第4話 “虹の筆”③
出来損ないの筆が新たに5つできました。
出来損ないと言っても、普通に売りに出せるぐらいの完成度ではある。まぁこのぐらいの大きさの筆を、使う人がいるかどうかはわからないが。
「なんだ……なにが足りない? なにが違う」
結局素材の量を増やしても減らしてもあの色味にはならなかった。
俺は急遽脳内会議を開く。
頭の中に面会室を作り、そこでもう1人の自分と対面する。
「素材の品種がいけないのか?」
もう1人の俺は『NO』と言う。
『指定の品種があるなら手記に書くだろ』
もう1人の俺、冷たく、鋼のような目をした俺――俺はコイツを“シロガネ”と呼んでいる。
認めたくないが、シロガネは俺より優秀だ。頼るのは癪だが、助言を貰おう。
『だが品種を疑ったのは良い線をいっている』
まるで、俺の疑問の答えを知っているかのような口ぶりだ。
『問題は量じゃない。それだけは断言してやる』
偉そうに言いやがって。
駄目だ、頭が回らない。もう7時間ぶっ通しで錬成してたからな……。
脳内会議を打ち切る。もう夕方だ。家に帰ろう。
「はぁ」
ベッドに転がりため息をつく。
帰ってから夕食を食べている時も解決案を考えていたが……結局わからなかった。
――次の日。
朝食を食べに近所の喫茶店に出向く。
「マスター、いつものメニューお願い」
「あいよイロハちゃん」
老紳士風のマスターが料理を始める。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
ここのマスターは爺さんの友達で、爺さんの養子である俺には格安で朝食を作ってくれるのだ。
「お待たせ」
朝食のメニューはトースト、目玉焼き、牛乳、ヨーグルト、そして特製ブレンドコーヒー。
これを超える朝食はきっとこの世に存在しない。
「いただきます」
俺はまずコーヒーを啜る。
「イロハちゃん、なんだかアゲハに似てきたね」
「え? いや、俺と爺さんは血のつながりはないから、外見が似ることはないと思うんだけど……」
「いいや見た目じゃなくてさ、匂いだよ。今日のイロハちゃんの匂い、どこかアイツに似てるなぁ」
爺さんのアトリエに出入りするようになったから、爺さんの匂いが移ったか。
「まぁでも見た目も似てるけどね。アイツの髪の色、目の色とイロハちゃんの髪の色、目の色はよく似てる」
「爺さんの目の色は俺と同じブルーだったけど、髪の色は俺は黒で爺さんは白だったでしょ」
「いやいや、アイツも昔は黒髪だったよ。歳を取って髪の色が変わったのさ」
そうなんだ。爺さんも元は黒髪だったのか。
そうだよな……歳を取って髪の色が変わる人間は珍しくない。いや髪に限らず、時間が経てばほとんどの物体は色が変わる。
「……」
ふと、視線が食卓の牛乳とヨーグルトに落ちる。
そういえば、ヨーグルトって牛乳を発酵させて作ったモンだよな。
ヨーグルトだけじゃなく、バターも、チーズも、元は牛乳だ。でもどれも牛乳とは色が違う。
品種を疑ったのは良い線いってる、というシロガネの助言を思い出す。
「そっか」
腐敗や熟成、焼いたり煮たりで素材の色は変わる。
この目玉焼きにしたってそうだ。元の卵より、焼いたことで色味が変わっている。
……なんでこんな簡単なことに気づかなかった。
素材の量ではなく、素材の質だ。品種ではなく、品質だ。
さすがに焼いたり煮たりするならレシピに書き足すはず。ならば、考えられるのは素材の腐敗だ。腐ることによる色の劣化……特に明度は、腐ることで低下することが多い。
考えろ。どれだ? どの素材が新鮮過ぎるんだ?
俺は自然と、どれも一番新鮮な物を選んでいた。この色彩識別能力を使うことで、新鮮な色を見つけることは容易だったからな。
でもやり方を変えよう。新鮮な素材を考え無しに取るのはやめだ。絵の具を混ぜ合わせて新たな色を作るのと一緒だ。単体で考えるんじゃなくて、窯で混ぜ合わせた時にどういう色になるか……を想像して色で素材を選ぶ。
すべてを混ぜ合わせた時に、あの見本の色と重なるように考えて選ぼう。
「ごちそうさま。最高の朝食だったよ」
「お粗末様。またおいでよ」
店を出る。
目指すは果物の露店だ。
「いらっしゃいませ」
ペコリと会釈し、露店に並べられた果物を選ぶ。
品質は色で判別できる。みかん1つ1つを凝視する。
品質が高・中・低・最低のみかんを手に取る。これを他の素材でも繰り返す。
素材を買い終えたらすぐに小屋へ直行する。
買い揃えた素材を、色を重視して投入していく。絵具の調合と感覚は似ているな。
色だ。とにかく色を合わせていこう。
一回目、明度が下がり過ぎた。
二回目、色相がズレた。
三回目、明度が高い。
「ぷはぁ!」
やばい、目よりも脳がやばい。ここまで集中したのは初めてだ。
絵具の調合とは難易度が段違いだ。投入できる
集中しろ。もっと集中するんだ。目を……最大限に活かせ。
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「できた」
完璧だ。手本通りの完璧な色ができた。
7回目にしてようやくだ。昨日の分も合わせれば13回目。
余分な物が入らないよう慎重に蓋を閉める。
色は完璧、だからと言って虹の筆が出来上がるとは限らない。
――ドキドキとワクワクが胸の中で弾ける。
ゆっくりと、手形に右手を合わせた。
バチ!! ゴオォン!!
「くっ!?」
――窯から、虹色の光があふれ返った。
「眩しいっ!」
なんとか目を開く。
筒から、一本の筆がシャボン玉に包まれて飛び出した。
ユラユラと落ちてくるソレを、両手で受け止める。シャボン玉がバチンと割れ、筆が手に落ちる。
手触りは変わらない。
これまで作った筆と外見は変わらない。
――さぁ、どうなる!
「スカーレット」
そう言うと、筆の先が赤く滲んだ……!
俺の頭の中にある通りの色だ。
「は、ハハハハハッ!」
俺は小屋から飛び出し、筆を縦横無尽に動かす。
「スカイブルー! エバーグリーン! ライムイエロー! クロムオレンジ! パープル! アイボリーブラック!!」
多種多様な色を使い、地面に描いたのは子供が描いたような星や月、クローバーやハート、三角形や四角形、ニコニコマークだった。
「できた! これが、虹の筆!! 好きな色を出せる最強の筆だ! 本当に作れた!」
――面白い、面白いぞ錬金術!!!
もしかしたら、錬金術なら造れるかもしれない。
俺が心から欲する