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第12話 フラムとアラン

……後頭部と背中に激痛。

 腹に重みを感じ、腹の上を見ると、薄紫髪(アイリスカラー)の女の子が座っていた。

「すみません! 大丈夫ですか!?」

 少女は俺から離れる。
 俺と同じ制服。やや低身長で細身、髪はミディアムほどの長さ。前髪で右目が隠れているため少し内気な印象を受ける。

「すみません! 下敷きにしてしまいまして……!」
「いや、悪いのはあんなとこでボヤッとしていた俺だ」

 もっと言えば、あんなとこにいきなり錬成したカボチャ校長が悪い。

「やれやれ、心の広い私でも、この仕打ちはさすがに許容できないね」

 ゆっくりと右を向く。腕を組み、不満を顔全面に出したヴィヴィ姫が立っていた。

「散々待たせた挙句、女子の尻にダイブするとは良い度胸だ」
「待て誤解だ。俺はモナリザの尻以外に興味はない」
「それはそれでどうなんだい」

 ヴィヴィは2つの手帳をポケットから出す。

「はい、これ」
「なんだよコレ」
「学生証と入国証だよ。それさえあればもう私はもう用済みだ。学校までは1人で行きたまえ」
「学校まで案内してくれないのか?」
「私は野暮用で他の生徒たちより早く学校に着いていなくちゃいけなくてね。君という足手まといを抱えたままじゃ遅刻しそうなんだ」
「足手まといで悪かったな」
「学校までの道のりはそこまで複雑じゃない。地図がなくとも大丈夫だろう。悪いが、ここでお別れだ」
「はいはいわかったよ。でもお前一つ大事な物忘れてるぜ」

 トランクから冊子を出す。

「ほら。手記の写しだ」
「ありがとう」
「じゃあな。ここまで世話になった」
「うん。またね」

 ヴィヴィは冊子を受け取り、足早に石階段を下りていった。

「……つーかここ、変な場所だな~」

 屋根も壁もない。何を支えているわけでもない石の支柱と石床と石階段、そして壺がある。この壺は特急錬成用の奴だろう。外観的にはパルテノン神殿に似ている。
 石像の姿も多くある。神秘的なオーラを感じるな。スケッチブックがあったらこの景色を描いていたところだ。

「ここはパルキリア神殿という場所です」

 答えたのはさっきのアイリスカラーの少女だ。女子の割には声色が低いからすぐわかるな。

「つかぬことをお聞きしますが、あなたはヴィヴィさんと知り合いなんですか?」
「友達だ」

 ――という設定だ。

「す、凄いですね! あのヴィヴィさんと友達だなんて……!」

 少女は羨望の眼差しをする。

「ヴィヴィってそんな有名人なのか?」
「有名人です! あの歳でニコラス賞を受賞しているのなんか、ヴィヴィさんぐらいですよ。ジブン、ちょっとファンなんです……」
「ニコラス賞……ってなんだ?」

 え。と少女は口を開ける。

「もしかして、外部生ですか?」
「その外部生ってのもわからん」
「アルケーの外からスカウトされて錬金学校に来た人たちのことを外部生って言います。毎年4分の1ぐらいは外部生らしいです」
「そういうことか。それなら俺は外部生で間違いない」
「そうなんですね。ニコラス賞を知らないからそうだと思いました。ニコラス賞はその年で錬金術に大きな影響を与えた五名に与えられる賞です」
「ヴィヴィはそれに選ばれたのか。凄いな」
「はい! 凄いです! コンバートポーションっていう、翻訳薬を開発した功績で選ばれたんです」

 コンバートポーションって、さっき俺が飲まされたやつか。飲むだけで知らない言語の言葉を理解でき、話せるってやつ。たしかにアレは凄い物だったな。

「これ、その時の新聞の切り抜きです!」

 少女は俺に切り抜きを渡してくる。

 ホントだ。ヴィヴィ=ロス=グランデ、12歳の若き天才ニコラス賞受賞。と書いてある。12歳ってことは二年前か。凄いな。どうやら俺が思っていた以上にヴィヴィという少女は才気あふれる錬金術師らしい。

 それにしてもコイツ、切り抜き持ち歩いているとかちょっとどころじゃないヴィヴィファンだな。

「お前、名前はなんて言うんだ?」
「ジブンはフラム=セイラーと言います。アルケー出身です」
「俺はイロハ=シロガネ。錬金術は養父に習った。よろしく。せっかくだから一緒に学校まで行かないか?」
「あ、はい! 是非とも同行させてください!」

 俺はフラムと一緒に神殿の外に出る。
 石階段を下りる前に、周辺の地形を確認する

「階段を下りると森があって、その先に町があって、町の側には海がある。町の奥にあるあのでっかい城はなんだ?」
「アレがランティス錬金学校です。そしてさらに向こうにあるのが……」
「なんだアレ!?」

 城のはるか後方には、雲に届くほど大きな巨木がある。

「ユグドラシル。世界樹と呼ばれる樹です」
「すごいな! あんな大きな樹があるなんて、本当に、小説の世界に入ったみたいだ……なあ! アレの中に入れたりするのか!?」
「授業の一環でユグドラシルの中に入って採取とかすることもあるらしいですよ」

 フラムはクスっと笑う。

「イロハさん、意外に子供っぽい一面もあるんですね」
「いや、誰だってあんなモン見たら驚くだろ……」

 俺とフラムは石階段を降りていく。

「しかし……はぁ。学校に着くまでに体力を使い果たしそうだな」
「同感です……」

 そもそも徒歩で学校まで行こうという人間が少ない。
 空飛ぶホウキ、空飛ぶソファーに乗って学校に向かう者、薬を飲み背から羽を生やして飛んでいく者もいる。ほとんどの人間が錬金術で作り出したであろうアイテムを駆使して学校に向かっている。

「ズルいな……」
「誰か乗せてくれませんかね……」
「よし、一つ策を弄しよう」
「策……?」
「餌を撒くのさ。同情心を釣るための餌をな。ちょっと待ってな」

 俺は背負ったケースから虹の筆を出す。
 虹の筆で血の色、ブラッドレッドを再現する。俺は筆を足首に当てる。
 俺は小さな声で、

「フラム。今から俺が屈むから、心配そうに背中をさすってくれ」
「わ、わかりました」

 フラムは俺の意図を読めずとも、言う通りにしてくれた。

「い、イロハさん! その足……!」

 いま、俺の右足は赤色に染まっている。もちろん血じゃない。虹の筆で出した血に似た赤の液体だ。
 俺は負傷したフリをして、足を押さえる。

「心配するな。この血はフェイクだ。怪我はない」
「……まさか、いまその筆で……」
「そういうこと。わかったらその調子で心配そうにしていてくれ」

 待つこと数秒で、

「大丈夫かい!?」

 頭上に影が落ちてきた。
 見上げると、空飛ぶカーペットがあった。
 カーペットは俺たちのすぐ前に降りてくる。

「足を怪我したのかな? 立てる?」

 カーペットに乗っていたのは緑髪の優男。丸眼鏡を掛けている。
 俺とフラムは一瞬、男の容姿に驚いた。
 その男は両腕が生身ではなかった。金属の腕だったのだ。鋼色をしている。義腕ってやつか。
 男はカーペットから降りて、俺の側に寄ってくる。

「悪い。さっき転んで擦りむいたみたいだ」
「その傷じゃ歩いていくのは無理そうだね。僕のカーペットに乗っていきなよ」

 俺はフラムの方を振り向き、あくどい笑みを浮かべる。作戦成功――と表情でフラムに伝える。フラムは引いていた。

「もしよかったらそっちの君もどう? もう1人ぐらいなら乗れるよ」
「あ、お願いします!」
「よっと」

 俺はジャンプして空飛ぶカーペットに乗る。
 優男は俺の足首をまじまじと見る。しかし、もう俺の足首にインクはついていない。
 虹の筆のインクは俺のマナで構築されているからか、俺の意思で自由に消すことができるのだ。

「あれぇ?」
「早く乗れよ。遅刻しちまうぞ」
「すみません。彼、仮病です……」

 俺とフラムはカーペットに乗り込む。
 優男とフラムもカーペットに乗る。

「やってくれたね」
「許せないなら叩き落としてくれて構わないぞ」
「そんなことしないよ。それより、さっきの仮病のトリック、教えてよ。それが運賃代わりだ」
「OK、そんじゃネタバラシしよう」

 カーペットは空を飛び、あっという間に森の頭上を飛び越えた。
 そういや、ヴィヴィは大丈夫かな? アイツ、なにか乗り物とか持ってきてるのだろうか……まぁ凄い錬金術師らしいし、余計な心配だろうな。

「虹の筆!? それ、君が作ったの!?」

 俺が虹の筆のことを説明したら、優男もフラムも驚いた表情をした。

「特規錬成物……凄いね」
「大したモンじゃない。設計図通りに作っただけだ」
「大したモンですよ! さ、さすがヴィヴィさんの友達だけありますね……センスつよつよです……」

 俺はカーペットの上から景色を見る。
 広大な海に森、外の世界ではありえない形の建物の数々……うん、綺麗な景色だ。
 海の色も、森の色も自然そのもので、実に美しい。

「お前、名前は?」
「僕はアラン=フォーマック。外部生だよ」
「俺はイロハ=シロガネ。同じく外部生だ」
「シロガネ……?」

 アランは俺のファミリーネームに引っ掛かりを覚えた様子だが、アランが俺に何かを尋ねる前にフラムが自己紹介を挟み込む。

「ジブンはフラム=セイラーです。本国生です!」
「あ、ああ。よろしく。イロハ君、フラムさん」

 アランは疑問を飲み込んだようだ。恐らく爺さん関連でなにかあったんだろうな。あの人、有名人みたいだし(錬金術師の中では)。
 俺たち3人は空からランティス錬金学校を目指す――

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