第6話 ヴィヴィ=ロス=グランデ
「なるほど。アゲハさんが亡くなった後でアゲハさんが錬金術師だと知り、アゲハさんが遺した手記から錬金術を知ったと。じゃあ、てんで素人ってわけだ」
砂糖ましましの紅茶を優雅に飲み、ヴィヴィは言う。
一方俺はブラックのホットコーヒーを口に入れる。
「そうだよ。錬金術を知ったのは1ヵ月前だし、錬金術が成功したのは一回だけだ」
「不可抗力みたいなモノだから仕方ないけど、錬金術をこの国で免許なしで使うのは錬金法違反だ」
そう言ってヴィヴィは純銀の手帳をちらつかせた。アレが免許証なのだろう。
「そうなのか? つっても、そんな法律知らねぇし」
「だとしても、“
それは困る。
「ちなみに
「……じゃあお前は、俺を
「それは君の態度次第かな♪」
ヴィヴィの口角がいやらしく上がった。
「私はここにアゲハさんの研究資料がないかを探しに来た。あのアゲハ=シロガネの研究資料……実に興味深い」
「……爺さんって、凄い錬金術師だったのか?」
「もちろん。アゲハ=シロガネは錬金術師にとって、誇張なしに大英雄だった。あの人の訃報は一大ニュースだったよ。16種の新種ポーションの開発、ニコラス賞六年連続受賞、宝樹“虹の樹”の発見……彼の功績を挙げたらキリがない。私が
爺さんが褒められると俺も嬉しくなる。
そっか、凄い人だったんだな……俺の前じゃただの優しくて甘い爺さんだったけど。
「ちょっと失礼するよ」
ヴィヴィは懐からたばこケースのような白いケースを取り出し、そのケースから棒状の物を取り出した。
「おい、お前未成年だろ。錬金術師の法は知らないが、この国じゃ未成年の喫煙は禁止だ」
「否だ。これはタバコじゃない。ブドウ糖をスティック状にした物さ」
ヴィヴィは白いスティックをガリっと噛み砕いて見せる。
「話を止めてすまないね。糖分が切れるとIQが30程低下するんだ」
「紅茶にあんだけ砂糖入れたのに、更に甘いモンとるのかよ……」
甘い物は嫌いじゃないが、甘々の食べ物を甘々の飲み物で流し込んでいるのを見てるとこっちの口まで甘ったるくなる。
ヴィヴィはブドウ糖スティックを食べ終えると、話を戻した。
「アゲハさんが亡くなった後、多くの人が彼のアトリエを探したけど誰も見つけられなかった。錬金術師の国である“アルケー”はもう隅々まで探索された。あと可能性があるのはここ、アゲハさんが晩年過ごしたこのアメリカのマグヌス州だけだった」
事情は読めた。
「君はアトリエの場所、知ってるんでしょ? 案内してほしいな」
「交換条件だ」
俺が言うと、ヴィヴィは目を鋭く尖らせた。口元には余裕の笑みがある。
「ほほう。交換条件? 君ねぇ……自分の立場がわかってる?」
「記憶を封印されるかどうかの瀬戸際に立ってるのは自覚してる。お前がその気になれば俺は錬金術の記憶を封印される。だけどいいのか? 錬金術に関する記憶を失えば、俺は多分、爺さんのアトリエの場所も忘れるぞ」
ヴィヴィは「それは困る」とわざとらしい困り顔をする。
「爺さんのアトリエへ案内してやる。その代わり、俺を
「いいとも。私にとっては願ったり叶ったりの展開。元々、それをネタに脅すつもりだったから」
赤と青の前髪の隙間から見えるエメラルドの瞳には光が宿っていない。
「怖い怖い……」
俺とヴィヴィは家を出て、郊外の森に向かう。
「それで、君は何を
ヴィヴィは好奇心に満ちた瞳で俺を見上げてくる。
「最初はみんな苦労する。私なんてポーションを作ろうとしてコーヒー作った。君はどうだった? くず鉄? くず布? それとも
「アトリエにあるから直接お見せするよ。俺が作った物」
「へぇ、もったいぶるってことはちょっとは期待してもいいのかな」
俺が作った虹の筆は、錬金術師から見たらどれくらいの錬成難易度の物なのだろうか。
俺はかなり苦戦して作り上げたけど、実は超簡単に作れる物なのかもしれない。錬金術師にとっては初級も初級の物なのかもしれない。なんせ錬金術素人の俺が作れたのだから。
それはそれでいいかもな。
アレが底辺の錬成物だと言うなら、錬金術の世界にはもっと凄い物が多くあるということなのだから……。