第30話 オタ友②
「僕も基本は箱推しでね、6期生はみんな好きだよ」
「お、じゃあこの前のかるなちゃまとハクアたんの世紀の一戦も見たか?」
「うん! びっくりしたよ~、あのゲームが苦手だったハクアたんが、まさかかるなちゃまに勝つなんてね」
川に足を突っ込み、キーホルダーを探しつつエグゼドライブ談義を繰り広げる。
「ハクアたんは真面目だからね、きっといっぱい練習したんだろうな~」
その通り。
配信もやりながら、俺との特訓もやり切った。ホント頑張ってくれたよ。前よりも一層、ハクアたんのファンになってしまった。
その後もずっと談笑しながらキーホルダー探しをした。日が暮れ、月が昇ったところで俺たちは帰った。
――次の日の放課後。
「それじゃ兎神くんさ、ヒセキ店長とれっちゃんのバレットサバイヴの協力プレイ見た?」
「見た見た! あれはもう数えきれないぐらい見たぜ! 2人で合計20キルしてオバビクしたんだよな。勝ち残った瞬間、思わず立ち上がったよ」
「それでさ、次の日から」
「バレットサバイヴにハマったんだろ?」
「そうそう! やっぱりVチューバーの人たちが面白そうにゲームやってると自分もやりたくなっちゃうよね」
「わかる! ゲーム買い過ぎて財布がカツカツになっちまって、いくらバイト入れても足りねぇの足りねぇの」
俺と日比人は同時に笑い声をあげる。
あぁ楽しい。Vチューバーの話を同級生とできるのがこんなにも楽しいなんて。
しかもコイツ、俺に負けず劣らずの6期生ファンだ。ここまで話が通じるやつはそういない。
だがこの日もキーホルダーは見つからず、また次の日の放課後。
「全然見つからねぇな……本当にこの辺りなのか?」
「うん、流されてさえなければ……」
日比人は目を伏せ、
「今日見つからなかったら諦めるよ。さすがにね」
「……そうだな。ここまで探してないとなると、もっと深い水位にあるか、全然違う場所に流されたかの二択だもんな」
「ごめんね、こんなに付き合わせちゃって」
「たったの三日だろ。それにお前とだべりながらキーホルダー探しするの楽しいし、そう苦じゃなかったよ」
俺は川に手を突っ込み、キーホルダーがないか手の感触を頼りに探る。
「……驚いたなぁ、ホントに。まさか兎神くんのような陽キャが、僕みたいな陰キャと話してくれるなんて。しかもキーホルダー探しまで手伝ってくれるなんてさ」
「陰キャラとか陽キャラとかどうでもいいだろ。お前あれか? スクールカーストとか気にするタイプか?」
「う、うん。まぁね。僕は小学生の時からずっとスクールカースト最下位だから、気にはしてるよ……」
「俺は逆に最上位かもな。番長とか言われてるし。でもさ、別に最上位だからって良かったことなんてないぞ。友達はいないし、たまに擦り寄ってくる奴は俺を用心棒にしたいだけの小者ばかりだ。スクールカースト上位でも、幸せだったことなんてない」
「そう、なんだ……」
「陰キャとか陽キャとかスクールカーストとかぜ~んぶどうでもいいねぇ。そんなもんより大切なのは本音で話せる友達がどれだけいるかだろ。教室の真ん中で上っ面で話合わせて盛り上がってるチャラ面子より、教室の隅で3人ぐらいで集まってさ、周りに気持ち悪がられようが堂々とエロラノベ回し読みしてる連中に……俺は憧れたよ」
俺の場合、上っ面で話を合わせる器用さも、本音で話す度胸もなかったから友達ができなかったんだけどな。
「……本当に、僕は兎神くんのこと誤解してたよ」
日比人は照れくさそうな声で、
「も、もし僕でよければ、その本音で話せる友達に……なろうか? エロラノベ、貸すよ?」
この時、俺の顔は赤く染まっていただろう。
俺は日比人の方を振り向き、思いっきり水を蹴った。
「ほ、本当か!? 俺の友――ぶはっ!?」
「兎神くん!?」
ズル、となにかを踏んで滑った。
俺は転倒し、川に全身を浸からせる。日比人がなにか言ってる気がするがまったく聞こえない。
川の中で俺は瞼を開く。すると、石と石の間にキラリと輝くなにかを見つけた。
(アレは!?)
手を突っ込み、それを拾い上げ川から顔を出す。
「ぶはっ!」
「だ、大丈夫!? 兎神くん!」
「見つけた! 見つけたぞ日比人!」
俺は手に持ったキーホルダーを掲げる。
それはれっちゃんがマイクを持って歌ってるキーホルダーだ。
「うわ! そ、それだよ! 僕が落としたやつ!」
日比人はキーホルダーを受け取り、大切そうに両手で包み込んだ。
「本当に……本当にありがとう。あ! でも兎神くん、全身ずぶぬれになっちゃったね……」
「あらら、でも家近いし大丈――」
「僕、近くのコンビニでシャツ買ってくるよ!」
「あ、おい!」
俺の言葉を待たず、日比人は足早で川から上がる。
「待ってて兎神くん、すぐ買ってくるから!」
日比人は鞄を持ってコンビニの方へ走っていった。
「……仕方ない、待つとするか」
俺はお言葉に甘えて、ホームレスが居そうな橋の下で日比人を待つことにした。
――1時間後。
「ぶぇっくしょん!」
くしゃみ音が橋の下で反響する。
遅い! コンビニまで往復で20分~30分ってところだろ。時間かかり過ぎじゃねぇか? もう服が乾き始めちまったぞ。
まさか俺を放置して帰ったのか? さすがにそれはないと信じたい……。
これ以上待ってると風邪引いちまう。俺もコンビニに向かってみるか。
「ん?」
最寄りのコンビニへ行く途中の公園で、俺は日比人を発見した。
日比人は明星高校の制服を着た男子生徒3人に囲まれている。
「おいキモオタ! なんで今日の昼休み飯持ってこなかったんだ? テメェのせいで今日俺は昼飯食えなかったんだぞ?」
「だ、だって、もうお金がなくて……」
「だったらテメェのオタグッズでも売って金にすりゃいいだろ? つーか、お前、服濡れてねぇか?」
日比人に詰め寄るは体重100㎏はある巨漢だ。
「あ~? もしかして、この前俺たちが川に捨てたキーホルダーでも探してたのか?」
「……」
「図星かよ。本当に気持ち悪いなテメェ……」
巨漢が日比人の胸倉をつかんだと同時に、俺は公園の中に入った。
「なんで風紀委員が風紀強化してたかわかった気がするよ。お前や君津みたいのを見てるとな」
「あん? 誰だコラ――」
振り返った巨漢は俺を見ると目をギョッとさせた。
「う、兎神昴!?」
「兎神くん!?」
「よぉ日比人。お前、これまでどれだけコイツに金取られたんだ?」
「え? だ、大体4万円ぐらいかな……」
「OK。よしお前ら、4万置いて失せろ」
俺が言うと、3人組は俺を囲んで、
「嫌だね、誰がお前の言う通りになるかよ!」
「さすがのお前も3人で囲めば……」
「ぶっ倒せるだろ!!」
勢いよく飛びかかってくる3人。
やれやれ仕方ない。
「テメェらの罪は大きく三つだ」
まず目の前の手下Aの顔面を殴り飛ばす。
「ぶはっ!?」
「ひとーつ! 日比人をカツアゲしたことぉ!!」
次に手下Bの腹に回し蹴りを喰らわせる。
「ぐはっ!?」
「ふたーつ! テメェらのせいで、濡れたまんま俺が放置されたこと!」
最後に大ボスの腹に膝蹴りを喰らわせる。
「がはっ!!?」
「みーつ!
――れっちゃんのキーホルダーを川に落としたこと。Vチューバーへの侮辱行為……万死に値する!!」
俺は3人をものの10数秒で制圧し、公園に正座させた。
「おら、4万出せコラ」
ボコられ、完全に意気消沈した3人。
一番ちっこい男が、
「……一番金巻き上げたの金子だろ。お前が全部出せよ」
金子、というのはこの巨漢のことだろう。
金子は「はぁ!?」と立ち上がり、
「ふ、ふざけんな! 3等分だろ! 俺、手持ち2万しかねぇし!」
「だって俺ら、日比人に奢らせたの3、4回だけだしな」
「あ、ああ。大体、俺はカツアゲとか反対だったし……」
「お、お前ら……!」
これぞまさに上辺だけの関係、だな。
「わかった。じゃあ金子は2万、お前らは1万ずつ出せ。それでいいだろもう。あとちゃんと日比人に謝れよ」
金子は2万円を、他の2人は1万ずつ出し、日比人に土下座して帰っていった。
あいつらはもうつるまないだろうな。
「あ、ありがとう。兎神くん」
「まったく、あんな連中にたかられてるなら俺に相談しろって。三日も一緒に居たんだから、タイミングはいくらでもあっただろ」
「い、いや、それは……だって」
「?」
日比人はモゴモゴとした後、小さく笑って、
「……僕は、兎神くんと友達になりたかったから……用心棒にするために、仲良くなったと思われたくなかったから……」
「っ!?」
なるほどな、そういうことか。
「これからは悩みがあったらちゃんと相談しろよ。友達として、相談に乗るからさ」
照れ隠しに顔を背けて俺は言う。
「うん、ありがと……!!」
こうして、俺にはじめてオタ友ができたのだった。
しかし、
「ごほっ! ごほっ!」
翌日、濡れた状態で1時間いたせいか、俺は風邪を引いたのだった。