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第35話

「まずは!」アデリーペンギンたちは今や集団でレイヴンらの周囲を取り囲んでいた。「微生物たちの作る抗生物質を双葉に食らわしてダメージを与える!」
「抗生物質を?」レイヴンは驚いた。「双葉というのは、その、細菌の仲間なのかい?」
「わからん!」答えは常に明瞭だった。「だがダメージを与えることは可能だと言われている!」
「──双葉の体内にいる何らかの細菌を攻撃するってことか」レイヴンは推測した。「けどそれだけでは、向こうもすぐに対抗策を講じてくるんじゃないのかな」
「次に!」アデリーペンギンたちは特に躊躇もなく話をつづけた。「彼奴らの細胞を老化させる作戦に出る!」
「細胞を?」レイヴンはもう一度驚いた。「どうやって?」
「レイヴン!」
 だし抜けに名を呼ばれ、レイヴンは無意識に触手をびくりと震わせた。「はい?」
「君は、不思議に思ったことはないか?」アデリーペンギンが問う。
「不思議に──何を──」レイヴンは触手を弱々しく回転させることしかできずにいた。
「彼奴らのさらっていった動物たちが!」
「さらわれていった先で、どうして絶滅しないのか!」
「──」レイヴンは、言葉をなくした。今アデリーペンギンが問いかけた疑問については、レイヴンたちの世界においても様々な議論が闘わされている。最も有力な説についてはもちろんレイヴンも耳にしたことがあるが、果たして地球の動物たちがそこまでの『レベル』に至っているのか、彼は疑ったのだ。「どうして、だろうね?」そこでやんわりと、質問を返すことにした。
「彼奴らは!」アデリーペンギンたちは相変わらず躊躇うことなく結論を伝えてきた。「さらってゆく時に分解した動物たちのDNAを再構築する際、元のかたちとは違う構造に、組み立て直しているのだと思われる!」
「──」レイヴンは、深い水の底から水面を突き破って出てきた時のように極限まで息を吸い込んだ。なんということだ──
「そうすることで彼奴らは、さらった動物の細胞が老化しないようにしているのだ!」ペンギンたちはフリッパーを大きく広げ叫んだ。
 なんということだ。
 まったく同じだ。
 この、地球に生きる動物たちはレイヴンらと同じ事を考えている。
「と、いうことは!」だがそれだけではなかった。
「恐らく双葉、彼奴ら自身の体を作る細胞も、そのようにできているものと思われる!」
「えっ」レイヴンは触手をぴたりと止めた。
「なのでそれを、逆に作り変えてやれば、彼らはたちまち老化し、滅亡するだろう!」
「我々はその点において、現在細菌たちと協議中である!」
「ちょっと待ってくれるかな?」レイヴンはあたふたと触手を前後左右に振った。「細菌と? 協議中って、どういう?」
「彼奴らの細胞を一度分解して!」
「絶滅させられるものに作り変える!」
「それを細菌たちにやってもらう!」
「それを今、細菌たちに依頼しているところだ!」ペンギンたちは嫌がりもせずもう一度答えてくれた。
「なんてこった」レイヴンが最初に口にした言葉はそれだった。「我々のレベルなんて足許にも及ばないじゃないか」
「すごいなあ」コスも心から感心している。「すごいよ、君たち!」
「うん、そこまで考えているとは思わなかった」キオスも心から感動している。「それ、地球の動物皆で考えたの?」
 アデリーペンギンたちは一瞬間を置いたが、やはり隠すことなく回答した。「シャチだ!」
「えっ──」
「そう!」
「主にシャチが考えた!」
「皆は彼の言葉に聞き入っていた!」
「シャチ?」キオスが最初に訊き返した。「あの、貨幣経済もないのに損害賠償を請求するっていってた人?」
「──」アデリーペンギンたちは珍しく返答に詰まりそれぞれが小首を傾げた。
「あ、いや、シャチさんが主に作戦を考えたのかい?」レイヴンが質問を改める。
「そうだ!」
「シャチは、実は頭がいいからな!」ペンギンたちはそれぞれが頷いた。
「へえー」コスが感心し、
「そうなんだ」オリュクスも今回は退屈していない様子で言葉を挟んだ。
「そう!」
「ただ彼らは気難しいところがある!」
「考え事をしている時に邪魔をされると食いついて来るからな!」
「彼らには不用意に話しかけないことだ!」
「彼らの気が向いて話しかけて来たら、相手をしてやって欲しい!」
 アデリーペンギンたちはシャチを褒めているのか貶しているのかよくわからない言葉を連ねた。
「わかった。たくさんの情報をありがとう」レイヴンは礼を述べ、ペンギンたちがマルティコラスの居場所については何も知らないことを確かめると、ついにその場を後にした。
 再び、海を目指す。
 しかしここに来るまでとは大いに心持が変化していた。
 一番大きく変わったことは、今から必ず出会うことになるはずのマルティが、もはや以前の──生まれたままの体を持つマルティではなく『作り変えられた』マルティであるという事実を知っていることであり、それは必ずしも、今から出会うマルティに対する親愛の情になんら揺るぎもひび割れも生じさせはしないものだが、そうであってもやはり、大いなる悲しみであることに間違いはなかった。

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