コウモリ
翌日。
俺はハランの実家に向かった。
ハランの親父に、ハランの救出は失敗したと嘘をつくためだ。
まずはそう言って揺さぶりをかける。
その反応次第で今後の対応を決める。
実際に相手と会話をするまではそういうつもりだった。
ハランの実家は、それはそれは立派な建物だった。
巨大な門の前に、ちっぽけな門番が厳めしい面で立っている。
俺は一応持っている服の中でも一番綺麗なやつを着てきたが、そんなことじゃどうにもならないくらい場違い感が凄まじい。
身分の違いを思い知らされた。
俺は若干気後れしながら門番に事情を話した。
門番は執事に引き継ぎ、執事は俺を応接室へ案内した。
ソファがめちゃくちゃフカフカで、気を抜いたら寝てしまいそうだった。
そこで二時間待たされた末に、10分だけという条件でハランの親父に会うことができた。
会うことができたというよりも、遭うことができたという感じだが。
ハランの親父、コウモリは部屋に入ってくるなり俺のことを睨みつけてきた。
そしてスタスタと歩いて近づいてくると、勢いよく俺の対面のソファに腰を下ろした。
「申し訳ないが、私は多忙を極める身だ。10分だと伝えたが、5分で終わるのならその方がいい。なるべく簡潔に話してくれ」
名乗るよりも先にそんなことをのたまう礼儀知らずの貴族サマに呆れたが、俺は無表情を貫いた。
そして、わざとのんびりとした口調で話し始めた。
「お会いできて光栄ですコウモリさん。俺はなんでも屋のメロンです」
「そんなことはどうでもいい。それで、依頼した件についてはどうなった?」
俺の口調に腹を立てたのか、苛立たしさを抑えたように話を急かしてきた。
俺は真剣な顔になって頷くと
「結論から申し上げますと、娘さんの救出には失敗しました」
と言った。
コウモリの表情の変化を確認するべく、顔をじっと見つめる。
コウモリは表情を変えずに聞き返してきた。
「失敗したとは、具体的にどういうことだ? 死んだのか?」
期待するような声色にイラっとする。
心なしか口角が上がっているように見えて、俺は顔をしかめた。
「さあ? 俺が救出に行った時点で、すでに彼女は自力で逃げ出していたようです。どこへ行ったのかは見当も付きません」
コウモリの顔に落胆の色が見えた。
そして
「お前の考えではどう思う。あれは死んだと思うか?」
と訊いてきた。
「あれってなんですか? ちゃんと名前で言ってくれないと分かんないっすね」
白々しく煽ってみると、コウモリは舌打ちして
「ハランのことだ。話の流れで理解できるだろう」
と言った。
「自分馬鹿なんで分かんないっす。で、仮にハランが死んだ可能性が高ければ、コウモリさんはどうするんです? 逆に生きている可能性が高かったら? 捜索するんですか?」
「質問したのはこっちだ」
「へいへい。俺の所見じゃ、生きてる可能性は高いですよ。これで満足ですか?」
コウモリは不満を隠そうともしなかった。
「ハァ……もういい。状況は理解した。お前は依頼を達成できなかったのだから報酬を支払う必要はないな?」
「はい。そっすね。んなもんいらねぇよ」
「ではもう帰ってもらって構わない」
唐突なタメ口に気づいていないのか、それとも無視したのか、コウモリは俺を手で追い払うようなジェスチャーをした。
俺は無言で席を立って、素早く部屋を出た。
これ以上コウモリと向かい合っていると、怒鳴り散らしてしまいそうだった。
コウモリとの会話で気分を害した俺は、ドスドスと地面を踏み鳴らすように歩いて情報屋に向かった。
なんだあのクソ野郎は。
十中八九俺の感じた通りだろう。
ハランの実家は終わってる。
貴族というものがみんなあんな感じなのかは知らないが、元々好きではなかったのが今日のことで大嫌いになった。
コウモリは、娘の死を本気で願っていた。
俺はこのことをハランにどう伝えたものか、頭を悩ませた。
情報屋に着くと、
「いらっしゃいませ。あ、メロン様。こんにちは」
とハランが出迎えてくれた。
紺色の服に身を包んでいる。
店番と同じ恰好だから、これがこの店の制服なのだろう。
うむ、似合っている。
ちゃんと看板娘って感じだ。
「意外と上手くやってるっぽいな。安心した」
「はい。レイさんからお仕事を教えていただきました」
ハランは誇らしげに胸を張った。
レイというのは、店番のことだ。
「ハランはどうだ?」
俺が訊くと
「指示はちゃんと聞いてくれるし、真面目で一生懸命ですよ」
と店番のレイは淡々と答えた。
父である情報屋に似て、愛想はあまり良くない。
でも人を見る目は情報屋からしっかり引き継いでいる奴なので、こいつが褒めるということは、本当にハランは働き者なのだろう。
「そっか。それなら良かった」
俺は安心して踵を返した。
「何か食べていかれないんですか?」
ハランが訊いてくる。
「いや、ちょっと様子見に来ただけだし。俺も仕事あるから帰るわ」
「そうですか……」
ハランの口調が少し残念そうに聞こえた。
立派に仕事をしているところを見せたかったのかもしれない。
俺は情報屋を去る前に
「夜にまた来る。そん時に少し話があるんだ」
とハランに言った。
「分かりました。待ってます」
ハランが答えた直後、
「ヒューヒュー」
と、レイが無機質な口調で言った。
ヒューヒュー、の棒読みなんて初めて聞いた。
俺とハランは意味が分からず、レイの顔を凝視した。
レイは俺たちから目を逸らしながら
「……以前、お客さんに『お前は何を考えてるか分からないから怖い』と言われたことがありまして。それ以来、もっと親しみやすい人間になろうと努力しているんです。今は冷やかしてみたつもりだったのですが……」
と答えた。
真顔でそんなことを言い出すレイにツボって、俺とハランはしばらく笑いを堪えるのに必死だった。
夜になり、自分の仕事を片付けた俺はまた情報屋に向かった。
店に着くと、ハランはもう自分の部屋に戻っているようだった。
初日ということで、仕事は早めに上がらせてもらえたらしい。
部屋のドアをノックしてすると
「どうぞ」
と返事がした。
「邪魔するぞー。お、ちょっと部屋の片付け進んだな」
昨晩までは散らかっていた小物が綺麗に置かれている。
「はい。お仕事が終わった後に片付けました」
ハランはベッドに腰かけていた。
ラフな恰好をしている。
サイズが合っていないから、レイの服を貸してもらってるのかもしれない。
「店員の仕事、どうだった? 一週間の予定だけど、やれそうか?」
「やれそうです」
自信ありげに頷くハランを見ると、不安が少し消えた。
「そっか。そりゃ良かった」
「えーっと。それで、お昼におっしゃっていたお話というのはなんでしょうか?」
「おう。……ハランからすればあんまり聞きたくない話だろうけど、話さないわけにもいかないから話す。覚悟して聞いてくれ」
「は、はい」
ハランは背筋を伸ばして聞く姿勢になった。
俺は部屋に一つだけある木製の椅子に腰を落ち着けると、今日のコウモリとの対談についてハランに話して聞かせた。
ハランは段々苦しそうな表情になっていったが、ここで嘘をついてもどうしようもないので正直に伝えた。
「……っていう感じだ」
「そう……ですか」
ハランは諦めたような微笑みを浮かべながら俯いた。
俺は一応フォローしておくことにした。
「でも、今の話は俺の主観が大いに反映されている。俺視点のコウモリはハランの生存の可能性を好ましく思っていなかったけど、実際コウモリが何を考えていたかは知らない」
「いえ、きっとメロン様の感覚は正しいんですよ。お父様は、私がいなくなってしまった方がお喜びになるはずです」
自嘲気味にそんなことを言うハランは見ていられなかった。
「なぁ。ハランの話を色々聞かせてくれないか? なんとなく察しはつくけど、実際ハランがどういう人生を送ってきたのか俺は知らないし、それを知らないと今後の方針を決めづらい」
ハランはゆっくりと頷くと、語り始めた。