17
早坂さんのシャツをギュッと握った。けれど、早坂さんは微動だにしない。
少しだけ早坂さんに身を寄せると、ベッドがギシッと音を立てた。
「今言ったの聞こえてた?」
「聞・・・こえてません」
一瞬。一瞬だった。一瞬で、わたしは早坂さんに両手首を押さえつけられていた。
早坂さんの重みが身体にのしかかる。でも、重くはない。わたしに負荷がかからないように自分の体重を支えている。それでも、わたしを掴む手は力強い。
早坂さんのこんな顔は初めて見た。射るようにわたしを見る。いつもの優しさは微塵もない。怖い。でも、その目から逃れる事が出来ない。
「早坂さん・・・」
「あたしは警告したわよ」
早坂さんは、わたしの顔を挟むように両肘をついた。もはや身動き出来ないのに、逃さないというようにわたしの頭を押さえつける。
早坂さんの口が少しだけ開き、わたしの元へ下りてくる。
なんでこんなに落ち着いているのか、自分でも不思議だった。
そして、その唇がわたしの唇に触れ──る寸前で早坂さんは止まった。目を閉じ、ふうと息を吐く。
「美麗ちゃん・・・」
「え"っ」
「なんだ、接吻しねーのが?」
横を見ると、おばあちゃんの顔がベッドに乗っていた。
「ギャ───ッ!!」
わたしが飛び起きると同時に早坂さんは離れ、そのままベッドに仰向けに寝転んだ。
「おっ!おばあちゃん!いつからそこに!?」
「全然起ぎでこねーがら心配して来たら、接吻してっからよ!わけーのはいいなぁ!ガッハッハッ」
「してません!」
「ある意味助かったわ」ボソッと呟いた早坂さんは腕で顔を覆っている。ある意味って、なに?
「てててっ、ていうかっ、今何時ですきゃ!?」
平静を装うスキルはわたしには備わっていない。
「5時過ぎだっ!」
「ええ!?もうそんな時間!?」
「けっこう寝たわねぇ。そりゃ体調も良くなるはずだわ」
勢いでごまかすわたしが滑稽に見えるほど、早坂さんは冷静だ。
テーブルの体温計を早坂さんに渡した。
「もう下がってるわよ」
「測ってください」
素直に体温計を脇に挟んだ早坂さんは、わたしの手で遊び始めた。指1本1本をマッサージするように触る。
すっかり、通常モードだ。それが悲しいような助かるような。複雑だが、わたしも出来るだけさっきの事は考えないようにする。
「ほら、36.8℃よ」
「薬が効いてるだけかもしれないので、油断は禁物ですね」
「凄いわね、こんなに効くとは思わなかったわ。昨日は飲んでも下がらなかったのに」
「咳止めですからね・・・症状に合った薬を飲みましょう」