第7話 作りたい物
小屋に着く。
ヴィヴィは小屋の扉にある手形を見て、戸惑いの表情を浮かべた。
「“マナドラフト”をカギ代わりに使ってるようだね。これは……多分、特定の人物のマナにしか反応しないよう細工してある」
「マナドラフトってなんだ?」
俺が聞くとヴィヴィは懇切丁寧に説明してくれた。
「この手形のこと。マナドラフトに手を合わせると術師からマナとイメージが抽出される。大体錬金術は素材を投入して、最後に錬金術師のマナとイメージをマナドラフトを介して素材と織り交ぜ、錬成物を錬金するわけだ」
つまり式にすると、素材+イメージ+マナ=錬成物というわけか。
ヴィヴィは手形に右手を合わせる。俺が合わせた時と違い、何の反応もなかった。
「やっぱり。私のマナには反応しないか。イロハ君、お願いできるかな?」
「断る」
「何?」
ヴィヴィは眉をひそめたあと、なにかを察したように目を細めた。
「ここへ案内するまでが提示した条件でございます。この扉を開くのなら、別料金が発生します。お客様」
「……君ぃ、良い性格してるね。いいでしょう、今回は私のミスだ。なにをすればここを開けてくれるのかな?」
俺はヴィヴィを指さし、言い放つ。
「俺を錬金術師の国に連れて行ってくれ。それが扉を開く条件だ」
ほう。とヴィヴィは呟き、暫し考える。
「センス次第だね」
ヴィヴィは言う。
「君に錬金術の才能があるのなら、なんとかできると思う。アルケーは錬金術の才能をある者を拒まない。君が錬成した物を見せてよ。それで判断しよう」
「生憎、俺が錬成した物は小屋の中にある。取りに行くにはこの扉を開けなくちゃいけない」
ヴィヴィは俺の発言の意図を汲んで、ムッと眉間にシワを寄せる。
「失礼な。君が扉を開けた隙に中に入るとでも? そんな品のないことはしないよ」
「……」
俺は扉の前に行く。ヴィヴィは扉から離れ、入りませんアピールをする。
扉に手をつけようとした時、耳にタンタンタンという音が届いた。
振り返ってヴィヴィを見る。ヴィヴィは腕を組み、自分の左腕を右手の指で叩いていた。ソワソワと肩を揺らし、チラチラと小屋を見ている。爺さんのアトリエが気になって仕方ない様子だ。その姿は、ビーフジャーキーを前にし、『待て』をされている犬を彷彿させる。
「……わかった。入れよ。その代わり、錬成物の出来が良ければちゃんと俺を錬金術師の国に連れていけよ」
ヴィヴィはパーッと顔を明るくさせた。
「もちろんだとも!」
俺は手形に右手を合わせる。いつも通りの反応をして、扉が開いた。
中に入ると灯りが点く。
「これがアゲハ=シロガネのアトリエ……興味深い物ばかりだ」
ヴィヴィは目をキラキラと輝かせる。おもちゃ屋に入った男児のようだ。
「“太陽のランプ”! 太陽光をエネルギー元に無限に輝く伝説の灯篭! 凄い、なんて品質の高い魔素水……見ただけで純度の高さがわかる。これがアゲハさんの錬金窯……! へぇ、錬金窯は旧式なんだね!」
ヴィヴィは部屋を見回して、一つ一つの物に驚いていた。俺が初めて小屋に入った時と同じ反応をしている。錬金術師から見ても凄いんだな、この部屋。
ヴィヴィはまた「コホン」と咳払いし、表情をクールにする。
「さて。他に目移りする前に、君が作った物、見せてくれる?」
もう十分目移りしていたと思うが。
「はいはい。ちょいとお待ちを」
虹の筆は本棚の裏、布を被せて隠してある。
俺は本棚の裏から虹の筆を引っ張り出す。
「これが俺が錬成したブツだ」
俺は布を
「――っ!!?」
パチパチと二度目を閉じて開いて、
目頭を二度擦り、
最後は後ずさって、尻もちをついた。
ヴィヴィはこのアトリエに来てから一番の驚きを見せていた。
「間違いない……形状や大きさは多少違うけれど、このマナ反応は……虹の筆!?」
ヴィヴィの視線が俺に移る。
次に出る質問はなんとなくわかった。
「本当に君が作ったの……?」
「ああ。かなり手は焼いたけどな」
ヴィヴィは立ち上がる。表情はまだ険しい。
「虹の筆はね、
「じゃあ、かなり凄い物ってことか?」
「うん。私が知る限り、虹の筆を錬成できたのはアゲハ=シロガネだけだね。小さい時に一度だけ見たことがあるけど、まさかまた見られるなんて……」
当然爺さんは作れる物だとわかっていたが、まさか爺さん以外誰も作れない代物だったとは。
「そもそも虹の筆は虹の枝っていう超貴重素材を使わないといけないから、虹の筆に挑戦できた人間自体少なかったんだけどさ」
……そんなオチだと思ったよ。
「でも、これなら……」
「ひとまず合格ってところか?」
「――大合格」
ヴィヴィは含みのある笑みを浮かべる。
「なんとかしてあげよう。一週間ぐらい時間は貰うけど」
「構わない。よろしく頼む」
錬金術師の国か、楽しみだな。
「これがアゲハさんの手記かな?」
ヴィヴィは机の上にある手記を手に取る。
「そうだ」
ヴィヴィの手が小刻みに震え出した。緊張しているようだ。
ヴィヴィは手記を開く。そしてすぐさま不満の色を顔に出した。
「これ、なにも書いてないじゃない」
「書いてあるよ。白紙のページに白の色鉛筆かなにかで書き込んである」
ヴィヴィは首に下げたゴーグルを装着し、手記を見るも、首を傾げた。あのゴーグルは顕微鏡みたいな役割でも持っているのかな?
「ホントだ。油性色鉛筆だね」
? コイツ、字が見えないのになんで使われている色鉛筆が油性だとわかったんだ? 適当か?
「なんで君にはここに文字が書いてあるとわかるのかな?」
「俺は色彩能力者……僅かな色の違いがわかるんだ。紙の白と色鉛筆の白の違いが俺にはわかる」
「色彩能力者……」
ヴィヴィはなぜか、クスクスと笑った。
「面白いなぁ。私と
「真逆?」
「いや、気にしないでいい。今は関係の無い話だ」
ヴィヴィは目を凝らしてページを見る……が、いくら目を凝らしたところで読めることはないだろう。角度を変えて読もうともするが無駄だ。この手記に使われている色鉛筆はかなり紙の白に寄せてあるからな。
やがてヴィヴィはゴーグルを下げ、降参だと言わんばかりに肩を竦めた。
「うん。私には読解不可能だ」
「なにが書いてあるか教えてやろうか?」
ニッと口元を笑わせて俺が言うと、ヴィヴィはこっちを睨んできた。
「君、まさかまた……」
「交換条件だ」
ヴィヴィは腕を組み、苛立った顔を見せる。
「はいはい、なんでしょうかイロハ様。なんなりとお申し付けくださいませ」
と棒読みでヴィヴィは言う。
「そう怒るな。今回はただ俺の質問に答えてくれるだけでいい。聞きたいことがあるんだ。俺には作りたい物がある。それが錬金術で作れるか教えてくれ」
「作りたい物? もったいぶらずに早く言ってくれないかな」
「……女だ」
「――なんて?」
ヴィヴィは少し、引き気味だ。構わず俺は言う。
「俺は『理想の女』を造りたい」