。ファクトリーの場所はこの学校の一階南廊下だ」
ユグドラシル、あのでっかい樹か。
「最後に全員知っていると思うがこの地区じゃアルケーの一般通貨であるべニーは使えない。使えるのは専用の通貨であるゴルドだけだ」
初耳です。
どうせべニーも持ってないからいいけど。
「まず10万ゴルドずつ支給する。ゴルドを増やしたい場合は錬成した物を売ったり、教師や城下町の人間の依頼をこなすといい」
生徒全員に10枚の金貨が送られる。金貨1枚で1万ゴルドらしい。
次にジョシュア先生はこの地区で使える通貨について説明してくれた。
大型金貨1枚で10万ゴルド。
金貨1枚で1万ゴルド。
銀貨1枚で1000ゴルド。
銅貨1枚で100ゴルド。
小型銅貨1枚で10ゴルド。
1ドル=大体100ゴルドだそうだ。
大型金貨1枚ではなく、金貨10枚を渡したのは釣銭を用意する店側を配慮してだろう。
「以上、これで登校初日の日程は全部終わりだ。解散!」
解散、と言ったがそのまま教室を去る者は少ない。
過半数の生徒がジョシュア先生に詰め寄り、質問している。
「ねぇ、みんな住所はどこだった?」
アランが聞いてくる。
「俺は11番通りの21号だ」
「ジブンは11番通りの22号です。多分隣ですね」
「私は11番通りの20号だね。どうやらクラスごとに固められているようだ」
「ヴィヴィさんの言う通りだ。僕は11番通りの19号」
連番になっているってことは間違いなく全員近所だな。
「それなら全員一緒に行くか」
反対意見は出ず、俺たちは足並みそろえて教室を出た。