第31話 風邪風邪クライシス①
「あっちゃ~、こりゃ駄目だ」
俺の脇で温めた体温計を手に妹は言う。
「37度7分。おにぃ、平熱36度1分だもんね」
「……お兄ちゃんはお前が平熱を覚えていたことが嬉しいよ」
「うっ……たまたまよ、たまたま覚えてただけ! 学校には私が連絡しておくから、おにぃはジッとしてな。良かったね~、偶然中学が休みで。今日は私が看病してあげるよ」
「頼む……」
あー、頭がぼーっとする。
学校には瑞穂が連絡してくれるから、俺は知り合いにだけ連絡しておくか。
アオと綺鳴、それに麗歌と日比人。あとは今日俺シフト入ってたし、店長にもメッセージを送っておこう。
メッセージを打ち終えたところで力尽きた。睡魔に身を委ね、眠りにつく。
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「……」
目が覚めても体のダルさは取れなかった。
ベッドの側のテーブルには妹が置いたであろうスポドリとエナジードリンク、床にはバケツとタオルがある。
時計を見ると12時15分だった。
スマホに手を伸ばす。未読が13件も溜まっていた。
まずアオからのメッセージを読む。
《大丈夫? 学校終わったらお見舞い行くね!》
《水分補給はしっかりすること! 絶対安静にね!》
《なにか欲しいものがあったら言ってね。買ってくるから》
心配かけて申し訳ないな。
とりあえず《大丈夫。ありがとう》と返しておいた。
次に麗歌のメッセージを読む。
《体調管理ぐらい、しっかりとしてください》
というメッセージから1時間後、おそらく授業中に、
《すみません、言葉がきつかったです。あの、大丈夫ですか? 本当に辛かったらメッセージください。知り合いの優秀な医者を連れて行きます》
やれやれ、大げさだな。
《ただの風邪だって。そんなきつくはない》
とメッセージを打つ。
正直けっこうきついけど、風邪の中ではキツい方ってだけで、命の危険とかはまったく感じない。
次は日比人のメッセージだ。
《ごめん! 絶対僕のせいだよね! 濡れた状態で待たせちゃったから……》
《絶対、学校からお見舞い行くよ! あ、でも兎神くん家の住所知らないや……小荒井先生に聞いて行くね!》
《授業の内容もノートにまとめて渡すから! その辺は心配はしなくて大丈夫だよ! 任せて!》
やっぱり責任を感じちゃうよな。こっちこそ申し訳ない。
《お前のせいじゃないよ。ノートはすげぇ助かる》
日比人にもメッセージを返し、次は店長だ。
《こっちは気にするな~。林がフルで入ってくれたから問題なし。ちゃんと治せ》
林さんには今度会った時礼を言っておこう。
《ありがとうございます。迷惑かけてすみません》
さて、次で最後だ。
《兎神さぁん! 風邪ってホントですか!? 大丈夫ですか! 心配です……》
《学校終わったら行きます!》
《ファイト! ファイト!》
三つのメッセージの後に、応援団の衣装を着たかるなちゃまのスタンプ。
綺鳴から送られるかるなちゃまのスタンプは特別嬉しいな……だけど、
《見舞いには絶対に来るな。万が一風邪がうつったらどうするんだよ》
《かるなちゃまには100万人以上のファンが居るんだ。そのファンのためにも、来ちゃダメだ。今日だって配信があるだろ。そっちに集中してくれ》
《気持ちだけ受け取っておく》
そのメッセージを送ったところで、部屋の扉が開けられた。
「おにぃ、雑炊作ったよ~」
妹がちっちゃな鍋をトレイに乗せて持ってきた。
「食欲は?」
「ある。けど、体は怠いな……」
「仕方ないなぁもう。ほら口開けな~」
瑞穂がレンゲに雑炊を乗せて、口元まで運んでくれる。
口を開けて、雑炊を迎え入れる。
「うん、おいしい」
「そりゃ良かった」
「ありがと。もう大丈夫、自分で食う」
「はいはい。無理はしないでね」
「……あと、後で客が何人か来ると思う」
「へぇ~。ま、1人はアオ姉だろうね。お菓子用意しておかなくちゃ」
妹お手製の雑炊を平らげ、体力を使い果たした俺はまた眠りにつく。
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「ん……」
ドタドタドタ! という足音で、俺は目を覚ました。
誰かが部屋に入ってきた音がした。
すぐ側から「はぁ……はぁ……!」と吐息が聞こえる。女の声だ。
薄っすら瞼を開き、横を向く。
「あっ……おはよう、兎神くん」
汗だくで顔を真っ赤にさせたアオが立っていた。