バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

萌葱の意気地編 2


 アルメさんの指示の元、俺たちは順番に大きく跳躍し、岩山の頂上にあるちょっとした広場に着地した。
 ここにはバレン軍の本陣車両が駐車されており、今現在は軍の中枢とも言える重要地点だ。
 このエリアの周囲には以前俺が遭遇した爬虫類系魔族のお兄さんが所属する護衛部隊の警戒網が敷かれているが、そもそも俺たちがさっきまでいた場所は本陣車両から崖を50メートルほど下に降りたところにあり、その網の中にはすでに入れさせてもらっていた。
 しかも護衛部隊の隊長であるアルメさんが俺たちを連れているんだから護衛部隊の隊員たちに止められるわけがない。

「王子。本日もご機嫌麗しゅう」
「おはようございます」
「うむ。くるしゅうない」

 崖の上に上がるなり、バレン軍の幹部たちが王子に挨拶を済ませる。
 王子も慣れた雰囲気でそれらの挨拶に対応し、ついでに幹部たちが俺にも挨拶をしたりしてきた。
 俺に対する幹部たちの口調はまさにお盆や正月に顔を合わせる親戚のおじさんたちのよう。
 それもそれでなんか頼りないなぁとか思っていると、幹部魔族の1体が王子をテーブルの上座へと促し、俺やフライブ君には下座の位置に並べられた粗末な椅子へ座るように指示を出してきた。
 どうやら今日の軍議は本陣車両の2階ではなく、青空の下、遠くの戦火を眺めながら行うらしい。

「ささっ。王子はこちらへ。ラハト将軍たちももうすぐ来られますゆえ。他の者たちはそちらへ座っていなさい」
「はいな」

 ヘルちゃんが短く返事をし、すぐさま椅子へと向かう。
 俺もその後に続こうとしたが、ここでアルメさんが俺の首根っこを咥えた。

「軍議の前にバレン将軍がタカーシ様と少し話をしたいと。本陣車両の2階で待っておられますから、先にそっちに行きましょう」
「え? あっ、はい。わかりました。でも自分で歩けますから降ろしてください」
「だーめーでーすっ。タカーシ様を絶対に連れて来いとのご命令なんですぅッ!」

 嫌な予感が強まった!

「え? それはどういう……」
「どうもこうもありません。さぁ、行きますよ!」

 俺がアルメさんに咥えられながら本陣車両の2階に運搬されると、そこにはバレン将軍と親父がいた。

「お、来たか? おはよう」
「おはようございます。お父さん」

「タカーシ? ちゃんと飯は食べたか? 体調はどうだ?」
「大丈夫です。ご飯もちゃんと食べています。ご心配をおかけして申し訳ありません、バレン将軍。でも本当に大丈夫なのでお気遣いなく」

 親父はいつも通りの短い挨拶。一方で、バレン将軍はいろいろと俺のことを心配してくれているっぽい質問。
 でも俺昨日もわりと普通に飯を食ったし、魔力は前哨戦の途中にちょいちょい補充していたから問題ない。

 前哨戦の影響といえば、筋肉的な疲労と痛みが昨日の夜まで残っていたけど、それも今朝にはなくなっていた。
 疲れが早く取れるあたり、幼いこの体も悪くはない。
 あと人間と戦った俺の心境をこうやって心配してくれるあたり、ほんっとーにバレン将軍はよく出来た方だ。

 あっ、うん。何度かとんでもねぇ殺気を向けられたことがあるけど……いや。間違いなく素敵な方だ。

「そうか。それならよかった。まぁ、お前をここに呼び出したのはわけあってのことだが、少し待ってくれ。エスパニとの話が終わっていないんだ」
「はい」
「そこに座っておけ」

 バレン将軍があごで部屋の隅を差し、俺はその先にあった椅子に座る。
 俺の隣にアルメさんも“お座り”したところで、親父とバレン将軍が少し小さめの声で会話を始めた。

「この命令書、エスパニはどう見る?」
「はい。十中八九偽物かと。まずエールディからの伝令が帰ってくるのが遅すぎます」
「そうだな。伝令なら半日で数往復する距離。まさか到着が今になるなど……?」
「こちらの伝令がどこかを迂回したか、命令書の経路に怪しい要因が入ってきたか……ということになりましょうぞ?
 しかもこちらの伝令が行方不明で、よりにもよってビルバオ大臣の息のかかったヴァンパイアが命令書を返してくるとは……? 加えて王子に前線で戦わせろなんて……」
「うむ。陛下ならそうも言いかねん。でもあの国王に限ってこの程度の判断に時間をかけるわけがない。大方ビルバオあたりが裏で動いたのだろうな」
「それでどうします? こちらで王子の面倒を見るだけならまだしも、王子に手柄を立てさせるとなれば、王子を中心とした上級魔族の部隊を編成し、前線に送る必要があります。王子を単独で第1陣の指揮官にするなど危険すぎますから。
 ですがこの戦いにおいては昔から重宝されてきた慣習というものもありますし、たとえ王子といえども第1陣の種族長たちが大人しく従うとも思えません。しかも第1陣は今も苦戦を強いられています」
「あぁ、そうだな。陛下がそういうことを言い出す可能性も皆無ではないが、あの方なら王子の対応の詳細については私かラハトに任せるはず。細かく指示を出しているあたりがどうも怪しい」
「やはり、ビルバオ大臣の仕業ということになりましょうか……?」
「あのクズ、ドモヴォーイ族とユニコーン族の関係に動きが生まれたのをいいことに、何か企んでいるんだろう。私としてはさすがに許せんな」
「ではどうしましょう?」
「こちらに来ている闇羽を全員エールディに戻せ。あちらに残っている闇羽も全員駆り出してビルバオの周囲を探らせろ」
「しかしながら相手はあのビルバオ大臣です。戒厳令を敷いていたにもかかわらず王子の行動が漏れていたのですから、こちらに来ている闇羽以外のヴァンパイアの中にビルバオ大臣の飼い犬がいるとみて間違いありません。
 そうなると闇羽だけをエールディに戻すのは危険かと?」
「確かに。そうだな……私も1度エールディに戻るとしよう。エスパニには闇羽の半分を預けるから私の領国へ行き、2個中隊、8個小隊分のヴァンパイアをこちらに呼べ。てだれ揃いヴァンパイアで部隊を組めよ。
 下手をすれば途中でやつの手下とはち合うかもしれんが、陛下の“跳び馬”とは情報を共有するように。間違っても跳び馬とは交戦するな。それこそヴァンパイアという種族全体が疑われてしまう」
「えぇ。それで……この指令所の内容についてはどう対処いたしましょう? 偽造の可能性がありますが、もしこれが本当に国王から出された指示だとすると、私どもは従わねばなりませぬぞ」
「もちろんその指示には従ってやるさ。王子だって相当強いしな。人間ごときに討たれる方ではない。
 それに第1陣なら勇者と当たる可能性はないし、フォルカーあたりを付けておけば大丈夫だろう。
 そこらへんがこの戦いを知らぬビルバオの詰めの甘さだ」

 おぃー! 何その会話ッ!? めっちゃ不穏じゃん!
 そんな物騒な話を子供の俺に聞かせんじゃねーよッ!

 つーか俺を呼び出しておいてわざとその話を俺に聞かせたよなぁ!?
 なんであえて俺に聞かせたんだよ! 性格悪過ぎんだろ、そこの2人ぃ!

 それに、“闇羽”って。一昨日バレン将軍とバーダー教官の会話に出てきたような。
 あと、”跳び馬”って……?

「んでタカーシ? 聞いていただろう?
 いいか? しばらくの間、アルメとフォルカーを王子につける。いや、ラハトにも話をつけてバーダーを借りておこう。あぁ、そうだ。この戦いの総大将もあいつに頼んでおかねばな。
 それで、この件がひと段落するまでは私の部下のヴァンパイアには王子に近づくなと伝えておく。私とエスパニ以外のヴァンパイアがもっともな理由とともに王子に近づこうとしたらそいつは敵だ。アルメたちと連携してそいつを殺れ。王子を守るんだ。いいな?」

 おぉーいーぃ! 命令内容が怖ぇよ! 怖すぎんよ!

「分かるな?
 お互い子供だとはいえ、ユニコーン族とドモヴォーイ族の関係性に動きが生まれたんだ。
 お前のおかげであの2人は事なきを得たが、それを悪い方に捉えた誤報が広まっている恐れがある。
 王子の身に危険が及ばぬよう我々は陰で動き出すが、お前はこの戦争で最善を尽くせ。
 いいか?」

 わかりません!

「は、はぁ……」

 しかしながら俺は断ることができずに気のない返事を返すのみ。
 色々と聞き返したいこともあったけど、話の内容が怖すぎてそんな気も起きない。
 ふと隣を見てみると、アルメさんも普段見せない真剣な表情をしている。

「アルメ? お前はタカーシについてやれ。そしてフォルカーとともに第1陣の部隊を再構成しろ。
 というか再構成をするための権限をアルメに与えておく」

 え? ウソ?
 アルメさんが第1陣の指揮官になるの?
 性格的に無理じゃね? つーか王子が第1陣の……ってあれ? わけわかんねぇぞ……?

「えぇ。しかしながらこのアルメ、軍の指揮をしたことなどありませんが……?」

 そ、そうだよな? だってアルメさんだもん!
 俺の知っているアルメさんは、とても強いけど――けどだからといって一軍の将たる器なんかじゃない。
 こここ、こんなおてんば娘に指揮官なんか務まってたまるかぁ。

 とアルメさんが聞いたら激怒しそうなことを頭の中で考えていたら、親父が予想外なことを口にした。

「こちらの第1陣のは表向き王子ということで。と見せかけて、アルメが第1陣を統率。下級魔族の者たちにはそう認識させておけばいい。
 しかし実際の指揮官はドルトム君。彼を真の指揮官にすればうまくいくだろう」

 うおっ! ここでドルトム君が大抜擢か!
 そ・れ・は……うん。意外といける気がする!

「フォルカー殿とアルメとバーダー……あとそうだな。それでも種族長どもが納得しなかったらタカーシを使って我がヨール家の名前も出せ。
 私とバレン将軍はこれから少し厄介な問題に足を踏み込むことになる。
 この戦争に手をかけることができなくなる可能性が高いから、お前たちはそれでなんとか第1陣の全軍をまとめるんだ。
 わかったか? アルメ、タカーシ?」

 親父が今まで見せたことのないような鋭い目つきで俺たちに指示を出し、アルメさんがにやりと頷く。
 俺も思わず真剣な表情で頷いてしまった。

 ……

 ……

 そう、急を要する事態。それが差し迫っているのはなんとなくわかる。
 そのために、なぜバレン将軍と親父が東奔西走する必要があるのかはわからない。
 王子のこと? ドルトム君の両親の立場?
 それとも2人の間に繋がりを作ってしまった俺のせい?

 いや、ビルバオ大臣っていうやつも絡んでいるっぽい。
 誰だ、“ビルバオ”って……?
 大臣っていうぐらいだから俺が国王に首を絞められたあの場にいたのかも。
 そうすると俺もそいつを見たことがあるんだろうけど、うーん。そのあたりを聞き出そうとすると、話が長くなってバレン将軍と親父をここに足止めしちゃうことになりそうだ。
 でも親父もバレン将軍も会話が終わった瞬間にてきぱき準備を始めているし、なんとなく今はそれをしない方がいいような気もする。

 でも……。

 王子とドルトム君のためというならば、俺だって無視できる状況ではない。
 それだけははっきり分かる。
 あの2体はまだ子供だ。
 子供同士が仲良くするのになんの問題があるだろうか。
 俺はそういう価値観の世界で生まれ育ってきたんだ。
 たとえユニコーンとドモヴォーイに因縁があろうと、そんなもん知ったこっちゃねぇよ。

「ふーう」

 自分の身に突如降りかかったこの複雑な問題に、俺は口の中が渇く感覚を覚える。
 その緊張感を和らげるため、俺はわざと気の抜けたような深呼吸をした。
 静かに座ったまま、ひとつ、またひとつと頭の整理を進め、今理解できることとそれ以外のこと、自分ができることとできないことなどの仕分けを行う。
 すると目の前で出発の準備っぽいことをしていたバレン将軍が話しかけてきた。

「タカーシ?」
「はい?」
「お前の力も必要だ。お前はお前ができることをしろ。わかっているな?」

 むしろさぁ。バレン将軍の方こそ分かってるよな? 俺の頭の中には“人間の記憶”だけじゃなくて、“大人としての判断力”も備わっていることに。
 そういう言い方だ。
 だからこそバレン将軍は俺をこの場に呼んで、この話を俺に聞かせた。
 そう勘繰るに十分な言い方なんだよな。

 あぁ、前哨戦で必死に戦って――せっかくその後の戦いを気楽に観戦できそうだったのに。
 またとんでもないことに巻き込まれるとはな……。

「分かっています」

 しかし俺はバレン将軍の顔をしっかりと見返したまま、低い声でこう答える。
 覚悟などという立派なものじゃないけれど――いや、むしろ諦めと表現した方がしっくりくるような気がするけど。
 こんな風に厄介事に巻き込まれるのはこの世界に生まれてから何度もあったし、その度に諦めのような気持ちでどっぷりと巻き込まれた。
 だからこの問題から目をそむけようとしても、それが無駄だってわかっているし、王子とドルトム君のためにも逃げるわけにはいかない。

 あとは……うーんと。
 俺ができること。
 その場しのぎの“口から出まかせ”と、その場しのぎの幻惑魔法。あっ、自然同化魔法も強力な武器になるな。
 じゃあそれを使って今できること。

「僕はさっそく前線に行ってきます。
 でも怖いからアルメさんとフォルカーさん。あとバーダー教官を僕につけてください。
 今日の戦いをとりあえず中断させて、第1陣を組み直さないと」

「ふっ。もう動き出すというのか?」

「えぇ。バレン将軍が僕に望んでいるのはそういうことでしょう? 悪い人ですね。
 あっ、あと王子と僕の班のみんなも一緒に連れて行きますね? バレン将軍がさっきの話をラハト将軍に説明するときは王子が同席しない方がいいでしょうから」

「あぁ。それは助かる。では王子たちを連れて前線に向かえ」

「はい。それと僕たちがいなくなった後、ラハト将軍にお伝えください。一時休戦を成功させたらその後すぐに下級魔族の長たちを集めて、作戦会議をします。その間、敵がもし進軍してきたら僕たちの代わりに第2陣を使って対応してくださいと」

「あぁ。わかった。ではお前が種族の長たちを説得するというのだな? どいつも一筋縄ではいかない奴らばかりだから覚悟しておけ」

 よく言うわ。そうなるようにあんたがさっき俺を促したんだろうがよ。
 交渉や説得なら俺だってそんじょそこらの大人に負ける気はねーよ。東京で働いていた元ビジネスマンをなめんなよ。

「任せてください。こっちはこっちで上手いことやりますから、そっちの問題はお任せします」
「あぁ。こちらこそ任せておけ。ビルバオの好きにはさせん」

 俺とバレン将軍はお互いに怪しい笑みを見せあい、ここで俺は本陣車両を後にした。


しおり