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第8話 理想の女

「『理想の女』……? はぁ? え?」

 ヴィヴィはまだ俺の願いを理解できていないようだ。

「俺は思うんだ。世の中の結婚してるやつ、絶対全員妥協してるなって」
「その喋り出しの時点でかなりひねくれた話になるのは予想できるけど、一応最後まで聞いてあげる」
「全員、頭の中に理想の異性は必ず存在する。だが性格・顔・身体、100%理想通りの異性なんて世界中探しても数人、いても大抵は手が届かない。理想通りの女と結婚できている奴なんて、全体の0.000001%、もしくは0%かもな」

 人は現実と向き合い、諦めを繰り返す生き物だ。
 結婚相手だけでなく、夢も、職業も、今日一日の献立でさえ、理想通りにいくことなんてない。自分の現実と向き合い、諦め、折り合いをつけている。
 その人間の本質に文句はないが、せめて添い遂げる相手だけは理想を叶えさせてほしい。モナリザに似ている女性は世の中にいるだろうが、それじゃ満足できないんだ。

「みんな潜在的にそれを自覚しているから90%、80%ぐらい理想通りなら良しとしている。でも俺はそんな妥協はしたくない。たった一度の人生、せっかくなら100%理想通りの女と結婚したい」

 目の色も、
 髪の色も、
 肌の色も、
 歯の色も、
 唇の色も、
 爪の色に至るまで、
 俺には理想があるのだ。だがその理想通りの女性なんて100度転生しても出会えないだろう。
 居ないのなら、造るしかない。

「……とりあえず、一言だけ、ハッキリと言わせてもらうね」

 ヴィヴィはハッキリと口を開き、

「キ・モ」

 (さげす)みに満ちた顔と声だった。

「私に言わせれば、理想の異性なんてクソだね。理想とは言い換えれば己の想像の内に収まるモノ。そこに楽しみは無いと考えるよ。私は逆に、理想の真逆の存在を好むね」
「……趣味の相違だな」
「そう言われてしまえば議論のしようがないな」

 ヴィヴィは呆れたように言った後、俺に見下すような視線を向ける。

「というか君、視野が狭いね。理想の女ならすぐ近くにいるでしょうに」
「なに!? どこだ! どこにいる!?」

 俺は部屋を見渡す。しかしそんな女性はいないし、そもそもこの空間内に女は1人しかいない。……まさかとは思うが、

「ここだよ」

 ヴィヴィは自分の胸に人差し指を当てる。

「見なさい、この光沢のある髪、ニキビ1つない肌! 凛々しくもあどけなさが残る顔立ち。胸は大きすぎず小さすぎず、ウェストもベストな細さ……まさしく全男性が憧れ理想とする女だろう? もちろん、君と付き合う気など毛頭ないが」
「凄いなお前……その底知れない自尊心には心底感服するが、残念ながら俺の理想とは程遠いな」

 俺は首に掛けたロケットペンダントの蓋を外し、ヴィヴィに見せる。

「俺の理想の女はコレだ」
「それは……モナリザ、かい?」

 そう。俺のロケットペンダントにはモナリザの絵が入っている。俺の守り神だ。

「俺は理想の女……つまり、モナリザを造りたい!」 
「モナリザか……美しい女性だとは思うけど……ふむ。君の好みが彼女なら、確かに私では期待に添えられないね……」

 相手がモナリザなら仕方ない。とヴィヴィは納得したような表情を見せる。

「結論を言わせてもらうね。人を造ることは可能だ」
「本当か!」
「人造人間……ホムンクルスは錬成式さえ確立できれば幾らでも造れる。素材難度は低い方だ。ただ魂を宿すとなると難易度は大きく跳ね上がるけどね。モデルがいるならそれをコピーすることも可能だろう。つまり、モナリザを造ることは可能だ」
「これで錬金術に躊躇なく人生を捧げられる。俺はモナリザを造る! そしてモナリザと添い遂げるんだ!」
「……今まで色々な人を見てきたけど、これほどくだらない理由で錬金術を習おうとする人間はいなかった」

 呆れたような物言いだが、どこか嬉しそうにも見えるのは気のせいだろうか。

「さっ、質問には答えたよ。手記に書いてあることを教えてくれたまえ」
「お前が俺の入国手続きをしている間に写しを用意しておくよ。もちろん、黒字の写しをな。俺が無事、錬金術師の国(アルケー)に入れたらその写しをやる」

 ヴィヴィは一瞬不快そうな顔をして、

「……ま、いいだろう。私はこれから一度アルケーに帰るけど、くれぐれも錬金術は使わないこと」
「わかってるよ」
「最後に1つプレゼントをあげる。錬金窯の蓋を閉めてくれたまえ」
「?」

 俺はヴィヴィの言う通り錬金窯の蓋を閉める。
 ヴィヴィは蓋についた筒を通して木材や部屋にあった適当な革製品を雑にぶっこんだ。
 そっか……いちいち蓋を取らなくても、筒から材料を入れてもいいのか。いやしかし、そうすると合金液(メタルポーション)の色の変化が見れないという難点はあるけど。
 ヴィヴィは素材を入れた後、一度クンクンと錬金窯を嗅ぐような動作を見せた。最後に手形――マナドラフトに手を合わせ、錬金術を発動する。筒からシャボン玉を纏って出て来たのは、肩掛けベルト付きの黒い木製の筒だった。

 ヴィヴィは筒を手に取り、渡してくる。

「はい。 虹の筆用の筒。それを抜き身で持ち運ぶのは目立つからこれにしまって運ぶといいよ」
「さすがは本場の錬金術師、こんな簡単に特注のケースを作っちまうなんてな」
「これぐらい余裕さ。それじゃ、これで失礼するね」

 得意げにそう言い残して、ヴィヴィは小屋から出ていった。
 背中を見送った後、ケースをよく観察する。

「木材で土台を作って、革製品から抽出した革で表面をコーティングしたのか」

 凄いな、よくできてる。耐久性も十分だし、重さも良い感じだ。
 虹の筆を中に入れてみる。うん、ピッタリだ。

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