第29話 オタ友①
今日は蛇遠れつの歌枠があった。
その配信の終わり、ヘッドホンを外した俺はこう思った。
「……語りたい……!」
兎神昴、男友達0。
本当に素晴らしい歌枠だった。歌姫を名乗るだけある……上手すぎる。コメントで褒めたたえたものの、褒めたりない! ……やっぱり、俺と同じようにエグゼドライブファンと生で語り合いたい。
しかしなぁ、居ないんだよなぁ。SNSで交流ある人はポツポツいるけど、オフ会とかはなんか面倒くさいし。
学校にVチューバーオタクいねぇかな。いても俺と友達にはなってくれないか……なんせ俺は不良として有名だからな。
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翌日。
れっちゃんのオリジナル楽曲を聞きつつ河川敷を歩いていると、川の浅瀬でなにかを探している男が居た。ひょろくて、見るからに内気そうな前髪の長いやつ。俺と同じ制服を着ているから明星生だろう。男の制服を着ているから男とわかるが、背が低くて線が細くて中世的な見た目。女装したら多分、女だと勘違いするだろう。
血眼で水の中を探っている。
何やら大変そうだが、ここでわざわざ坂を下りて「どうした? なにか探してるのか? 困ってるなら手伝うぜ!」と言うほど俺は善人じゃない。カツアゲとか、暴力を振るわれている人間は例え赤の他人だろうが助けるが、今回はギリ助ける範囲の外だ。悪いな。と心の中で呟き、俺はその場を後にした。
放課後になって、帰り道を歩いてると……朝見た景色とまったく同じ景色があった。男子生徒が川に腕を突っ込んで何かを探している。
ちょっと気になったので坂に座り、いちご牛乳をすすりながら眺めていると、男子生徒は石かなにかに
男子生徒は立ち上がり、大きくため息をついた。そりゃため息もつきたくなる。服もズボンもビショビショだ。
「ん……?」
Yシャツが透けて、中のシャツの柄が浮かび上がる。
「んん!?」
透けているとはいえあまりに不明瞭。シルエットしかわからない。けれど、シルエットだけで十分だった。十分その柄がなんなのかわかった。
あれは……あのシルエットは間違いなく……れっちゃん(蛇遠れつ)だ!
制服にまであのシャツを仕込むあたり、間違いなく同士!
「うおおおおおおおおおっっ!」
勢いよく坂を滑り下り、男子生徒の元へと向かう。
「おい!」
「うわぁ!?」
俺の声を聞くと、男子生徒は肩をビクッ! と震わせた。
「え、え!? 兎神くん!?」
不良兎神を知っているであろう男子生徒は川の奥へ奥へと後ずさる。
「待て待て待て! それ以上行ったら溺れるぞ!」
「わわわわ……」
駄目だ、恐怖で耳が塞がっている。ならば!
「これを見よ!!」
俺は6期生が全員入った下敷きを鞄から取り出し、掲げる。
男子生徒は下敷きを見ると、目をキラキラと輝かせた。
「そ、それは……6期生がデビューして1か月の間しか販売しなかった、6期生集合下敷き!」
「今じゃ5、6万払わなきゃ手に入らない代物さ」
今、6期生が集まると大体センターはヒセキ店長かかるなちゃまだ。登録者数的にな。
だがこの下敷きのセンターはぽよよん。この配置の時点で初期の商品だとわかる。
6期生ファン、それも相当なファンじゃないと持っていない代物だ。
「お前のそのシャツ、れっちゃんの登録者数100万人突破記念に売られたやつだろ? 俺も欲しかったけど金欠で買えなかったんだよなぁ。かるなちゃまとハクアたんのシャツは持ってるんだけど、さすがに外で着るほどの勇気はなかったぜ」
男子生徒は目をパチパチさせ、
「お、驚いた……あの兎神くんがVオタだなんて」
「別に隠してるわけじゃねーんだけどな。なぁなぁ! この前のれっちゃんの歌枠……って、その前に聞くことがあるか。お前、こんなとこでなにしてるの?」
「あ……えーっとね、川に大切な物を落としちゃったんだ。その……僕はれっちゃんの推しなんだけど、そのれっちゃんのキーホルダーをね」
普通、川にキーホルダー落とすか? 道と川の間はそれなりに距離があるし、坂に物落としても川まで転がることはまずありえないと思うんだけど。まぁ細かいことはいいや。
「うし、それなら……」
俺はカバンの中に貴重品を入れ、上着と靴下と靴を脱ぎ、腕まくり足まくりをして川に入る。
「俺も探すの手伝うよ」
「え!? いいよいいよ! 悪いって!」
「遠慮すんなよ。その代わりと言っちゃなんだが……」
照れ隠しに頬をポリポリと掻き、
「もし俺がキーホルダー見つけたら、俺とオタ友になってくれ」
「え? あ、うん。全然いいけど」
「よっしゃー! 絶対見つけるぞ! あ、つーかお前名前なに?」
「日比人だよ、
「え? マジ?」
全然見おぼえなかった。てか、クラスの半分顔と名前覚えてないな、そういえば。
「わ、わりぃ。記憶になかった」
「あはは、別にいいよ。僕って地味だからさ」
笑った顔がとても自然で、ああコイツは悪い人間ではないなと思った。