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第5話 錬金術師の少女

 小屋の中、部屋にあった真っ白な画用紙を広げ、虹の筆の実験を開始する。
 まずは多色を出せるかの実験だ。赤と青、黒と白のように同時にいくつかの色を出せるかの実験を始める。
 虹の筆を持ち、頭の中で赤と青の二色をイメージし、描く。すると二色同時に出た。次に三色、四色、果てには十二色まで試したが問題なく同時にすべての色が出た。

「虹の筆って言うぐらいだから七色までしか出ないと思ったが、そういうわけでもないのか」

 待てよ? 好きに色の配合できるのなら、もっといろいろなことができるんじゃないか?
 言ってしまえば、この世に映る全ての景色は色と色の組み合わせだ。
 ならば……、

「試してみるか……」

 次に文字を頭に浮かべる。簡単に“A”を頭に浮かべ描くと……Aが描けた。

「……いけるな」

 次に絵だ。リンゴの絵を頭に浮かべる。そして筆を横に一度動かす。するとリンゴの下半分だけが描けた。

「下半分だけ……?」

 いや、そういうことか。
 俺はいま、リンゴをそのまま想像して描いた。でもリンゴの大きさを一筆で描くことはできない。
 一筆で描けない物を描く時は部分部分を想像して描けばいけるはず。この場合まずリンゴの下半分をイメージして描く。次に上半分を意識して描く。これを上手く合わせれば……リンゴの出来上がりだ。

 凄い。想像以上の力だ、虹の筆!

 『どんな色も出せる』ということは、イコール、『なんでも描ける』ってことじゃないか……!

 断言できる。この筆は、画家にとって最強の筆だ。

「よし、そんじゃ早速……儲けに出るか!」

 それから俺は虹の筆を使って仕事を始めた。
 店や家のペンキの塗り替え、似顔絵、看板のイラスト等々、あらゆる絵の仕事を受け付けた。色専門の何でも屋だ。
 一週間が過ぎる頃には注文が殺到した。だがその多量の仕事すべてを簡単に終えることができた。虹の筆さえあれば理想の絵がすぐに作れるのだ。
 一か月が過ぎる頃には一年生活できるだけの金が集まった。同時に虹の筆の扱いをマスターすることができた。


 ---


 仕事を全て捌き、余裕が出て来た頃。
 俺は一階にある机の上に爺さんの手記を広げた。

「金は出来たし、これからどうするかなぁ」

 虹の筆は一旦あの小屋で保管することにした。あの小屋の方がウチよりセキュリティ面で信頼できるからだ。少し最近は目立ち過ぎた。虹の筆の異常さに気づき始める奴も居た。あの小屋、爺さんの小屋は扉も、壁も、窓も、なにもかも鋼鉄より硬かった。多分、あの小屋も錬金術で作ったのだろう。使わない時はあそこに置くのが安心だ。
 虹の筆は完成した。
 だけどまだ、爺さんの手記には6つの道具のレシピが載っている。

 MENU2錬絶(れんぜつ)のナイフ
 MENU3火竜の丸薬
 MENU4フェアリードール
 MENU5???
 MENU6???
 MENU7???

 MENU2~4は英語で書かれているため読めるが素材が意味不明。
 MENU5~7はわけわからない文字で書いてあって読むことすらできない。
 この手記にある物、全部作ってみたいけど、どうしたものか……。錬金術師に方法を聞くのが一番だが、あいにく俺に錬金術師の知り合いはいない。

「う~ん」

 錬金術の本場ってどこの国なんだろう。今なら他の国に行けるぐらいの金の余裕はあるし、錬金術を学ぶためならどの国だって行ってやるのに。本場ってなるとやっぱりヨーロッパなのかな。

「そもそも爺さんはどこで錬金術を習ったんだ……?」

 そうだ、爺さんだって生まれた時から錬金術師だったわけじゃない。
 どこかで錬金術を習ったに違いない。錬金術の学校なんてあってもおかしくはない。
 爺さんの人生を遡っていけばいずれ錬金術に出会えるはずだ。でも爺さんのことを知っている人間なんて……ああ、カフェのオーナーが居たか。今日は暇だし、話ぐらい聞いてみるかな。
 方針を決めたところで、部屋の扉がノックされた。 
 客か? 扉にちゃんと『本日は依頼を受け付けておりません』って張り紙をしておいたのに。
 居留守するか、とも思ったのだが、ノックの音がドンドンドン! と苛立ちを表すように大きくなっていった。相当短気な客らしい。

 仕方ない。

 腰を上げ、扉に向かう。

「はいはーい、いま開けますよ~」

 扉を開け、その前に立つ来客者を見た。

 明度の高い赤毛と明度の低い青毛が織り交ざったミディアムヘアーに鋭く凛々しいエメラルドの瞳。瞳と髪が三原色によって構成されており、美術的な目で見てもとても興味深い、好奇心をくすぐる容姿をしている。肌は白地のキャンパスのように白くて一点のくすみもない。首にはその小さな顔には不釣り合いなほど大きなゴーグルが掛けてある。

 白を基調とした学生服のようなコートを羽織っているし、まだ少女という言葉が似合う外見、多分俺と同じぐらいの歳だろう。

 彼女は品定めするかのように俺を観察した後、口を開いた。

「アゲハ=シロガネという名をご存知かな?」

 ご存知です。と言うのは簡単だが、質問する前にまずするべきことがあるだろう。
 と、そんな俺の心中を少女は察したようだ。

「すまない。それよりまず自己紹介だよね」

 少女は胸に手を添え、名乗りだす。

「私はヴィヴィ=ロス=グランデ。職業は錬金術師。専門は薬液学だよ」
「錬金術師……」

 驚き、強張った俺の表情を少女は見逃さなかった。

「ふむふむ。普通、一般人に『錬金術師です』と名乗れば、呆れられるか、引かれるか、笑って誤魔化される……でも君は疑う素振りを見せず、私を観察するように見た。錬金術は知ってるけど、錬金術師に会うのは初めてって感じの反応だね」

 図星中の図星である。
 付け加えるなら、『爺さん以外の』錬金術師に会うのは初めてだ。

「差し支えなければ、君の名前を教えてほしいな」

 悪い人間じゃなさそうだ。名乗るぐらい問題ないだろう。

「俺はイロハ=シロガネ……画家だ」
「画家? いや、それよりも、シロガネ……!?」

 少女――ヴィヴィは俺のファミリーネームに引っかかった様子だ。

「君……もしかして、アゲハ=シロガネの親族?」
「アゲハ=シロガネは俺の養父だ。名前も養父に付けてもらった」
「アゲハさんに養子が居たなんて……これはビッグニュースだ。君は、アゲハさんの錬金術の弟子でもあるのな?」
「いいや、爺さんには育ててもらっただけで、錬金術を習ったことはないよ」
「それは残念」

 理知的な少女だ。言葉遣いが丁寧で、表情も温和だ。でもどこか、陰のようなモノを感じる。言うなればそう、詐欺師と話しているような感覚だ。

「まず上がったらどうだ。ここで錬金術云々の話して、近所の人間におかしな目で見られても困る」
「それもそうだね。上がらせてもらうよ。あ、でもその前に1つだけオーダーを出していいかな?」

 少女は指を1本立て、

「ドリンクは紅茶でお願い。コーヒーは嫌いでね。砂糖も30g入れてくれ」

 なるほど。気は合わなそうだ。

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