始動する歯車編 2
訓練が終わり、俺たちはバーダー教官に礼儀正しくお辞儀をして8番訓練場を後にした。
お次はみんな揃って朝食タイムだ。
でもその前に重要な魔族が俺たちと合流した。
そう。俺たちが戦っている間、他の魔族が間違って訓練場に入らないように門番のようなことをしてくれていたアルメさんだ。
「タカーシ様―ぁ! 早く朝食を食べに行きましょうよーう!」
「はいはい。お待たせしましたね。ご飯食べに行きましょう」
訓練場の出入り口で尻尾をぱたぱたと振りながら待っていたアルメさんを軽く撫でつつ――いや、体をくねらせて犬のように再会を喜ぶアルメさんが可愛かったのでもうちょっと入念に体毛をわさわさしつつ、俺たちは再び歩き出す。
向かう場所はエールディの商店街にある大衆食堂屋さんだ。
「さーて、今日はなんの肉を食べようかなぁ! がるるるぅ」
店の前でフライブ君が大きな声でそう言い、他のメンバーも食欲沸き立つ様子で店へと入る。
このお店は様々な魔族の口に合うメニューが用意されており、安価ながら量もたっぷり。
そんな大衆食堂で王子が飯を食うのもおかしな話だが、この店はヨール家の使用人たるセビージャさんの妹さんが仕切っているので安心だし、こんなパターンの食生活を2年も続けているので誰も驚かん。
肉食であるアルメさんとフライブ君は朝から大きなステーキ。そして草食の王子はよくわからん草。それ以外の雑食メンバーは適度に肉と野菜が盛られた料理。
こんな感じでそれぞれ腹を満たしつつ、同時に今日の訓練の反省会を行ったりもする。
「僕が思うにはねぇ……やっぱりこう……みんなで息を合わせて『ガガッ!』って攻めた方がいいと思うんだ」
「ちょっとフライブぅ? 『ガガッ!』ってなんですの? もっと具体的に説明しなさいな」
「いえ、ヘルタ様。私めもフライブ様のお気持ちがわかります。要するにバーダー教官殿を相手に皆様で一気に攻め立てる。そのような動きが必要なんじゃないかと」
「いや、それは伝わっていますわ。そうじゃなくて……そうじゃなくて、フライブにはもっと具体的に話しなさいって言いたかっただけで!」
「じゃあさ、どうする? 僕は何らかの合図と一緒に全員がそういう動きをする作戦を立てておいた方がいいと思うんだけど……ドルトム君はどう思う?」
「ちょ、私を無視するなぁ! タカーシぃ!」
「う、うん……そうだ、ね……タ、タカーシ君の言う通り、なん、なんらかの動きを作戦……か、開始の合図として……みんな全力でバーダー教官を攻め、攻めよう」
「しかし、そう簡単にできるものでもないぞ? 皆で息を合わせて、かつ同時に全員がそれぞれ最高の攻撃をせねばならん」
「うん。そ……それも王子の言う通り……そ、そのためには……逆にこ、攻撃の手を緩め……る時間帯も……必要だね。動き、の……か、緩急とでもいうのかな。体力を……お、温存または回復す……る時間帯と……みんなで一斉に、攻め……る時間帯をはっきり分けなきゃ……」
「そっちの2人もーー! 勝手に話を進めるなぁー!」
「じゃあ決まりだね。そだな……うーん。とりあえず攻撃の緩急を変化させる合図はドルトム君が出すとして……でもみんなそれを確認できるとは限らないから、僕がドルトム君を見ておく。んで、その合図を確認したら、幻惑魔法使ってみんなの脳に直接指示を届けるよ。ドルトム君? 合図はどうする?」
「か、簡単で……でも、きょ、教官にはばれないような合図が必要だね……ど、どうしよ?」
「じゃあ、ドルトムの炎系魔法を利用すればいいんじゃなくて? 小さな火の球をタカーシめがけて発射して……そしてその火の球がタカーシの頭のすぐ右側を通過したら体力温存の時間帯、左側を通過したら一気に攻める時間帯ということで……。
そのような切り替えの合図を攻撃に溶け込ませれば、さすがのバーダー教官様といえども簡単には気付かないでしょう。
これでどうかしら?」
「おぉっ!」
「さすがヘルちゃん!」
「それはいい合図でございますな!」
「う、うん! それでいこう!」
「……じゃなくて、私を無視して話を進めるなっつーの!」
「じゃあそれで決まり。アルメさん? バーダー教官には言わないでくださいね?」
「もっちろんですよーう。むしゃむしゃ……がるるるぅうぅ」
まぁ、こんな感じで仲良く作戦会議をやったりしながら食事は終了だ。
「よし、僕の家に帰ろう」
みんなが一通り腹を満たしたあたりを見計らって俺は全員に向けてそう言い、店を後にする。
今日はこれからみんなでヨール家の裏山へ行く予定だ。
すでに朝の賑やかさを感じさせるエールディの商店街を抜け、俺たちは“高速道路”を使ってヨール家へと向かう。
屋敷の裏山の向こうにある畑へと移動すると、この2年で20人を超えるまでに増えた人間の奴隷たちがすでに畑仕事に精を出していた。
んで、ここから俺たちは分担作業だ。
お小遣い稼ぎに雇ったフライブ君たちは畑へと散開し、オオカミ獣人コンビは人間の警護、そして妖精コンビとドルトム君は農作業の手伝いといった風にそれぞれ作業を始める。
唯一、王子をここで働かせるのは気が引けるので、彼には自由に時間を過ごしてもらっている感じだ。
と思ったんだけどさ。よくよく考えたら王子って草食なんだ。
んで馬の習性が色濃く残るユニコーン族は、こういう自然の中で自由にしろと言われると、そこらへんの雑草を食べて過ごしたりするのが普通らしい。
結果、俺の農園ではこの国で国王の次ぐらいに偉い王子が雑草の草むしりをし、その隣では奴隷たる人間たちが農作物の収穫をするという不思議な構図が出来上がってしまっている。
でもまぁ……うん。これも仕方ないよな。王子が「草うめぇ」って言いながら楽しそうに雑草食べてるんだもん。
俺としてもさすがにそれは邪魔できん。
んでだ。俺はというと今日サンジェルさんとの打ち合わせが入っている。
なので俺は畑の脇に作った作業小屋兼事務所へと赴き、すでに部屋の中で待っていたサンジェルさん始め、数人の人間と会議を始めた。
「さて、まずは今週の仕上がりを報告してください」
俺の言葉に、サンジェルさんが真面目な声で答える。
「仕上がった鉄砲は計13挺。すでにフォルカー軍の軍備担当部門に納品済みです」
「ほうほう。“開発”の方は?」
「来週から連発式の鉄砲の開発に私と他2名を充てる予定です」
「なるほどなるほど」
ちなみに、鉄砲の量産体制はまだ出来ていない。
しかしながらサンジェルさんの他に5人の鍛冶職人を雇い、かつアルバイト的な労働条件で土系魔法の得意な魔族も数体雇っているので、すでに1週間で3~4挺の生産が可能になっている。
労働者をもう少し増やし、半年後にはそれを倍のペースにする予定だ。
ただしこれは戦争が近付いた時の量産体制で、今はまだ生産力をフル稼働させてはいない。
その理由は1つ。
鉄砲の生産とは別に、ニューモデルの開発にも力を注いでいるからだ。
例えばの場合、現行モデルの鉄砲を全力で生産しても、数週間後に新しいモデルを開発したならば、結果旧モデルの商品が在庫の山になってしまう。
ということを防がないといけない。
在庫管理と生産力のバランス。つまりは需要と供給のバランス。
ここに注意をおかないと、商売として成り立たなくなってしまうんだ。
んで、すでにフォルカー軍を構成する下級魔族たちで300人規模の鉄砲部隊を創設し、しかも1体につき1挺の鉄砲を配布し終えた最近は、特に鉄砲の仕組みを改良してより使い勝手のいい鉄砲を開発することに注力している。
ニューモデルの1つ目は連発式の銃。
これは3本の銃を束ねただけ。
そして2つ目は自動連弾式の鉄砲。
これは平たく言うと、3つの鉄砲を束にして銃底部分の空洞を小さな穴でつなげただけなのだが、銃弾とトリニトロトルエン草にちょっとした細工をし、その内の1つの銃底に火をつけると1発目が発射し、その時の火が2本目の鉄砲の銃底部に燃え移り、爆発して次の銃弾が発射。同様に3発目も少し遅れて発射。
といったふうに1回の着火でも連鎖反応的に各鉄砲の火薬が発火し、「ドン、ドン、ドン」といったリズムで連続して銃弾を発射することが出来るという仕組みだ。
どういう状況で使えばいいのかは俺自身も分からない問題作なのだが、いつか使い道が訪れるだろう。
本当にどういう戦況で使えばいいのか分からないけどさ。
とはいえ中~上級魔族並みの攻撃力を持った一撃を放つことができるこの武器は下級魔族たちにとって非常にありがたいらしく、フォルカー軍の訓練所ではそういう下級魔族たちが一生懸命鉄砲の実弾訓練をしている。
「じゃあ当初の予定通り、来週はまず最初に3連発式の鉄砲の開発から手を付けてみましょう。出来る限り軽量でしかもかさばらないようにする必要があります」
「はい」
俺の言葉にサンジェルさんを始めとする技術者たちが真剣な表情で頷く。
この生き生きとした瞳はかつてヴァンパイアに殺されるのを望んでいた人間と同じ人物とは思えないほど光り輝いていた。
まぁ、たまに俺が血液の補充をお願いすると、この人たちは我先にと腕を差し出してくるんだけどな。
最近、例の“ヴァンパイア教”の教えの中に異端者が増え、血の儀式については
『ヴァンパイアにささげる血液を数回に分け、その提供量の総量を増やせば、天国でより素晴らしい待遇を受けることができる』
という新たな教えが広まっている。
その教えの出所については内緒だけど、でもそのおかげで儀式で命を落とす人間の数が激減し、かつ2年前の戦いで数十万にも昇る捕虜を得たことで南の国に住む人間の数がかつてないほど多くなっているという。
結果、人間の奴隷単価が下がり、ヨール家の人間奴隷も安価で増やすことが出来たわけであるが、ふっふっふ。全て俺の都合のいいように事が進んでいるわ。
「タ、タカーシ様? どうなさいました?」
その時、気持ち悪い笑顔で笑っていた俺を不審に思い、サンジェルさんが少しおびえた様子で話しかけてきた。
おっとっと。さすがに気持ち悪過ぎたか。
「いえ、なんでもないです」
俺は慌てて真顔に戻し、そのまま手元の資料を片づけ始める。
「じゃあ今日の会議はここまで。次は農業班との打ち合わせがありますので、あっちの人たちを呼んできてください」
「はい、わかりました。では失礼します」
「えぇ。よろしくお願いします」
んでお次は農業の方だ。
こちらは鉄砲製造担当の人間以外、およそ15名の人間たちが日々従事し、数種類の野菜の量産体制に入った。
寿命が短い人間は魔族に比べ労働における時間感覚も細かい。
極端な例であるが人間に対して寿命が10倍近い獣人が十日かけてやる作業を、人間はこまごまと動きながら1日で済ませてしまう感じだ。
元の人間である俺からすれば人間たちは普通のペースで仕事をしているだけだが、これが魔族から見た場合、非常に仕事が速いらしい。
というわけで農業部隊の評価はヨール家の中でも絶賛上昇中。俺が報告書を上げているレバー大臣やバレン将軍も舌を巻く勢いだ。
そして最近になってその作業で生産された農作物を、エールディの市場で売る計画も立ち上がっている。
今日はそのための作戦会議も入っているんだ。
「ふーう。あっついあっつい!」
「でもだいぶ作物の育ちがよくなってきましたね」
「そりゃそうですわ。この地方で育てやすい作物を集中的に育てているんですもの。去年のような失敗は二度と起こしませんわよ」
「そ、そだね。あれは……ひ、ひどかった……」
俺が手元の資料を整理していると、そんな会話をしながらドルトム君たちが事務所に入ってきた。
ちなみに去年の失敗というのは、この地方の気候に不向きな作物を試しに育ててみたところ、とある植物が異常な魔力を放ち始め、その他の作物をその魔力で枯れさせてしまったという事件のことだ。
その後あわててその植物を“退治”し、他の植物を育て始めたんだけど、しなる枝との格闘は半日に及び、人間たちにも大小様々な被害が及ぶという忌まわしい事件だった。
まっ、その件は記憶の隅にしまっておくとして……。
「あれ? 王子とアルメさんは?」
「あぁ、あの2人なら外で見張ってるってさ」
アルメさんはともかくとして、王子が外で見張りとか……やっぱ立場とやっていることの関係性がおかしいよな。
でも……うーん。多分王子は雑草を食べていたはずだから……おそらく畑のどこかで昼寝でもしてんのかな?
じゃあ放っておこう。
あの子はあくまでこの国の王子だし――それにアルメさんも王子の警護のために外に残ったのだろうし。
「よし。じゃあ今日はエールディに進出する件の話を進めよう」
作戦会議の開始を告げる俺の言葉に合わせ、書記係のガルト君が手にペンを持つ。
同時に経理係のヘルちゃんが数字で埋まった書類を広げた。
「ヘルちゃんの計算では、エールディで中級・下級魔族が多く住む地域の商店街なら、我々が進出しても採算が取れるとのことだ」
「えぇ。さすがに上級魔族の屋敷が連なる地域は店の賃貸料が高くて」
「うん。それ以外にも懸念事項がある。この作物は人間の皆さんが作ったという点が売り文句。人間が毎日のように手をかけて育てた美味しい野菜という点が武器だ。
でもそれは上級魔族にとって付加価値にならないどころか、負の印象を与えかねない」
俺の言葉にヘルちゃんが割って入り、そして次はガルト君が口を開いた。
「そうですね。たかが人間ごときが育てた野菜……魔族の大雑把な農作業商品に比べ、人間が確かな商品を作っているのは事実ですが、その付加価値を認めさせるにはかなりの時間を要するかと……」
ガルト君が少し悲しそうに……そして若干悔しそうに言葉を吐き出し、皆それぞれ納得したように頷く。
つーか、やっぱりガルト君の成長が怖ぇ。なんでたった2年でそんなに大人びた雰囲気になってるの?
外見はほとんど変わらないくせに……なんだったら俺たちの中で1番背ぇちっちゃいくせに……。
うーん。
対称的にドルトム君は外見だけでっかくなったのに、雰囲気は子供のままだし。
これが……この多大な違和感が魔族社会における二次成長というやつなのかな……?
まぁ、ドルトム君はフォルカー軍の幹部会議の時だけ周囲の大人をおいてけぼりにするぐらいめっちゃしっかりした発言するし、ガルト君も訓練の時は若干雰囲気が幼くなるし。
元人間の俺にとってはそれも不思議だけど、魔族というやつは結局そ、そういうもんなんだろうな。う、うん。納得しておこう。
「まぁ、そこらへんは僕たちの営業努力でどうにかしよう。1日でも早く上級魔族たちに僕たちの商品を認めさせるんだ。
んで、それはお店の準備が終わってからの話として……まずここで頭に入れてもらいたいことがある」
俺の言葉に、それぞれが真剣な表情で俺の顔を見つめてきた。
対する俺もそれはそれは真剣な表情でみんなを見つめ返す。
「商品を売る時のコツとでもいうのかな。
そういうのがいくつかあるんだ。
まず1つ目。あえて値段を高めに設定すること。それにより、商品が高級なものだとお客さんに誤解してもらう。という技だ。
そして2つ目。店先には高級品と旬の野菜を並べ、店の奥の方にはマイナーな商品を置くこと」
「ん? そ、その……こ、心は……?」
「店先に売れ筋商品や掘り出し物を並べることで通りすがりの見込み客を顧客として釣ることが出来る。
あと、マイナーな商品を求める顧客には店の奥まで足を運んでもらうことで、その途中にある商品が目に入るようにする。こうすれば、『ついつい余計なものまで買ってしまった』という現象をお客さんに引き起こさせることが出来るんだ。
あとメインで売りたい商品がある場合は、その左右には高価な商品を置くことでお客さんが安く感じることがある。これもお客さんの心理を突いた陳列技術だ」
「なんて卑怯な……」
なんでやねん! おい! ヘルちゃん! これは日本では当たり前の陳列技術なんだよ!
なんでそこで俺の言葉にドン引き――ってやばい!
みんなして俺のことを冷たい目で見てるぅ! ウソだろ? 俺そんなに変なこと言ったか!?
やめろ! そんな目で俺を見るなぁ!
「そ、それじゃ……まぁ、この話もお店の準備が出来てからのことだけど……み、みんな一応頭の中に入れておいてね」
おれはここでなぜか申し訳ない気持ちとともに自分の話のまとめに入った。
その後、農作物の話をあれやこれやと話し合っていると、太陽が高く上ったあたりでヘルちゃんがふと俺に言った。
「そういえば、今日の午後は3番訓練場に行くとか言ってませんでした? タカーシ? 時間、大丈夫ですの?」
あ、そうだった。
今日はヴァンパイアやそれに匹敵する上級魔族が訓練をするエールディの3番訓練場に行く日だった。